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第七章 それでも、幸せを願う。
7-1 ピアスを穿つ ◆
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皮膚の表面をぬるりとした感触が這う。ぴりつく手首の刺激に、薄く目を開いた。いつの間にか外された包帯の下、露出した縄痕を四ノ宮が舐っていた。……一瞬、九重かと思った。
軽く傷口に歯を立てられ、走る痛みに息を詰める。
「ッ……痕、付けるなよ……」
ぽつりと抗議を漏らすと、四ノ宮がこちらに目を向けた。
「トキさん、起きたんですか?」
「……今」
「まだ夜です」
夜か。まだ出なくて良さそうだ。身体が酷く怠くて、動くのも億劫だ。
薄い煎餅布団とシーツ、枕は一つ。二人で寝るには窮屈なサイズの寝具に、オレは仰向けに寝転んでいた。傍らに四ノ宮が座り込み、オレの手を取りこちらを見下ろしている。
「九重……大丈夫かな」
今頃一人で寂しい想いをしていないか。一緒に居てやるって、約束したばかりだったのにな……。
オレの独り言を四ノ宮は別解釈したらしい、ケロリとした調子で返された。
「大丈夫でしょう。あの人、僕のこと完全に舐めてますから。狼に喰われる兎くらいにしか思っていません。警戒されることもありませんよ」
「……お前は、九重のことよく分かってる風なのにな」
同族相通ずるものがあるのかと思っていたが、どうやら理解は一方通行らしい。やはり四ノ宮の方が腹黒度が高いからだろうか。
四ノ宮は再びオレの手首に目を落とすと、縄痕を指先でなぞった。
「ここ、傷が更新されましたよね。これは会長の趣味ですか? それとも、意外とタカさん?」
「……タカは、そういうんじゃない」
「じゃあ、やっぱり会長ですか」
「……」
半分は正解で、半分はハズレだ。電車で四ノ宮を触っていた痴漢リーマン。四ノ宮が報復に脅迫するつもりでいたけど、オレがうっかり逃がした奴。告発を恐れてオレの口を封じようとして、未遂に終わった。
あの時は九重のお陰で助かったけど、もしもオレが電車で何もせず、四ノ宮が予定通りに制裁を加えていたら……どうなっていたんだろう。
四ノ宮から痴漢をネタに脅されたリーマンは、決して唯唯諾諾とは従わなかったんじゃないか? 下手したら、四ノ宮があの時のオレみたいな目に遭っていたのかもしれない。
「四ノ宮……お前、オレん家来いよ」
「はい?」
「前のマンションの部屋。借りたままだし家具とかも一通り揃ってて、すぐに使える。暫くそこに避難して……出来れば、もうここは引き払った方がいい」
家賃は九重が持つって言ってたけど、あのマンションに関してはやっぱりオレが支払うつもりだ。それなら、四ノ宮に使わせても問題ないだろう。
「それって、あの男から逃げろって言いたいんですか?」
「そうだ」
四ノ宮はわざと大きな溜息を吐き、俺の手を離すと肩を竦めて見せた。
「心配して頂かなくても、僕は貴方と違って甘くないので。きっちりとやり遂げてみせますよ。それとも、あの男の身の方を案じているんですか?」
「両方。……正直、アイツはやられても仕方ないとは思うけど。でも……四ノ宮に、もうこんなことをして欲しくない」
四ノ宮の顔から表情が消えた。ベージュの瞳の奥に、またあの虚ろな闇が覗く。
「四ノ宮がいくら強くても、危なくない訳じゃないだろ? 大人は怖い……何してくるか分からない。オレ、やだよ。お前が傷付くの」
「……トキさんのお人好しも筋金入りですね。散々自分を傷付けた相手に、よくそんなことが言えますね」
「オレは別に……傷付いてなんかない」
「あれだけ泣かされておいて?」
「だから、それは……っ生理現象だ。オレが、いいって言ったんだから。合意……だったろ?」
「へぇ、そういう風に自分を納得させるつもりですか。まぁ、いいですけどね」
視線を背けた四ノ宮はそのまま話を終わらせようとする雰囲気だったので、オレは身を起こしてその腕を掴んだ。
「マンションの件は」
「僕が従う理由はありませんね」
「っ四ノ宮!」
掴んだ手を、逆に掴まれて外された。振り向いた四ノ宮は、ベージュの瞳に例の憎悪の光を滾らせていた。
「あの男だけは、絶対に逃がす気はありません。……今度は、邪魔しないでくださいね?」
言葉に詰まる。圧倒された。――止められない。それ程までに四ノ宮の意思は固い。そう思い知らされた。
オレには、何も出来ないのか?
