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第七章 それでも、幸せを願う。
7-8 修羅場は突然に
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目を疑った。高熱が見せる幻覚かとも思ったが、五十鈴センパイも同じ方角を向いていることから、どうやらそうではないらしいと悟る。
てことは、本当に九重が――。
「五十鈴ッ!」
一番最初に場を動かしたのは、その九重だった。沸き立つように苛烈な激昂を示した彼は、瞬時に距離を詰めると、五十鈴センパイの肩を掴んでオレから引き剥がした。そうして、センパイの服の襟首を掴んで、詰問する。
「何やってる!」
めちゃくちゃお怒りじゃん――!!
恐怖に竦むオレとは正反対に、五十鈴センパイは至極余裕そうな様子で口元に笑みさえ湛えてみせた。
「へぇ……そんな顔も出来るんだ、キミ」
「なんだと?」
「こっ、九重! 違う! 誤解だ!」
慌てて言い募る。九重はぐりんと顔を振り向け、低く唸った。
「お前は黙っていろ」
「違うんだ! センパイはただ、熱を出したオレを運んで……看病……そう、看病してくれてただけだ!」
「看病? 全裸で泣き腫らした目をしといて、何を庇う」
「それは……っ」
思わず言葉に詰まると、五十鈴センパイが事も無げに後を継いだ。
「寝汗、拭いてあげてただけだけど? その途中でトッキーが起きたんだよね」
「寝汗?」
「涙は熱っぽいと目が潤むからね。そう見えるよね」
さらりさらり、流れるように嘘を吐く。呆気に取られて見つめていると、センパイはオレに振り向いて「ね?」と同意を求めてきた。「お、おう!」オレは勢いよく頷いた。
九重が胡散臭そうな目で見てくる。
「大体、お前何でここに居る? 外出禁止令を出した筈だが」
「うっ……その、やっぱりオレ、四ノ宮のストーカーの件、放っとけなくて……昨日『明日また来る』って言ってたから……」
九重の視線が痛い。ていうか、コイツこそ何でここに居るんだ? もしかして、帰宅してからオレが居ないことに気付いて、ここまで探しに来たんだろうか。
そう思うと、申し訳無さと同時に少し嬉しくなる自分が居て戸惑った。何にせよ、気まずいことに変わりはないけど。
「おれはその相談を受けて、いっくんのストーカー撃退作戦に協力してたんだ。作戦は成功したけど、その後でトッキーが倒れてさ。指定されたここに運んできたって訳」
五十鈴センパイが説明を加えると、刹那彼の方を睨むように見据えてから、九重は再びオレに振り向いた。琥珀色の瞳には、例の物騒な金色の光が煌めいている。
「何で俺に相談しない」
「えっと……」
「それは、おれがたまたまいっくんのアパートの隣室だったから。あと、キミがそんな風に頭ごなしに叱るからじゃない? トッキーも相談しにくかったんでしょ」
ギロリ、絶対零度の冷たさの視線で九重が五十鈴センパイを射抜く。その金色の瞳の底には、激しく燃え上がる怒りが見え隠れしていた。だのに、センパイは愉快げに言う。
「おー怖。普段の穏やかでスマートな生徒会長様は何処に行っちゃったのかなぁ? こっちがレンレンの素顔? 知らなかった~意外~」
煽るようなそれを敢えてシカトする姿勢で、九重はセンパイから視線を外すと、突如オレの腕を掴んだ。
「行くぞ」
「えっ」
行くって、オレ……まだ服着てないし。しかし、九重はお構い無しにオレをぐいぐい引っ張って立たせると、ベッドから引きずり下ろした。凄い力。抗おうとしても、全くビクともしない。
「ま、待って九重! オレ……っ」
「誰が口答えしていいと言った? お前、また自分の立場を忘れているようだな。飼い主の言うことを聞けないバカ犬には前回よりもキツいお仕置きが待っていると忠告した筈だが」
「……っ!」
お仕置き――前回の尻尾の件を思い出す。あんなことされたら、オレがもうヴァージンじゃないって、きっとバレてしまう。そうしたら九重は、どう思うだろう? オレのこと……汚いって、思うかな?
