オレとアイツの脅し愛

夜薙 実寿

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第二章 恐怖の強制ルームシェア

2-6 新婚夫婦みたいに。

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 スーパーからの帰り道。道端でキョロキョロ忙しなく周囲に視線を巡らせている婆ちゃんが居た。――何か困ってる風だな。
 隣から九重がオレを止める気配があったけど、無視して婆ちゃんに歩み寄る。

「婆ちゃん、どうした?」

 声を掛けると婆ちゃんは少し驚いたように目をまん丸くした。それから、おろおろと事情を説明してくれる。

「いえね……みかんを落としてしまって。いくつか転がっていったのを回収したんだけど、あと一個が見つからないのよ」
「なに?  そりゃ一大事だ!」

 確かに、言われてみれば婆ちゃんは手にみかんが沢山詰まったビニール袋を持っていた。はち切れそうな程の量だ。無理矢理入れ過ぎたんだな。

「よし、オレも一緒に探すぞ!」
「おい、花鏡」
「いいだろ、別に急いでる訳じゃねんだから」

 文句ありげな九重をピシャリと黙らせて、オレは早速婆ちゃんとみかん探しを開始した。九重も渋々協力してくれる。
 お目当てのものは十数分後、予想外に遠い場所で発見された。

「あった!」

 テッテレ~♪ 婆ちゃんに見せるように、誇らしげに掲げる。散々探した末の発見だから、何か輝いて見えるぜ。「まぁ」って、感嘆の声を上げた婆ちゃんの表情も、輝いてる。

「この辺坂道だもんな。随分転がったんだな。元気なみかんだぜ」

 オレの言葉に、ふふふっと婆ちゃんが笑った。――その顔が見たかった。こっちまで嬉しい気持ちになる、温かい笑顔だ。困った顔よりも、ずっと似合う。
「ありがとう」を繰り返して、婆ちゃんは何度もオレ達に頭を下げながら、振り返り振り返り去っていく。

「婆ちゃん、車には気を付けて帰れよ! 達者でな!」

 婆ちゃんの姿が曲がり角に消えるまで、オレは手を振って見送った。

「お礼にって、みかん貰っちゃったな」

 自然と口元が緩んだ。達成感に浸るオレの横で、九重が呆れたように深い溜息を吐く。

「……何だよ」

 まだ文句あんのか、コラ。

「いや、相変わらずだなと。お前、昔もそうやって」

 言いかけて、口を噤んだ。「昔?」オレは首を傾げて九重を見上げた。九重は真顔でオレをじっと見返した後、「いや、何でもない」なんて、曖昧な返事をした。
 ……? 何だ?

「……本当に覚えてないんだな」
「は? 何か言ったか?」
「いや」

 ――マジで何だよ!
 訝るオレに、九重はやれやれと偉そうに肩を竦めてご高説を垂れた。

「お前は、もう少し人を疑った方がいい。あの老婆が困った振りをした詐欺師とかだったらどうするつもりだ? たまたま何もなかったから良かったものを」
「それは考え過ぎだろ。お前は逆に疑い過ぎなんだよ。そんな風に何もかも怪しんでたら、誰も信じられなくなるぞ」
「信じて、裏切られるよりはマシだろ」

 虚を衝かれた。――何だか、引っ掛かる物言いだ。

「そういう経験が……あるのか?」

 九重は、目を合わせないまま「別に」と返した。
 それ以上の言及を拒む姿勢だったので、その話はそこで立ち消えた。
 それからの沈黙はいやに重くて、オレはバカ話を振って場を和ませようとしたけど、九重に鼻で笑われて終わった。


   ◆◇◆


「ひぁっ……!?」

 不意に、後ろから首筋に触れられて、裏返った声が出た。

「何だよ!?」

 振り向いて、背後の九重に文句を言う。オレの片手には包丁。まな板の上の食材を切っている所だった。
 危ねーな! 驚かすなよ!
 タワマン帰宅後、早速夕飯作りに取り掛かったオレを(ちなみに、エプロンはオレが元々持ってた普通のやつを着用してる)九重は何を手伝うでもなく傍でまじまじと観察していた。コイツは一切自炊しないマンだから、他人の料理シーンが物珍しいんだろうなと思って放っておいたけど……いきなり何を思ったのか、これだ。
 奴は、次のように述べた。

「お前、うなじにほくろがあるよな。知ってたか?」
「へ? マジで?」

 それは知らなかった。

「普段襟足で隠れてるけど……動くとたまに見えるんだよ」
「よく気付いたな、そんなの」
「俺、お前の後ろの後ろの席だからな」

 いや、気付かないだろ、それ。普通。

「エロい位置にあるなって、ずっと思ってた」

 言いながら、九重の指が再びオレの首筋に伸びる。ひやりとした感触に、思わず首を竦めた。

「ちょ、やめろって! てか、授業中そんなとこじっと見てたのかよ、お前」

 何か、恥ずい。
 目線を逸らして抗議するオレに構わず、九重はオレの項を――おそらく、そこにあるほくろを――そっとなぞった。
 ぞわぞわと背筋が粟立つ感覚に息を詰めていると、今度は唐突にぬるりとした感触が肌の上を走る。

「ぅわっ!?」 

 驚いて、声を上げた。九重がオレの首筋に顔を埋めている。もしかして、な、舐められた? ほくろを?
 オレが何か言う余裕も与えず、九重はそのままオレのほくろに音を立ててキスをした。何度も何度も、慈しむように、唇で啄んで。
 力が抜ける。震える手から包丁を取り落とした。オレを抱き締めるように背後から回された九重の手が、エプロンの脇からするりと胸元に滑りこんできた時――オレはハッとして、慌てて制止した。

「ゃ……めろ、って、バカ! 怪我したら危ねーだろ!? 後でにしろ!」

 イタズラしようとする九重の手を引っ掴んでやると、奴はようやく顔を上げた。すぐ近くにあるそのお綺麗な顔に、ふっと不敵な笑みが浮かび、今しがたまでオレに触れていた唇から揶揄するような言葉が漏れる。

「後でならいいのか?」

 ――っ、この!

「い、いい訳ねーだろ!? つーか! 手伝う気ねーなら、大人しく座って待ってろよ!!」
「はいはい」

 クスクスと愉しげに笑って、九重はリビングの方に引っ込んだ。意外とすんなり従ってくれて、ホッとする。
 つか、何で「後で」なんて言った!? オレ!! いやいや、言葉の綾だし!?
 顔が熱い。きっと、また赤くなってる。くそっ! もう、何なんだよ! 嫌がらせなのか? 揶揄って遊んでるだけか? オレのこと嫌いって言った癖に、何であんな風に触れるんだ? まるで、新婚夫婦がするみたいな――。

 そこまで考えて、自分の思考に一層こっ恥ずかしくなった。
 首をぶんぶん左右に振って、雑念を追い出そうとする。その後もなかなか料理に集中出来なかった。
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