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第八章 家出息子と反抗期
8-1 粘膜感染
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「父さん! 見て見て!」
着物の袖を引いて、幼いオレが親父を連れてくる。じゃじゃーんと示すそこには、オレの生けた下手くそな〝作品〟が置かれている。
丸い花器に盛られた花々。黄色いヒマワリ、オレンジの薔薇。白いカスミ草と青いデルフィニウム。いっぱい盛り盛りにして、全体的にまぁるく仕上げた。
我ながら可愛く豪華に出来たんじゃね? 自信満々に鼻を膨らませて、親父を見る。親父は、そよとも表情を変えず――「違う」と告げた。
「ヒマワリと薔薇のバランスがおかしい。これだと、双方を引き立てず食い合っている。他もだ。多過ぎる。お前は何でもかんでも沢山盛ればいいと思っている。そうじゃないと何度も教えただろう」
「で、でも……いっぱいあった方が、さみしくないじゃん」
「一見見映えはするだろうが、主役とそうでないものへの差異はきちんと付けるべきだ。お前のように全て同じだけ配置しても、何のメッセージ性もない」
「いいか」と、親父は花を無造作に花器からぽいぽい抜き始めた。オレは「あ」と目も口も丸くして、呆然とそれを見ていた。
「まず、全体を減らして、それからこれをこうして、これはこっち」
目の前で、オレの〝作品〟が親父の〝作品〟に作り替えられていく。それは確かに洗練された美しさを持っていたけれど、オレは酷く悲しくなって、目を逸らした。すると、親父がすかさず注意してくる。
「聞いているのか、鴇真。お前もいずれ花鏡流の後を継ぐのだから、もっとしっかり――」
「もういい! 花なんかきらいだ! 楽しくない!」
「鴇真!」
叫んで、オレは部屋を飛び出した。背に親父の制止の声が掛かるのを無視して、足音荒く廊下を駆ける。
きらいだ。きらいだ。花なんか……父さんなんか、大きらいだ。後なんかつがない。楽しくない!
その日は父の日で、黄色い花を贈るのだと聞いた。
――オレはただ、親父に喜んで欲しかっただけだったんだ。
◆◇◆
そこで、ふっと自然に意識が浮上した。目覚めの気分は最悪だ。夢見が悪過ぎる。ガキの頃の嫌な思い出。何であんなの見たんだろう……。
五十鈴センパイの家出(?)事情を勝手に自分と重ねたからかもしれない。そうだ、五十鈴センパイ。オレ、昨日噂の副会長に会ったんだっけ。で、それから――。
記憶を辿っていて、昨夜の九重とのことが鮮明に脳裏に蘇った。頭を抱える。――ああ、そうだった。
昨日オレは、遂に九重と一線を超えちまったんだ。
何とも言えない気分になった。ほぼほぼレイプだったし、第一オレ熱出して半ば朦朧としてる状態だったのに、思えば最低過ぎるだろう。
でも、何故かオレの方が謝ってたし、「嫌いにならないで」と懇願してすらいた気がする。うわぁ……オレ、何であんなこと言ったんだろ。熱のせいか?
そっと、己の唇に指先で触れた。こそばゆい感覚に、軽く息を詰める。――キス。も、されたんだよな。
乱暴な行為の後の、酷く優しいキス。九重が何であんなことをしたんだか、分からない。これまで、唇にだけはしなかったじゃん。それを言えば抱くこともしなかった訳だけど。
何で、今回に限って……と思ったけど、全身にキスの消毒を受けた日のことを思い出す。九重は『マーキング』だと言っていた。今回のも、それか。
オレが他者に最後までされたから、九重が上書きしたに過ぎない。自分の持ち物に名入れするように、改めてオレの身体に刻み付けたんだ。
――それだけだ。きっと。
そう思うと何故かまた胸がちくりと痛んだけれど、すぐに見ない振りをした。
つーか、アイツどうしたんだろ。
キスの後の記憶が無い。オレ、また気絶してそのまま寝たんだな。ここは、自分のベッドの方だ。アイツ、わざわざオレを抱えて階段上がったのか。まぁ、オレ熱あったし、一緒の布団はまずいもんな。
思い至って、自身の額に手を添えてみた。手の方が熱い。頭もスッキリしてるし、一晩で熱は下がったっぽい。
念の為体温計で測ったら、三十六度八分だった。朝にしちゃ高い方だが、平熱の域だろう。よし!
