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13.壊れた心
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「安心してよ。俺は何にも言うつもりないから。アベルにも、街の人達にも」
ややあって、ツヴァイが静かに告げた。
「人を殺しちゃいけないなんて聖人君子みたいなことも言うつもりないし、言えるような資格もない。君達にとって必要なことなら、今後も好きにすればいいと思うよ。ただし、俺のパートナーはそういうことに潔癖な人だから、やっぱり君達と一緒には行動出来ない。悪いけど、このまま帰らせてもらうね」
「……分かった」
項垂れたままのカインが肯んずるのを見届けてから、ツヴァイはそっと踵を返した。そのまま擦れ違う、直後――。
「どこに行くの? ツヴァイ」
「!?」
まるで少年のような無垢な声音――アベルの声がすぐ傍から聞こえてきて、ツヴァイは愕然とした。
(有り得ない。だって、そっちには)
振り返る。今しがた背を向けてきた食糧倉庫の扉が薄く開いたままなのを視認した刹那、ツヴァイの頭部に重い衝撃が走った。
パキりと枝が折れるような音が鳴り、視界が回転する。――首が折れたのだと悟った頃には、身体は地面に倒れ伏していた。霞んでいく視界の端に青灰色を捉えた瞬間、ツヴァイの意識は途切れた。
◆◇◆
次に目を開いた時、ツヴァイは再び暗闇の中に居た。身を捩ると、手首に縄の擦れる感触がある。身体の下には、硬いマットレス。――またここに戻ってきてしまったようだ。
「気が付いた? ツヴァイ」
傍らからアベルの声がした。そちらに顔を向けても目隠しのせいでやはり何も見えないが、視線だけは感じられる。
「良かった。うっかり首の骨を折っちゃったから、死なせちゃったんじゃないかって凄く焦ったんだけど……さすがだね。すぐに治っちゃった」
全く悪びれる風もない口上にツヴァイが目眩を覚えていると、今度は一段低いカインの声もした。
「あんた、本当に吸血鬼だったんだな」
「だから言ったでしょ、カイン。もしかして、ツヴァイは死なないの? だとしたら、嬉しいな。ずっと一緒に居られるね」
「……結局、お兄さんは可愛い弟の言いなりってことか」
掠れた声でツヴァイは苦く笑った。カインに宛てた言葉だったが、そこには自嘲も含まれていた。油断していたつもりはなかったのに、二度も捕まるなんて、なんて体たらくだ。
「悪く思うな。あのままあんたを帰す訳にはいかなかった。オレはそこまであんたを信用してないし、第一あんたが居なくなるとアベルが悲しむことになる」
「ブラコンもそこまで来ると立派だね」
「何とでも言え」
強がって嫌味を飛ばしても、状況は変わらない。ツヴァイは背中にじわりと嫌な汗が滲むのを感じた。
「カインから聞いたよ、ツヴァイ。やっぱり、逃げようとしてたんだってね」
ふと、アベルの声が悲しげに沈んだ。
「酷いよ、何も言わずに居なくなろうとするなんて……そんなの、許さない。キミには少し、お仕置きが必要みたいだね」
――お仕置き?