俯いて黙していると、不意に四ノ宮の指先がオレの頬に滑り、思わずびくりと身構えた。指先は軽く頬を撫でると、オレの耳に触れる。先日、四ノ宮に齧られた所。まだ鈍く痛みを発するそこを、四ノ宮は愛でるように弄った。
「トキさんの耳、綺麗ですよね」
「……お前の噛み跡が付いてるけどな。撮影に差支えるし、タカや九重にも変に思われるから、あんま傷とか痕とか付けるなよ」
いじけたように忠告してみせるが、四ノ宮は何処吹く風だ。
「雑誌で見た時から思っていたんです。どうして、ピアスを開けないんだろうって。トキさん、付けてもイヤリングじゃないですか。校則が厳しいのかと思ったら、宵櫻はユルユルでしたし」
「……そういえばお前、うちの高校来たのって、もしかして」
「トキさんを追ってきましたよ。生徒会で一緒にならなければ、話すこともないだろうと思ってましたけど。……まさか、トキさんの方からあんな機会をくれるなんてね」
ふふっ、と楽しげに笑う四ノ宮。
うっ……。痛い所を突かれた。九重の時といい、オレのすること全部裏目に出てるな。てかコイツ、オレのファンってのは本当だったんだな。面映ゆいけど、素直に喜んでいいのか複雑な気分だ。
「耳……もしかしたら、大事にしてるのかなと思ったんです。だから、壊したかった」
四ノ宮が言う。オレにはよく分からない心理。
「別に……穴開けなかったのは痛そうで怖かったからってだけで、特別な意味はねーよ」
「ふっ、そんな可愛らしい理由だったんですか」
「笑うなっ」
カリッと、四ノ宮はオレの耳朶の傷に爪を立てた。走った痛みに軽く息を詰める。
「痕を付けるなと言いましたけど、不自然なものでなければいいんですよね? トキさんの耳にピアス穴を空けてもいいですか? ヴァージンを頂いた記念に、トキさんの綺麗な処女耳もぶっといピアスでぶち抜きたいです」
「……悪趣味」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてない!」
四ノ宮はまたぞろ愉快げに笑みを零すと、ゆっくりと腰を上げた。
「そうと決まれば、ピアッサーを入手してきますかね」
「え? 今から?」
「コンビニならやっているでしょう。売っているかは知りませんけどね。無かったら安全ピンでいきますよ」
げっ、それは痛そうだ。でも、今はそれよりも。
「……行くなよ」
立ち上がりかけた四ノ宮の腕を掴んで引き止める。四ノ宮は少し驚いたような表情でこちらを見下ろした。
「夜中に外に出るのは危ない。あの男もまだ近くを彷徨いてるかもしれないし」
「……ああ、なんだ。〝傍に居て〟とか甘えてくるのかと思いました。ご心配には及びませんけど……そうですね」
次の瞬間、肩を押されて押し倒された。覆い被さるように身を寄せた四ノ宮が、にっこりと微笑みかけてくる。
「トキさんがあんまり可愛らしいことを言うので、また元気になってしまいました。大分休憩もしたことですし、再開しましょうか」
「え゛」
いやいやいや、冗談だろ!? しかし、四ノ宮の目は本気だ。思わず、シーツの上で後退る。
「も、もう満足したんじゃなかったのかよ!?」
「いいえ? トキさん幾ら汚しても綺麗なままなんですもん。こんなんじゃちっとも征服欲が満たされません」
「意味分かんねぇし! 無理! オレもう無理だって!」
「僕の気が済むまで付き合ってくれるって言ったじゃないですか」
「無理なもんは無理!!」
「あ」
反転して匍匐前進で逃げ出したオレを、しかし四ノ宮はあっけなく腰を掴んで捕らえた。そのまま引きずり戻されて、いきなり後ろからずぷりと挿入される。
「ぁあッ!」
衝撃で叫びが漏れた。散々四ノ宮の形に慣らされたそこは、四ノ宮の出したものをローション代わりに、すんなりと呑み込んでしまった。
「逃がしませんよ」
興奮した獣みたいに獰猛な声が背後から降ってきて――後はまた気を失うまで貪られた。
軽く傷口に歯を立てられ、走る痛みに息を詰める。
