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第三章 君にもう一度、恋をする。
3-2 噂
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更に翌日の朝。教室の扉を開くと、朱華は真っ先に小林さん達三人組と目が合った。
「あ」
互いに気が付いて同じ言葉を漏らす。……いや、言葉になる前の音だ。双方思わず発してしまってから、その後の出方に惑い、微妙な沈黙の間が訪れる。各々、何とはなしに緊張しているのだ。
それを先に破ってくれたのは、小林さんの方だった。
「お、おはよう! 更科さん!」
「! お、おう……はよ」
勢いに釣られて返すと、三人組の後の二人……斉藤さんと吉田さんが驚いたように目を丸くして、小林さんと朱華の間で視線を彷徨わせた。その後、意を決したように彼女らも口々に「おはよう」と声を上げた。
それらを受けて、表面は平静を装いながらも朱華は心中で興奮していた。
――あ、挨拶、出来たぞ!!
嘘みたいだ。あんなに怖がられていたのに。昨日少し話せたからだろうか。それだけで舞い上がっていた朱華だったが、それで終わりではなかった。挨拶を交わせた事で思い切ったように、小林さんがこう続けてきたのだ。
「今日は一限から移動教室だよね! その……良かったら、クラス朝礼の後一緒に行かない? あ! 勿論、更科さんが嫌じゃなかったら……だけど!」
それはまた、朱華にとっては嬉しいお誘いだった。
「い、嫌な訳ねーだろ!!」
つい強い語調で返してしまい、すぐ様はっとして目線を逸らし、取り繕うように言い募る。
「あっ……今のは、怒った訳じゃなくて! つーか、いつも別に怒っちゃいねーんだけどっ」
この通り目付きも態度も悪いから云々かんぬんと言い訳を並べ立てていると、キョトンと見ていた三人が、ふっと小さく吹き出した。場の空気が解れるような、温かい笑みだ。
「更科さんって、なんか可愛い……」
ぽつりと斉藤さんがそんな感想を漏らすと、朱華は瞬時に茹でダコになってしまった。
「かっ!? 可愛くなんかねーし!?」
「あは、ごめん」
とは言いつつ、楽しげに笑う三人からは全く悪びれた様子が無かった。それどころか、照れて抗弁する朱華の様子に、一層〝可愛い〟との認識を深めるのだった。
怖いと思い込んでいた相手の意外な側面を見て気が強くなったのか、斉藤さんが更に身を乗り出して踏み込む。
「うちら、更科さんとずっと話してみたかったんだよね! 更科さんの事、色々教えてよ! 何の教科が好き? タピオカ飲める? てか、その髪めっちゃキレイだよね! それって染めてるの?」
「ちょいちょい、そんなにいっぺんに訊いたら、更科さん困るって」
アクセルの乗ってきた斉藤さんの弁にブレーキを掛けたのは、吉田さんだ。この三人組は、優しくて控えめな小林 マユと、明るくてミーハーな斉藤 リサ、大人っぽくてしっかりした吉田 サエの、バランスの良い組み合わせで出来ているのだ。
「うーん……それじゃあ、こんだけ! 更科さん、時任先輩と幼馴染って、マジ!?」
それは、先日斉藤さんが反射的に朱華に訊ねた質問の内容だった。彼女としてはその事がずっと気になっていたらしい。
「そうだけど……」
「本当なんだ! いつ頃!? 小さい頃の時任先輩って、どんな感じだったの!?」
何でそんな事を聞きたがるのか。もしや、斉藤さんは彼の事が好きなのでは……。そう考えたら、何だか少し胸の奥がもやついた感覚を覚えてしまい、朱華は焦って打ち消した。
――いやいや、だから何でそんな権利も無いのに、あたしは勝手に複雑な気分になってるんだ!?
