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幕間
EX『しのぶれど』side 風見 鷹斗
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もうずっと、叶わない恋をしている。
「――ごめん。応えられないから、それは受け取れない」
差し出されたチョコレートと愛の告白。二月十四日、毎年のバレンタインの通過儀礼。お馴染みの文言で門戸を閉ざすと、相手は決まって傷付いたような反応を示す。……一年で一番、気が重い行事だ。
「好きな人が、居るの?」
その質問も聞き飽きた。
「そうだ」
「誰?」
「……それに答える気は無い」
――答えられる訳が無い。
俺の想いは、世間一般的には許されざるものなのだから。
「タカ、またチョコレート突き返したって? 皆校門とこで見たって、話題になってんぞ」
教室に行くと、先に登校していたトキにそうツッコまれた。先の告白がトキの耳にまで入ってしまった事実に、オレは苦い気持ちになる。
「タカも真面目だよなぁ。とりあえず、チョコだけでも貰っておけばいいじゃん。告白は受けられなくてもさ」
「少しでも気を持たせるようなことはしたくないんだ」
「ふぅん」と鼻を鳴らし、トキは机に両手で頬杖をついたまま、こちらを見上げて破顔した。
「タカに愛される奴は、幸せ者だな。お前が好きになるのって、どんな娘だろうな」
――お前だよ。
胸中でだけ、そっと零した。
というか、何だその可愛い笑顔は。天使か。何だその可愛い仕草は。他の奴に見られてたらどうする。
「……トキは、今年もまた凄いな」
忙しなくなった鼓動を誤魔化すように、話を逸らす。トキの机には既に、チョコレートの包みが大量に入った紙袋が提げられていた。読者モデルでSNSでも人気者の俺の幼馴染は、毎年ロッカーに入り切らない程のバレンタインチョコを貰っている。
「おうよ! ほとんど義理だけどな。オレが甘いもの好きだから、皆くれるんだよ」
トキが人気な理由は、モデルだからとか顔が良いからというだけじゃなくて、その人当たりにあると、俺は知っている。一見チャラそうに見えるけど、そうじゃない。トキは誰に対しても親身に寄り添ってくれる。時にお節介とも言える程、お人好しで――だから、人から愛される。
俺も、辛い時はいつもそんなトキの存在に救われてきた。
ほとんど義理と言ったけど、おそらく中には本命も入っているのだろう。そう思うと、胸が騒ぐ。
「オレも特定の好きな人が出来たら貰うのはその人からのチョコだけにすっけど、まだイマイチそういうの分かんねんだよな。てか、オレ博愛主義だから、女の子皆好きだし?」
その一言に、ホッとした。安堵したところで、別にどうなる訳でもないのだが。――そう、だってトキは、女性が好きだ。
世の中の大半の人間は、通常異性が恋愛対象となる。生物学的にもそれが自然の摂理。……俺が異常なんだ。
男同士なのに、兄弟同然に育った幼馴染なのに、トキのことが愛おしくて仕方がない。
だから俺は、たぶん一生独り身で居る。
想いを告げる気は毛頭無い。トキを困らせたくない。傍に居られるのなら、ただの友人のままでいい。
――そう思っていたけれど。
◆◇◆
「トキ、どうしたんだ? その髪型」
その日、トキは髪に沢山ピン留めを付けていた。カラフルで、ポップな印象のアップヘア。
自らの髪に軽く指を通して、トキが微笑う。
「へへん、良いだろ! 雑誌でやってたんだ。ピン留めいっぱい! オシャレじゃね?」
――可愛いな。
は? 可愛過ぎるだろ。大丈夫か? また誘拐されたりしないか?
