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13.呉服屋の姐さん
しおりを挟む人波みに抗う如く掻き分けてどんどん結花を引きながら歩く晋はどこか楽しげだ。
どこを歩いているのか結花には分からない。最近はやっとお茶屋と家の道を覚えてきたところだ。元の時代と比べこの時代の町並みに当然今はまだ馴れないが近所の店屋までは足を運ぶことが増えた。とはいえ晋に連れられて歩るいているここは普段通らないので腕を引いてくれていることではぐれずに住んでいる。
「まずは、此処だ。ほら入んな」
急に立ち止まったかと思うと次には店の中に押し込まれ、いきよいに押され倒れる形になっていたが肩を掴まれ倒れることはなかったが晋ては違う声がかけられた。
「おっと。危ないなぁ。どうもないどすか。高杉はんどないして女子を大切にしなあかんと何度も申してはるやろ。それにこんな可愛えぇ娘を」
「ふん。いいだろ。こいつがこの前言ってた奴だ。折角だ、こいつを着替えさせてやってくれ。俺はここで待つ」
「待って下さい。わたしお金に余裕に無いので着物はいいですよ·····」
「そんなもん俺が払う」
困った。どう見てもいつも迷惑をかけているのは結花なのに、そのうえ着物の様な高価な物はいくらなんでも頂けない。疑いたくはないが親切心だけでここまではしないと勘ぐるのと同時に後が怖いのでここは引き下がれない。
「いいやないか」
むむっと双方引かない態度に間に入ってくれたのはこの呉服店の看板娘と思わしき女性だ。艶やかな髪をくしで止めてこの時代の割には長身の晋と親しい人のようだ。彼女は晋との間に庇うように立つと含みのある笑を浮かべた。
「あんさんには贔屓にしてもろうとるやから、余んまり言いとうなかっとんやけどもな目の前で可愛げな娘に強いとったら、うちとて黙ってとらへんなぁ。えぇか、不遜な態度とってはると今に痛いみはるで。例えば気ぃかけてはる物が他に包まれるやもしれん」
「····包まれるのは物の次第で俺は囲いはしない」
さっさとしろと言うように晋はひと睨みをし、座敷に座る。彼女も彼女でやれやれと言うように息を吐く。この場で状況を呑み込めていないのは結花だけだ。重い空気がいたためられず無意識に彼女の袖を掴んでしまっていた。
「あっ····すいません」
すっと掴んでしまった手を離す。急に袖を引かれたのにも気にする素振りもなく結花に気遣わしげに優しく微笑みかける。
「ほな、わてらは奥にいきましょか。せや、晋はん押せばいいもんやあらしまへんことや、曲げす口しな分からんこともありますえ」
「···今は何も無い。それでいい」
遠回しの言い合いにいまいち掴めないやり取りを目の前で繰り広げられる。
─わたし置いてきぼりなんですが····─
二人の間の空気が冷感を漂わせ只ならぬ雰囲気の間に結花は挟まれる状況に萎縮していた。
でも、何とかして此処を離れないと中々話が終わらなそうだ。二人を見てそっとため息が出る。結花は辟易しながらも止めるため苦肉の策にでることにした。
「晋さん、あのお姉さん? 私、お姉さんとお話がしたいのですが、お二人のお話はいつ頃終わりますか?」
見上げながら頬に手を添え可愛らしく微笑みを浮かべてみせた。
ここには晋に連れられたため本来結花は着物を買う気はなかった。晋達は二人の世界とも言える黒い雰囲気を醸し出して結花を余所に入る隙はなかった。別にこのまま晋を置いて神社に戻ってもとふと頭を過りはしたが流石に結花もそんな非礼に取れることはする気はない····。
ただ結花の身と晋の懐が傷むだけだ。
「んっまぁ、まぁ。あぁ何って可愛えぇのかしら。そうね、こんな男と話すことはあらしまへんわ。さっさ奥で着替えながら女同士話しまひょか」
眼を輝きながら振り向いたと思いきや瞬く間に奥に連れていかれ晋の「おい、お前っお···」と言う呟きは掠れ消された。
◇◇◇◇◇
「これ似合いやわ。あっ、でもでもこちらの藤色の方が可愛えぇらしくて捨て難いわ」
「あんさん器量が良ぇやからどんな物でも合うわね。羨ましいわ」
「うーん、今日はどれにしよか迷うわ」
お店の奥にある支度部屋には見事な多彩の着物が並べてあり、結花に当てながら目の前の彼女は吟味している。結花は口をつぐみただ着せ替えに応じる。
ここに連れられて来た時から気になってはいた。晋とこの人は親しそうだったけれどもしかして····ふっ深い仲なのかな····。
じっと見つめていたしまっていた結花の視線に気づいたのか頬を染めた。
「あんさんみたいな別嬪にそんなに見つめられたら照れますわ」
「あの···いえすいません」
