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第六章 壊れた、小さな世界。
6-1 幼馴染の知らない顔
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白いワイシャツの上に、黒のベストとリボンタイ。黒のパンツにカフェエプロンを巻いた、伝統的なギャルソンスタイルに着替えた須崎は、気恥ずかしそうに仏頂面を浮かべて棒立ちになっていた。
「おー」
オレは思わず感嘆の息を漏らす。
「似合っ」
「似合ってねーのは分かってるから、何も言うな!」
凄い勢いで先制された……。
「いや、意外と似合ってんぜ? 須崎、普段制服ですらめちゃくちゃ着崩してるから、そんな風にピシッと決めてんの珍しいっつか、ギャップっつか」
「首元、クッソ窮屈。釦外してえ……」
「お前、体格良いしな。よくサイズがあったな」
「特注したんだよ」
「店長!」
従業員控え室に顔を出したのは、四十代のくたびれたオッサン……もとい、ここのオーナー、渋谷さんだった。しぶやさんじゃなくて、しぶたにさん。
無精髭、ボサボサ頭で清潔感とは縁遠いこの人が店長ということからも分かるように、このカフェ〝止まり木〟は割とビジュアル審査が緩い。オレみたいな金髪に緑メッシュ入れて更に紫のカラコンしてるような人間も普通に雇ってくれてんだもんな。マジ感謝。
渋谷さんは、畏まって固まるギャルソン姿の須崎に目を遣ると、自身の顎を擦りながら頷いた。
「うんうん、悪くないね。後は笑顔だね。ちょっと、笑ってみてくれるかい?」
渋谷さんのリクエストにギョッと目を剥いた後に、須崎は彼なりに精一杯の〝笑顔〟を作って見せた。……うん。いや……。
「怖ぇよ!!」
何でそんな眉間にシワ寄せて、眼光鋭く睨め付けながら、口元だけヒクヒク引き攣らせてんだよ!? 店長もドン引きしてんぞ!!
「っだから! 笑顔は苦手だっつったろ!?」
「知ってっけど、予想以上だったよ!!」
よし、落ち着け。
「お前、顔に力入れ過ぎなんだよ。あんま頑張って笑おうと意識すんな。力抜いて、自然に……弟妹のこと思い浮かべろ」
「んなこと言われても……」
「よし、オレを見ろ。オレ様の完璧な読モ営業スマイルを真似るんだ!」
バチコーン☆と、お得意のウインクを決めて須崎にスマイルを向ける。途端に、須崎は「うぐっ」と胸を押さえて蹲ってしまった。
「須崎ぃ!? どうした!? 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫だ、何でもない……」
よろりと立ち上がる須崎の背を、おろおろと擦るオレと、おやおやと困り顔の店長。
「お前、よく胸押さえてるけど、心臓とかどっか調子悪いのか? 何かの病気とかじゃないよな?」
「まぁ、病といえば、確かに病かもしんねぇ……認めたくねえけど、たぶん」
「え!?」
「いや、大丈夫だ。そういうんじゃねえ。何でもねえ!」
「そ、そうか?」
須崎は寸の間黙した後、不意に背にあるオレの手を掴んだ。そうしてオレの目をじっと見据えて、真面目な顔をする。
「……お前には、覚悟決めたら、いつかちゃんと言う。から、待ってろ」
「お、おう!」
何か分かんねーけど、いつか心臓に重大な病を抱えてるカミングアウトでもされるのか!? 本当に大丈夫なのか? 須崎……。
オレが不安そうな顔をしていたからだろうか、須崎はオレを宥めるように、でっかい手で頭をぽんぽんしてきた。流石お兄ちゃん属性。撫でが手慣れてる。……のは、良いとして。
「その顔だよ!」
「は?」
「いや、今お前、めっちゃ優しい良い顔で笑えてたぞ! その笑顔なら客もイチコロだぞ! な!? 店長!!」
「そうだね。うん、青春だねぇ」
店長は相変わら顎髭をジョリジョリ撫でながら、うんうん柔和に頷いている。あれ、撫でんの気持ち良さそうだよな。触らせてくんねーかな。
