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3.ハッピーエンドのその先
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駐車場では、オンボロのワンボックスカーが律儀に二人を待っていた。元は純白だったのだろう、錆の浮いた茶斑のボディを、降り積もる雪の白粉が幾分か綺麗に見せている。廃車寸前で棄てられそうだったのを譲ってもらい、直したものだった。
とはいえ、最低限動くようにした程度で、あちこちガタが来ていることは変わらず、運転席に乗り込んだアインスがキーを回しても、なかなかエンジンが掛からない。
助手席に座ったツヴァイが肩を竦めた。
「やっぱ、もっといいのにすれば良かったのに」
「代金を払う訳でもないのだから、贅沢は気が引ける」
アインスとツヴァイの二人は、生物兵器として人為的に生み出された〝吸血鬼〟だ。元は人間の戦災孤児だったが、兵士となる為の施設と偽り連れてこられた研究所で人体実験を受けた。
過酷な環境下で次々に仲間が命を落とす中、生き残ったのは彼ら二人だけ。唯一の弱点である心臓に爆弾を埋め込まれ、生殺与奪の権利を握られた状態で人類の為に長い歳月をAI機会兵との闘いに費やしてきた。
しかし、戦が人間軍の勝利で終わりを迎える頃、ある事情からツヴァイが行方を眩ませた。勿論、胸の爆弾を無効化した上で、だ。
アインスにはツヴァイの追跡及び抹殺任務が与えられたが、互いが特別な存在であると確かめ合った結果、命令を無視して二人で逃避行を図り、現在に至る。
ほぼ着の身着のまま組織を抜け出してきた二人だ。その時点で自由に使える金子の類などある訳もなく、物資の調達にはツヴァイの〝催眠〟能力を活用せざるを得なかった。
真面目なアインスは初めの頃抵抗を示していたが、背に腹は変えられない。自分達は人類の敵として追われている身だ。出来るだけ遠くへ逃げる必要がある。
そうして辿り着いた異国の地は、奇しくも最後に見た故郷と同じように、白銀の雪に覆われる季節を迎えていた。
「お、掛かった」
空回っていたエンジンが噛み合う音がし、二人を乗せたワンボックスカーはようやく雪道へと滑り出した。今時の車は道の状態に合わせて自動でタイヤの形状を変化させるというのに、旧式のこれはわざわざチェーンを巻かなければならなかった。
凍った路面を金属の鎖でザクザクと突き刺しながら、オンボロ車は進む。その度に車体は大きく揺れ、決して乗り心地が良いとは言えない。それでも、二人の表情は明るかった。互いが居れば、例え戦場でもどこでも、常にそこが理想郷となる。
街を離れると、次第に辺りは自然の多い景観へと変わっていく。一時間近く掛けて到着したのは、森の入口にぽつりと建つ洋風の小洒落たコテージだった。元は貸別荘として使われていたようだが、古くなって放置されていたものを例によって譲ってもらった。
中には入浴や排泄施設、キッチンの類なども一通り揃っており、部屋数も多くてなかなかに広い。多少の修繕や掃除は必要だったが、当面の拠点としては申し分ない。
「ようやく車中泊から解放されるね~」
ワンボックスカーの積載スペースから先刻街で入手してきた新しい布団を下ろしながら、ツヴァイがホッとしたように言う。
「そうだな」
アインスも同じく家具を運びながら、しみじみ頷きを返した。戦中にはもっと酷い環境下で眠ることにも慣れていたが、やはり風雨を凌げる壁に温かい布団があるのはありがたい。
ここにどのくらい居られるかは分からないが、出来るだけ長く平穏が続くといいと願った。
「ところで、ツヴァイ。今日は補給の日だが、覚えているな」
アインスが話題を振ると、ツヴァイははたと手を止めて振り返った。
「ん……でも、まだ大丈夫そうなんだけど」