一気に血の気が引いた。
「や、やだッ! 九重、ごめっ……ごめん!」
九重は振り向きもしないで寝室を出ようとする。オレの声も届かない。
「謝るから! 九重っ!」
直後、オレの手を引く九重の腕を、五十鈴センパイが掴んで引き止めた。
「止めなよ。トッキー嫌がってるじゃん」
一片の笑みも含まない、至極真面目な声音に表情。九重が目元を不機嫌に引き攣らせた。
「アンタには関係ない」
「無くないよ。目の前で人が無理矢理攫われようとしてるのを、黙って見過ごす方が変だよね?」
「邪魔だ。退け」
「嫌だ――と言ったら?」
ピリリ、空気が小さく爆ぜた。九重の獰猛な金色の瞳の光を、五十鈴センパイの褪めたメタリックブルーの瞳が、ものともせずに弾き返す。
正に一触即発。何か少しでもこちらが動きを見せたら、どちらかが攻撃に転じるのではないかという、厭な緊迫感。瞬きすることも出来ずに息を呑んでただただ成り行きを見守っていると、次の瞬間――。
ピンポン、というありふれたドアチャイムの音が、緊張感の欠片もなくその場に鳴り響いた。
静まり返る一同。
「……お客さんじゃない?」
五十鈴センパイがケロリと元の通りの笑みを浮かべて告げた。だけど、九重の手はまだ掴んだままだ。九重がチッと舌打ちをしてオレの腕を離すと、センパイもようやく九重を解放した。
「あ……うん」
オレは内心放心したままどうすべきか迷い、とりあえずモタモタとパジャマを着用した。二人がそれぞれに声を掛けてくる。
「待てお前、出る気か」
「トッキー熱があるんだから、寝てていいよ。おれが代わりに応対しようか」
「ここの家主は一応オレだし、そうもいかねーよ」
でも、一体こんな時に誰だ? 母さんからの仕送りを届けに来た配達員とかかな?
そう当たりをつけて玄関のドアスコープを覗き込むと、オレは「あ」の口のまま固まった。ドアの向こうに訪れていたのは、手にビニール袋を提げて、少しそわそわ落ち着かない様子で佇むタカだった。
てことは、本当に九重が――。
「五十鈴ッ!」
一番最初に場を動かしたのは、その九重だった。沸き立つように苛烈な激昂を示した彼は、瞬時に距離を詰めると、五十鈴センパイの肩を掴んでオレから引き剥がした。そうして、センパイの服の襟首を掴んで、詰問する。
「何やってる!」
めちゃくちゃお怒りじゃん――!!
恐怖に竦むオレとは正反対に、五十鈴センパイは至極余裕そうな様子で口元に笑みさえ湛えてみせた。
「へぇ……そんな顔も出来るんだ、キミ」
「なんだと?」
「こっ、九重! 違う! 誤解だ!」
慌てて言い募る。九重はぐりんと顔を振り向け、低く唸った。
「お前は黙っていろ」
「違うんだ! センパイはただ、熱を出したオレを運んで……看病……そう、看病してくれてただけだ!」
「看病? 全裸で泣き腫らした目をしといて、何を庇う」
「それは……っ」
思わず言葉に詰まると、五十鈴センパイが事も無げに後を継いだ。
「寝汗、拭いてあげてただけだけど? その途中でトッキーが起きたんだよね」
「寝汗?」
「涙は熱っぽいと目が潤むからね。そう見えるよね」
さらりさらり、流れるように嘘を吐く。呆気に取られて見つめていると、センパイはオレに振り向いて「ね?」と同意を求めてきた。「お、おう!」オレは勢いよく頷いた。
九重が胡散臭そうな目で見てくる。
「大体、お前何でここに居る? 外出禁止令を出した筈だが」
「うっ……その、やっぱりオレ、四ノ宮のストーカーの件、放っとけなくて……昨日『明日また来る』って言ってたから……」
九重の視線が痛い。ていうか、コイツこそ何でここに居るんだ? もしかして、帰宅してからオレが居ないことに気付いて、ここまで探しに来たんだろうか。
そう思うと、申し訳無さと同時に少し嬉しくなる自分が居て戸惑った。何にせよ、気まずいことに変わりはないけど。