「よし、須崎! 営業中は、オレのこと弟と思っていいぞ!」
「お、弟?」
「そうすれば、今みたいに良い笑顔が出るだろ! 改めて、今日から一緒に頑張ろうな! お兄ちゃん!」
「おにぃ……っ」
「わーっ! 須崎、大丈夫か!? 心臓か!? 心臓なのか!?」
「ぐぅ……っだ、大丈夫だ……」
「おやおや、青春だねぇ」
そんなこんなで、須崎が同じバイト先の後輩になった。――日曜日。都心の賑わった道なりから外れた路地裏に、ひっそりと建つ穴場スポット的なカフェ〝止まり木〟は、のんびり昼から開店する。
広さはそこそこ、木製の家具で揃えられた安らぎの店内。以前は店長一人で回してて(気まぐれに開いたり閉じたりする売上度外視営業だったようだ)あんまり客も来なかったみたいだけど、最近はオレのイケメン読モ店員効果か、それなりに客足も良く繁盛期は忙しい。
つーか、これまでは知名度低かっただけで、普通にコーヒーもケーキも美味いからな。何となく学校帰りにタカと寄った時に、この味に惚れて猛アタックして雇ってもらい、今に至るって訳だ。
甘いものがあまり得意じゃないタカでも、コーヒーと一緒ならここのザッハトルテいけるって絶賛してたっけな。
――タカ。
脳裏に浮かぶのは、昨日の突然の告白。
――『好きだ、トキ。ガキの頃からずっと……お前のことだけを想ってきた。お前のことだけを俺は、生涯愛すると誓う』
知らなかった。全く。約十六年間もずっと一緒に生きてきたのに。
タカが……オレのこと、そんな風に想ってたなんて。
あまりにも真剣で、射抜かれるような強い眼差しで。タカは普段絶対にオレに痛いことなんてしないのに、掴まれた手首が、凄い力で。――本気だった。そもそも、タカが冗談とか言う訳ないし、本当のことなんだ。
タカとオレは幼馴染で、赤ん坊の頃からの付き合いだ。実家が近所で、オレの母さんとタカの母さんが元々旧知の仲で親友同士だったらしく、同じ年に互いに子供を授かった時には、産まれたらこの子達を友達にしようと話していたらしい。つまり正確には、オレとタカが親友になるのは胎児の頃から決まっていたことだった訳だ。
そんな感じだから、初対面の時なんて幼過ぎて何にも覚えてない。物心付いた頃には既にタカが傍に居た。まさに兄弟同然だった。オレが手のかかる甘えん坊な弟で、タカが優しいお兄ちゃん。タカはオレのワガママを時には窘めつつ、何だかんだ許してくれちゃったりなんかして、オレはタカにめちゃくちゃ懐いてた。
一緒に風呂にもよく入った。全裸で洗いっこしたり。タカの方が身長が伸びんの早くて、オレはちょっと嫉妬したりして。
一緒に入らなくなったのは、いつ頃だったか。小学校高学年になる頃には、もう別々だったかな。オレはまだまだ一緒に入りたがってた記憶があるけど、タカの方が遠慮し出したんだ。
「トキ、もう大人になるんだから、あんまり身体を人に見せちゃダメだ」――そんな風に言われた記憶がある。
オレが、「タカにならいいじゃん」って言ったら、「俺でもダメだ」って。オレはその時、何で駄目なのか分からなくて、いじけたっけな。
思えば、あの頃から既にタカはオレのことを意識し始めてた……のか? いや、分かんねぇな。
とにかく、ガキの頃から本当にずっと一緒に居た。中学も三年間同じサッカー部に入って、毎日一緒に登下校してた。先生が気を利かせたのか、クラスもずっと一緒。
高校も同じとこ行こうって示し合わせて、一緒に選んで……。オレが読モやるって言い出した時は、親父だけじゃなく、タカにも最初反対されたんだった。「モデルなんて、不特定多数の目に晒されることになるんだぞ」って。「個人情報の流出とか、危ないんじゃないか」って心配されたっけ。それでもやりたいって説き伏せて……。
親父には結局反対され続けてるけど、タカは許してくれた。「お前がそうしたいんなら」って。ガキの頃のワガママを許すみたいに、しょうがねえなって感じで、優しく頭を撫でて。
――タカ。