「ごめんね、更科さん。この子、時任先輩のファンなんだって」
朱華が面食らう様子に、再び吉田さんがフォローを入れる。それにうんうんと頷いてみせてから、斉藤さんはハッとしたように己の口元を押さえた。
「あっ! もしかして更科さん、時任先輩のこと好きだったりする?」
これには朱華は盛大に泡を食ってしまった。
「なっ!? 何言ってんだよ!! べ、別にそういうんじゃねーし!?」
耳まで真っ赤に染め上げて慌てて否定する朱華の反応に、三人は何もかも察したかのような得心顔を浮かべた。
「そっかそっか。安心して! うちが時任先輩のファンっていうのは、本当アイドルに対しての崇拝みたいなもんだから! 恋愛的にどうこうなりたいとかじゃないからさ」
「だから、別にあたしはそんな事っ!」
気にしてねーし! と皆まで言わせては貰えず、はいはいと丸め込まれて言葉を飲み込む羽目になった朱華だった。
三人の温かな訳知り顔がやけに面映ゆい。本当にあたしはそういうんじゃないんだって! と叫びたい衝動は強いが、言えば言う程逆に誤解を招きそうなので、もう黙るしかない。
そうして朱華が謎の徒労感に包まれていると、ここで斉藤さんはふと声の調子を落とした。
「でさ、時任先輩のあの噂って……本当の所どうなの?」
周囲の耳を憚るように小声で成された質問。その意図が、朱華にはよく分からなかった。続けて「あんなの嘘に決まってるよね?」などと訊かれても、なんの事やらさっぱりだ。
咎め立てするように小林さんが「リサ」と斉藤さんの名を呼ぶも、彼女は構わず朱華をじっと窺い、答えを待っていた。
「噂って?」
朱華には全くの初耳だったので、そう返す他無い。すると、斎藤さんは何故か〝しまった〟という顔をした。隣で吉田さんがやれやれと頭を抱える。
「あー、更科さん知らないんだ……」
急に歯切れが悪くなった斉藤さんの態度から、何やら聞かせにくい話であるらしい事を察する。それが余計に猜疑心を刺激し、朱華は促すような瞳で見つめ返した。
斉藤さんはやや葛藤する様を見せた後、元々強い朱華の眼力には敵わなかったようで、あっさりと根負けした。一層声のボリュームを絞って、朱華に耳打ちする。
「最近、女子の間で流行り出した噂なんだけどさ……。時任先輩は、頼めば何でもしてくれるって」
「……何でも?」
「そう、その……キスでも、その先でも」
今度は朱華がキョトンとする番だった。
キスでも……その先でも? その先って……?
なんの事か咄嗟に理解が及ばず、脳内で言葉を咀嚼する間を設ける。その間にも、口の滑りが良くなってきたらしい斉藤さんが自分の知る情報を続けていた。
「お願いすれば大体何でも聞いてくれるんだけど、でも彼女にだけはしてくれないんだって。何でって聞くと『好きな人が居るから』って返されるとか……」
――好きな人が居るから。
これまたすぐには呑み込めない言葉の登場に朱華が思考停止しかけると、そこまでは聞いた事がなかったらしい吉田さんが、苦い表情を浮かべた。
「え? 何それ、じゃあ好きな人が居るのに他の女とも寝ちゃう訳? クズじゃん」
「ちょ、ちょっとサエ!」
吉田さんと小林さんのやり取りを頭の隅に捉えながら、朱華は混乱していた。
好きな人が居る? のに、誰とでも寝る?――音にぃが?