「それでも定期的に補っておいた方が安全だろう。荷物を運び終えたらでいいな」
「……うん」
乗り気のアインスに対して、ツヴァイの方は少し申し訳なさそうに小さくはにかんだ。
とはいえ、最低限動くようにした程度で、あちこちガタが来ていることは変わらず、運転席に乗り込んだアインスがキーを回しても、なかなかエンジンが掛からない。
助手席に座ったツヴァイが肩を竦めた。
「やっぱ、もっといいのにすれば良かったのに」
「代金を払う訳でもないのだから、贅沢は気が引ける」
アインスとツヴァイの二人は、生物兵器として人為的に生み出された〝吸血鬼〟だ。元は人間の戦災孤児だったが、兵士となる為の施設と偽り連れてこられた研究所で人体実験を受けた。
過酷な環境下で次々に仲間が命を落とす中、生き残ったのは彼ら二人だけ。唯一の弱点である心臓に爆弾を埋め込まれ、生殺与奪の権利を握られた状態で人類の為に長い歳月をAI機会兵との闘いに費やしてきた。
しかし、戦が人間軍の勝利で終わりを迎える頃、ある事情からツヴァイが行方を眩ませた。勿論、胸の爆弾を無効化した上で、だ。
アインスにはツヴァイの追跡及び抹殺任務が与えられたが、互いが特別な存在であると確かめ合った結果、命令を無視して二人で逃避行を図り、現在に至る。
ほぼ着の身着のまま組織を抜け出してきた二人だ。その時点で自由に使える金子の類などある訳もなく、物資の調達にはツヴァイの〝催眠〟能力を活用せざるを得なかった。
真面目なアインスは初めの頃抵抗を示していたが、背に腹は変えられない。自分達は人類の敵として追われている身だ。出来るだけ遠くへ逃げる必要がある。
そうして辿り着いた異国の地は、奇しくも最後に見た故郷と同じように、白銀の雪に覆われる季節を迎えていた。
「お、掛かった」
空回っていたエンジンが噛み合う音がし、二人を乗せたワンボックスカーはようやく雪道へと滑り出した。今時の車は道の状態に合わせて自動でタイヤの形状を変化させるというのに、旧式のこれはわざわざチェーンを巻かなければならなかった。
凍った路面を金属の鎖でザクザクと突き刺しながら、オンボロ車は進む。その度に車体は大きく揺れ、決して乗り心地が良いとは言えない。それでも、二人の表情は明るかった。互いが居れば、例え戦場でもどこでも、常にそこが理想郷となる。
街を離れると、次第に辺りは自然の多い景観へと変わっていく。一時間近く掛けて到着したのは、森の入口にぽつりと建つ洋風の小洒落たコテージだった。元は貸別荘として使われていたようだが、古くなって放置されていたものを例によって譲ってもらった。
中には入浴や排泄施設、キッチンの類なども一通り揃っており、部屋数も多くてなかなかに広い。多少の修繕や掃除は必要だったが、当面の拠点としては申し分ない。
「ようやく車中泊から解放されるね~」
ワンボックスカーの積載スペースから先刻街で入手してきた新しい布団を下ろしながら、ツヴァイがホッとしたように言う。
「そうだな」
アインスも同じく家具を運びながら、しみじみ頷きを返した。戦中にはもっと酷い環境下で眠ることにも慣れていたが、やはり風雨を凌げる壁に温かい布団があるのはありがたい。
ここにどのくらい居られるかは分からないが、出来るだけ長く平穏が続くといいと願った。
「ところで、ツヴァイ。今日は補給の日だが、覚えているな」
アインスが話題を振ると、ツヴァイははたと手を止めて振り返った。
「ん……でも、まだ大丈夫そうなんだけど」
「それでも定期的に補っておいた方が安全だろう。荷物を運び終えたらでいいな」
「……うん」
乗り気のアインスに対して、ツヴァイの方は少し申し訳なさそうに小さくはにかんだ。
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