いつからだ。いつから、オレのこと……。
幼馴染で、親友で。兄弟同然に育って、ずっと傍に居て……何もかも分かってるつもりでいた。
だけど、昨日のタカは――まるで、知らない男性みたいだった。
「おー」
オレは思わず感嘆の息を漏らす。
「似合っ」
「似合ってねーのは分かってるから、何も言うな!」
凄い勢いで先制された……。
「いや、意外と似合ってんぜ? 須崎、普段制服ですらめちゃくちゃ着崩してるから、そんな風にピシッと決めてんの珍しいっつか、ギャップっつか」
「首元、クッソ窮屈。釦外してえ……」
「お前、体格良いしな。よくサイズがあったな」
「特注したんだよ」
「店長!」
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無精髭、ボサボサ頭で清潔感とは縁遠いこの人が店長ということからも分かるように、このカフェ〝止まり木〟は割とビジュアル審査が緩い。オレみたいな金髪に緑メッシュ入れて更に紫のカラコンしてるような人間も普通に雇ってくれてんだもんな。マジ感謝。
渋谷さんは、畏まって固まるギャルソン姿の須崎に目を遣ると、自身の顎を擦りながら頷いた。
「うんうん、悪くないね。後は笑顔だね。ちょっと、笑ってみてくれるかい?」
渋谷さんのリクエストにギョッと目を剥いた後に、須崎は彼なりに精一杯の〝笑顔〟を作って見せた。……うん。いや……。
「怖ぇよ!!」
何でそんな眉間にシワ寄せて、眼光鋭く睨め付けながら、口元だけヒクヒク引き攣らせてんだよ!? 店長もドン引きしてんぞ!!
「っだから! 笑顔は苦手だっつったろ!?」
「知ってっけど、予想以上だったよ!!」
よし、落ち着け。
「お前、顔に力入れ過ぎなんだよ。あんま頑張って笑おうと意識すんな。力抜いて、自然に……弟妹のこと思い浮かべろ」
「んなこと言われても……」
「よし、オレを見ろ。オレ様の完璧な読モ営業スマイルを真似るんだ!」
バチコーン☆と、お得意のウインクを決めて須崎にスマイルを向ける。途端に、須崎は「うぐっ」と胸を押さえて蹲ってしまった。
「須崎ぃ!? どうした!? 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫だ、何でもない……」
よろりと立ち上がる須崎の背を、おろおろと擦るオレと、おやおやと困り顔の店長。
「お前、よく胸押さえてるけど、心臓とかどっか調子悪いのか? 何かの病気とかじゃないよな?」
「まぁ、病といえば、確かに病かもしんねぇ……認めたくねえけど、たぶん」
「え!?」
「いや、大丈夫だ。そういうんじゃねえ。何でもねえ!」
「そ、そうか?」
須崎は寸の間黙した後、不意に背にあるオレの手を掴んだ。そうしてオレの目をじっと見据えて、真面目な顔をする。
「……お前には、覚悟決めたら、いつかちゃんと言う。から、待ってろ」
「お、おう!」
何か分かんねーけど、いつか心臓に重大な病を抱えてるカミングアウトでもされるのか!? 本当に大丈夫なのか? 須崎……。
オレが不安そうな顔をしていたからだろうか、須崎はオレを宥めるように、でっかい手で頭をぽんぽんしてきた。流石お兄ちゃん属性。撫でが手慣れてる。……のは、良いとして。
「その顔だよ!」
「は?」
「いや、今お前、めっちゃ優しい良い顔で笑えてたぞ! その笑顔なら客もイチコロだぞ! な!? 店長!!」
「そうだね。うん、青春だねぇ」
店長は相変わら顎髭をジョリジョリ撫でながら、うんうん柔和に頷いている。あれ、撫でんの気持ち良さそうだよな。触らせてくんねーかな。
「よし、須崎! 営業中は、オレのこと弟と思っていいぞ!」
「お、弟?」
「そうすれば、今みたいに良い笑顔が出るだろ! 改めて、今日から一緒に頑張ろうな! お兄ちゃん!」
「おにぃ……っ」
「わーっ! 須崎、大丈夫か!? 心臓か!? 心臓なのか!?」
「ぐぅ……っだ、大丈夫だ……」
