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幕間
EX『優しさの裏側』side 五十鈴 響也
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第一印象はビッチな子。それも、相当なドMだと思った。
人気の無い路地裏で偶然見掛けた、知人の姿。その驚きの光景。ローションガーゼって、一昔前に流行ったよね。ていうか、野外でやるようなプレイじゃなくない? うわぁ、凄い。……なんて、軽く引きつつ、すぐに通り過ぎた。
どうでもよかった。同じ学校、同じ生徒会の後輩の書記くんの腹が黒いことなんて疾うに知ってたし、彼が時折ああして男を手篭めにして溜飲を下げる趣味があることも、承知していた。
だけど、今回はそのお相手の顔も見たことがあったから、そこだけは少し驚いた。
同じ学校の有名人。確か名前は、花鏡 鴇真。華道家の一人息子だったかな。メンズ雑誌の読モもやってて、SNSでも多数のフォロワーを有する目立ちたがり屋さん。
先日、生徒会で新たに〝広報〟として迎え入れられたって聞いてたけど、それ繋がりで書記の四ノ宮 郁こといっくんに目を付けられたのかな。不運だったね。
その後、二人の情事はいっくんの部屋に場所を移して明け方まで続行された。
隣室のアミちゃんの所に寝泊まりしていたおれは、別に知りたくもないのにその事実を知っている。だって、壁の薄い安アパートだもん。丸聞こえだよ。
嫌がってる割に、めちゃくちゃ善がってるトキザネくんことトッキーの甘く切ない嬌声。――これは相当なドMビッチだと思った。ドS鬼畜のいっくんと相性いいんじゃない? 需要と供給。幸せそうで良かったね。
◆◇◆
がらりと印象が変わったのは、その翌日。
「オレ、ふぁっファーストキス、だったのに……ッ」
風邪薬を口移しで与えたら、トッキーにまさかのマジ泣きされた。
「え? あんな激しいえっちしといて、まだだったの?」
「はっ初めては、いつか好、好きな人にって……思っ」
――何それ。
えー、何その意外な純情っぷり。ファーストキスがどうのって……イマドキそんなの、天然記念物でしょ。
ビッチの相手ばかりしてたから、何か凄く新鮮。そんな反応されたらさぁ……ちょっと火が着いちゃうじゃん?
トッキーはどうやら、いっくんに弱みを握られて脅迫えっちを迫られているらしい。なのに、いっくんの可哀想な過去に同情して、強く突っぱねることが出来ないでいる。
この日もいっくんのストーカーとやらを撃退する為に、いっくんに内緒で行動したのだとか。それも、発熱を押してまで。
信じられないお人好し。自分に酷いことをしてくる相手に報復するでなく、助けたいだなんてさ。
それも自己犠牲に酔うタイプでもないらしく、しっかり心身傷付いてボロボロ。なのに、まだ相手を庇うんだ。バカなのかな。ここまでのバカはなかなか居ないよね。……何か興味湧いちゃった。
〝自分は汚れてる〟なんて言い出すから、脱がしてみたら恥じらった。何それ、可愛い。
「綺麗だよ。何処が汚れてるの?」
「へっ? ぃっ……いいよ、そういう……気休めとか」
「気休めだと思う? 嘘じゃないよ。綺麗だ。――欲しくなるくらい」
◆◇◆
白黒ぶちの子猫を前に、トッキーが瞳を輝かせている。
「可愛い……!!」
「ねー」
そういうキミがね。小動物、絶対好きだろうなと思った。どうやら、正解だったみたいだね。わざわざ用意した甲斐があったよ。
トッキーが一人暮らしに使っていたマンションの一室。アミちゃんを切ったおれは、今ここにお世話になっている。トッキーが一緒じゃなかったのは誤算だったけど。
あの夜、トッキーの声に触発されたアミちゃんがやたら求めてきて、面倒臭かったんだよね。宿主だから抱いてやってるに過ぎないのに、最近彼女面もキツかったし。そろそろ切り時かなと思ってバイバイしただけなんだけど……タイミング丁度良かったね。