思わず心配になっていると、後ろから声が掛かった。
「――花鏡。ピン留め落ちたよ」
「え? マジで?」
振り向いて声の主を確認すると、トキは「げ」と顔を顰めた。俺も内心同じ気持ちだった。
九重 蓮。生徒会長にして、学級委員長。親が大病院の院長だかの金持ちで、当人も優秀。トキが何かと対抗心を抱いている相手だ。一年の時から存在は知っていたが、二年になってから同じクラスになり、最近は何かと関わってくることが増えた。
俺は正直、コイツが気に食わない。トキがライバル意識を燃やしている影響とかではない。その理由は――。
「動かないで。付けてあげる」
拾ったピン留めを手に、九重が柔和な笑みを浮かべながらトキの髪に触れようとする。その指先がトキに届く前に、俺は奴の手からピン留めを攫った。
「いい。俺がやる」
直後、奴の顔から笑みが消えた。その次の瞬間にはもう元の通りの柔らかな表情に戻り、「そっか」と引き下がったが、奴の瞳の奥に鋭利で凶暴な光が宿っていたのを、俺は見逃さなかった。――あれこそが、九重 蓮という男の本性だろうと思う。
嘘の笑顔に、芝居臭い所作。おそらく、アイツが普段他者に見せている姿は、全部演技だ。胡散臭いことこの上ない。だから苦手というのもあるが、それよりも――。
「花鏡」
一度退ったかに見せて、九重は去り際振り向くと、再度トキのことを呼んだ。トキがキョトンと奴の方を見る。
「可愛いよ、その髪型。凄く似合ってる」
っコイツ……!
「はぁ!? 可愛いじゃなくて、〝カッコイイ〟だろ!? つか、お前に褒められても嬉しくねーし!!」
トキがぷりぷり怒ると、それすらも嬉しそうに九重は「そっか、ごめん」などと言って笑った。
「ピン留め、もう落とさないようにね」
最後にそれだけ告げると、奴はようやく自分の席に向かった。今の言葉……一見、トキに向けたもののように思えるが、九重の視線は一瞬だけ俺の方に向けられていた。その瞳の奥に、例の獰猛な光をギラつかせて。
――『次は容赦しないから』
あれは、そういう意味だ。奴からの宣戦布告だ。
トキは何も気付かずに、「なんだアイツ!」と依然怒っている。そんな表情や仕草も可愛いが……。俺は心中穏やかじゃなかった。
九重 蓮……アイツはおそらく、トキのことが好きだ。
今みたいに、やたらにトキに構いたがるのもそうだが……俺もトキのことばかり見ているから、分かる。アイツもいつも、気付けばトキのことを目で追っている。トキを見てるアイツと、よく目が合う。その度に奴は、俺の方に敵意の篭った眼差しを向けてくる。――ふざけるな、と思った。
「タカ? どうした?」
トキが気遣わしげに俺を見上げた。どうやら、無意識に怖い顔になってしまっていたらしい。いけないな。
「ああ、何でもない」
叶わない恋だと思った。この想いは、生涯胸に秘める気でいた。
トキがいつか誰かに恋をしたならば、ただそっと近くで見守るつもりだった。トキさえ幸せなら、それでいいと思っていた。
――だが、九重。お前は認めない。だって、お前も男じゃないか。
「トキ、ピン留め付けるぞ」
「ん、悪ぃ」
俺が宣言すると、トキが思い出したようにこちらにおでこを向けた。富士額のつやつやしたおでこ。……可愛いな。撫でたくなる。というか、「ん」ってなんだ、可愛いな。上目遣いに待つその仕草もあざと可愛いな。何だこの可愛い生き物は。大丈夫か。
男でいいのなら、俺は……トキを誰にも譲る気は無い。
アイツに奪われるくらいなら、いっそ――。
ピン留めを、他のと同じようにそっとトキの前髪に挿し込んだ。柔らかい髪の感触。指に触れた額の温もり――その愛おしさを、後ろの席の九重に見せびらかすように、ゆっくりと。
