機械仕掛けの執事と異形の都市

夜薙 実寿

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Chapter.1 嵐の来訪者

雷鳴の館

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 爆撃みたいな雷鳴が轟いた。

 閃光を視認してから数秒だった。これは、近くに落ちたな。

 分厚い雨簾あますだれ越しに見る空には、どす黒い雲にあちこち稲光が毛細血管のような歪な線を引いている。

 遠方に不穏な黒雲を目撃してからあまり時間は経っていない。突然の豪雨。……逃げそびれたな。

 何処でもいいから今からでも雨を凌げる場所を探そうかと思うんだが、どうも都市まちの外れに来てしまったようで、手近に建物が無い。

 辺りは、いつの間に公園に迷い込んだんだ? と思うような深い木々に囲まれている。どうやら、規則的に並んでいるらしいその木々と木々の間に、広い道らしきものがある。

 道があるということは、その先に何か建物とかがある筈だ。それに一縷の望みを託して、あたしは木々の織り成すぶっとい道を小走りに駆けていた。

 雨は最早、身を穿つ槍のようだ。打たれ続けていた部分にじんわりと痛みを感じ始める。たっぷりと水を吸った服が重量を増して、重石のように纏わりつく。間隙無く降り注ぐ帯状の水のせいで、呼吸もしづらい。

 ……まだか、建物。そろそろこの責め苦から解放されたい。

 あたしのそんな想いが通じたのか、やがて不鮮明な視界の先に、それは姿を現した。

 でっけぇ……。それが、最初に抱いた感想だった。

 絶えず天から到来する稲妻の光に照らし出されて、暗がりに浮かび上がる大きな洋館。 

 ぐるりと一回り高い柵に囲まれている。これまで歩いてきた木々の道の終結がこれということを鑑みても、相当な金持ちが住んでいたに違いない。

 世界が正常に運用されていた頃ならば、きっと美しい外観をしていただろうに、このご時世だと庭も館も荒れ果てている。
 何だか、洋風のお化け屋敷みたいだ。雷雨という天候も手伝って、ただならぬ雰囲気が漂っている。

 ……まあ、現在の地上にある建造物は、もう全部心霊スポットみたいな廃墟と化しているわけだが。たかだか五年でこうまで荒廃の一途を辿ったのは、異形フリークスの所為だ。

 ともかく、あたしはその館に入ることにした。鋼色の柵は壊れているようで、何の抵抗も無くあっさりと開いた。屋敷は近くで見ると、また壮観だ。

 元が何色だったのかは知らないが、壁面はくすんだ灰色。――忘れられた豪邸。人間にてられて、死んだ建物。

 そんな中でも、自然は時を刻み続けている。伸び放題の庭の植物があたしの侵入を阻むように、足に絡みつく。それらを引き千切りながら進んだ。

 半裸の女の彫刻の付いた噴水らしきものの横を通ると、その先に館の入り口があった。

 豪奢な装飾の施された重厚な二枚扉……だったようだが、これも今は壊れている。異形フリークスの襲来でもあったのか、片側が外れかけていた。これなら問題なく中に入れそうだ。

 その外れかけの扉を押して邸内に足を踏み入れると、あたしを出迎えたのは橙色の光の列だった。

 ぽわんと幻想的な、無数の灯り……廊下の各所に設けられた燭台に灯された火だとわかると、あたしは吃驚した。

「誰か、居るのか?」

 異形フリークスは火を使わない。こんな廃墟然としたお化け屋敷に、まだ人間が住んでいるというのか?

 あたしの言葉は、ほぼ独白に近いような小さな呟きだったと思う。それでも、それを聞き取ったのか、廊下の奥で何かが動いた。

 反射的にそっちに目を向けるが、それが何かを判断するよりも早く、凄まじいスピードでその何かがすっ飛んできた。

 本能的に危険を察知して、間一髪身を捻る。

 あたしのすぐ横を通り過ぎて着地したのは、燕尾服の優男だった。二十歳くらいに見える。やけに綺麗な顔をした青年だ。

 燭台の炎の緋を受けているから何色か判断しづらいが、おそらく緑系。黄緑っぽく見えるふんわりした長めのショートカットの髪に、自ら光を発する黄金色の瞳。

 ……人間じゃない。アンドロイドか。

 燕尾服を着ている所を見ると、この家の執事バトラーアンドロイドという線が濃厚だ。
 もう地上の電気は供給されてないだろうに、何でまだ動いてんだ?

 青年の見た目をしたそのロボットは、一頻りあたしを観察するように眺めた後、声を発した。

「侵入者、ですね。排除致します」

 おい、待て。

 ヤバイ香りのする台詞に、あたしが内心焦燥を抱くも、そいつは頓着しない。再び登場時のような目にも留まらぬ速度で、あたしに飛び掛かって来た。

 左手に常備していた日本刀を鞘から引き抜こうとしたが――間に合わない。
 
 やられる!

 ……そう、思った、その時だった。

 すんでの所で、アンドロイドが動きを止めた。次いで、濡れたパーカーのフードの下のあたしの顔を、穴が開くほど凝視してくる。……何だ?

 次の瞬間、そいつは言った。

「……坊ちゃま?」
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