次いで、身体を確かめた。五十鈴センパイが用意してくれたやつから、自分のパジャマの方に着せ替えられている。お腹の奥に変な残留感もないから、どうやら九重が洗浄してくれたっぽい。
意識ない時にまた色々弄られたと思うとクッソ恥ずかしいが……。あんま考えないようにしとこ。
とりあえず、パジャマのままリビングに降りた。九重の姿は無い。珍しいな、アイツがオレより遅いなんて。
まさか……とハッとする。確かめるべく、九重の寝室の方に向かった。ノックしても反応は無かったので、一声掛けて勝手に入る。
九重はベッドに横になっていた。オレが入室した気配だけでもぞもぞと身動ぎし出したが、念の為近くで呼び掛けてみる。
「九重、朝だぞ」
「ん……」
気怠げな声。九重はごろんと大きく寝返りを打つと、オレを見上げた。そのまま暫しの無言の末――。
「……悪かったな。昨日」
「へ?」
突然の謝罪。オレは、思わず目を丸くした。
「お前、弱っていたのに……無理をさせた。どうにも腹が立って……自分を抑えられなかった。傷付いているお前を一層傷付けることになった」
「悪かった」と、今一度告げる九重。えらく殊勝な態度にオレは戸惑った。これは、もしや……。
ぴとり、九重の額に手をやる。ジュっと鉄板に触れたような錯覚を覚えた。
「熱っつ!?」
反射的に手を離して戦くオレに対して、九重の反応は薄い。寝起きだから……とも考えられるが、何処か陶然とした表情で呼気も何だか艶っぽい。これは、やっぱり。
「――お前、熱あるな?」
まさかの、立場逆転だった。
着物の袖を引いて、幼いオレが親父を連れてくる。じゃじゃーんと示すそこには、オレの生けた下手くそな〝作品〟が置かれている。
丸い花器に盛られた花々。黄色いヒマワリ、オレンジの薔薇。白いカスミ草と青いデルフィニウム。いっぱい盛り盛りにして、全体的にまぁるく仕上げた。
我ながら可愛く豪華に出来たんじゃね? 自信満々に鼻を膨らませて、親父を見る。親父は、そよとも表情を変えず――「違う」と告げた。
「ヒマワリと薔薇のバランスがおかしい。これだと、双方を引き立てず食い合っている。他もだ。多過ぎる。お前は何でもかんでも沢山盛ればいいと思っている。そうじゃないと何度も教えただろう」
「で、でも……いっぱいあった方が、さみしくないじゃん」
「一見見映えはするだろうが、主役とそうでないものへの差異はきちんと付けるべきだ。お前のように全て同じだけ配置しても、何のメッセージ性もない」
「いいか」と、親父は花を無造作に花器からぽいぽい抜き始めた。オレは「あ」と目も口も丸くして、呆然とそれを見ていた。
「まず、全体を減らして、それからこれをこうして、これはこっち」
目の前で、オレの〝作品〟が親父の〝作品〟に作り替えられていく。それは確かに洗練された美しさを持っていたけれど、オレは酷く悲しくなって、目を逸らした。すると、親父がすかさず注意してくる。
「聞いているのか、鴇真。お前もいずれ花鏡流の後を継ぐのだから、もっとしっかり――」
「もういい! 花なんかきらいだ! 楽しくない!」
「鴇真!」
叫んで、オレは部屋を飛び出した。背に親父の制止の声が掛かるのを無視して、足音荒く廊下を駆ける。
きらいだ。きらいだ。花なんか……父さんなんか、大きらいだ。後なんかつがない。楽しくない!