「ふふっ、気になりますんやろ?晋はんとの関係が。···でもあんさん思うとりますような関係あらしまへんやけど·····強いて言わせてもらいますと隠れ処というとこやろか」
コロコロと笑う彼女の言葉に結花は自問自答を繰りかかす。
─···隠れ···処···隠れ処···隠れて···逢う···女の人と···愛瀬···恋···人!─
ひと仕切り唸ってひとりでなっとくする。
確かに隠れた処で女の人に遭うなんて逢い引きでなかったらなんだというだということになる·····?あれれ、それなら晋さんとわたしはどうなの···まだ二回しか会ってはないのだわけたれど。神社でふたり会っていたのも気まぐれだともいえ助けた女を素知らぬままにはできず神社で休ませていただけだろう今日も偶然···そう、親切心から──
頭を振り考えを避ける。
「すっすいません。晋さんと恋仲とは知らず、それなのに私見たいなのが世話かけてしまっていて····いっ──」
ぐにっと頬を摘まれてしまった。
ふたりの仲を邪魔しようとしてないことを伝えたかったのだけれど言い終わる前に阻まれた。
「あのなぁ、あんな色魔をわてが好くと想いでか。どんなに言い寄られても願い下げやわ。思うだけでさぶいぼがたってしまうわ。それにな結花はん、可愛えぇやからそない卑下したらあきまへん」
「ではお姉さんと晋さんは···」
「恋仲なんてあらしまへん!」
「隠れ処というのも」
「ふふ、とんだ深読みしてはったみたいやけど晋はんは逃げてはりますやから一時の休憩がてら此処へ来られたりしますや。どうです納得して貰えたやろか?」
晋と恋仲と誤解されるだけで凄ましい行ききよいで否定されてしまいたじろいていた所にまさに言い当てられ欲しかった答えまで貰えた。胸の内でほっと安堵する。何に対してほっとしたのかと問われても分からいし問題外して置く。
「逃げ···る、そうなんですか?····う~ん!あれ、わたしお姉さんに名前言ってませんが知っていたんですね。改めて結花です。よろしくお願いだします。」
「ご丁寧におおきに。わて、葉凛申します。今後ご贔屓にしてくれやす。でも結花はんなら気軽に来ってくれはらえぇで?晋はんはなしでな」
お姉さん····葉凛さんは可笑しそうに笑いを含ませ「はぁ、気いが短う男は堪忍やわ···」と言いながら結花の着物を選び終えた。
「それでは早速着替えまひょか」
しゅるしゅる結花の着物を解いていく。
流れる動作で瞬く間に長襦袢姿になっていた。
先程まで身に着けていた物は綺麗に畳まれ横に置かれてから、ふわりと藤色から桃色に変わる華美とまでは行かないが美しい彩られた着物を肩に羽織させられて長襦袢越しでも分かる町娘が着る憚るような滑らかな良質の生地に戸惑いながらも袖を通す。こんなことになるなら晋に最後まで粘り押し通しておけばよかった······。
─こんな高価な物頂けない。今からでも遅くないはず、お断り·····─
「ここまで着てはって着物のお断り手遅れやで。折角選んで、似合ってはるのに勿体ないえ。それにな、女に二言はあらしまへんやろ?」
考えを見透かされ、果てには笑みと共に畳み込まれてしまった。もう諦めるしかないだろうと項垂れた。
「着付けはこれでえぇね。後は化粧やけど···結花はんは色白やで紅を引いて終わりや。はぁ~、なんて可愛えらしんやろ·····このまま晋はんに譲るのはなぁ──」
「御化粧までして貰えるなんてありがとうございました。紅は高価だというのに」
「えぇよ、えぇよ、結花はんを着飾らせる楽しませて貰いしたから。必ずまた、遊びに来てや!」
妹の様に可愛がってくれた葉凛と居ると姉とはこんな感じなのかと思う。
葉凛とのひと時は楽しいものだったけれども晋を待たせているので表に向かう。
戻って開口一番に薄ら笑を浮かべ·····。
「ほぉ。似合ってるじゃねぇか。俺の隣に歩くならそれぐらい着飾らないとな。んじゃあ行くか。葉また来る。」
「えっ、もうですか?····あぁ待ってください。葉凛さんありがとうございました。また伺わせてもらいます。」
「何時でも来はってえぇからね。それと今度は葉凛姐さんと呼んでくれな。ほな、またな。」
着替えを済ませ戻って早々、お暇の挨拶を程々に晋は歩みだしてしまったので小走りで後を追う。
今離れてしまっては帰りが分からなくな
る。追いついら追いついたで鼻で笑われ、膨れる。置いて行くのもどうかと思う。
※長襦袢:和服用の肌着で、着物が直接肌に触れるのを防ぐ役割をし、長襦袢は肌襦袢と着物の間に着る下着 。
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