「おれはその相談を受けて、いっくんのストーカー撃退作戦に協力してたんだ。作戦は成功したけど、その後でトッキーが倒れてさ。指定されたここに運んできたって訳」
五十鈴センパイが説明を加えると、刹那彼の方を睨むように見据えてから、九重は再びオレに振り向いた。琥珀色の瞳には、例の物騒な金色の光が煌めいている。
「何で俺に相談しない」
「えっと……」
「それは、おれがたまたまいっくんのアパートの隣室だったから。あと、キミがそんな風に頭ごなしに叱るからじゃない? トッキーも相談しにくかったんでしょ」
ギロリ、絶対零度の冷たさの視線で九重が五十鈴センパイを射抜く。その金色の瞳の底には、激しく燃え上がる怒りが見え隠れしていた。だのに、センパイは愉快げに言う。
「おー怖。普段の穏やかでスマートな生徒会長様は何処に行っちゃったのかなぁ? こっちがレンレンの素顔? 知らなかった~意外~」
煽るようなそれを敢えてシカトする姿勢で、九重はセンパイから視線を外すと、突如オレの腕を掴んだ。
「行くぞ」
「えっ」
行くって、オレ……まだ服着てないし。しかし、九重はお構い無しにオレをぐいぐい引っ張って立たせると、ベッドから引きずり下ろした。凄い力。抗おうとしても、全くビクともしない。
「ま、待って九重! オレ……っ」
「誰が口答えしていいと言った? お前、また自分の立場を忘れているようだな。飼い主の言うことを聞けないバカ犬には前回よりもキツいお仕置きが待っていると忠告した筈だが」
「……っ!」
お仕置き――前回の尻尾の件を思い出す。あんなことされたら、オレがもうヴァージンじゃないって、きっとバレてしまう。そうしたら九重は、どう思うだろう? オレのこと……汚いって、思うかな?
一気に血の気が引いた。
「や、やだッ! 九重、ごめっ……ごめん!」
九重は振り向きもしないで寝室を出ようとする。オレの声も届かない。
「謝るから! 九重っ!」
直後、オレの手を引く九重の腕を、五十鈴センパイが掴んで引き止めた。
「止めなよ。トッキー嫌がってるじゃん」
一片の笑みも含まない、至極真面目な声音に表情。九重が目元を不機嫌に引き攣らせた。
「アンタには関係ない」
「無くないよ。目の前で人が無理矢理攫われようとしてるのを、黙って見過ごす方が変だよね?」
「邪魔だ。退け」
「嫌だ――と言ったら?」
ピリリ、空気が小さく爆ぜた。九重の獰猛な金色の瞳の光を、五十鈴センパイの褪めたメタリックブルーの瞳が、ものともせずに弾き返す。
正に一触即発。何か少しでもこちらが動きを見せたら、どちらかが攻撃に転じるのではないかという、厭な緊迫感。瞬きすることも出来ずに息を呑んでただただ成り行きを見守っていると、次の瞬間――。
ピンポン、というありふれたドアチャイムの音が、緊張感の欠片もなくその場に鳴り響いた。
静まり返る一同。
「……お客さんじゃない?」
五十鈴センパイがケロリと元の通りの笑みを浮かべて告げた。だけど、九重の手はまだ掴んだままだ。九重がチッと舌打ちをしてオレの腕を離すと、センパイもようやく九重を解放した。
「あ……うん」
オレは内心放心したままどうすべきか迷い、とりあえずモタモタとパジャマを着用した。二人がそれぞれに声を掛けてくる。
「待てお前、出る気か」
「トッキー熱があるんだから、寝てていいよ。おれが代わりに応対しようか」
「ここの家主は一応オレだし、そうもいかねーよ」
でも、一体こんな時に誰だ? 母さんからの仕送りを届けに来た配達員とかかな?
そう当たりをつけて玄関のドアスコープを覗き込むと、オレは「あ」の口のまま固まった。ドアの向こうに訪れていたのは、手にビニール袋を提げて、少しそわそわ落ち着かない様子で佇むタカだった。
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