その日は父の日で、黄色い花を贈るのだと聞いた。
――オレはただ、親父に喜んで欲しかっただけだったんだ。
◆◇◆
そこで、ふっと自然に意識が浮上した。目覚めの気分は最悪だ。夢見が悪過ぎる。ガキの頃の嫌な思い出。何であんなの見たんだろう……。
五十鈴センパイの家出(?)事情を勝手に自分と重ねたからかもしれない。そうだ、五十鈴センパイ。オレ、昨日噂の副会長に会ったんだっけ。で、それから――。
記憶を辿っていて、昨夜の九重とのことが鮮明に脳裏に蘇った。頭を抱える。――ああ、そうだった。
昨日オレは、遂に九重と一線を超えちまったんだ。
何とも言えない気分になった。ほぼほぼレイプだったし、第一オレ熱出して半ば朦朧としてる状態だったのに、思えば最低過ぎるだろう。
でも、何故かオレの方が謝ってたし、「嫌いにならないで」と懇願してすらいた気がする。うわぁ……オレ、何であんなこと言ったんだろ。熱のせいか?
そっと、己の唇に指先で触れた。こそばゆい感覚に、軽く息を詰める。――キス。も、されたんだよな。
乱暴な行為の後の、酷く優しいキス。九重が何であんなことをしたんだか、分からない。これまで、唇にだけはしなかったじゃん。それを言えば抱くこともしなかった訳だけど。
何で、今回に限って……と思ったけど、全身にキスの消毒を受けた日のことを思い出す。九重は『マーキング』だと言っていた。今回のも、それか。
オレが他者に最後までされたから、九重が上書きしたに過ぎない。自分の持ち物に名入れするように、改めてオレの身体に刻み付けたんだ。
――それだけだ。きっと。
そう思うと何故かまた胸がちくりと痛んだけれど、すぐに見ない振りをした。
つーか、アイツどうしたんだろ。
キスの後の記憶が無い。オレ、また気絶してそのまま寝たんだな。ここは、自分のベッドの方だ。アイツ、わざわざオレを抱えて階段上がったのか。まぁ、オレ熱あったし、一緒の布団はまずいもんな。
思い至って、自身の額に手を添えてみた。手の方が熱い。頭もスッキリしてるし、一晩で熱は下がったっぽい。
念の為体温計で測ったら、三十六度八分だった。朝にしちゃ高い方だが、平熱の域だろう。よし!
次いで、身体を確かめた。五十鈴センパイが用意してくれたやつから、自分のパジャマの方に着せ替えられている。お腹の奥に変な残留感もないから、どうやら九重が洗浄してくれたっぽい。
意識ない時にまた色々弄られたと思うとクッソ恥ずかしいが……。あんま考えないようにしとこ。
とりあえず、パジャマのままリビングに降りた。九重の姿は無い。珍しいな、アイツがオレより遅いなんて。
まさか……とハッとする。確かめるべく、九重の寝室の方に向かった。ノックしても反応は無かったので、一声掛けて勝手に入る。
九重はベッドに横になっていた。オレが入室した気配だけでもぞもぞと身動ぎし出したが、念の為近くで呼び掛けてみる。
「九重、朝だぞ」
「ん……」
気怠げな声。九重はごろんと大きく寝返りを打つと、オレを見上げた。そのまま暫しの無言の末――。
「……悪かったな。昨日」
「へ?」
突然の謝罪。オレは、思わず目を丸くした。
「お前、弱っていたのに……無理をさせた。どうにも腹が立って……自分を抑えられなかった。傷付いているお前を一層傷付けることになった」
「悪かった」と、今一度告げる九重。えらく殊勝な態度にオレは戸惑った。これは、もしや……。
ぴとり、九重の額に手をやる。ジュっと鉄板に触れたような錯覚を覚えた。
「熱っつ!?」
反射的に手を離して戦くオレに対して、九重の反応は薄い。寝起きだから……とも考えられるが、何処か陶然とした表情で呼気も何だか艶っぽい。これは、やっぱり。
「――お前、熱あるな?」
まさかの、立場逆転だった。
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