今日はレンレンが風邪で休みなのをいいことに、〝拾った捨て猫〟をダシにトッキーを呼び寄せた。
何故かトッキーは現在レンレンと同居しているらしくて、そっちのガードが硬いんだよね。あと、幼馴染くんも明らかにトッキーに気があるね、あれは。本人は極めて無防備なんだけどなぁ。まぁ、障害は多い方が攻略が楽しいか。
「この子、まだ名前付けてないんだー。良かったら、トッキーが付けてあげてよ」
「え? いいのか?」
「どうぞぉ、ちなみに、男の子でーす」
請け負うと、トッキーはうんうん唸りながら子猫の名前を考え始めた。随分真剣な表情。一体どんな名前をひねり出すのかと思ったら、暫くして彼の出した答えは――。
「おはぎ」
「あーね、柄がね」
確かに、胴体の辺りの柄がそう見えなくもない。あんなに悩んで出したのが、それって……。何か、らしくて笑った。
「今日からキミは〝おはぎ〟だって。よろしくね」
おれが声を掛けると、白黒ぶちのおはぎ柄の子猫は、よく分からないといった風にキョトンと小首を傾げてみせた。
まぁ、あくまで飼い手が見つかるまで預かるという話になってるから、もしかしたら新しい飼い主に名前を変えられちゃうかもしれないんだけどね。
〝おはぎ〟とじゃれあうトッキーは、まるで小動物と小動物。でも、彼はどちらかというと猫より犬っぽいかな。チワワとか、そんな感じ。臆病なくせに気が強くて、無駄に勇敢なの。可愛いね。
微笑ましく見守っていると、不意にトッキーが改まった口調で切り出してきた。
「センパイ、あの……撮影の件、ありがとうございました」
ああ、それね。
「ううん。トッキーの助けになれたのなら、良かったよ」
微笑んで返すと、トッキーは安堵したように頬を弛ませた。
〝撮影の件〟というのは、雑誌の方じゃなくて生徒会の仕事の方だ。放課後の定例会議後、近々開催予定の水泳大会用に水着の広報写真を撮るという名目で、いっくんがトッキーを連れ出そうとした。
水着で二人きりの撮影会なんて、いっくんのことだから絶対トッキーに変態的なプレイを強要するのが目に見えている。
案の定トッキーが怯えていたので、しれっとおれも被写体として名乗りを上げて、邪魔をした訳だ。
いっくんが内心歯噛みする様は痛快だったなぁ。それにしても、彼はどうなんだろう。トッキーのこと、何度も抱くくらい気に入ってはいるみたいだけど。
それはただの執着か。それとも――。
「ねぇ、トッキー。もしキミが望むのなら、おれがいっくんをトッキーから引き離すことも出来ると思うけど」
真面目な調子で訊いてみる。でも、おれは知っている。キミはそれを望まない。何故なら、お優しいキミはいっくんを傷付けたくないから。
おれがその気になったら、いっくんを社会的に抹殺することなんて赤子の手をひねるより容易なことを、キミも知っている。
「ん……ありがとう。でも、いいよ。アイツの気が済むまで付き合うって、約束したからさ。何も殺される訳じゃないし、アイツもその内飽きるだろ」
ほらね。
「それに、センパイに話聞いて貰って、少し楽になったしさ。まだオレ、大丈夫だ」
そんな風に、おれを安心させようとして、敢えて歯を見せて明るく笑うキミ。……本当に呆れたお人好しだね。
でも、それでいい。その方が色々と都合が良い。簡単に解決させるつもりはないよ。
「そっか……。でも、あまり無理はしないでね。辛かったら、相談して? いざとなったら、力になるからさ」
真摯に、親身に言い募る。こんな見え透いた甘言も、単純なキミは疑うことなく信じてしまう。
キミの目に映るおれは、きっと〝優しい先輩〟。
「話ならいつでも聞くし。何せ、キミといっくんの事情を知っているのは、おれだけだもんね」
そう、キミが頼れるのは、おれだけだよ。
もっと傷付けばいい。擦り切れちゃうくらいズタボロになって、泣き付いておいでよ。そうしたら、おれがキミを慰めてあげる。