「ッ……痕、付けるなよ……」
ぽつりと抗議を漏らすと、四ノ宮がこちらに目を向けた。
「トキさん、起きたんですか?」
「……今」
「まだ夜です」
夜か。まだ出なくて良さそうだ。身体が酷く怠くて、動くのも億劫だ。
薄い煎餅布団とシーツ、枕は一つ。二人で寝るには窮屈なサイズの寝具に、オレは仰向けに寝転んでいた。傍らに四ノ宮が座り込み、オレの手を取りこちらを見下ろしている。
「九重……大丈夫かな」
今頃一人で寂しい想いをしていないか。一緒に居てやるって、約束したばかりだったのにな……。
オレの独り言を四ノ宮は別解釈したらしい、ケロリとした調子で返された。
「大丈夫でしょう。あの人、僕のこと完全に舐めてますから。狼に喰われる兎くらいにしか思っていません。警戒されることもありませんよ」
「……お前は、九重のことよく分かってる風なのにな」
同族相通ずるものがあるのかと思っていたが、どうやら理解は一方通行らしい。やはり四ノ宮の方が腹黒度が高いからだろうか。
四ノ宮は再びオレの手首に目を落とすと、縄痕を指先でなぞった。
「ここ、傷が更新されましたよね。これは会長の趣味ですか? それとも、意外とタカさん?」
「……タカは、そういうんじゃない」
「じゃあ、やっぱり会長ですか」
「……」
半分は正解で、半分はハズレだ。電車で四ノ宮を触っていた痴漢リーマン。四ノ宮が報復に脅迫するつもりでいたけど、オレがうっかり逃がした奴。告発を恐れてオレの口を封じようとして、未遂に終わった。
あの時は九重のお陰で助かったけど、もしもオレが電車で何もせず、四ノ宮が予定通りに制裁を加えていたら……どうなっていたんだろう。
四ノ宮から痴漢をネタに脅されたリーマンは、決して唯唯諾諾とは従わなかったんじゃないか? 下手したら、四ノ宮があの時のオレみたいな目に遭っていたのかもしれない。
「四ノ宮……お前、オレん家来いよ」
「はい?」
「前のマンションの部屋。借りたままだし家具とかも一通り揃ってて、すぐに使える。暫くそこに避難して……出来れば、もうここは引き払った方がいい」
家賃は九重が持つって言ってたけど、あのマンションに関してはやっぱりオレが支払うつもりだ。それなら、四ノ宮に使わせても問題ないだろう。
「それって、あの男から逃げろって言いたいんですか?」
「そうだ」
四ノ宮はわざと大きな溜息を吐き、俺の手を離すと肩を竦めて見せた。
「心配して頂かなくても、僕は貴方と違って甘くないので。きっちりとやり遂げてみせますよ。それとも、あの男の身の方を案じているんですか?」
「両方。……正直、アイツはやられても仕方ないとは思うけど。でも……四ノ宮に、もうこんなことをして欲しくない」
四ノ宮の顔から表情が消えた。ベージュの瞳の奥に、またあの虚ろな闇が覗く。
「四ノ宮がいくら強くても、危なくない訳じゃないだろ? 大人は怖い……何してくるか分からない。オレ、やだよ。お前が傷付くの」
「……トキさんのお人好しも筋金入りですね。散々自分を傷付けた相手に、よくそんなことが言えますね」
「オレは別に……傷付いてなんかない」
「あれだけ泣かされておいて?」
「だから、それは……っ生理現象だ。オレが、いいって言ったんだから。合意……だったろ?」
「へぇ、そういう風に自分を納得させるつもりですか。まぁ、いいですけどね」
視線を背けた四ノ宮はそのまま話を終わらせようとする雰囲気だったので、オレは身を起こしてその腕を掴んだ。
「マンションの件は」
「僕が従う理由はありませんね」
「っ四ノ宮!」
掴んだ手を、逆に掴まれて外された。振り向いた四ノ宮は、ベージュの瞳に例の憎悪の光を滾らせていた。
「あの男だけは、絶対に逃がす気はありません。……今度は、邪魔しないでくださいね?」
言葉に詰まる。圧倒された。――止められない。それ程までに四ノ宮の意思は固い。そう思い知らされた。
オレには、何も出来ないのか?
