前世の記憶を思い出した皇子だけど皇帝なんて興味ねえんで魔法陣学究めます

当意即妙

文字の大きさ
上 下
34 / 221
波乱の建国記念式典

自惚れに気づくきっかけ ※No Side※

しおりを挟む
パルヴィアイネン公爵家の長女にして末子のロヴィーサ・ミッラ・パルヴィアイネンは、自分がこの世で一番可愛いと信じて疑わなかった。

彼女は末っ子で初の女の子と言うことで、父や兄から大層可愛がられて育った。使用人たちも自分を甘やかし、毎日のように天使だと言うのだ。自分の世界が狭い子供がそう思い込むのも無理はない。

それにロヴィーサは家族の贔屓目を抜きにしても可愛らしい容姿をしていた。それはもう会う大人全員に可愛らしいね、ウチの息子のお嫁さんに欲しい、と言われ続けて、それでも謙虚でいられる子供はいないだろう。幼い子供は純粋で無垢で、大人の言うことは絶対であるからだ。

そしてロヴィーサはどんどん自分勝手で傲慢な性格に成長していった。それを周りが許してしまうのだ。歯止めが効かない。母親であるパルヴィアイネン公爵夫人はそんな娘の将来を憂いた。この子はいつかとんでもない失態をしてしまうだろう、と。だが夫人だけでは周りの溺愛を止めることは出来なかった。

そしてそんなロヴィーサは9歳となったこの年、帝国の建国記念式典に出席していた。普通であれば未成年がそのような式典には出られないのだが、今年は特例で皇族の未成年が出席する。それはつまり貴族の未成年の子供を出席させても良いと言うことを意味する。ほとんどの貴族が失態を恐れて、幼い子供は連れて来なかったが。

溺愛されているロヴィーサは父親に頼んでこの式典への出席を許してもらった。自分の可愛さをもっと広めるためだ。所謂『可愛い私を見られることを光栄に思いなさい』と言う奴だ。夫人は反対したが、当主である父親は快く承諾した。娘の可愛らしさをもっと広めたいのである。所謂『親バカ』と言う奴だ。

そして式典当日。最近成人した長男のエスコートに連れられ、ロヴィーサはフリフリの赤い可愛らしいドレスに身を包み、髪をバッチリセットした状態で、父親と母親と共に会場に足を踏み入れた。父親の知り合いが挙ってロヴィーサを褒める。ロヴィーサの優越感は今までにないほど満たされた。

だがそんな状況が一変する出来事が起きた。

第四皇子、エルネスティ・トゥーレ・タルヴィッキ・ニコ・ハーララが現れたのだ。

彼はロヴィーサなど比べられないほど可愛らしい姿をしていた。中性的な甘い顔立ちに、庇護欲が唆られる色白華奢な身体付き、そして一線を画す風変わりな衣装。そこには『まるで』なんて言葉は必要ない、正真正銘の天使がそこにいた。

会場中の視線が彼に釘付けとなった。それこそ、ロヴィーサなど眼中に無いと言わんばかりに。

ロヴィーサは許せなかった。自分がこの世で一番可愛いと信じて疑わなかったから、自分以上に視線を集めるエルネスティが憎くて仕方なかった。そしてそんな彼に負けを認めてしまった、自分自身に嫌気がさした。

ロヴィーサが不機嫌なまま、ダンスの時間に突入した。父親はロヴィーサが不機嫌なことに気づき、何とか機嫌を直そうとした。だがロヴィーサの気は晴れない。今日は自分が主役だと思っていたのに、エルネスティにその座を奪われたのだ。ロヴィーサの自尊心は屈辱的なほど傷つけられた。

しかしそんな彼女の機嫌を直す出来事が起きた。

ベイエル王国の第二王子からダンスを申し込まれたのだ。

王子は異国風の容姿であったが、とてもかっこよかった。まるで物語からそのまま出てきたような人であった。ロヴィーサは物語のお姫様になった気分になり、上機嫌でその手を取った。やはり今日の主役は自分なのだ。このまま自分は王子様に求婚されるに違いない。そんな妄想を膨らませた。

