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Chapter.6 真実
人間としての尊厳
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ある日の朝、いつものように目覚めて……気が付いた。
何気なく視線を向けた自身の手……甲を、まるで鉄甲のように、青く硬い鱗が覆っていた。
それを見た瞬間、足元の奈落に引きずり込まれるような感覚が襲った。
そして、脳裏に畠山の顔が異形へと姿を変えた、悪夢の光景が蘇る。
――僕の番だ。
ずっと、見ない振りをしていた。畠山の時に痛いほど僕は実感したというのに。……考えないようにしていた。
P・Vの脅威……人間が、突如として異形の怪物と化す。その恐ろしいウイルスの効果が、本物だという事。
いつかは僕も畠山のようになるのではないかと、心の奥底で怯えを抱きつつ、敢えてその思考に蓋をし続けていた。
――考えてしまったら、恐怖で狂ってしまいそうだったから。
しかし、その蓋は今や無造作に開かれた。もう、思考放棄は許されない。
ほら、やっぱり来たんだ。……僕の番だ。
その言葉が何度も頭を過る。
僕の番だ。僕の番だ。
目が霞む。息が上がる。鼓動が、痛い程に胸の内側を叩き付ける。
――もう、逃げられない。
ともすれば恐怖で手放しそうになる意識を懸命に繋ぎ止め、僕は精一杯考えた。
僕にあとどれだけの時間が残されているのか、わからない。しかし、きっとそう長くは無い。
だから、僕は、決めた。
この心が、まだ僕である内に。僕がまだ、人間である内に。
準備はもう出来ている。いつしかこうなる事を何処かで覚悟していた自分が居たから。
――ああ、だが、終。僕が居なくなったら、あいつはどうなるんだ?
誰かに託す時間も無い。そもそも、託せる相手も居ない。
こうしている間にも、青い鱗は僕の腕全体に向かって侵食して来ている。
そろそろペンを持つのも苦しくなってきた。鱗が指にまで浮かんでくる。
しかし、伝える手段はもうこれしか残されていない。利き手でない方の手にペンを持ち替える。
途端、腕が大きく脈打った。激烈な痛みを伴って僕の肉がブクブクと肥大化する。
「うああああ゛ッ‼」
知らず、喉元から絶叫が競り上がった。
「坊ちゃま‼ 如何なさいました⁉」
室外から、廊下を駆ける音と共に終の声が飛んで来る。
「来るなッ‼」
鋭く言い放つと、ぴたりと扉の前で立ち止まる足音。
……そうだ、来るな、終。
終はおそらく僕がこれからしようとしている事を見れば、僕を止めるだろう。
そして、異形化した僕を見たら僕と気付かず、その手に掛けるのだろう。
終に、そんな事はさせられない。
倍以上の大きさに膨れ上がった腕のあちこちから、皮膚を突き破って尖った角のような突起物が生えてくる。その激痛に失神しそうになる……もう、時間が無い。
僕は最後に手記に一言殴り書くと、ペンを放り、代わりにキッチンからこの時の為に持ち出していたナイフを手に取った。
僕は、怪物になんか、ならない。
――僕は、人間だ。
強く決意を心に刻み、霞みがかる脳内を無理矢理に覚醒させる。
ギラリと攻撃的な煌きを放つ刃の先端を、己の左胸目掛けて掲げ……次の瞬間、振り下ろした。
痛みは最早、感じなかった。
何気なく視線を向けた自身の手……甲を、まるで鉄甲のように、青く硬い鱗が覆っていた。
それを見た瞬間、足元の奈落に引きずり込まれるような感覚が襲った。
そして、脳裏に畠山の顔が異形へと姿を変えた、悪夢の光景が蘇る。
――僕の番だ。
ずっと、見ない振りをしていた。畠山の時に痛いほど僕は実感したというのに。……考えないようにしていた。
P・Vの脅威……人間が、突如として異形の怪物と化す。その恐ろしいウイルスの効果が、本物だという事。
いつかは僕も畠山のようになるのではないかと、心の奥底で怯えを抱きつつ、敢えてその思考に蓋をし続けていた。
――考えてしまったら、恐怖で狂ってしまいそうだったから。
しかし、その蓋は今や無造作に開かれた。もう、思考放棄は許されない。
ほら、やっぱり来たんだ。……僕の番だ。
その言葉が何度も頭を過る。
僕の番だ。僕の番だ。
目が霞む。息が上がる。鼓動が、痛い程に胸の内側を叩き付ける。
――もう、逃げられない。
ともすれば恐怖で手放しそうになる意識を懸命に繋ぎ止め、僕は精一杯考えた。
僕にあとどれだけの時間が残されているのか、わからない。しかし、きっとそう長くは無い。
だから、僕は、決めた。
この心が、まだ僕である内に。僕がまだ、人間である内に。
準備はもう出来ている。いつしかこうなる事を何処かで覚悟していた自分が居たから。
――ああ、だが、終。僕が居なくなったら、あいつはどうなるんだ?
誰かに託す時間も無い。そもそも、託せる相手も居ない。
こうしている間にも、青い鱗は僕の腕全体に向かって侵食して来ている。
そろそろペンを持つのも苦しくなってきた。鱗が指にまで浮かんでくる。
しかし、伝える手段はもうこれしか残されていない。利き手でない方の手にペンを持ち替える。
途端、腕が大きく脈打った。激烈な痛みを伴って僕の肉がブクブクと肥大化する。
「うああああ゛ッ‼」
知らず、喉元から絶叫が競り上がった。
「坊ちゃま‼ 如何なさいました⁉」
室外から、廊下を駆ける音と共に終の声が飛んで来る。
「来るなッ‼」
鋭く言い放つと、ぴたりと扉の前で立ち止まる足音。
……そうだ、来るな、終。
終はおそらく僕がこれからしようとしている事を見れば、僕を止めるだろう。
そして、異形化した僕を見たら僕と気付かず、その手に掛けるのだろう。
終に、そんな事はさせられない。
倍以上の大きさに膨れ上がった腕のあちこちから、皮膚を突き破って尖った角のような突起物が生えてくる。その激痛に失神しそうになる……もう、時間が無い。
僕は最後に手記に一言殴り書くと、ペンを放り、代わりにキッチンからこの時の為に持ち出していたナイフを手に取った。
僕は、怪物になんか、ならない。
――僕は、人間だ。
強く決意を心に刻み、霞みがかる脳内を無理矢理に覚醒させる。
ギラリと攻撃的な煌きを放つ刃の先端を、己の左胸目掛けて掲げ……次の瞬間、振り下ろした。
痛みは最早、感じなかった。
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