優しく優しく、蜜漬けにして身動きが出来なくなるくらい――愛してあげる。
楽しみだね。
『優しさの裏側』side 五十鈴 響也――【了】
人気の無い路地裏で偶然見掛けた、知人の姿。その驚きの光景。ローションガーゼって、一昔前に流行ったよね。ていうか、野外でやるようなプレイじゃなくない? うわぁ、凄い。……なんて、軽く引きつつ、すぐに通り過ぎた。
どうでもよかった。同じ学校、同じ生徒会の後輩の書記くんの腹が黒いことなんて疾うに知ってたし、彼が時折ああして男を手篭めにして溜飲を下げる趣味があることも、承知していた。
だけど、今回はそのお相手の顔も見たことがあったから、そこだけは少し驚いた。
同じ学校の有名人。確か名前は、花鏡 鴇真。華道家の一人息子だったかな。メンズ雑誌の読モもやってて、SNSでも多数のフォロワーを有する目立ちたがり屋さん。
先日、生徒会で新たに〝広報〟として迎え入れられたって聞いてたけど、それ繋がりで書記の四ノ宮 郁こといっくんに目を付けられたのかな。不運だったね。
その後、二人の情事はいっくんの部屋に場所を移して明け方まで続行された。
隣室のアミちゃんの所に寝泊まりしていたおれは、別に知りたくもないのにその事実を知っている。だって、壁の薄い安アパートだもん。丸聞こえだよ。
嫌がってる割に、めちゃくちゃ善がってるトキザネくんことトッキーの甘く切ない嬌声。――これは相当なドMビッチだと思った。ドS鬼畜のいっくんと相性いいんじゃない? 需要と供給。幸せそうで良かったね。
◆◇◆
がらりと印象が変わったのは、その翌日。
「オレ、ふぁっファーストキス、だったのに……ッ」
風邪薬を口移しで与えたら、トッキーにまさかのマジ泣きされた。
「え? あんな激しいえっちしといて、まだだったの?」
「はっ初めては、いつか好、好きな人にって……思っ」
――何それ。
えー、何その意外な純情っぷり。ファーストキスがどうのって……イマドキそんなの、天然記念物でしょ。
ビッチの相手ばかりしてたから、何か凄く新鮮。そんな反応されたらさぁ……ちょっと火が着いちゃうじゃん?
トッキーはどうやら、いっくんに弱みを握られて脅迫えっちを迫られているらしい。なのに、いっくんの可哀想な過去に同情して、強く突っぱねることが出来ないでいる。
この日もいっくんのストーカーとやらを撃退する為に、いっくんに内緒で行動したのだとか。それも、発熱を押してまで。
信じられないお人好し。自分に酷いことをしてくる相手に報復するでなく、助けたいだなんてさ。
それも自己犠牲に酔うタイプでもないらしく、しっかり心身傷付いてボロボロ。なのに、まだ相手を庇うんだ。バカなのかな。ここまでのバカはなかなか居ないよね。……何か興味湧いちゃった。
〝自分は汚れてる〟なんて言い出すから、脱がしてみたら恥じらった。何それ、可愛い。
「綺麗だよ。何処が汚れてるの?」
「へっ? ぃっ……いいよ、そういう……気休めとか」
「気休めだと思う? 嘘じゃないよ。綺麗だ。――欲しくなるくらい」
◆◇◆
白黒ぶちの子猫を前に、トッキーが瞳を輝かせている。
「可愛い……!!」
「ねー」
そういうキミがね。小動物、絶対好きだろうなと思った。どうやら、正解だったみたいだね。わざわざ用意した甲斐があったよ。
トッキーが一人暮らしに使っていたマンションの一室。アミちゃんを切ったおれは、今ここにお世話になっている。トッキーが一緒じゃなかったのは誤算だったけど。
あの夜、トッキーの声に触発されたアミちゃんがやたら求めてきて、面倒臭かったんだよね。宿主だから抱いてやってるに過ぎないのに、最近彼女面もキツかったし。そろそろ切り時かなと思ってバイバイしただけなんだけど……タイミング丁度良かったね。
今日はレンレンが風邪で休みなのをいいことに、〝拾った捨て猫〟をダシにトッキーを呼び寄せた。