しかしそんなことはなかった。ダンスが終わると王子はすぐにどこかへ行ってしまった。ロヴィーサは残念に思いながらも、きっと2人きりの時に求婚してくれるのだ、と自分本位な解釈をした。

そんな中、見てしまったのだ。

エルネスティが王子に話しかけられているのを。

王子は笑っていた。自分に向けられた完璧な笑顔ではなく、素を感じさせる笑顔を。それをエルネスティはあろうことか、無下に扱っていた。そして王子の表情を曇らせたのだ。

ロヴィーサの苛立ちは抑えきれなかった。視線を独り占めして、自分の欲しかった笑顔を向けられて、それなのに嫌悪感を滲ませてあしらっているのだから。

ロヴィーサは手に持つオレンジジュースのグラスを両手でぐっと握り締め、ズカズカとエルネスティに近づく。

そしてこちらに気づいたエルネスティ目掛けてオレンジジュースをぶっかけた。

エルネスティの同伴者はロヴィーサの不信な行動に気づいてエルネスティとの間に割って入ろうとするが、至近距離なので絶対に少しは掛かるだろう。それに同伴者がオレンジジュース塗れになるのも悪くない。ざまあみろとほくそ笑んでいると、信じられないことが起きた。

エルネスティの周りだけ時間が止まったかのように、オレンジジュースが宙に飛び散った状態で固まったのだ。エルネスティの同伴者は半身身を乗り出してエルネスティを庇う体勢のまま、目を丸くして金縛りにあったかのようにピクリとも動かない。

ロヴィーサが驚きで固まっていると、スっとグラスを奪われ、宙を舞うオレンジジュースがグラスの中に注がれた。それと同時に同伴者も動き出し、さっとロヴィーサからエルネスティを護るように立ち塞がる。

エルネスティがその同伴者に一言二言何かを言うと、同伴者は渋々身を引いた。そして何事もなかったかのようにロヴィーサの手にグラスを戻される。ロヴィーサは何が起こったのかわからず困惑していた。

「飲み物を持った状態で歩くと中身が零れやすいので、気をつけてくださいね?」

「……あっ……」

「わかりましたか?」

諭すようなエルネスティの声はロヴィーサにとって慈悲の言葉に、そして天使からの警告のように聞こえた。

今回は見逃してあげるけど、次はないよ。

それはロヴィーサにとって救いの言葉であるはずだった。だがロヴィーサは決して安心出来なかった。優しさの奥に言い表せない威圧感があったのだ。

自分は愚かなことをしたのだ。それだけではない。自分はとんでもない思い違いをしていたのだ。

自分は可愛い。だがだからと言って何でも許される訳ではない。

過ちを犯したのであれば、それ相応の報いを受けるのだ。今回は底知れない恐怖だけで済んだが、またこのようなことを続けるのであれば、どうなるかはわからない。

幼いロヴィーサがそのことを正確に感じ取ることは難しい。ただただ堪えきれない涙に戸惑って、言葉を紡げないでいる。

その後ロヴィーサの家族が駆けつけてエルネスティに平謝りし、不問にすると言ったエルネスティに感謝の言葉を述べて足早に会場を後にしたことを、ロヴィーサは覚えていなかった。
しおりを挟む
感想 179

あなたにおすすめの小説

【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん
BL
【第2部開始 更新は少々ゆっくりです】ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

前世である母国の召喚に巻き込まれた俺

るい
BL
 国の為に戦い、親友と言える者の前で死んだ前世の記憶があった俺は今世で今日も可愛い女の子を口説いていた。しかし何故か気が付けば、前世の母国にその女の子と召喚される。久しぶりの母国に驚くもどうやら俺はお呼びでない者のようで扱いに困った国の者は騎士の方へ面倒を投げた。俺は思った。そう、前世の職場に俺は舞い戻っている。

婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。 現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。 最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

処理中です...