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7.曲者
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(何やってるんだろう、俺……)
きっと、彼を傷付けた。
ツヴァイの胸中は罪悪感と自己嫌悪でいっぱいだった。
今に始まったことでもない。今回ほど踏み込んだことはなかったが、これまでにもそういう雰囲気になりかけたことはある。
大人同士、愛し合う恋人同士、愛情表現の延長で身体的な繋がりを求めるのも至極当然のことだ。けれど、その度にツヴァイが怖気付き、機会を逸していた。そして、その度にアインスが優しい言葉を掛けてくれていた。
「焦る必要は無い。お前がしたいと思えるまで、私は待つ。それに、恋人だからといって必ずしもそういうことをしなければいけない訳でもないんだ。私はおまえが傍に居てくれるだけでも充分だ」
彼はそう言ってくれたが、その優しさに甘えて未だに過去を乗り越えられずにいる自分が、ツヴァイは情けなかった。
(俺だって、アイちゃんとしたくない訳じゃないけど……)
溜息を吐いて、服を整える。その時、僅かな物音を聴覚が捉えた。反射的に音の方角を見遣り、ツヴァイが凍りつく。
カーテンの隙間、窓の外に人が立っていた。――若い男。一瞬目が合うと、ハッとしたように身を翻してその場を離れていく。
(見られてた……!?)
金縛りから解けると、ツヴァイは窓に駆け寄り、カーテンごと開け放った。白い粉雪と共に冷たい外気が頬を撫でる。走り去る不審人物の後ろ姿が見えた。
(アイちゃんに……駄目だ、間に合わない)
アインスは今、シャワールームに居る。
ツヴァイは意を決して窓枠に足を掛けた。ここは一階だ。躊躇無く身を乗り出して、外へと躍り出る。靴下一枚の足に柔らかな雪の感触が伝わった。
「待て!」
そう言って待つ奴は居ないだろうが、アインスに異変を伝える為にも一応声を出す。不審な男は案の定聞き耳を持たず、一目散に森の中を駆けていく。悪路だというのに随分と足が速い。
幸い、男の纏う衣は黒だ。白い世界に、一点その色は目立った。また、身軽さではツヴァイも負けていない。程なく追い付き、飛びかかる。押し倒して背中に体重を掛け、男の右腕を後ろ手に締め上げると、悲痛な声が上がった。
「痛ててててっ!」
「君は、誰? 何が目的?」
淡々と訊ねるツヴァイの脳裏を過ぎったのは、当然組織からの追手説だ。しかし、先程からどうにも気になることがある。追尾している時から気付いてはいたが、男の頭部……青灰色の癖毛頭からは、動物の耳のようなものが生えていた。形状としては、猫というよりは犬。
(コスプレ?)
しかし、カチューシャの類ではなさそうだ。ヘアクリップなどで止めているわけでもない。直接頭に接着剤か何かで貼り付けているのかとも思ったが、どうにも動いているように見える。
(まさか、本物なんてことは……)
「待って! 敵意は無いんだ! 話し合えば分かるからっ!」
男は必死に訴えた。その声音からは確かに〝敵意〟は感じられないが、演技という可能性もある。警戒を解くことなく更に問い詰めようと、ツヴァイが口を開いた直後――。
「あんた、弟に何をしている!」
すぐ近くから、凄絶な怒気を孕んだ別の声が聞こえた。
(しまった、もう一人居た!?)
弾かれたように顔を上げた瞬間、ツヴァイは側頭部に強烈な打撃を受けて意識を失った。
きっと、彼を傷付けた。
ツヴァイの胸中は罪悪感と自己嫌悪でいっぱいだった。
今に始まったことでもない。今回ほど踏み込んだことはなかったが、これまでにもそういう雰囲気になりかけたことはある。
大人同士、愛し合う恋人同士、愛情表現の延長で身体的な繋がりを求めるのも至極当然のことだ。けれど、その度にツヴァイが怖気付き、機会を逸していた。そして、その度にアインスが優しい言葉を掛けてくれていた。
「焦る必要は無い。お前がしたいと思えるまで、私は待つ。それに、恋人だからといって必ずしもそういうことをしなければいけない訳でもないんだ。私はおまえが傍に居てくれるだけでも充分だ」
彼はそう言ってくれたが、その優しさに甘えて未だに過去を乗り越えられずにいる自分が、ツヴァイは情けなかった。
(俺だって、アイちゃんとしたくない訳じゃないけど……)
溜息を吐いて、服を整える。その時、僅かな物音を聴覚が捉えた。反射的に音の方角を見遣り、ツヴァイが凍りつく。
カーテンの隙間、窓の外に人が立っていた。――若い男。一瞬目が合うと、ハッとしたように身を翻してその場を離れていく。
(見られてた……!?)
金縛りから解けると、ツヴァイは窓に駆け寄り、カーテンごと開け放った。白い粉雪と共に冷たい外気が頬を撫でる。走り去る不審人物の後ろ姿が見えた。
(アイちゃんに……駄目だ、間に合わない)
アインスは今、シャワールームに居る。
ツヴァイは意を決して窓枠に足を掛けた。ここは一階だ。躊躇無く身を乗り出して、外へと躍り出る。靴下一枚の足に柔らかな雪の感触が伝わった。
「待て!」
そう言って待つ奴は居ないだろうが、アインスに異変を伝える為にも一応声を出す。不審な男は案の定聞き耳を持たず、一目散に森の中を駆けていく。悪路だというのに随分と足が速い。
幸い、男の纏う衣は黒だ。白い世界に、一点その色は目立った。また、身軽さではツヴァイも負けていない。程なく追い付き、飛びかかる。押し倒して背中に体重を掛け、男の右腕を後ろ手に締め上げると、悲痛な声が上がった。
「痛ててててっ!」
「君は、誰? 何が目的?」
淡々と訊ねるツヴァイの脳裏を過ぎったのは、当然組織からの追手説だ。しかし、先程からどうにも気になることがある。追尾している時から気付いてはいたが、男の頭部……青灰色の癖毛頭からは、動物の耳のようなものが生えていた。形状としては、猫というよりは犬。
(コスプレ?)
しかし、カチューシャの類ではなさそうだ。ヘアクリップなどで止めているわけでもない。直接頭に接着剤か何かで貼り付けているのかとも思ったが、どうにも動いているように見える。
(まさか、本物なんてことは……)
「待って! 敵意は無いんだ! 話し合えば分かるからっ!」
男は必死に訴えた。その声音からは確かに〝敵意〟は感じられないが、演技という可能性もある。警戒を解くことなく更に問い詰めようと、ツヴァイが口を開いた直後――。
「あんた、弟に何をしている!」
すぐ近くから、凄絶な怒気を孕んだ別の声が聞こえた。
(しまった、もう一人居た!?)
弾かれたように顔を上げた瞬間、ツヴァイは側頭部に強烈な打撃を受けて意識を失った。
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