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18.アベルとカイン
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「待て、お前が遭遇したその人狼モドキというのは、二人居たのか?」
畏まった様子で話を聞いていたアインスだったが、ふと何かが引っかかったようで、ツヴァイにそう訊ねてきた。
「そうだよ。双子の兄弟……それがどうかしたの?」
ツヴァイが問い返すと、アインスは眉間に皺を寄せ、難しい表情をした。
「私が見たのは、一人だけだ」
「え?」
そういえば、先程もアインスは〝あいつ〟と言っていた。〝あいつら〟ではなく……。
「どういうこと? あの場に二人、揃ってたでしょ?」
「いいや、一人だ。声色を変えて喋っていたから、おかしな奴だとは思ったが……」
――声色を変えて?
(ああ、そういうことか)
ツヴァイは苦い笑みを口元に刷いた。
「彼らはアベルとカインというよりも、ジキルとハイドだった訳か」
そう考えると諸々合点がいく。
初めて遭遇した際、不意を衝かれた結果となったのは、周囲に他の気配が無かったのは勿論のこと、有り得ない位置から別の声が聞こえた為にツヴァイの反応が遅れてしまったからだった。
二度目の時も同じだ。アベルの声がした方向には、例の食料倉庫と自分が今しがた会話していた相手――カインしか居なかった。
倉庫の中には生きている者は誰も居なかったことは確認済みで、そちらから第三者の声などする筈がなかったのだ。咄嗟にどこかに隠れていたのかと思ってしまったが、そうではない。
アベルとカインは同一人物だった。別人のものと思われていた声は、同じ個体から発されていたのだ。
思えば、ツヴァイはアベルとカインが一緒に居るところを見ていない。二人揃っている時は目隠しをしていて、外している時に遭遇したのはどちらか片方だった。
まさか、こんな絡繰りがあったとは。
(騙された……訳でもないんだろうな)
ツヴァイは複雑な心境で考察する。
あれは、演技ではない。おそらく多重人格というやつだ。アベルかカインか、どちらが主人格だったのかは分からないが、とにかくその主人格を守る為にもう一つの人格が彼の中に発現したのだと推測される。
元々、双子の兄弟が本当に居たのかもしれないし、それを仲間達と共に喪っていたのかもしれない。
どちらにせよ、生き残ったのは一人だけだった。
――行かないで、ツヴァイ……寂しいよ。
最後に意識を失う前に聞いた、アベルの声が脳裏に蘇る。
感傷を振り払うように、ツヴァイは小さく頭を振って話題を変えた。
「……それにしても、アイちゃん、よくあの場所が分かったね」
「ああ、途中までは通信機の位置情報を辿った。信号は山中で途絶えていたから、後は虱潰しに……探している内に、やたら濃い血の匂いがしてきたから、そっちに向かった。……お前の血の匂いまでしてきた時は、気が気じゃなかった」
「……そっか。心配かけて、ごめんね」
ツヴァイは力なく微笑った。
(もう、帰って来られないかと思った……)
その後のアインスの処置については聞かなかった。お人好しな彼のことだ。アベル……もしくはカインは無事だろう。アインスがコテージを引き払う選択をしたのもその推測を裏付けている。……人狼モドキが再びやって来る可能性があるということだから。
彼があの場所の血の匂いの正体に気が付いたのかどうかも、聞かなかった。
ツヴァイが黙り込むと、アインスが躊躇いがちに切り出した。
「その……お前が眠っている間に、勝手に身体を洗った。……済まない」
また、一瞬の間。
「そっか……ありがとう」
ツヴァイはアインスの顔が見られなかった。
(……そっか)
見られてしまったのか、あんな姿を。
「……外はまだ暗い。部屋は泊まりで取ってある。朝までしっかり休め」
そう声を掛けると、アインスは傍を離れ、ソファの方へと向かった。ツヴァイは急激に温度が下がったように感じた。
(一緒には寝ないんだ……)
それはきっと、アインスなりの気遣いだったのだろう。しかし、ツヴァイは何だか突き放されたような気がした。
(そうだよね……こんな汚れた奴に、触れたくなんかないよね)
もう、彼の元には帰れないと思っていた。
彼のお陰で帰って来られた――けれど。
「……ごめんね、アイちゃん」
ぽつり、零すと、アインスが振り返った。彼が今どんな表情をしているのか、目を伏せたままのツヴァイには分からなかった。
「俺、やっぱりアイちゃんに相応しくないよ。……別れよう」
きっと、彼との関係までは、元の通りには戻れない。
畏まった様子で話を聞いていたアインスだったが、ふと何かが引っかかったようで、ツヴァイにそう訊ねてきた。
「そうだよ。双子の兄弟……それがどうかしたの?」
ツヴァイが問い返すと、アインスは眉間に皺を寄せ、難しい表情をした。
「私が見たのは、一人だけだ」
「え?」
そういえば、先程もアインスは〝あいつ〟と言っていた。〝あいつら〟ではなく……。
「どういうこと? あの場に二人、揃ってたでしょ?」
「いいや、一人だ。声色を変えて喋っていたから、おかしな奴だとは思ったが……」
――声色を変えて?