「何する、つもり?」
「大丈夫。痛いことはしないよ。ただ、ツヴァイが帰りたがるのは恋人が居るせいだよね。だったら、その恋人を消しちゃえばいいんだ」
「っ……!!」
ツヴァイの全身から、一気に血の気が引いた。
「アイちゃんに、手を出すな!!」
叫び、相手に掴み掛かろうとして、すぐさま手首の縄に引き戻される。荒縄が擦れて血が流れるのも厭わず、ツヴァイはもがいた。
そんな彼の反抗に、アベルは思案するように顎に手を当て、唸った。
「ツヴァイ……そんなに、あの人のことが大切? そっか……ツヴァイにはあんまり嫌われたくないしなぁ。うーん」
数秒後、「そうだ、こうしよう」とアベルが軽い調子で手を打った。
衣擦れの音。近付く気配に、目隠しに重なる影。……視界の闇が濃くなる。
肩に手を添えられ、ツヴァイの身体はやんわりとベッドに押し戻された。ぎしり、硬いマットレスが軋み、相手の体重がのしかかる。
頬に熱い指先が触れる感触を得て、ツヴァイは身を固くした。
果たしてアベルは、楽しい計画を思い付いたように、無邪気にこう言った。
「ツヴァイを、恋人の所に帰れない身体にしちゃえばいいんだ」
ややあって、ツヴァイが静かに告げた。
「人を殺しちゃいけないなんて聖人君子みたいなことも言うつもりないし、言えるような資格もない。君達にとって必要なことなら、今後も好きにすればいいと思うよ。ただし、俺のパートナーはそういうことに潔癖な人だから、やっぱり君達と一緒には行動出来ない。悪いけど、このまま帰らせてもらうね」
「……分かった」
項垂れたままのカインが肯んずるのを見届けてから、ツヴァイはそっと踵を返した。そのまま擦れ違う、直後――。
「どこに行くの? ツヴァイ」
「!?」
まるで少年のような無垢な声音――アベルの声がすぐ傍から聞こえてきて、ツヴァイは愕然とした。
(有り得ない。だって、そっちには)
振り返る。今しがた背を向けてきた食糧倉庫の扉が薄く開いたままなのを視認した刹那、ツヴァイの頭部に重い衝撃が走った。
パキりと枝が折れるような音が鳴り、視界が回転する。――首が折れたのだと悟った頃には、身体は地面に倒れ伏していた。霞んでいく視界の端に青灰色を捉えた瞬間、ツヴァイの意識は途切れた。
◆◇◆
次に目を開いた時、ツヴァイは再び暗闇の中に居た。身を捩ると、手首に縄の擦れる感触がある。身体の下には、硬いマットレス。――またここに戻ってきてしまったようだ。
「気が付いた? ツヴァイ」
傍らからアベルの声がした。そちらに顔を向けても目隠しのせいでやはり何も見えないが、視線だけは感じられる。
「良かった。うっかり首の骨を折っちゃったから、死なせちゃったんじゃないかって凄く焦ったんだけど……さすがだね。すぐに治っちゃった」
全く悪びれる風もない口上にツヴァイが目眩を覚えていると、今度は一段低いカインの声もした。
「あんた、本当に吸血鬼だったんだな」
「だから言ったでしょ、カイン。もしかして、ツヴァイは死なないの? だとしたら、嬉しいな。ずっと一緒に居られるね」
「……結局、お兄さんは可愛い弟の言いなりってことか」
掠れた声でツヴァイは苦く笑った。カインに宛てた言葉だったが、そこには自嘲も含まれていた。油断していたつもりはなかったのに、二度も捕まるなんて、なんて体たらくだ。
「悪く思うな。あのままあんたを帰す訳にはいかなかった。オレはそこまであんたを信用してないし、第一あんたが居なくなるとアベルが悲しむことになる」
「ブラコンもそこまで来ると立派だね」
「何とでも言え」
強がって嫌味を飛ばしても、状況は変わらない。ツヴァイは背中にじわりと嫌な汗が滲むのを感じた。
「カインから聞いたよ、ツヴァイ。やっぱり、逃げようとしてたんだってね」
ふと、アベルの声が悲しげに沈んだ。
「酷いよ、何も言わずに居なくなろうとするなんて……そんなの、許さない。キミには少し、お仕置きが必要みたいだね」
――お仕置き?
「何する、つもり?」
「大丈夫。痛いことはしないよ。ただ、ツヴァイが帰りたがるのは恋人が居るせいだよね。だったら、その恋人を消しちゃえばいいんだ」
「っ……!!」
ツヴァイの全身から、一気に血の気が引いた。
「アイちゃんに、手を出すな!!」
叫び、相手に掴み掛かろうとして、すぐさま手首の縄に引き戻される。荒縄が擦れて血が流れるのも厭わず、ツヴァイはもがいた。
そんな彼の反抗に、アベルは思案するように顎に手を当て、唸った。
「ツヴァイ……そんなに、あの人のことが大切? そっか……ツヴァイにはあんまり嫌われたくないしなぁ。うーん」
数秒後、「そうだ、こうしよう」とアベルが軽い調子で手を打った。
衣擦れの音。近付く気配に、目隠しに重なる影。……視界の闇が濃くなる。
肩に手を添えられ、ツヴァイの身体はやんわりとベッドに押し戻された。ぎしり、硬いマットレスが軋み、相手の体重がのしかかる。
頬に熱い指先が触れる感触を得て、ツヴァイは身を固くした。
果たしてアベルは、楽しい計画を思い付いたように、無邪気にこう言った。
「ツヴァイを、恋人の所に帰れない身体にしちゃえばいいんだ」
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