オレとアイツの脅し愛

夜薙 実寿

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第五章 記憶の中の男の子

5-3 因果応報 ◆

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 何で、今朝の痴漢リーマンが? 困惑するオレに、そいつは嗜虐的な笑みを浮かべて言った。

「まだ自分の状況を理解出来ていないようだね。周りを見てみたらどうだ?」

 忠告に従い、オレは鈍い頭を緩慢に左右に振り向けてみた。――人が居た。見知らぬ男。一人じゃない。反対側に、もう一人。こららは見覚えがある、若い男。その顔を見た途端、オレの記憶が刺激された。思い出す、ここに至るまでの経緯。
 前のマンションでタカを迎える約束をして、帰路に着いた。その直後、オレはこの男に車から声を掛けられ、首に何かを打たれて急に意識が遠くなって――。

 そうか、オレ。拉致……されたんだ。

 愕然とする。改めて自身に目を遣ると、オレは天井の梁から両手首を縄で縛られて吊るされていた。ジャージは脱がされていて、半袖ショートパンツの体操着姿だ。(今日も制服を濡らしていたから、ジャージ下校だった)
 身体がえらく冷えている。おまけに、立ったまま気を失っていたらしく、自重の掛かった腕が抜けそうに痛い。あれからどのくらいの時間が経ったんだ?

 再び辺りに視線を巡らせてみる。ここは……何処かの廃倉庫か? 何も無いコンクリートの床。だだっ広い空間。土黴くさい臭い。高い位置にある明り取りの窓から覗く空はもう藍色に染まり、夜の闇を示している。光源は、オレ同様に吊るされた簡素な裸電球だけだ。

「分かったかな? ――自分の置かれた状況が」

 痴漢リーマンが確認する。粘ついた笑みと声音。纏わりついてくるような視線に、居心地の悪さを覚えた。

「いや……分かんねえよ。これって、誘拐か? 何でアンタが?」

 問い返したオレの声は水分不足で嗄れていた。痴漢リーマンは自身の顎に手をやって、勿体ぶってみせる。

「誘拐……誘拐か。それもいいかもしれないな。キミ、モデルなんて派手な仕事してるからすぐに調べられたけど、華道の本家の一人息子らしいな。誘拐となったら、ガッポリ身代金取れるかもな。……でも、そこまで危ない橋は渡るつもりは無いよ」
「……じゃあ、何なんだよ。復讐でもするつもりか? 今朝のこと」

 ぐいと顔を近付けて、リーマンがドアップで視界を占領してきた。

「――口封じだよ。顔を覚えられていて、警察にチクられでもしたら困るからね」
「口封じ?」

 って、何するつもりだよ。危ない橋を渡るつもりは無いってことは、殺されはしない……筈だけど。
 嫌な予感に、冷や汗が出る。痴漢リーマンはこれみよがしにバッグから取り出した何かを、オレの眼前に示した。銀色に光る……はさみ
 ギョッとして身を竦ませたオレを嘲笑うように、リーマンはその切っ先をオレに向けた。ギラリ、凶悪な煌めきがオレの心を翻弄する。

「安心しろ。暴力は振るわない。警察に騒がれたくないのに、目に見える傷なんか残したら本末転倒だろう?」

 言いながら、手にした道具をオレの体操着の衿口に噛ませる。

「だから、キミが自主的に口を噤んでいてくれるように、ちょっと恥ずかしい思いをして貰うだけさ」

 ジャキッ、金属の合わさる音と、布の裂ける音。――服を切られた。
 一度だけじゃない。連続して行われる裁断に、オレは硬直した。下手に動いたら肌を切られそうで、ただ息を詰めて見守るしか出来ない。真っ二つに前を開かれて、垂れ下がった布の間から胸元が露出した。ただでさえ冷えた身体に、外気が刺すように冷たく肌を嬲る。
 視線が絡み付く。三人分の目が、オレに集約する。――結局、またそれかよ。

「アンタ……ゲイなのか?」

 四ノ宮のことも、男だと分かっていて狙ったのか? そう思って訊いたが、どうやらそうじゃないらしい。

「いいや、私はノーマルだよ。だから、こうしてそちらの道の方々に協力を仰いだ訳じゃないか」

 オレの左右を固めていた若い男二人に、リーマンが目配せをした。それが合図だったかのように、二人が動き出す。一人が背後に回り、もう一人が前に立った。痴漢リーマンが再び鞄から、今度はハンディカメラを取り出して、こちらに向けて構える。

