オレとアイツの脅し愛

夜薙 実寿

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第四章 就任!波乱の生徒会マスコット

4-1 電車は危険がいっぱい!?

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「駄目だ」
「何で!!」

 タワマン最上階、朝。九重とオレの口論が広いリビングに響いていた。
 空は快晴、今日も良い天気。昨日はちゃんと自室で眠れたから、九重と例の攻防戦を繰り広げることも結果気絶することもなく、無事に朝ご飯及び昼の弁当も用意することが出来た。ので、現在はリビングにて九重と朝食を囲んでいるところだった。(ちなみに、昨日の朝飯は九重が常備してた十秒チャージのアレに結局お世話になった)

「電車なんて論外だ。わざわざ使う必要も無い。車でいいだろう?」
「だから! それだといつまでも道覚えらんないだろ!? 一人で登下校出来ないと不便じゃん!! 車田さん毎回呼ぶのも申し訳ねーし」
「あの人はそれが仕事だ。仕事を奪うのか?」
「ぐっ……そうかもしんねーけど!! とにかく今日はオレ、電車通学すっからな!?」

 ……ってのが、争点だった。あくまでも一人で道順を頭に叩き込みたいというオレの主張に、九重は一貫して首を縦には振らない。

「駄目だ」
「だから、何で!?」
「電車なんて乗ったら、お前絶対痴漢に遭うだろう」
「遭わねーよ!? オレ男だぞ!! お前じゃあるまいし、誰が触るんだよ!? 男のケツ!!」
「俺も別に、お前以外は触ろうとも思わない」

 コイツ、オレを何だと思ってるんだ……。最早脱力の境地だぜ。

「とにかく! 何と言われよーと、今日は譲らないからな!」

 オレも強固に意志を曲げない姿勢を見せると、九重は深い溜息の末に、遂に折れた。

「分かった。なら、俺も電車で行く」
「へ? いいよ、別に。お前は車田さんに送って貰えよ。電車は同じ学校の奴らも利用してるんだから、もしもお前と一緒の所を目撃されたら変に思われんだろ」

 如何いかに今日から同じ生徒会役員になるとはいえ、朝から一緒ってのは流石にねーだろ。なのに、九重は言う。

「偶然会ったことにすればいい」
「……それ、毎日だと無理があんだろ」
「分かった。少し距離を取ればいいんだろう」
「何としても付いては来るんだな?」
「当たり前だ。誰かさんを一人にしておくのは危険だからな」
「子供のお使いじゃあるまいし……」

 まぁ、言っててもらちが明かない。九重が少し後ろを歩くという案でひとまず手を打って、オレ達はタワマンを出ると徒歩で最寄り駅まで向かった。
 ……何か、背後からずっと視線を感じて落ち着かねーな。九重だと分かってても、ストーカーに監視されてるみたいで若干怖い。つーか、アイツ見過ぎだろ。タカばりに過保護なとこあるよな。タカと気が合いそうなのに、何で仲悪いんだ。

 地図アプリで確認しながら、駅までは無事に着いた。ここからの経路も予め乗り換えアプリで調べてある。それに従って地下鉄のホームへと向かった。地上線よりも空いているかと思ったが、通勤通学の時間帯だからか、地下も似たり寄ったりの混みっぷりだ。まぁなぁ……都心部だもんなぁ。

 それにしても、電車なんて本当に久しぶりだ。中学までは実家から近かったし、高校では一人暮らし先をわざわざ学校の近所にしてたしな。たまに遠出するくらいしか使ったことがなかった。
 ホームに整列して待っていると、不意に背後から女の子の黄色い声が届いた。

「見て、やば! めっちゃイケメン!」

 え? なになに? オレ? だよなぁ、知ってる。
 キリリと決め顔でそちらを振り向いてみせたが、声の持ち主と思われる他校の制服を着た女子高生達の視線の先には、オレではなく九重が居た。
 ぬん! あの野郎!
 九重は近くで騒ぐ女子達には全く意に介さぬ様子で何やら手元に目線を落としている。もしかしたら、オレと同じくアプリとかで経路確認してんのかも。女の子達はそんな九重のことを横隣の列から熱心に見つめて、きゃいきゃい盛り上がっていた。ぬぅ……何かモヤモヤすんな。
 むすくれた気分で見ていると、視線を感知したのか九重がパッと顔を上げた。目が合う。途端、奴はニコリとよそ行きの顔で笑った。

