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10.ズレた認識

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「改めて、おれはアベル。さっきここに居たもう一人はカイン。双子の兄弟なんだ」
「双子、ね。君が弟でしょ」

 ツヴァイがそう訊ねると、アベルは驚いたように目を丸くした。

「何で分かるの?」
「アベルとカインって言ったら、旧約聖書で有名じゃん。あれは双子って訳でもなかったと思うけど」

 アダムとイブの子、アベルとカイン。神が弟のアベルの方を贔屓にしたせいで、嫉妬した兄カインが弟を殺害してしまうという、人類最初の殺人譚だ。

「でも、君達は仲良さそうだね」
「まぁね。たった二人の兄弟だから。親は戦争で亡くして、孤児院で育ったんだ。途中で二人して研究所に売られちゃったんだけどね」
「……そう」

 それがまた自分達と同じような境遇話だったものだから、ツヴァイは反応に困った。

(耳は本物だし、今の所嘘を言っている様子も無いけど……)

 彼らの目的は、本当に先程語っていた「仲間になりたい」などという平和的なものものなのだろうか。
 ツヴァイは確認するように開放された己が手首を擦った。荒縄の痕は瞬時に消えたので、今は何事も無かったようになっている。
 足首の方も自分で解いた為、逃げようと思えばすぐにでも実行に移せるが……。

 ツヴァイは慎重に周囲に目を配った。
 木材を組んで建てられた単純な構造のログハウス。ベッドが二つ、片方は空。同じく木で作られた机や椅子はあるが、他に家具は無い。灯りは天井から吊るされたランプの炎だけ。電気は通っていないのか。
 窓の外はもう夜の刻限になっている頃合いだが、積もった雪の影響か、薄ら明るかった。
 最も、吸血鬼であるツヴァイの瞳は夜の闇も昼日中のように見通すことが出来るので、大差は無いが。……それは人狼の失敗作だという彼らも、もしかしたら同じなのかもしれない。
 ツヴァイはとりあえず、気になったことを訊いてみた。

「ここは君達が使ってる山荘って言ってたけど、この小屋は使われてた形跡ないよね」
「うん。これと同じ小屋があと三つあるんだ。元々はキャンプ場だったみたいでね。中央に炊事場や食料庫といった共有施設を挟んで、左右に二つずつ配置されてる。おれ達は全部で六人だから、ここだけ余ってたんだよね。丁度いいから、このままツヴァイが使うといいよ」

 まだ仲間になるとは言っていないのに、アベルはもうすっかりその気のようだ。屈託の無い笑顔で嬉しそうにされてしまうと、少々困る。
 遅れて気が付いたが、彼は外套の下に尻尾を持っていた。それをぶんぶんとご機嫌に振る様は、人狼というよりもまるで人懐こい犬のようだ。

(それにしても、六人?)

 ツヴァイは怪訝に思った。

「他の人達は? 周囲から全く気配を感じないんだけど。留守?」
「今夜は満月だからね。皆小屋で大人しく寝入ってる筈だよ」
「満月って……まさか、狼に変身するの?」

 そもそも、カインの様子を見るに、ツヴァイを連れてきたのはアベルの一存で行われたことなのではないか。他が就寝しているとなると尚更、話を通してすらいなさそうだ。

「ううん。おれ達は失敗作だから、変身は出来ないよ。でも、満月の夜は影響されて本能が昂るというか、精神が不安定になっちゃうんだよね。だから、極力外を出歩かないようにしてるんだ」
「ふぅん……大変そうだね」
「ツヴァイは? 吸血鬼も満月の影響を受けるの?」
「いや、特には」
「そっか、いいなぁ」

 話しながら、ツヴァイはさりげなくズボンのポケットを探った。そこには、いつ何時も肌身離さず持ち歩いている小型通信機の感触がちゃんとあった。
 繋がればこれでアインスと連絡が取れるのだが、電気も来ていないような山奥と考えると、電波も届かない可能性が高い。双子がこれを取り上げなかったのも、問題無いと判断したからかもしれない。
 ――さて、どうするか。

「その、一緒に行動する云々の話だけど、俺の一存では決められないから、結論は仲間と話し合ってからでいい?」

 まぁ、ツヴァイとしてはこんないきなり殴られて拉致されるような強引な勧誘方法を取られた時点で、彼らとこれからを共にする気など毛頭ない訳だが。

(少し、気になることもあるし)

 ここはあまり相手を刺激しない方がいいだろう。
 すると、思いがけずアベルはキョトンとした様子で首を傾げた。

「仲間? って、あの餌袋の人?」
「は?」

 今度はツヴァイがキョトンとする番だった。

「餌袋って……」
「ほら、ツヴァイが血を吸ってたでしょ。あの人、餌袋として連れ歩いてるんじゃないの?」

 絶句した。まさか、アインスのことをツヴァイの食糧として認識していたというのか。
 目の前の男の変わらぬ柔和な笑みに、ツヴァイは初めて得体の知れない怖気を感じた。
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