横目で奴の方を窺うと、奴は瞳に不機嫌の色を浮かべてこちらを見ていた。俺は口元に、知らず微かな笑みを湛えた。
――忍ぶ恋は、やがて形を変えていく。
抑えきれずに溢れ出すこの感情は、いつか恋しい相手すらも呑み込んでしまうかもしれない。
『しのぶれど』side 風見 鷹斗 ――【了】
「――ごめん。応えられないから、それは受け取れない」
差し出されたチョコレートと愛の告白。二月十四日、毎年のバレンタインの通過儀礼。お馴染みの文言で門戸を閉ざすと、相手は決まって傷付いたような反応を示す。……一年で一番、気が重い行事だ。
「好きな人が、居るの?」
その質問も聞き飽きた。
「そうだ」
「誰?」
「……それに答える気は無い」
――答えられる訳が無い。
俺の想いは、世間一般的には許されざるものなのだから。
「タカ、またチョコレート突き返したって? 皆校門とこで見たって、話題になってんぞ」
教室に行くと、先に登校していたトキにそうツッコまれた。先の告白がトキの耳にまで入ってしまった事実に、オレは苦い気持ちになる。
「タカも真面目だよなぁ。とりあえず、チョコだけでも貰っておけばいいじゃん。告白は受けられなくてもさ」
「少しでも気を持たせるようなことはしたくないんだ」
「ふぅん」と鼻を鳴らし、トキは机に両手で頬杖をついたまま、こちらを見上げて破顔した。
「タカに愛される奴は、幸せ者だな。お前が好きになるのって、どんな娘だろうな」
――お前だよ。
胸中でだけ、そっと零した。
というか、何だその可愛い笑顔は。天使か。何だその可愛い仕草は。他の奴に見られてたらどうする。
「……トキは、今年もまた凄いな」
忙しなくなった鼓動を誤魔化すように、話を逸らす。トキの机には既に、チョコレートの包みが大量に入った紙袋が提げられていた。読者モデルでSNSでも人気者の俺の幼馴染は、毎年ロッカーに入り切らない程のバレンタインチョコを貰っている。
「おうよ! ほとんど義理だけどな。オレが甘いもの好きだから、皆くれるんだよ」
トキが人気な理由は、モデルだからとか顔が良いからというだけじゃなくて、その人当たりにあると、俺は知っている。一見チャラそうに見えるけど、そうじゃない。トキは誰に対しても親身に寄り添ってくれる。時にお節介とも言える程、お人好しで――だから、人から愛される。
俺も、辛い時はいつもそんなトキの存在に救われてきた。
ほとんど義理と言ったけど、おそらく中には本命も入っているのだろう。そう思うと、胸が騒ぐ。
「オレも特定の好きな人が出来たら貰うのはその人からのチョコだけにすっけど、まだイマイチそういうの分かんねんだよな。てか、オレ博愛主義だから、女の子皆好きだし?」
その一言に、ホッとした。安堵したところで、別にどうなる訳でもないのだが。――そう、だってトキは、女性が好きだ。
世の中の大半の人間は、通常異性が恋愛対象となる。生物学的にもそれが自然の摂理。……俺が異常なんだ。
男同士なのに、兄弟同然に育った幼馴染なのに、トキのことが愛おしくて仕方がない。
だから俺は、たぶん一生独り身で居る。
想いを告げる気は毛頭無い。トキを困らせたくない。傍に居られるのなら、ただの友人のままでいい。
――そう思っていたけれど。
◆◇◆
「トキ、どうしたんだ? その髪型」
その日、トキは髪に沢山ピン留めを付けていた。カラフルで、ポップな印象のアップヘア。
自らの髪に軽く指を通して、トキが微笑う。
「へへん、良いだろ! 雑誌でやってたんだ。ピン留めいっぱい! オシャレじゃね?」
――可愛いな。
は? 可愛過ぎるだろ。大丈夫か? また誘拐されたりしないか?