「おやおや、青春だねぇ」
そんなこんなで、須崎が同じバイト先の後輩になった。――日曜日。都心の賑わった道なりから外れた路地裏に、ひっそりと建つ穴場スポット的なカフェ〝止まり木〟は、のんびり昼から開店する。
広さはそこそこ、木製の家具で揃えられた安らぎの店内。以前は店長一人で回してて(気まぐれに開いたり閉じたりする売上度外視営業だったようだ)あんまり客も来なかったみたいだけど、最近はオレのイケメン読モ店員効果か、それなりに客足も良く繁盛期は忙しい。
つーか、これまでは知名度低かっただけで、普通にコーヒーもケーキも美味いからな。何となく学校帰りにタカと寄った時に、この味に惚れて猛アタックして雇ってもらい、今に至るって訳だ。
甘いものがあまり得意じゃないタカでも、コーヒーと一緒ならここのザッハトルテいけるって絶賛してたっけな。
――タカ。
脳裏に浮かぶのは、昨日の突然の告白。
――『好きだ、トキ。ガキの頃からずっと……お前のことだけを想ってきた。お前のことだけを俺は、生涯愛すると誓う』
知らなかった。全く。約十六年間もずっと一緒に生きてきたのに。
タカが……オレのこと、そんな風に想ってたなんて。
あまりにも真剣で、射抜かれるような強い眼差しで。タカは普段絶対にオレに痛いことなんてしないのに、掴まれた手首が、凄い力で。――本気だった。そもそも、タカが冗談とか言う訳ないし、本当のことなんだ。
タカとオレは幼馴染で、赤ん坊の頃からの付き合いだ。実家が近所で、オレの母さんとタカの母さんが元々旧知の仲で親友同士だったらしく、同じ年に互いに子供を授かった時には、産まれたらこの子達を友達にしようと話していたらしい。つまり正確には、オレとタカが親友になるのは胎児の頃から決まっていたことだった訳だ。
そんな感じだから、初対面の時なんて幼過ぎて何にも覚えてない。物心付いた頃には既にタカが傍に居た。まさに兄弟同然だった。オレが手のかかる甘えん坊な弟で、タカが優しいお兄ちゃん。タカはオレのワガママを時には窘めつつ、何だかんだ許してくれちゃったりなんかして、オレはタカにめちゃくちゃ懐いてた。
一緒に風呂にもよく入った。全裸で洗いっこしたり。タカの方が身長が伸びんの早くて、オレはちょっと嫉妬したりして。
一緒に入らなくなったのは、いつ頃だったか。小学校高学年になる頃には、もう別々だったかな。オレはまだまだ一緒に入りたがってた記憶があるけど、タカの方が遠慮し出したんだ。
「トキ、もう大人になるんだから、あんまり身体を人に見せちゃダメだ」――そんな風に言われた記憶がある。
オレが、「タカにならいいじゃん」って言ったら、「俺でもダメだ」って。オレはその時、何で駄目なのか分からなくて、いじけたっけな。
思えば、あの頃から既にタカはオレのことを意識し始めてた……のか? いや、分かんねぇな。
とにかく、ガキの頃から本当にずっと一緒に居た。中学も三年間同じサッカー部に入って、毎日一緒に登下校してた。先生が気を利かせたのか、クラスもずっと一緒。
高校も同じとこ行こうって示し合わせて、一緒に選んで……。オレが読モやるって言い出した時は、親父だけじゃなく、タカにも最初反対されたんだった。「モデルなんて、不特定多数の目に晒されることになるんだぞ」って。「個人情報の流出とか、危ないんじゃないか」って心配されたっけ。それでもやりたいって説き伏せて……。
親父には結局反対され続けてるけど、タカは許してくれた。「お前がそうしたいんなら」って。ガキの頃のワガママを許すみたいに、しょうがねえなって感じで、優しく頭を撫でて。
――タカ。
いつからだ。いつから、オレのこと……。
幼馴染で、親友で。兄弟同然に育って、ずっと傍に居て……何もかも分かってるつもりでいた。
だけど、昨日のタカは――まるで、知らない男性みたいだった。
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