オレとアイツの脅し愛

夜薙 実寿

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第一章 ミイラ取りがミイラ化現象

1-1 神に愛された男

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 ――どうして、こうなった。

「それじゃあ、精々いい顔しろよ」

 頭上から九重ここのえの声が降ってくる。愉悦にまみれた低い声。ククッと喉奥から零すような掠れた笑い方は、普段の奴からは想像もつかないくらい残忍で、歪んでる。
 見上げると、無機質な携帯のレンズがオレを捉えていた。九重は手にした携帯端末の画面を窺っている。奴の琥珀色の瞳は、こちらを向いてはいない。――だけど、見てる。

 レンズを通して画面越しに、九重はオレを覗いている。
 オレの一挙手一投足、全ての動作と反応を余すことなく観察しようと、じっと見据えている。

 黒い小さな穴から、九重の視線を感じる。冷淡で、酷薄で、なのに執拗な眼差しがオレの総身に絡み付いてくるような感覚に、背筋が粟立たった。
 怖い。逃げたい。でも、目を逸らせない。逸らせば、その間に何をされるか分からない。
 身動みじろげば縛られた両手首と両足首に縄が食い込み、痛みを主張する。その痛みが痺れとなって、オレの心を怯ませた。鳴り響く警鐘は、胸の鼓動か、全身の脈動か。

 不意に伸ばされた奴の手が、オレの頬にそっと触れた。優しく撫ぜる指先の感触に、うぶ毛が逆立つ。こそばゆさと恐怖に思わず身を竦めると、そんなオレを嘲笑うように、九重は口端を吊り上げて笑みを深めた。
 それはゾッとする程嗜虐的で、やけに妖艶な表情かおだった。

 どうして、こうなった。心中で繰り返す、何度目かの自問自答。現実逃避に過ぎない思考。
 ――オレは一体、どこで間違えたんだ?
 記憶のノートが、ぱらぱらと捲れていく。これまでの出来事。今日の最初の一ページ。


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 よわい十七にして、オレは悟った。世の中には二通りの人間がいるということを。
 ずばり、『神に愛された人間』か、『そうでない』かだ。そして、オレは当然の如く前者だと思う。

「トキ~! 今月の『艶☆DAN』見たよ~!」
「超カッコ良かった~!」

 オレの登校を待ち構えていた同級生女子達が、朝一に廊下で周りを取り囲んだ。彼女達の手には、オレが紙面を飾ったメンズ雑誌が握られている。
『この夏を先取り!!』と書かれた特集ページに、ソーダアイスをくわえてウインクしてるのがオレ。淡い金髪に、一房緑のメッシュ。紫のカラコン。オレのいつものトレードマーク。バッチリ撮れてんじゃん。

「マジで? さんきゅー!」

 オレはカメラの前で見せるような最高の笑顔で応じてみせた。途端に、女の子達の間で迫り上がる黄色い声。ファンサファンサ。オレって超偉い!

 花鏡かきょう 鴇真ときざね、通称トキ。宵櫻よいえい高校二年A組。
 実家は華道の家元。ぶっちゃけ金持ち。でも跡を継ぐ気なんかねーし、七光りとかじゃなくて自分自身の力で輝きたいしってんで、現在は一人暮らしで雑誌の読モやってる。……まぁ、それだけだとあんま儲かんないから、カフェバイトなんかもしてたりするけど。

 読モやってるくらいだから、勿論顔には自信がある。目尻の吊り上がった切れ長の瞳は、涼しげで色っぽいって評判。男らしいってよりも、綺麗系。和風美人ってやつだ。
 学業成績だって(数学以外は)悪くない。(数学はダメだ、 眠くなる)この通り、女の子にもモテモテ。
 天はオレに何物も与え賜うた。オレこそが、神に愛されし男!

「花鏡! お前またそんな学校にジャラジャラと派手なアクセサリー着けて!」

 不意に、廊下の先から怒声が飛んできた。――やべ、鬼松だ。
 生活指導の松山まつやまセンセ。四十代独身男性体育教師。何かとオレに目つけてて、小煩いんだよな。宵櫻は進学校ながらに生徒の自主性を重んじる校風で、校則緩めなのが売りだってのに。

「髪色は仕事に必要だっていうから許したが、装飾品は許可してないぞ! あと、そのカラコンもだ!」
「いやいや、松山センセ、今時カラコンなんて皆当たり前にしてるって!」
「お前のは色が問題だろう! とにかく、装飾品は外せ! 授業が終わるまで没収だ!」
「マジか!」
「どんまい、トキ」
「ウケる」

 ちょ、女の子達! ウケてないで助けてくれよー!
 しかし、オレの心の叫びは、誰にも聞き届けられることはなかった。


   ◆◇◆


「成程。それで今日はジャラジャラしてないのな」
「マジ、鬼松のヤロー。放課後職員室に取りに来いだってよ。超めんどくせぇ」

 教室に辿り着くと、先に来ていた友人にオレは早速今しがたの出来事を愚痴って聞かせた。

「破棄されないだけ寛大な措置だろう。あと、カラコン外せって言われなくて良かったな」

 そう言って苦笑したのは、風見かざみ 鷹斗たかと、あだ名はタカ。実家が近所だったから幼稚園の頃から仲が良い、いわゆる幼馴染ってやつだ。
 緑がかった硬質な黒髪、栗色の瞳。浅黒い肌は生まれつきで、百八十センチ超えの高身長。(ちなみにオレは百七十五)
 サッカー部のエースでガタイが良く、精悍な顔付きで割と女子にモテてる。……オレ程じゃないけどな!

「カラコンはケース保存出来るって知らないんじゃね? 鬼松オシャレに縁遠そうだし」
「かもな。……でも、俺はカラコン無くてもいいと思うんだが、お前の

 そう言って、確かめるようにタカがオレの顔を覗き込んだ。至近距離、真正面から真摯な眼差しで。……コイツには、コンタクトレンズを透かして素のオレの色彩いろが見えているんだろうか。
 面食らっていると、次にタカはオレの髪を梳くように指を通した。頭を撫でられるみたいな感覚に、何だかくすぐったい気分になる。

「髪も。本来黒曜石みたいに混じりっけのない黒で綺麗なのにな。勿体ない」
「やだよ、陰気くせーじゃん。てか、子供扱いすんなし!」

 むくれながら軽く手を払うと、タカは「悪い悪い」なんて全く悪びれた風もなく楽しげに笑った。
 小さい頃からずっと一緒だったせいか、タカはオレのことを今でも幼い子供みたいに思っている節がある。オレのことになると、めちゃくちゃ過保護。面倒見が良くて良い奴なんだけどな。オレはもう立派な高校生だぞ!

 ちなみに、このクラスは席が名前の順なので、『風見』のタカと『花鏡』のオレは近い。オレがタカの前。今も各々の席に着きながら、オレが後ろを向いてタカと話している構図な訳なんだが……。目に付くのは、タカの後ろの空席。ここの主がまだ来ていない。
 始業前だ。他にも空いてる席はいっぱいあるけど、オレが気になるのはその一席に関してだけだった。

 何故なら、ここにはオレの天敵が来るのだ。

 そう、神に愛されしスーパーパーフェクトなオレ様にも、一人だけ敵わない奴が居る。
 ……いや、敵わない、じゃない! オレだって負けてない! ただ、鼻持ちならない嫌いな奴、ってだけだ!

 まだ来てねーな。いつ来るんだ、なんて忌々しい気分でその席にチラチラ視線を送っていると、次の瞬間。入口の方から歓声が上がった。――来やがったな!
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