何故かトッキーは現在レンレンと同居しているらしくて、そっちのガードが硬いんだよね。あと、幼馴染くんも明らかにトッキーに気があるね、あれは。本人は極めて無防備なんだけどなぁ。まぁ、障害は多い方が攻略が楽しいか。
「この子、まだ名前付けてないんだー。良かったら、トッキーが付けてあげてよ」
「え? いいのか?」
「どうぞぉ、ちなみに、男の子でーす」
請け負うと、トッキーはうんうん唸りながら子猫の名前を考え始めた。随分真剣な表情。一体どんな名前をひねり出すのかと思ったら、暫くして彼の出した答えは――。
「おはぎ」
「あーね、柄がね」
確かに、胴体の辺りの柄がそう見えなくもない。あんなに悩んで出したのが、それって……。何か、らしくて笑った。
「今日からキミは〝おはぎ〟だって。よろしくね」
おれが声を掛けると、白黒ぶちのおはぎ柄の子猫は、よく分からないといった風にキョトンと小首を傾げてみせた。
まぁ、あくまで飼い手が見つかるまで預かるという話になってるから、もしかしたら新しい飼い主に名前を変えられちゃうかもしれないんだけどね。
〝おはぎ〟とじゃれあうトッキーは、まるで小動物と小動物。でも、彼はどちらかというと猫より犬っぽいかな。チワワとか、そんな感じ。臆病なくせに気が強くて、無駄に勇敢なの。可愛いね。
微笑ましく見守っていると、不意にトッキーが改まった口調で切り出してきた。
「センパイ、あの……撮影の件、ありがとうございました」
ああ、それね。
「ううん。トッキーの助けになれたのなら、良かったよ」
微笑んで返すと、トッキーは安堵したように頬を弛ませた。
〝撮影の件〟というのは、雑誌の方じゃなくて生徒会の仕事の方だ。放課後の定例会議後、近々開催予定の水泳大会用に水着の広報写真を撮るという名目で、いっくんがトッキーを連れ出そうとした。
水着で二人きりの撮影会なんて、いっくんのことだから絶対トッキーに変態的なプレイを強要するのが目に見えている。
案の定トッキーが怯えていたので、しれっとおれも被写体として名乗りを上げて、邪魔をした訳だ。
いっくんが内心歯噛みする様は痛快だったなぁ。それにしても、彼はどうなんだろう。トッキーのこと、何度も抱くくらい気に入ってはいるみたいだけど。
それはただの執着か。それとも――。
「ねぇ、トッキー。もしキミが望むのなら、おれがいっくんをトッキーから引き離すことも出来ると思うけど」
真面目な調子で訊いてみる。でも、おれは知っている。キミはそれを望まない。何故なら、お優しいキミはいっくんを傷付けたくないから。
おれがその気になったら、いっくんを社会的に抹殺することなんて赤子の手をひねるより容易なことを、キミも知っている。
「ん……ありがとう。でも、いいよ。アイツの気が済むまで付き合うって、約束したからさ。何も殺される訳じゃないし、アイツもその内飽きるだろ」
ほらね。
「それに、センパイに話聞いて貰って、少し楽になったしさ。まだオレ、大丈夫だ」
そんな風に、おれを安心させようとして、敢えて歯を見せて明るく笑うキミ。……本当に呆れたお人好しだね。
でも、それでいい。その方が色々と都合が良い。簡単に解決させるつもりはないよ。
「そっか……。でも、あまり無理はしないでね。辛かったら、相談して? いざとなったら、力になるからさ」
真摯に、親身に言い募る。こんな見え透いた甘言も、単純なキミは疑うことなく信じてしまう。
キミの目に映るおれは、きっと〝優しい先輩〟。
「話ならいつでも聞くし。何せ、キミといっくんの事情を知っているのは、おれだけだもんね」
そう、キミが頼れるのは、おれだけだよ。
もっと傷付けばいい。擦り切れちゃうくらいズタボロになって、泣き付いておいでよ。そうしたら、おれがキミを慰めてあげる。
優しく優しく、蜜漬けにして身動きが出来なくなるくらい――愛してあげる。
楽しみだね。
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