(ああ、そういうことか)
ツヴァイは苦い笑みを口元に刷いた。
「彼らはアベルとカインというよりも、ジキルとハイドだった訳か」
そう考えると諸々合点がいく。
初めて遭遇した際、不意を衝かれた結果となったのは、周囲に他の気配が無かったのは勿論のこと、有り得ない位置から別の声が聞こえた為にツヴァイの反応が遅れてしまったからだった。
二度目の時も同じだ。アベルの声がした方向には、例の食料倉庫と自分が今しがた会話していた相手――カインしか居なかった。
倉庫の中には生きている者は誰も居なかったことは確認済みで、そちらから第三者の声などする筈がなかったのだ。咄嗟にどこかに隠れていたのかと思ってしまったが、そうではない。
アベルとカインは同一人物だった。別人のものと思われていた声は、同じ個体から発されていたのだ。
思えば、ツヴァイはアベルとカインが一緒に居るところを見ていない。二人揃っている時は目隠しをしていて、外している時に遭遇したのはどちらか片方だった。
まさか、こんな絡繰りがあったとは。
(騙された……訳でもないんだろうな)
ツヴァイは複雑な心境で考察する。
あれは、演技ではない。おそらく多重人格というやつだ。アベルかカインか、どちらが主人格だったのかは分からないが、とにかくその主人格を守る為にもう一つの人格が彼の中に発現したのだと推測される。
元々、双子の兄弟が本当に居たのかもしれないし、それを仲間達と共に喪っていたのかもしれない。
どちらにせよ、生き残ったのは一人だけだった。
――行かないで、ツヴァイ……寂しいよ。
最後に意識を失う前に聞いた、アベルの声が脳裏に蘇る。
感傷を振り払うように、ツヴァイは小さく頭を振って話題を変えた。
「……それにしても、アイちゃん、よくあの場所が分かったね」
「ああ、途中までは通信機の位置情報を辿った。信号は山中で途絶えていたから、後は虱潰しに……探している内に、やたら濃い血の匂いがしてきたから、そっちに向かった。……お前の血の匂いまでしてきた時は、気が気じゃなかった」
「……そっか。心配かけて、ごめんね」
ツヴァイは力なく微笑った。
(もう、帰って来られないかと思った……)
その後のアインスの処置については聞かなかった。お人好しな彼のことだ。アベル……もしくはカインは無事だろう。アインスがコテージを引き払う選択をしたのもその推測を裏付けている。……人狼モドキが再びやって来る可能性があるということだから。
彼があの場所の血の匂いの正体に気が付いたのかどうかも、聞かなかった。
ツヴァイが黙り込むと、アインスが躊躇いがちに切り出した。
「その……お前が眠っている間に、勝手に身体を洗った。……済まない」
また、一瞬の間。
「そっか……ありがとう」
ツヴァイはアインスの顔が見られなかった。
(……そっか)
見られてしまったのか、あんな姿を。
「……外はまだ暗い。部屋は泊まりで取ってある。朝までしっかり休め」
そう声を掛けると、アインスは傍を離れ、ソファの方へと向かった。ツヴァイは急激に温度が下がったように感じた。
(一緒には寝ないんだ……)
それはきっと、アインスなりの気遣いだったのだろう。しかし、ツヴァイは何だか突き放されたような気がした。
(そうだよね……こんな汚れた奴に、触れたくなんかないよね)
もう、彼の元には帰れないと思っていた。
彼のお陰で帰って来られた――けれど。
「……ごめんね、アイちゃん」
ぽつり、零すと、アインスが振り返った。彼が今どんな表情をしているのか、目を伏せたままのツヴァイには分からなかった。
「俺、やっぱりアイちゃんに相応しくないよ。……別れよう」
きっと、彼との関係までは、元の通りには戻れない。
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