砂時計は、もう落ちた。

夜薙 実寿

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第一章 六年ぶりの再会

1-3 幼馴染

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「おい、砂音。説明しろ」

 朱華が砂音と顔を見合せていると、置いてけぼりを食らっていたもう一人の男子生徒が横から声を上げた。
 砂音と同じくらい上背のある、精悍な顔立ちの青年だ。凛とした形の良い眉に、切れ長の涼し気な瞳。目尻の下がった甘い印象の砂音とはまた違ったタイプのイケメンというやつだろう。朱華は初めて見る顔だった。

「ああ、ごめん千真。彼女は幼馴染の朱華ちゃん。小学校で一緒だったんだ。朱華ちゃん、こっちは中学から一緒の友達の千真」
「幼馴染、ね」

 砂音がそれぞれに紹介をすると、千真は朱華を胡散臭そうに見た。思わず条件反射で応戦するように下から睨みを効かせてしまう朱華だった。
 何だコラ、やんのか。

 二人の間に流れる微妙に不穏な空気などには気が付く事無く、砂音は一人のほほんとしている。

「それにしても、朱華ちゃん同じ学校だったんだね。気が付かなかった」
「まぁ……あたし、最近転校してきたから」
「そうだったんだ。凄い偶然だね」

「また逢えて嬉しい」なんて、さらりと言えてしまう所も昔のままで。それでいて、当時よりも低くなった声と大人になった端正な顔で、そんな事を言われてしまうとどうにも心臓に悪かった。
 暴れ出した鼓動を落ち着けようと、彼の柔らかな笑顔から視線を逸らしながら、朱華は誤魔化すように話題を変えた。

「あたしだって、よく分かったな。昔のあたし、髪も短くて男みたいだったじゃん」
「うん、凄く綺麗になってたから、一瞬分からなかった」

 だから、何故そういう事を普通に言えてしまうのか!
 聞いているこちらの方が恥ずかしくなって、朱華は悶絶しそうになるのを頭を抱えて何とか堪えた。
 その様を冷めたで観察していた千真が、業を煮やしたように割って入る。

「砂音、そろそろ行くぞ。遅れる」
「あ、そっか、ごめん。それじゃあ朱華ちゃん、俺達部活があるから、行くね」
「あ、うん」
「千真とは同じバスケ部なんだ。また今度、話そう」

 そう言って、砂音は朱華に手を振りながら、早々に身を翻している千真の後を追った。
 残された朱華が半ば唖然と去り行くその背を見送っていると――。

「更科さん、時任先輩と幼馴染って、本当っ?」

 またも横合いから声を掛ける者があり、朱華はそちらに顔を向けた。好奇心に弾む調子で話し掛けてきたのは、同じクラスの女生徒の三人組だった。

「あ?」

 一度も話した事の無いクラスメイトからの突然の絡みに動揺して、朱華は思わず変な声を出してしまった。加えて元々の目付きの悪さも相俟あいまって、他者からは威圧しているようにしか見えない。相手の子達が怯んだ様子で身を竦めた。

「ご、ごめん更科さん……馴れ馴れしくして……ごめんね!」
「え? ちょっ!」

 慌ただしく謝罪の言葉を飛ばしながら、彼女達は駆け足でその場を後にした。朱華が言葉を挟む余地もなかった。
 再び一人になった朱華は、呆然と立ち尽くした後、がっくりとこうべを垂れた。

「あー……またやっちまった」

 そう、本間の言は一部当たっていた。朱華は転校してからこれまで、この調子で周囲から怖がられて一向に友人が出来ていなかったのだ。
 凄む気もないのに、睨んでいるような目付き。乱暴な言葉遣いと態度。――悔しいけれど、本間の言う通りだ。これで、誰かに好かれる訳が無い。

 小さい頃からそうだった。女の子が好むような可愛いものやふわふわしたもの、ごっこ遊びやお人形遊びなんかは苦手で、好きなのはボール遊びやゲーム、カッコイイもの、男の子の好むもの……だもんだから、同年代の女の子達とはどうにも話が合わず。
 小三の頃に両親の仕事の都合で引っ越してきた時も、なかなか新しい友達が出来ずに、休み時間はいつも一人で過ごしていた。
 かといって教室で一人で居るのも嫌で、校庭の隅っこで、遊ぶ皆を見ていた。
 そんな時だった。〝音にぃ〟が声を掛けてくれたのは。

「こんにちは。いつも見てるけど、いっしょにやらないの?」

 砂音はこの時一つ上の四年生で、校庭の真ん中でいつも上級生達に混じってサッカーやバスケットボールなんかをしていた。当時から既に背が高くて運動神経が良かった彼は、一際輝いて目立つ存在だった。
 だから朱華はいつも何気なく目で追ってしまっていたのだが、どうやらそれに気付かれていたらしい。
 まさか急に話し掛けられるとは思っていなかった彼女は、それは慌てたものだ。

「は? えっと……だって、ボール遊びは男子のする遊びだから、よくないって、母さんが」

 砂音の抱えたバスケットボールを横目に睨んで、ボソボソと返す。すると彼はキョトンとして、「どうして?」と首を傾げてみせた。

「女の子がボール遊びをしたって、いいと思うよ。何もダメなんかじゃないよ」

 思いがけない言葉に、朱華はボールから彼の方へと視線を移した。彼は微笑わらっていた。それは、見る者の心を溶かしてしまうような、温かく優しい笑顔で――。

「だから、いっしょに遊ぼう。見ているよりも、いっしょにやった方が、ぜったいに楽しいよ」

 魔法に掛けられたような気がした。

 ――だって、瞬きすらも出来ないくらい、目を奪われたんだ。

 気が付いたら朱華は彼に手を引かれて、グループに仲間入りを果たしていた。
 その日から、彼女は一人ではなくなった。

 『 ダメなんかじゃない』――その言葉は、自分に言って貰えた気がして、嬉しかった。
 彼を好きになる事に、そう時間は掛からなかった。

 ――相変わらず、音にぃは優しいんだな。

 懐かしい記憶に浸りながら、しかし、胸の奥がちくりと痛むのを感じた。

 ――あんな別れ方をしたのに、普通に笑い掛けてくれるなんて。

 あの頃、幼い自分の取った最低な言動を、今でも覚えている。――忘れた日なんて、一度もなかった。
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