「私は撮影係に徹するよ。キミ、撮られるのはお手のものなんだろう? モデルさんだからね。動画だから、嬌声までバッチリ入るよ。ノーマルの私でさえ勃たせるくらいの良い声で啼いておくれよ」

 ――ああ、もうウンザリだ。
 どいつもこいつも、そればっかり。どうして、オレがこんな目に遭う? オレが悪いのか? ……そうか、オレが悪いのか。
 九重の言うように、後先考えずに行動したから……警戒心が無さ過ぎたから……だから、オレが悪いんだ。
 ――これが因果応報ってやつか。

 心は酷く冷めていくのに、恐怖心は消せなかった。前方に回った男が、一気にオレのショートパンツと下着をずり下ろした瞬間、思考が吹っ飛ぶ。そちらに意識を取られている内に、背後の男が後ろからオレの胸を弄り始めた。撫で回し、それから両の突起を指先で引っ掛けると、同時に摘んだ。

「ぁん……ッやめろ!」

 上擦った声が出る。悔しい。何で、こんな時でも反応してしまう。火照る身体。漏れる吐息。硬く膨らんでいく突起。

「胸だけで、随分いい反応してくれるね。君に打ったのは睡眠薬だけで、媚薬の類は使っていないのに。……もしかして、こういうこと手慣れてるのかな?」
「ちがっ、違う! 手慣れて、なんか……っ!」

 耳元に囁いた後ろの男が、そのまま耳朶を舌でなぞり、舐り始めた。強い痛みの走った場所は、四ノ宮に噛まれて幾らも経たない真新しい傷口だ。――やめろ、抉らないでくれ。

 一方、前方の男はオレを脱がせた後、カメラのレンズを遮らないように斜め前に身体をズラした。顕になった下半身が、無機質な視線に晒されて心許なく震える。
 それがしっかりと映されたのを確信してから、男は再び前方に戻って屈み込んだ。オレの雄の象徴と向かい合うと、男はオレを見上げて含みのある笑みを向け――次の瞬間、びちゃりとに舌を這わせた。

 ゾクッと、背が反る。ねっとりとした粘性の生物が、ゆっくり敏感な場所を這いずり回るような感覚。逃れようと腰を引いても、男にがっしりと掴まれて固定されてしまう。腿の辺りで留まる下着とショートパンツも、皮肉にも拘束の役割を果たしていた。

「ゃ、やだ! 汚いっ! そんなとこ、舐めんな!」
「いや? 洗いたてのボディソープの香りがするよ。シャワー浴びたのかな? 綺麗にしていてくれて、ありがたいね。……これなら、いくらでも舐められる」
「ァっ……しゃ、喋んな!」

 空気が振動して、オレの敏感な部位を微細に揺する。背筋をぞわぞわっと電気信号が駆け上がり、耳や胸のビリビリと繋がって、身体の中心に熱が溜まっていく。

「ぅ……く、ッんぁ……や、だ」

 弱い所をいっぺんに責め立てられて、全身が震える。脳が混乱する。自分が何をされているのか視界に映ると怖気立つのに、目を瞑ると余計に感覚が研ぎ澄まされて、無用に感じてしまう。
 ――やだ。嫌だ。タカ。タカ!

「可愛いねぇ。そんなに悦んでくれると、サービスしたくなっちゃうよ」

 前の男はオレの雄の表面を丁寧に舐り上げると、不意に先端を口に含んだ。
 強い刺激が走り、喉から声が出る。

 ――タカ。タカはきっと来てくれる。
 だって、今日逢うって約束した。マンションに居ないオレに気付いて、きっと変に思って探してくれる。
 だから、絶対助けが来る。――あの時みたいに。

 先端を吸い上げながら、男は徐々に深くオレを咥えこんでいく。じゅぼじゅぼと、おぞましい音が倉庫内に響く。――気が遠くなる程の、強い快楽。
 ビデオカメラを回しながら、リーマンが不気味な笑みを向けてくる。酷く下卑た表情に、いつぞやの誘拐犯のそれが重なる。――薄暗い室内。何処かの廃墟。
 やがて、視界に現実のそれとは異なる記憶の映像が混ざり始めた。混線したラジオのように、過去と現在とが混ざり合っていく。

 オレが見た夢。あれは、あの日の――失くしていた過去の、誘拐された時の記憶だ。
 今それがまた、蘇ろうとしていた。
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