 女の子達がそんな奴の挙動を不審がって、相手を探るようにこちらに視線を巡らせてきたもんだから、オレは慌てて前を向いた。
 危ねぇ! ……って、オレ何で逸らしたんだ? いや、何となく?
 にしても、アイツやっぱ目立つんだな。くっそ~、オレだって読モだぞ、コラ!
 モヤモヤする。でも、九重がこっち見て笑い掛けた瞬間、何でか少しホッとした。ホッと……? 何でだ? 分かんねえな。

 自分で自分の心境に首を傾げていると、その内に電車が到着し、乗り込んだ。鉄の箱に皆して一斉に詰め込まれていく光景は、当事者からしても大分シュールなもんだと思う。
 列車内部も押し合いへし合いぎゅうぎゅうの雪隠詰めだ。これが毎日続くのは確かにストレスかもな……。早くも車田さんが恋しくなってきた。いかんな。

 人波に流されるまま奥まで押しやられ潰されかけていると、不意にぐいと腕を引かれて、すぽんと狭いスペースから抜けた。顔を上げて見ると、九重だった。九重はオレを角の空いたスペースに押し込み、カバーするようにその前に立つ。オレは小声で話し掛けた。

「九重っ、お前何で」

 少し距離を取るって約束だったじゃん!

「だって、呼んだろ?」
「はぁ!?」
「さっき、こっち見ただろ」
「見たけど……別に、呼んだ訳じゃ」
「それに、お前放っとくと潰されそうだったしな」

 うぐっ……事実だけに、何か悔しい。こう、護るみたいに覆われてんのも、ちょっと恥ずい。つか、近い。嫌でも吐息が交わる距離。何となく居心地が悪くて、横に目線を逃がした。

「心配しなくても、これだけ混んでたら誰も気付かない」

 九重のクスクス笑いが耳朶に落とされる。うぶ毛がそよいでこそばゆくて、思わず目をぎゅっと瞑った。電車は走り出す。小刻みな揺れと薄い空気。沢山の人の体臭。九重のシャンプーの香り。……あれ? そういや、今オレも九重と同じシャンプー使ってんだよな。じゃあこれ、オレも同じ匂いしてんのか。

 狭い車内。携帯を取り出せるほどの余裕もないので、ひたすら息を詰めて目的地に到着するのを待つしかない。すぐ近くに九重の体温と視線を感じながら、時間は無限に流れていくようで……。
 触れられるんじゃないかと思った。コイツのことだから。――『これだけ混んでたら誰も気付かない』そう囁かれた声が脳内でリフレインする。

 変な緊張に鼓動が張り詰める中、だけど九重は触れてはこなかった。九重の手は、オレを周囲から覆い隠すように壁際に着いたままだ。思わずその手を見てしまう。
 ……いや、何で意識してんだ。これじゃあまるで、オレが九重に触れられたがってるみたいじゃん!? な訳ねーし!? そうじゃなくって、危機回避の為の本能による観察、的な!?

 謎の言い訳を胸中で繰り広げる内に、電車は次の駅に着いた。扉が開き、人の乗降で少し空間が開く。車内の密閉度が下がりホッとしていると、電車はまたすぐに走り出した。
 相変わらず目の前にある九重の顔から目線を逸らし、横を見るともなしに見ていると、不意にそれが視界に入った。

 扉側に背を向けた同じ宵櫻よいえいの制服の子。ミルクティーベージュの甘く明るい髪色の長めのショートカットの頭が、俯いて震えている。その子の斜め後ろから、スーツのサラリーマン然とした男が、その子の腰に手を添えて……いや、臀部だ。お尻を撫でている。ゆっくりと、感触を確かめながら揉みしだくように、執拗な手付きで。
 ハッとする。あれって、もしかして――痴漢じゃね!?
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