「……いやいや、そんな。音にぃに限って、まさか」
朱華が苦笑と共に否定してみせると、斉藤さんを始め三人はホッとした様子を見せた。
「そ、そうだよね! 嘘だよね!」
「だって音にぃニブチンだし、彼女も居た事ないって言ってたし。そういうのに疎いって、絶対」
砂音が女を取っかえ引っかえしている所など、朱華には到底想像が付かなかった。なんなんだ、その変な噂は。
「良かったー! 幼馴染が言うなら間違いないね! ていうか、音にぃって呼んでるの? 可愛い!」
「こ、これはっ! 昔の癖が抜けなくて、つい……!」
調子を取り戻した斉藤さんに揶揄われると、朱華はまたぞろ頬を紅潮させて弁明に走った。小林さんも吉田さんも温かい笑顔で見守っている。
変な噂には吃驚したが、所詮噂は根も葉もないものだろう。もしかしたら、砂音の完璧さに嫉妬した男子辺りが流したものかもしれない。
――音にぃが優しいから、そんな噂されるんだな。
そう、優しいから〝頼めば何でもしてくれる〟だなんて言われるのだ。
そこまで考えてから一笑に付そうとして、はた、と朱華は動きを止めた。
急に固まった彼女を心配して三人が怪訝げな声を掛けてくる。ハッとしてそれに応対しつつ、朱華は内心で今しがた浮かんでしまった不穏な考えを巡らせた。
――待て。本当に、無いと言い切れるか?
思い描いたのは、過去共に過ごした日々での彼の様子だ。
「音にぃ! サッカーしようぜ!」
「うん、いいよ」
「あー! 間違えておしるこ買っちまった!」
「俺のメロンソーダと交換する?」
「え、でも、いいのか?」
「うん、いいよ。俺おしるこも好きだから」
「ぎゃー! またこの雑魚カード! 何枚目だよー! 音にぃは? ……うわっ! それ、激レアのキラカードじゃん! しかも一番人気のキャラ! いいなぁ……」
「はい」
「え?」
「あげる」
「何で!? 貰えないよ、そんな……!」
「それじゃあ、交換しよ? 俺、そっちのカードもまだ持ってないから」
「で、でもこれ、雑魚カードだぞっ?」
「うん、いいよ」
――『俺は、朱華ちゃんが嬉しそうなのが、一番嬉しいから』
そう言って優しく微笑んだ在りし日の彼の顔が、声が、脳裏に再生されては朱華の嫌な考えを増長させた。
――〝頼めば何でもしてくれる〟。
いやいや、待てよ。そんな……でも。
――優しいからこそ、頼まれれば断れないなんて事も……あるんじゃないか?
急速に心中を席巻し出したその考えに、朱華は己の血の気が引いていくのを感じていた。
「あ」
互いに気が付いて同じ言葉を漏らす。……いや、言葉になる前の音だ。双方思わず発してしまってから、その後の出方に惑い、微妙な沈黙の間が訪れる。各々、何とはなしに緊張しているのだ。
それを先に破ってくれたのは、小林さんの方だった。
「お、おはよう! 更科さん!」
「! お、おう……はよ」
勢いに釣られて返すと、三人組の後の二人……斉藤さんと吉田さんが驚いたように目を丸くして、小林さんと朱華の間で視線を彷徨わせた。その後、意を決したように彼女らも口々に「おはよう」と声を上げた。
それらを受けて、表面は平静を装いながらも朱華は心中で興奮していた。
――あ、挨拶、出来たぞ!!
