12 / 24
12.血塗られた山荘
しおりを挟む
建物の配置はアベルから聞いていた通りのようだ。隣には、同じような形のログハウス。中央に趣の異なる施設を挟み、向こう側にもログハウスが二軒並んでいる。さて、問題はその中央の施設だ。
アベルの話から推察するに、屋根と柱だけの木組みの四阿のようなものは、おそらく炊事場。その奥にある納屋のような小さな建物は食糧倉庫だろう。血の匂いは、そちらからしていた。
通常なら素通りして帰るところだが……。
(もしもアイちゃんだったら……きっと、確認する)
そう思うと放ってもおかれず、ツヴァイは覚悟を決めて中央の共有施設へと足を向けた。近付く程に臭いが濃くなる。古く熟成された芳醇なワインのような香り。吸血鬼の性か、本来忌むべきものなのに、つい喉の乾きを覚えてしまう。臭いに当てられて酔いそうだ。
四阿の中には炊事台と思しき鉄製の素っ気ない大板テーブルが数個置かれ、奥には竈のスペースがあった。水道の蛇口も並んでいるところを見るに、昔は電気が使えたのかもしれない。尚、通信機はやはり不通だった為、電波の方は来ていない模様だ。
臭いは炊事台の上からしていた。水桶や鍋、食器類が乱雑に置かれたそこには、洗い流して尚こびり付いた血痕が見受けられる。
傍らには刃こぼれを起こした切れ味の悪そうな包丁。――これを使ったのか。
臭いはここだけではない。奥に建つ食糧倉庫……あっちが大元だろう。ツヴァイが探しているものは、おそらくそこにある。
見当をつけて歩み寄り、倉庫の扉に手を掛けた。こちらも施錠はされていなかった。
(ああ……)
細く開いた扉の隙間から、差し込む月光に照らし出された内部の光景に、ツヴァイは思わず嘆息を漏らした。
(やっぱり、駄目か……)
――生きている者は居ない。
そこに置かれていたのは、既に解体された後の人肉のみだった。
もしも生存者が居るようならば、逃がす心積りでいたが……これではもう、ツヴァイに出来ることは何も無い。
小さな溜息と共に扉を閉めようとした、その時だった。
「そこで何をしている」
背後から掛けられた低い声に、心臓が跳ねた。……本当にここの住人達は気配が無い。
振り向くと、青灰色の癖毛に獣耳を付けた男が険しい表情でこちらを見ていた。
「驚いた。君達、本当に双子なんだね。そっくりで見分けが付かないよ。声からすると、お兄さんの方だよね? 満月の夜に出歩いて平気なの?」
ツヴァイの軽口には応じず、双子の兄カインは腕組みをして同じ質問を繰り返した。
「そこで何をしていると訊いている」
「ちょっと、お腹が空いちゃって。新鮮な生き血でも飲めないかなと思ってたんだけど……残念。それは置いてないみたいだね」
苦笑混じりに返したツヴァイの言を吟味するように、カインは数秒間黙した。それから、更に声を低めて唸るように吐き捨てる。
「嘘を吐くな。逃げるつもりだったんだろう」
「それだったら、わざわざこんな所に寄らないよ」
「どうだかな」
ツヴァイは肩を竦めてみせた。
「最近、街では若者の行方不明者が続出してるらしいね」
「……アベルは何も知らない。オレが勝手にやっていることだ」
「そう? そうやって庇うってことは、むしろ逆なんじゃないかな」
〝餌袋〟――双子の弟は、全く屈託の無い表情でそんな言葉を使っていた。
人を攫っているのは、十中八九アベルの方だろう。今日も本当は街に獲物を物色しに来ていたのではないか。ツヴァイを見つけなければ、また別の誰かが犠牲になっていたかもしれない。
カインは何も答えない。沈黙は肯定か。
「ついでに聞いちゃうけど、他四人の仲間って、本当は存在しないよね? いくら君達人狼モドキが隠れるのが上手だといっても、寝ている時までずっと気配が無いなんて流石におかしいし」
畳み掛けるようにツヴァイがもう一つ指摘してみせると、カインは諦めたのか軽く頭を振ってから、ようやく口を開いた。
「ああ……だが、嘘でもない。最初は確かにあと四人、仲間が居たんだ」
「今は、どこに?」
「全員、死んだよ」
予想はしていた答えだったが、ツヴァイは掛ける言葉を失くした。
「言っておくが、アベルが何かした訳じゃない。オレ達以外の仲間は、元々あまり状態が良くなかったんだ。命からがら逃げ出してきたものの、研究所から支給されていた特殊な薬無しでは長くは生きられなかった」
少しずつ弱っていく仲間達。しかし、自分達がしてやれることもなく……ただ、死出への旅路を見送り続けることしか出来なかった。
「度重なる仲間の死に、アベルの心は耐えられなかったんだろう。あいつは仲間の死を無かったことにした。今でも皆がここに居て、まだ生きていると思い込んでるんだ。人間を襲うようになったのもそれからだ。人狼はそういうものだから、きっとこの方が仲間の身体にもいいだろうって。……特効薬の代わりだって」
自分達は全部で六人だと語った時の、アベルの明るい表情を思い出す。ツヴァイの胸には何とも言えない感傷が滲んだ。一人、また一人と仲間が減っていく経験は、自分達も味わったことがある。
どこか遠くを見るような目をして、カインは言った。
「あいつは、もうとっくに壊れてるんだよ」
