オレとアイツの脅し愛

夜薙 実寿

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第七章 それでも、幸せを願う。

7-5 ストーカー撃退大作戦!?

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「成程、ストーカーねぇ」

 ティーカップを片手に、五十鈴センパイはたっぷりと感嘆の息を吐いた。
 場所は、四ノ宮ん家の近くにあった例の喫茶店。流石にあんな場所でいつまでも立ち話は何なので、こちらに移ってきていた。

「いっくん、美少女にしか見えないもんねぇ。そのストーカーとやらに見せてやりたいね。昨日のえげつないプレイ時のいっくんの生き生きとした顔」
「そうなるのを阻止したいんだって……」

 四ノ宮の過去以外は洗いざらい喋らされたオレは、げんなりとテーブルに項垂れていた。
 恋人ではない。脅迫はされているが、昨夜のは合意だった。なんてことまで気が付いたら話してしまっていた。五十鈴センパイの話術……恐ろしい。面白がっているようでいて、結構親身に聞いてくれるもんだから、つい言いにくいことまで言ってしまう。
 いつの間にかセンパイの掌の上で転がされている。飄々として捉えどころのない、透明なクラゲみたいな人だ。

「で、いっくんは自分で捕まえる気でいるんだけど、トッキーはいっくんに内緒でそのストーカーを逃がしたい訳だ」
「逃がすっていうか……追い払いたいんだよ。それで出来れば、もう二度と四ノ宮の前に現れないよう誓って欲しい」
「なんて言うか、トッキーも人が好いね。いっくんは自分を脅迫してる相手な訳でしょ? そこは普通ストーカーの方を応援しない? やり返してやろうとか思わない訳? 昨夜は合意ってのも意味分かんないんだけどさ」

 紅茶を一口啜って甘さが足りなかったのか、センパイは角砂糖を更に三つ投下した。さっき既にそこに同数入れてるの見たし、そもそもミルクティーだぞ、それ。ゲロ甘そうだな……。

「やり返したって、スッキリなんかしないだろ。オレはアイツに傷付いて欲しい訳じゃない」

 むしろ、助けたいなんて言ったら、傲慢だろうけど。センパイは「ふぅん」と目を細め、ゲロ甘ミルクティーを再度啜った。
 店内の客はオレ達しか居ない。立地条件がよろしくないからか、飲食物の味が微妙だからか、あまり繁盛していなさそうだった。オレのバイト先のカフェの方が数十倍はコーヒーが美味い。
 話の間喉が渇いていたので、水みたいに薄い、味のないコーヒーを飲み終えると、次は試しに抹茶ラテを頼んでみた。しかし、これも全く味がしなかった。ある意味さっぱりしてて病人のオレには丁度いいっちゃいいのかもしんねーけど。
 五十鈴センパイの質問が飛んでくる。

「それで? 具体的な作戦は考えてあるの?」
「四ノ宮ん家の前に張り込んで、あの男が来たら……」
「うんうん」
「話して、説得する」

 一瞬、間があった。

「それだけ?」

 聞き返されると辛い。オレだって、ガバガバな作戦だって自覚はある。センパイは机の上で片頬杖をついてこちらを見据えた。

「トッキーさぁ、それ甘いよ? その手の輩が人の話聞くと思う?」

 思わないけど……。

「ボイスレコーダーは、持ってきた。何か不用意な発言をしたら、それを録音して交渉材料に」
「んー、それでも弱いかな。トッキーが捩じ伏せられて証拠取り上げられたら意味無くない?」
「一応護身用にスタンガンも……持ってきたけど」
「いずれにせよ、相手の失言有りきの交渉材料じゃ、上手くいく保証はない。トッキーにそれを引き出すトーク力があるとも思えないしね。腹芸苦手そうだもん」
「うっ……」

 痛い所を突かれた。でも、他にどうすれば……。頭を悩ませていると、五十鈴センパイが軽く挙手した。

「おれがやったげよっか? 交渉役。そういうの得意だから、何とかしてあげられると思う」
「えっ」
「ただし、条件がある」

 ソワッと浮き足立ちかけたオレを諌めるように、センパイはオレの眼前に〝ステイ〟の号令よろしく人差し指を突き付けてきた。

「じょ、条件?」
「そ。おれさぁ、アミちゃん……あ、さっきのね? に、追い出されちゃったから今夜行く宛てが無いんだよねぇ。だからさぁ、トッキーん家泊めてよ?」
「え、でも泊めてくれる人いっぱい居るって……」
「そうだけど、今から連絡取るのもダルいしさぁ。それに、お世話になれる場所は多いに越したことはないじゃん? 新規開拓? っていうかさ」

 でもオレ、今九重と住んでるしな……と思ったところで、ハッとした。そうだ、前のマンション! あっちなら空いてんじゃん!

「分かった。その条件で」
「おっ、契約成立だね? それじゃあ、よろしく~」

 差し出されたセンパイの手を取って、握手を交わす。

「でも五十鈴センパイ、何で実家には帰らないんスか?」
「キョーヤでいいよ。キョーちんとかでもいいけど。あと、今更取って付けたような敬語も要らなくない? ……んー、窮屈だから? かな」
「いや、流石にそれは……呼びにくいっていうか。……そっか」

 く言うオレも読モになるのをオヤジにめちゃくちゃ反対されて、半ば家出みたいな形で一人暮らしを始めた口だしな。この人にもそういった何かしらの事情があるんだろう。
 親が有名過ぎると他者には計り知れない気苦労もあるだろうし、その辺はあまり詮索しない方がいいか。
 ――それに。

 チラリと五十鈴センパイを窺う。にこやかだけど何処か油断のならない、掴み所のない笑顔。
 一宿一飯の恩を身体で払うなんて、ほぼ売春みたいなもんだよな。これからはオレん所に居て貰えば、そういうこともさせずに済む……筈。
 うん、そうだな。それがいい。
 内心一人頷くオレに、五十鈴センパイは更なる問いを投げた。

「ちなみに、トッキーは実家暮らし? パパママ同居? おれお邪魔して大丈夫?」
「いや、一人暮らし……だったんだけど、えーと。借りたまま使ってないマンションの部屋あるから、センパイ、そこ一人で使ってくれて大丈夫です」
「えー、一人なの、寂しい~。トッキーも一緒がいい~」
「って、言われても……」

 急に駄々を捏ね出した五十鈴センパイに辟易していると、彼は次の句でオレの心臓を止めかけた。

「一人暮らし〝だった〟って言ったよね? トッキー、今は誰かと住んでるの?」

 ギクッ。

「あー、いや、えっと」
「いっくんじゃないよねぇ? マンションの部屋も〝使ってない〟って言い方だと昨日今日って訳でもなさそうだし、実家に戻ってるならさっきの質問に頷いてる筈だし。えー、誰々? 恋人~?」
「勘弁してください……」

 流石に九重のことまで喋る訳にはいかない。その後も五十鈴センパイの質問攻撃は続いたが、オレは話を逸らし逸らしで何とか持ち堪えた。
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