嘘みたいだ。あんなに怖がられていたのに。昨日少し話せたからだろうか。それだけで舞い上がっていた朱華だったが、それで終わりではなかった。挨拶を交わせた事で思い切ったように、小林さんがこう続けてきたのだ。
「今日は一限から移動教室だよね! その……良かったら、クラス朝礼の後一緒に行かない? あ! 勿論、更科さんが嫌じゃなかったら……だけど!」
それはまた、朱華にとっては嬉しいお誘いだった。
「い、嫌な訳ねーだろ!!」
つい強い語調で返してしまい、すぐ様はっとして目線を逸らし、取り繕うように言い募る。
「あっ……今のは、怒った訳じゃなくて! つーか、いつも別に怒っちゃいねーんだけどっ」
この通り目付きも態度も悪いから云々かんぬんと言い訳を並べ立てていると、キョトンと見ていた三人が、ふっと小さく吹き出した。場の空気が解れるような、温かい笑みだ。
「更科さんって、なんか可愛い……」
ぽつりと斉藤さんがそんな感想を漏らすと、朱華は瞬時に茹でダコになってしまった。
「かっ!? 可愛くなんかねーし!?」
「あは、ごめん」
とは言いつつ、楽しげに笑う三人からは全く悪びれた様子が無かった。それどころか、照れて抗弁する朱華の様子に、一層〝可愛い〟との認識を深めるのだった。
怖いと思い込んでいた相手の意外な側面を見て気が強くなったのか、斉藤さんが更に身を乗り出して踏み込む。
「うちら、更科さんとずっと話してみたかったんだよね! 更科さんの事、色々教えてよ! 何の教科が好き? タピオカ飲める? てか、その髪めっちゃキレイだよね! それって染めてるの?」
「ちょいちょい、そんなにいっぺんに訊いたら、更科さん困るって」
アクセルの乗ってきた斉藤さんの弁にブレーキを掛けたのは、吉田さんだ。この三人組は、優しくて控えめな小林 マユと、明るくてミーハーな斉藤 リサ、大人っぽくてしっかりした吉田 サエの、バランスの良い組み合わせで出来ているのだ。
「うーん……それじゃあ、こんだけ! 更科さん、時任先輩と幼馴染って、マジ!?」
それは、先日斉藤さんが反射的に朱華に訊ねた質問の内容だった。彼女としてはその事がずっと気になっていたらしい。
「そうだけど……」
「本当なんだ! いつ頃!? 小さい頃の時任先輩って、どんな感じだったの!?」
何でそんな事を聞きたがるのか。もしや、斉藤さんは彼の事が好きなのでは……。そう考えたら、何だか少し胸の奥がもやついた感覚を覚えてしまい、朱華は焦って打ち消した。
――いやいや、だから何でそんな権利も無いのに、あたしは勝手に複雑な気分になってるんだ!?
「ごめんね、更科さん。この子、時任先輩のファンなんだって」
朱華が面食らう様子に、再び吉田さんがフォローを入れる。それにうんうんと頷いてみせてから、斉藤さんはハッとしたように己の口元を押さえた。
「あっ! もしかして更科さん、時任先輩のこと好きだったりする?」
これには朱華は盛大に泡を食ってしまった。
「なっ!? 何言ってんだよ!! べ、別にそういうんじゃねーし!?」
耳まで真っ赤に染め上げて慌てて否定する朱華の反応に、三人は何もかも察したかのような得心顔を浮かべた。
「そっかそっか。安心して! うちが時任先輩のファンっていうのは、本当アイドルに対しての崇拝みたいなもんだから! 恋愛的にどうこうなりたいとかじゃないからさ」
「だから、別にあたしはそんな事っ!」
気にしてねーし! と皆まで言わせては貰えず、はいはいと丸め込まれて言葉を飲み込む羽目になった朱華だった。
三人の温かな訳知り顔がやけに面映ゆい。本当にあたしはそういうんじゃないんだって! と叫びたい衝動は強いが、言えば言う程逆に誤解を招きそうなので、もう黙るしかない。
そうして朱華が謎の徒労感に包まれていると、ここで斉藤さんはふと声の調子を落とした。
「でさ、時任先輩のあの噂って……本当の所どうなの?」
周囲の耳を憚るように小声で成された質問。その意図が、朱華にはよく分からなかった。続けて「あんなの嘘に決まってるよね?」などと訊かれても、なんの事やらさっぱりだ。
咎め立てするように小林さんが「リサ」と斉藤さんの名を呼ぶも、彼女は構わず朱華をじっと窺い、答えを待っていた。
「噂って?」
朱華には全くの初耳だったので、そう返す他無い。すると、斎藤さんは何故か〝しまった〟という顔をした。隣で吉田さんがやれやれと頭を抱える。
「あー、更科さん知らないんだ……」
急に歯切れが悪くなった斉藤さんの態度から、何やら聞かせにくい話であるらしい事を察する。それが余計に猜疑心を刺激し、朱華は促すような瞳で見つめ返した。
斉藤さんはやや葛藤する様を見せた後、元々強い朱華の眼力には敵わなかったようで、あっさりと根負けした。一層声のボリュームを絞って、朱華に耳打ちする。
「最近、女子の間で流行り出した噂なんだけどさ……。時任先輩は、頼めば何でもしてくれるって」
「……何でも?」
「そう、その……キスでも、その先でも」
今度は朱華がキョトンとする番だった。
キスでも……その先でも? その先って……?
