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第三章 新たな脅迫者、現る!?
3-5 緊急事態! 予期せぬ遭遇。
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五限の終わりにタカが来た。少し身構えたが、須崎からはまだ何も聞いていないようで、とりあえずホッとする。
保健室のセンセに相談して予め五限後に早退する手筈になっていたので(担任にもそう伝えて貰った)、教室に置き去りになっていたオレの荷物もタカが持ってきてくれた。
タカはやっぱりオレの借りてたマンションまで付き添うと言い出したけど、それは丁重にお断りした。そもそも、オレ今あのマンションには住んでないし、それが知られたらマズイし……。
「本当に一人で大丈夫か? 無理はするな」
「大丈夫だ。その……車呼ぶわ」
これも嘘ではない。携帯を開いたら九重からメッセージが来てて、『朝下車した場所に送迎車を向かわせる』とあった。運転手のおっちゃん、すまねえな。
タカもそれで納得したらしく、ちゃんと六限に出る約束をしてくれた。……タクシーか実家の車だと思ってるんだろな。
ちなみに九重からは他にも、『バカが風邪を引くとは思えない。何かあったか?』なんて腹立つ上に微妙に鋭いメッセージも来てたが、まさか須崎のことを相談出来る訳もない。(何となく須崎が酷い目に遭わされそうな気がする)
とりあえず、『お前が長風呂させた上に、オレを素っ裸のまま寝かせといたせいだろ!(怒りマーク)』と返しておいた。九重のせいってのも、間違っちゃいないしな。
体操着で帰るのもアレなんで、上にジャージを着た。校門まではタカに見送られ(六限遅刻するからいいって言ったのに……)九重のメールの指示通りに朝と同じ場所まで向かう。例の運転手さんは仕事が早いもんで、もうそこで待っていてくれた。車も朝と同じ、車体の短い黒のロールスロイス。
運転手のおっちゃんにも体調に関して気遣いの言葉を受けながら、オレは内心申し訳ない気分で乗り込んだ。――仮病、なんて言えねえ。いや、確かに須崎のせいで頭痛は覚えたが。
須崎はこの先、どう出るつもりなのか。諦めずにまた金をせびりに来るか、早々にタカにチクるか。……分かんねえな。変な声を聞かれたのも、ネタに弄られるかもしんねえ。……あー、ったく。あれもこれも全部、九重のバカのせいだ!!
憂鬱な気持ちで車窓から外の景色を眺めていると、不意に視界の隅を過ったものに、オレは目を疑った。
「っ……運転手さん、ストップ!」
おっちゃんは驚いたみたいだったけど、すぐに車を停めてくれた。次いで、今来た道を少し戻ってくれなんていう、オレの訳の分からない要望にも答えてくれる。脇道からUターンして戻ると、やっぱり……見間違いじゃなかった。
道を走る須崎の姿。何でこんな所に居る? 六限はどうしたんだよ? それだけなら当然スルーしてた。でも、須崎は必死の形相で、腕の中に五歳くらいの小さな女の子を抱えていた。女の子の顔色が悪い。明らかに具合が悪そうだ。そんな子を抱えて、道路を全力疾走してる。何かあっただろ、これは。
再び運転手のおっちゃんに停車して貰い、車のドアを開いて飛び出した。
「須崎!」
大声で呼ぶと、須崎は弾かれたように振り向いた。その瞳が、オレを映すと驚愕に瞠られる。
「花鏡!? 何で」
「どうしたんだよ、その子!?」
問われて、ハッとしたように須崎は腕の中の女の子に目を落とした。
「い、妹だ。急に熱出したって、弟達から連絡が来て……っそれで、病院に」
「徒歩で!? 車とかは……家の人は居ないのか!?」
「帰って来ねえよ!! あんな奴!!」
思いの外強い口調で、須崎は叫んだ。それから、相手がオレだと思い出したのか、遅れてバツが悪そうに目線を逸らす。
「落ち着け、須崎。救急車とかは呼ばなかったのか?」
「! 救急車……」
その反応。さては動揺して、すっかり頭から抜け落ちてたな?