アベルの話から推察するに、屋根と柱だけの木組みの四阿のようなものは、おそらく炊事場。その奥にある納屋のような小さな建物は食糧倉庫だろう。血の匂いは、そちらからしていた。
通常なら素通りして帰るところだが……。
(もしもアイちゃんだったら……きっと、確認する)
そう思うと放ってもおかれず、ツヴァイは覚悟を決めて中央の共有施設へと足を向けた。近付く程に臭いが濃くなる。古く熟成された芳醇なワインのような香り。吸血鬼の性か、本来忌むべきものなのに、つい喉の乾きを覚えてしまう。臭いに当てられて酔いそうだ。
四阿の中には炊事台と思しき鉄製の素っ気ない大板テーブルが数個置かれ、奥には竈のスペースがあった。水道の蛇口も並んでいるところを見るに、昔は電気が使えたのかもしれない。尚、通信機はやはり不通だった為、電波の方は来ていない模様だ。
臭いは炊事台の上からしていた。水桶や鍋、食器類が乱雑に置かれたそこには、洗い流して尚こびり付いた血痕が見受けられる。
傍らには刃こぼれを起こした切れ味の悪そうな包丁。――これを使ったのか。
臭いはここだけではない。奥に建つ食糧倉庫……あっちが大元だろう。ツヴァイが探しているものは、おそらくそこにある。
見当をつけて歩み寄り、倉庫の扉に手を掛けた。こちらも施錠はされていなかった。
(ああ……)
細く開いた扉の隙間から、差し込む月光に照らし出された内部の光景に、ツヴァイは思わず嘆息を漏らした。
(やっぱり、駄目か……)
――生きている者は居ない。
そこに置かれていたのは、既に解体された後の人肉のみだった。
もしも生存者が居るようならば、逃がす心積りでいたが……これではもう、ツヴァイに出来ることは何も無い。
小さな溜息と共に扉を閉めようとした、その時だった。
「そこで何をしている」
背後から掛けられた低い声に、心臓が跳ねた。……本当にここの住人達は気配が無い。
振り向くと、青灰色の癖毛に獣耳を付けた男が険しい表情でこちらを見ていた。
「驚いた。君達、本当に双子なんだね。そっくりで見分けが付かないよ。声からすると、お兄さんの方だよね? 満月の夜に出歩いて平気なの?」
ツヴァイの軽口には応じず、双子の兄カインは腕組みをして同じ質問を繰り返した。
「そこで何をしていると訊いている」
「ちょっと、お腹が空いちゃって。新鮮な生き血でも飲めないかなと思ってたんだけど……残念。それは置いてないみたいだね」
苦笑混じりに返したツヴァイの言を吟味するように、カインは数秒間黙した。それから、更に声を低めて唸るように吐き捨てる。
「嘘を吐くな。逃げるつもりだったんだろう」
「それだったら、わざわざこんな所に寄らないよ」
「どうだかな」
ツヴァイは肩を竦めてみせた。
「最近、街では若者の行方不明者が続出してるらしいね」
「……アベルは何も知らない。オレが勝手にやっていることだ」
「そう? そうやって庇うってことは、むしろ逆なんじゃないかな」
〝餌袋〟――双子の弟は、全く屈託の無い表情でそんな言葉を使っていた。
人を攫っているのは、十中八九アベルの方だろう。今日も本当は街に獲物を物色しに来ていたのではないか。ツヴァイを見つけなければ、また別の誰かが犠牲になっていたかもしれない。
カインは何も答えない。沈黙は肯定か。
「ついでに聞いちゃうけど、他四人の仲間って、本当は存在しないよね? いくら君達人狼モドキが隠れるのが上手だといっても、寝ている時までずっと気配が無いなんて流石におかしいし」
畳み掛けるようにツヴァイがもう一つ指摘してみせると、カインは諦めたのか軽く頭を振ってから、ようやく口を開いた。
「ああ……だが、嘘でもない。最初は確かにあと四人、仲間が居たんだ」
「今は、どこに?」
「全員、死んだよ」
予想はしていた答えだったが、ツヴァイは掛ける言葉を失くした。
「言っておくが、アベルが何かした訳じゃない。オレ達以外の仲間は、元々あまり状態が良くなかったんだ。命からがら逃げ出してきたものの、研究所から支給されていた特殊な薬無しでは長くは生きられなかった」
少しずつ弱っていく仲間達。しかし、自分達がしてやれることもなく……ただ、死出への旅路を見送り続けることしか出来なかった。
「度重なる仲間の死に、アベルの心は耐えられなかったんだろう。あいつは仲間の死を無かったことにした。今でも皆がここに居て、まだ生きていると思い込んでるんだ。人間を襲うようになったのもそれからだ。人狼はそういうものだから、きっとこの方が仲間の身体にもいいだろうって。……特効薬の代わりだって」
自分達は全部で六人だと語った時の、アベルの明るい表情を思い出す。ツヴァイの胸には何とも言えない感傷が滲んだ。一人、また一人と仲間が減っていく経験は、自分達も味わったことがある。
どこか遠くを見るような目をして、カインは言った。
「あいつは、もうとっくに壊れてるんだよ」
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
9
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる