オレとアイツの脅し愛

夜薙 実寿

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第七章 それでも、幸せを願う。

7-4 噂の副会長

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「あ!」

 つい、指をさしそうになった。この人が、噂の!

「あ、もしかして聞いてた? おれのこと」
「……名前だけ」
「あと、〝サボりがちでチャラい〟とか?」

 うっ……鋭いな。てか、自覚あんのか、それ。ピアスまみれのビジュアル系バンドマンみたいな副会長こと五十鈴センパイは、頭の後ろで腕を組んで気怠げに大あくびをした。

「学校はねー、別に嫌いじゃないんだけど、眠くなるんだよねぇ、退屈で。トッキーも今日はサボり? 分かるよー」

 その〝トッキー〟呼びもまだ許可してないんだが。まぁ、いいか……。
 てかこの人、よくこれで副会長になんてなれたな。顔票か?

「今、『何でこんな奴が副会長に?』って思ったでしょ?」

 うっ!

「それはねー、おれが政治家の息子だから。コネクションってやつー。学校サボりがちで遊び歩いてても、誰もおれに文句言えないの」
「政治家の、息子?」
「そ。知らない? 五十鈴 響太郎きょうたろう。あれ、おれのパパ」

 いや、知ってる。てか誰もが知ってる。現在の総理大臣じゃん!? 

「ま、マジかよ」
「マジでーす」

 そういや同じ苗字だなって、チラリと思ったわ。

「副会長って役職、丁度いいんだよね。暇だし、そのくせ内申良いし。パパみたいにトップは性に合わないっていうかー。あ、このことは内緒ね? 世間的には〝総理大臣の息子〟は真面目な天才児で通ってるから。セフレ達にも話してないし」
「いや待て、〝達〟って!? さっきの女の人以外にもそういう関係の人、居るのかよ!!」
「居るよ? ご飯くれてお家に泊めてくれる人。お代は身体で」

 口元に指先を添えて〝しーっ〟をするように、妖艶な笑みを零す五十鈴センパイ。オレは呆気に取られて空いた口が塞がらなくなった。そこからポロリと感想が漏れる。

「乱れ切ってんな……」
「えー、トッキーには言われたくないなぁ。野外であんなアブノーマルプレイしてたくせにぃ」

 ――!?

「え……?」
「いやぁ、昨日偶然見ちゃってさぁ。あれは驚いたね。あの〝お清楚〟ないっくんが実はえげつない趣味してたってのもそうだけど、お外であんなプレイはおれですらまだしたことないっていうか」
「み、見みっ……?」
「で、その後いっくんの部屋から夜通しえっちな音声が流れてきてたけど、あれももしかして、お相手はトッキー? いっくんとトッキーって恋人同士なの? あ、腰大丈夫?」

 み、み、見られてただとぉおおお――ッ!?
 う、嘘だろ、オレのあんな……あんな所を!?

「ぃ、言わなっ、言わないでくれ!」
「うん?」
「誰にも……ッお願い、だから」

 思わず、必死に懇願していた。五十鈴センパイは興味深そうに目を細め、「ふぅん」と鼻を鳴らした。

「どっちを? プレイ内容? それとも、二人の関係自体が秘密?」
「ど、どっちも……」
「へーぇ。どうしよっかなー」
「っ……」
「それじゃあ、こうしよっか」

 不意に、距離を詰められた。五十鈴センパイの顔が間近に迫り、オレの首筋から鎖骨にかけてのラインを、つぅっと指先がなぞるように下降していく。ぴくりと身を竦ませるオレに、センパイは告げた。

「黙ってる代わりにさ。いっくんにさせてたようなこと……おれにもヤらせてよ?」
「なっ……!?」
「ラクショーでしょ? 野外であんな大胆なプレイするくらい、えっち大好きなんだから」

 言葉を失った。冷や汗が流れ、火照った肌を伝っては背筋を粟立てる。その癖喉が乾いた。張り詰めた緊迫感。オレが何も言えずに愕然と立ち尽くしていると、次の瞬間――。

「ぷっ」

 五十鈴センパイが吹き出した。

「!?」
「あはは、ごめん。ウソウソ、じょーだん!」
「なんっ……え!?」
「おれ、平和主義だしぃ。えっちも互いの同意がなきゃねぇ? 身体だけじゃなくって、心まで気持ち良くなれないと意味ないよねぇ。だから、そんな世界の終わりみたいな顔しないで?」
「う、嘘?」

 また揶揄われたのか! ようやくそう悟ると、ホッとすると同時にムッとした。

「何だよもう! タチの悪い冗談言うなよな!」
「あはは、ごめ~ん。なぁんか、トッキーって弄りたくなるんだよねぇ。なんでかなぁ。見た目派手なのに、反応可愛いんだよね」
「可愛くねーし!」

 膨れっ面でそっぽを向いたら、顎を掴まれ、前を向かされた。

「ほら、そういうとこ」

 面白がるような視線と目が合う。メタリックブルーの瞳。……カラコンかな。冷たく硬質な褪めた青。それが綺麗で何だか圧倒されて、また声を失った。

「ていうか、トッキー何か熱くない? 顔赤いし」
「! いや、何でも……ない」

 チェシャ猫みたいなニヤニヤ笑いで、「そーお?」なんて首を傾げるセンパイ。オレはまたぞろ内心ヒヤヒヤした。まだ布団に帰らされる訳にはいかない。
 五十鈴センパイはパッとオレから手を離すと、四ノ宮の部屋の方へと身体を向けた。

「で、いっくんに用なんだっけ? オレも遊びに行っていい? ずっとお隣さんに住んでたのに、プライベートでは挨拶も交わしたことなかったから」
「え? いや、たぶんまだ居ないんじゃねーかな」

 早速インターホンを押そうとしていた手を止めて、センパイはキョトンとオレを振り返った。

「居ないの分かってて逢いに来たの? まさか、いっくんだけ学校?」
「それは、えーと」
「こんなに早くに待ち伏せ? なーんか怪しいなぁ」
「いや、その……これにはちょっとした理由わけが」

 冷や汗ダラダラ。この人、本当心臓に悪い。五十鈴センパイはニンマリと悪戯っぽく口元を吊り上げると、得たりといった風に告げた。

「分かった。実はトッキー、いっくんに何か弱みでも握られててキョーハクえっちされてるんでしょ? 昨日もめちゃくちゃ嫌がってたし。それで、不在を狙っていっくん宅に侵入して、逆に弱みを探そうって魂胆だ?」
「え? いや、違」
「そういうことなら協力するよー。何か楽しそうだし」
「ほ、本当に違うんだって! そういうんじゃない!」

 引き止めるように言うと、センパイははたと動きを止めた。その手には何処から取り出したのか、ヘアピンが握られている。何するつもりだったんだ? おい。まさかそれでピッキングでもするつもりだったんじゃないだろうな。

「ふぅん? じゃあ、どういうの?」
「それは……」

 黙り込むオレに、五十鈴センパイは少し思案げに目を伏せてから、ドンと己の胸を叩いて見せた。

「何か事情がありそうだねー? 良ければ、相談に乗るよ? 可愛い後輩のことだもん。力になるよー」

 ハチャメチャに胡散臭いにも拘わらず何となく逆らい難い雰囲気のある五十鈴センパイの申し出に、オレは内心頭を抱えて呻いた。
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