オレは車の後部座席の扉を開いて、促した。
「乗れよ、須崎」
「は?」
「病院まで送る」
「な、何言ってんだよ、てめーの世話になる訳」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ!?」
息を呑んだ気配がした。それから須崎は、ぐっと唇を噛み締めて、決意したように小さく首肯する。そのまま車に乗り込む須崎に続いて、オレも隣席に上がった。
「かかりつけの病院とかはあるのか?」
「……特には」
「それじゃあ、運転手のおっちゃん! ここから一番近い病院まで、頼む!」
「畏まりました」
おっちゃんの頼もしい一言と共に、車は再び走り出した。
◆◇◆
診察を終え、須崎と妹さんがロビーまで戻ってきた。平日の夕刻にも関わらず、病院内はそれなりに混んでいる。
「須崎! 妹さん、どうだった?」
「ああ……どうやら大事無いらしい。家でゆっくり静養させれば、快方に向かうって」
「そうか、良かった」
ホッとした。女の子の様子も、さっきまでよりは大分落ち着いて見える。今は疲れたのか、須崎の腕の中で静かに寝息を立てていた。須崎も安堵の表情を浮かべて、妹の顔を見下ろす。その眼差しは、本当にあの不良の須崎かと思うくらい、優しくて温かかった。
赤みを帯びた茶色の髪と瞳が、蛍光灯の下で淡く光を差す。それが何だか綺麗で、ついつい見ていると、須崎がパッと顔を上げた。目が合う。その後、須崎は決まり悪げに視線を横に流し、口の中でモゴモゴと呟いた。
「……その、一応、礼は言う」
おっ。意外と殊勝な態度だ。一瞬面食らってから、思わず口元が緩む。
「いや、それならオレよりも運転手さんに言ってくれ」
運転手のおっちゃんも一緒に待ってくれていた。ちなみに、おっちゃんの名前は車田さんっていうらしい。だから、運転手になったのかと訊いたら、愉快げに笑われてしまった。既婚者子持ち、丁度須崎の妹さんくらいの年齢の娘が居るらしく、今回のことも他人事ではない気分だったそうだ。(待ち時間に色々話して仲良くなったぞ!)
須崎は素直に車田のおっちゃんにも礼を言って、おっちゃんがそれに恐縮して応える。何か和む光景だな。
「そうだ、須崎の家って、どの辺だ? 帰りもおっちゃんに送ってって貰えよ」
オレの提案に、須崎は思い切り顔を引き攣らせた。
「はぁ!? いいよ、そこまで」
「妹さんも早く休ませてあげた方がいいだろ」
「ぐっ……」
唸り声を発して、須崎は考え込んだ。何でそんなに嫌がるんだ? まぁ、確かにコイツ、オレのこと嫌ってる上に脅迫までしてきたもんな。その相手の世話になるなんて、屈辱以外の何ものでもないか。
って、そういや、オレ。コイツに変な声聞かれ――。
「笑うなよ」
「へ?」
物想いの途中で須崎がぽつりと零したもんだから、オレは危うく思い出し羞恥に陥りそうだったところから浮上した。キョトンと須崎の顔を見つめると、須崎は実に苦々しい口調と表情で続けた。
「俺ん家、見ても笑うなよ」
「笑う? なんで?」
「そりゃ……てめーみてーな高級車で送迎されてるようなお坊っちゃまからしてみりゃ、俺ん家なんて豚小屋みてーなもんだろうからな」
なんだそりゃ。
「笑わねーよ、そんなんで人のこと」
「……本当だろうな?」
「本当だ!」
ふんすと鼻息荒く請け負ってやると、須崎は渋々納得してくれたようで、帰りも須崎兄妹を乗せて車田さんに送っていって貰うこととなった。
保健室のセンセに相談して予め五限後に早退する手筈になっていたので(担任にもそう伝えて貰った)、教室に置き去りになっていたオレの荷物もタカが持ってきてくれた。
タカはやっぱりオレの借りてたマンションまで付き添うと言い出したけど、それは丁重にお断りした。そもそも、オレ今あのマンションには住んでないし、それが知られたらマズイし……。
「本当に一人で大丈夫か? 無理はするな」
「大丈夫だ。その……車呼ぶわ」
これも嘘ではない。携帯を開いたら九重からメッセージが来てて、『朝下車した場所に送迎車を向かわせる』とあった。運転手のおっちゃん、すまねえな。
タカもそれで納得したらしく、ちゃんと六限に出る約束をしてくれた。……タクシーか実家の車だと思ってるんだろな。
ちなみに九重からは他にも、『バカが風邪を引くとは思えない。何かあったか?』なんて腹立つ上に微妙に鋭いメッセージも来てたが、まさか須崎のことを相談出来る訳もない。(何となく須崎が酷い目に遭わされそうな気がする)
とりあえず、『お前が長風呂させた上に、オレを素っ裸のまま寝かせといたせいだろ!(怒りマーク)』と返しておいた。九重のせいってのも、間違っちゃいないしな。
体操着で帰るのもアレなんで、上にジャージを着た。校門まではタカに見送られ(六限遅刻するからいいって言ったのに……)九重のメールの指示通りに朝と同じ場所まで向かう。例の運転手さんは仕事が早いもんで、もうそこで待っていてくれた。車も朝と同じ、車体の短い黒のロールスロイス。
運転手のおっちゃんにも体調に関して気遣いの言葉を受けながら、オレは内心申し訳ない気分で乗り込んだ。――仮病、なんて言えねえ。いや、確かに須崎のせいで頭痛は覚えたが。
須崎はこの先、どう出るつもりなのか。諦めずにまた金をせびりに来るか、早々にタカにチクるか。……分かんねえな。変な声を聞かれたのも、ネタに弄られるかもしんねえ。……あー、ったく。あれもこれも全部、九重のバカのせいだ!!