俯いて黙していると、不意に四ノ宮の指先がオレの頬に滑り、思わずびくりと身構えた。指先は軽く頬を撫でると、オレの耳に触れる。先日、四ノ宮に齧られた所。まだ鈍く痛みを発するそこを、四ノ宮は愛でるように弄った。
「トキさんの耳、綺麗ですよね」
「……お前の噛み跡が付いてるけどな。撮影に差支えるし、タカや九重にも変に思われるから、あんま傷とか痕とか付けるなよ」
いじけたように忠告してみせるが、四ノ宮は何処吹く風だ。
「雑誌で見た時から思っていたんです。どうして、ピアスを開けないんだろうって。トキさん、付けてもイヤリングじゃないですか。校則が厳しいのかと思ったら、宵櫻はユルユルでしたし」
「……そういえばお前、うちの高校来たのって、もしかして」
「トキさんを追ってきましたよ。生徒会で一緒にならなければ、話すこともないだろうと思ってましたけど。……まさか、トキさんの方からあんな機会をくれるなんてね」
ふふっ、と楽しげに笑う四ノ宮。
うっ……。痛い所を突かれた。九重の時といい、オレのすること全部裏目に出てるな。てかコイツ、オレのファンってのは本当だったんだな。面映ゆいけど、素直に喜んでいいのか複雑な気分だ。
「耳……もしかしたら、大事にしてるのかなと思ったんです。だから、壊したかった」
四ノ宮が言う。オレにはよく分からない心理。
「別に……穴開けなかったのは痛そうで怖かったからってだけで、特別な意味はねーよ」
「ふっ、そんな可愛らしい理由だったんですか」
「笑うなっ」
カリッと、四ノ宮はオレの耳朶の傷に爪を立てた。走った痛みに軽く息を詰める。
「痕を付けるなと言いましたけど、不自然なものでなければいいんですよね? トキさんの耳にピアス穴を空けてもいいですか? ヴァージンを頂いた記念に、トキさんの綺麗な処女耳もぶっといピアスでぶち抜きたいです」
「……悪趣味」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてない!」
四ノ宮はまたぞろ愉快げに笑みを零すと、ゆっくりと腰を上げた。
「そうと決まれば、ピアッサーを入手してきますかね」
「え? 今から?」
「コンビニならやっているでしょう。売っているかは知りませんけどね。無かったら安全ピンでいきますよ」
げっ、それは痛そうだ。でも、今はそれよりも。
「……行くなよ」
立ち上がりかけた四ノ宮の腕を掴んで引き止める。四ノ宮は少し驚いたような表情でこちらを見下ろした。
「夜中に外に出るのは危ない。あの男もまだ近くを彷徨いてるかもしれないし」
「……ああ、なんだ。〝傍に居て〟とか甘えてくるのかと思いました。ご心配には及びませんけど……そうですね」
次の瞬間、肩を押されて押し倒された。覆い被さるように身を寄せた四ノ宮が、にっこりと微笑みかけてくる。
「トキさんがあんまり可愛らしいことを言うので、また元気になってしまいました。大分休憩もしたことですし、再開しましょうか」
「え゛」
いやいやいや、冗談だろ!? しかし、四ノ宮の目は本気だ。思わず、シーツの上で後退る。
「も、もう満足したんじゃなかったのかよ!?」
「いいえ? トキさん幾ら汚しても綺麗なままなんですもん。こんなんじゃちっとも征服欲が満たされません」
「意味分かんねぇし! 無理! オレもう無理だって!」
「僕の気が済むまで付き合ってくれるって言ったじゃないですか」
「無理なもんは無理!!」
「あ」
反転して匍匐前進で逃げ出したオレを、しかし四ノ宮はあっけなく腰を掴んで捕らえた。そのまま引きずり戻されて、いきなり後ろからずぷりと挿入される。
「ぁあッ!」
衝撃で叫びが漏れた。散々四ノ宮の形に慣らされたそこは、四ノ宮の出したものをローション代わりに、すんなりと呑み込んでしまった。
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