思わず心配になっていると、後ろから声が掛かった。
「――花鏡。ピン留め落ちたよ」
「え? マジで?」
振り向いて声の主を確認すると、トキは「げ」と顔を顰めた。俺も内心同じ気持ちだった。
九重 蓮。生徒会長にして、学級委員長。親が大病院の院長だかの金持ちで、当人も優秀。トキが何かと対抗心を抱いている相手だ。一年の時から存在は知っていたが、二年になってから同じクラスになり、最近は何かと関わってくることが増えた。
俺は正直、コイツが気に食わない。トキがライバル意識を燃やしている影響とかではない。その理由は――。
「動かないで。付けてあげる」
拾ったピン留めを手に、九重が柔和な笑みを浮かべながらトキの髪に触れようとする。その指先がトキに届く前に、俺は奴の手からピン留めを攫った。
「いい。俺がやる」
直後、奴の顔から笑みが消えた。その次の瞬間にはもう元の通りの柔らかな表情に戻り、「そっか」と引き下がったが、奴の瞳の奥に鋭利で凶暴な光が宿っていたのを、俺は見逃さなかった。――あれこそが、九重 蓮という男の本性だろうと思う。
嘘の笑顔に、芝居臭い所作。おそらく、アイツが普段他者に見せている姿は、全部演技だ。胡散臭いことこの上ない。だから苦手というのもあるが、それよりも――。
「花鏡」
一度退ったかに見せて、九重は去り際振り向くと、再度トキのことを呼んだ。トキがキョトンと奴の方を見る。
「可愛いよ、その髪型。凄く似合ってる」
っコイツ……!
「はぁ!? 可愛いじゃなくて、〝カッコイイ〟だろ!? つか、お前に褒められても嬉しくねーし!!」
トキがぷりぷり怒ると、それすらも嬉しそうに九重は「そっか、ごめん」などと言って笑った。
「ピン留め、もう落とさないようにね」
最後にそれだけ告げると、奴はようやく自分の席に向かった。今の言葉……一見、トキに向けたもののように思えるが、九重の視線は一瞬だけ俺の方に向けられていた。その瞳の奥に、例の獰猛な光をギラつかせて。
――『次は容赦しないから』
あれは、そういう意味だ。奴からの宣戦布告だ。
トキは何も気付かずに、「なんだアイツ!」と依然怒っている。そんな表情や仕草も可愛いが……。俺は心中穏やかじゃなかった。
九重 蓮……アイツはおそらく、トキのことが好きだ。
今みたいに、やたらにトキに構いたがるのもそうだが……俺もトキのことばかり見ているから、分かる。アイツもいつも、気付けばトキのことを目で追っている。トキを見てるアイツと、よく目が合う。その度に奴は、俺の方に敵意の篭った眼差しを向けてくる。――ふざけるな、と思った。
「タカ? どうした?」
トキが気遣わしげに俺を見上げた。どうやら、無意識に怖い顔になってしまっていたらしい。いけないな。
「ああ、何でもない」
叶わない恋だと思った。この想いは、生涯胸に秘める気でいた。
トキがいつか誰かに恋をしたならば、ただそっと近くで見守るつもりだった。トキさえ幸せなら、それでいいと思っていた。
――だが、九重。お前は認めない。だって、お前も男じゃないか。
「トキ、ピン留め付けるぞ」
「ん、悪ぃ」
俺が宣言すると、トキが思い出したようにこちらにおでこを向けた。富士額のつやつやしたおでこ。……可愛いな。撫でたくなる。というか、「ん」ってなんだ、可愛いな。上目遣いに待つその仕草もあざと可愛いな。何だこの可愛い生き物は。大丈夫か。
男でいいのなら、俺は……トキを誰にも譲る気は無い。
アイツに奪われるくらいなら、いっそ――。
ピン留めを、他のと同じようにそっとトキの前髪に挿し込んだ。柔らかい髪の感触。指に触れた額の温もり――その愛おしさを、後ろの席の九重に見せびらかすように、ゆっくりと。
横目で奴の方を窺うと、奴は瞳に不機嫌の色を浮かべてこちらを見ていた。俺は口元に、知らず微かな笑みを湛えた。
――忍ぶ恋は、やがて形を変えていく。
抑えきれずに溢れ出すこの感情は、いつか恋しい相手すらも呑み込んでしまうかもしれない。
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