憂鬱な気持ちで車窓から外の景色を眺めていると、不意に視界の隅を過ったものに、オレは目を疑った。
「っ……運転手さん、ストップ!」
おっちゃんは驚いたみたいだったけど、すぐに車を停めてくれた。次いで、今来た道を少し戻ってくれなんていう、オレの訳の分からない要望にも答えてくれる。脇道からUターンして戻ると、やっぱり……見間違いじゃなかった。
道を走る須崎の姿。何でこんな所に居る? 六限はどうしたんだよ? それだけなら当然スルーしてた。でも、須崎は必死の形相で、腕の中に五歳くらいの小さな女の子を抱えていた。女の子の顔色が悪い。明らかに具合が悪そうだ。そんな子を抱えて、道路を全力疾走してる。何かあっただろ、これは。
再び運転手のおっちゃんに停車して貰い、車のドアを開いて飛び出した。
「須崎!」
大声で呼ぶと、須崎は弾かれたように振り向いた。その瞳が、オレを映すと驚愕に瞠られる。
「花鏡!? 何で」
「どうしたんだよ、その子!?」
問われて、ハッとしたように須崎は腕の中の女の子に目を落とした。
「い、妹だ。急に熱出したって、弟達から連絡が来て……っそれで、病院に」
「徒歩で!? 車とかは……家の人は居ないのか!?」
「帰って来ねえよ!! あんな奴!!」
思いの外強い口調で、須崎は叫んだ。それから、相手がオレだと思い出したのか、遅れてバツが悪そうに目線を逸らす。
「落ち着け、須崎。救急車とかは呼ばなかったのか?」
「! 救急車……」
その反応。さては動揺して、すっかり頭から抜け落ちてたな?
オレは車の後部座席の扉を開いて、促した。
「乗れよ、須崎」
「は?」
「病院まで送る」
「な、何言ってんだよ、てめーの世話になる訳」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ!?」
息を呑んだ気配がした。それから須崎は、ぐっと唇を噛み締めて、決意したように小さく首肯する。そのまま車に乗り込む須崎に続いて、オレも隣席に上がった。
「かかりつけの病院とかはあるのか?」
「……特には」
「それじゃあ、運転手のおっちゃん! ここから一番近い病院まで、頼む!」
「畏まりました」
おっちゃんの頼もしい一言と共に、車は再び走り出した。
◆◇◆
診察を終え、須崎と妹さんがロビーまで戻ってきた。平日の夕刻にも関わらず、病院内はそれなりに混んでいる。
「須崎! 妹さん、どうだった?」
「ああ……どうやら大事無いらしい。家でゆっくり静養させれば、快方に向かうって」
「そうか、良かった」
ホッとした。女の子の様子も、さっきまでよりは大分落ち着いて見える。今は疲れたのか、須崎の腕の中で静かに寝息を立てていた。須崎も安堵の表情を浮かべて、妹の顔を見下ろす。その眼差しは、本当にあの不良の須崎かと思うくらい、優しくて温かかった。
赤みを帯びた茶色の髪と瞳が、蛍光灯の下で淡く光を差す。それが何だか綺麗で、ついつい見ていると、須崎がパッと顔を上げた。目が合う。その後、須崎は決まり悪げに視線を横に流し、口の中でモゴモゴと呟いた。
「……その、一応、礼は言う」
おっ。意外と殊勝な態度だ。一瞬面食らってから、思わず口元が緩む。
「いや、それならオレよりも運転手さんに言ってくれ」
運転手のおっちゃんも一緒に待ってくれていた。ちなみに、おっちゃんの名前は車田さんっていうらしい。だから、運転手になったのかと訊いたら、愉快げに笑われてしまった。既婚者子持ち、丁度須崎の妹さんくらいの年齢の娘が居るらしく、今回のことも他人事ではない気分だったそうだ。(待ち時間に色々話して仲良くなったぞ!)
須崎は素直に車田のおっちゃんにも礼を言って、おっちゃんがそれに恐縮して応える。何か和む光景だな。
「そうだ、須崎の家って、どの辺だ? 帰りもおっちゃんに送ってって貰えよ」
オレの提案に、須崎は思い切り顔を引き攣らせた。
「はぁ!? いいよ、そこまで」
「妹さんも早く休ませてあげた方がいいだろ」
「ぐっ……」
唸り声を発して、須崎は考え込んだ。何でそんなに嫌がるんだ? まぁ、確かにコイツ、オレのこと嫌ってる上に脅迫までしてきたもんな。その相手の世話になるなんて、屈辱以外の何ものでもないか。
って、そういや、オレ。コイツに変な声聞かれ――。
「笑うなよ」
「へ?」
物想いの途中で須崎がぽつりと零したもんだから、オレは危うく思い出し羞恥に陥りそうだったところから浮上した。キョトンと須崎の顔を見つめると、須崎は実に苦々しい口調と表情で続けた。
「俺ん家、見ても笑うなよ」
「笑う? なんで?」
「そりゃ……てめーみてーな高級車で送迎されてるようなお坊っちゃまからしてみりゃ、俺ん家なんて豚小屋みてーなもんだろうからな」
なんだそりゃ。
「笑わねーよ、そんなんで人のこと」
「……本当だろうな?」
「本当だ!」
ふんすと鼻息荒く請け負ってやると、須崎は渋々納得してくれたようで、帰りも須崎兄妹を乗せて車田さんに送っていって貰うこととなった。
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