なんの事か咄嗟に理解が及ばず、脳内で言葉を咀嚼する間を設ける。その間にも、口の滑りが良くなってきたらしい斉藤さんが自分の知る情報を続けていた。
「お願いすれば大体何でも聞いてくれるんだけど、でも彼女にだけはしてくれないんだって。何でって聞くと『好きな人が居るから』って返されるとか……」
――好きな人が居るから。
これまたすぐには呑み込めない言葉の登場に朱華が思考停止しかけると、そこまでは聞いた事がなかったらしい吉田さんが、苦い表情を浮かべた。
「え? 何それ、じゃあ好きな人が居るのに他の女とも寝ちゃう訳? クズじゃん」
「ちょ、ちょっとサエ!」
吉田さんと小林さんのやり取りを頭の隅に捉えながら、朱華は混乱していた。
好きな人が居る? のに、誰とでも寝る?――音にぃが?
「……いやいや、そんな。音にぃに限って、まさか」
朱華が苦笑と共に否定してみせると、斉藤さんを始め三人はホッとした様子を見せた。
「そ、そうだよね! 嘘だよね!」
「だって音にぃニブチンだし、彼女も居た事ないって言ってたし。そういうのに疎いって、絶対」
砂音が女を取っかえ引っかえしている所など、朱華には到底想像が付かなかった。なんなんだ、その変な噂は。
「良かったー! 幼馴染が言うなら間違いないね! ていうか、音にぃって呼んでるの? 可愛い!」
「こ、これはっ! 昔の癖が抜けなくて、つい……!」
調子を取り戻した斉藤さんに揶揄われると、朱華はまたぞろ頬を紅潮させて弁明に走った。小林さんも吉田さんも温かい笑顔で見守っている。
変な噂には吃驚したが、所詮噂は根も葉もないものだろう。もしかしたら、砂音の完璧さに嫉妬した男子辺りが流したものかもしれない。
――音にぃが優しいから、そんな噂されるんだな。
そう、優しいから〝頼めば何でもしてくれる〟だなんて言われるのだ。
そこまで考えてから一笑に付そうとして、はた、と朱華は動きを止めた。
急に固まった彼女を心配して三人が怪訝げな声を掛けてくる。ハッとしてそれに応対しつつ、朱華は内心で今しがた浮かんでしまった不穏な考えを巡らせた。
――待て。本当に、無いと言い切れるか?
思い描いたのは、過去共に過ごした日々での彼の様子だ。
「音にぃ! サッカーしようぜ!」
「うん、いいよ」
「あー! 間違えておしるこ買っちまった!」
「俺のメロンソーダと交換する?」
「え、でも、いいのか?」
「うん、いいよ。俺おしるこも好きだから」
「ぎゃー! またこの雑魚カード! 何枚目だよー! 音にぃは? ……うわっ! それ、激レアのキラカードじゃん! しかも一番人気のキャラ! いいなぁ……」
「はい」
「え?」
「あげる」
「何で!? 貰えないよ、そんな……!」
「それじゃあ、交換しよ? 俺、そっちのカードもまだ持ってないから」
「で、でもこれ、雑魚カードだぞっ?」
「うん、いいよ」
――『俺は、朱華ちゃんが嬉しそうなのが、一番嬉しいから』
そう言って優しく微笑んだ在りし日の彼の顔が、声が、脳裏に再生されては朱華の嫌な考えを増長させた。
――〝頼めば何でもしてくれる〟。
いやいや、待てよ。そんな……でも。
――優しいからこそ、頼まれれば断れないなんて事も……あるんじゃないか?
急速に心中を席巻し出したその考えに、朱華は己の血の気が引いていくのを感じていた。
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