手遅れの恋に落ちた。

夜薙 実寿

文字の大きさ
上 下
6 / 6

最終話 初めから分かっていた答え

しおりを挟む

 予想外な砂音の行動に、俺は体当たりするのも忘れて、その場に凍り付いた。驚いたのは菅沼も同じだったようで、目を瞠っている。

 ――おい、砂音。何してるんだよ。まさか、そいつの言うなりになるつもりか?

 菅沼もそう思ったようで、機嫌よく笑みを顔に戻すと、口付けに応じる。あまりの事に、俺は立ち竦んだまま――。
 異変が生じたのは、そのすぐ後だった。

「んっ…んん!」

 動揺するように喉を鳴らしたのは、菅沼の方だった。なんと、砂音の積極的なキスに、菅沼が押され始めた。……積極的というか、情熱的というか、煽情的というか……。思わず釘付けになり、嚥下した。
 淫靡な水音とリップ音、ついでに菅沼の喘鳴が響き渡り……何がどうなっているのかもうよく分からないが、凄まじい舌技が繰り広げられているであろう事だけは、菅沼の反応で分かった。

 身を離そうとする菅沼を、砂音は執拗に捕らえて逃がさない。口付けを交わしながら、その手は器用に菅沼の服を脱がしに掛かっている。徐々に菅沼の身体から力が抜けていき……。ついには、その場にくずおれた。
 今朝見た夢とは、相手は違うが、まるで正反対の結果となった。

 開かれたシャツから紅潮した肌を露わにし、腰砕けになって息を荒くしている菅沼の淫らな表情を――砂音は床から拾い上げた自身の携帯カメラで、パシャリと撮影した。
 シャッター音に反応して、菅沼がハッとしたように顔を上げる。見上げる菅沼の潤んだ瞳を見据えながら、砂音が告げた。

「すみません、先生……。俺、じゃないんで。先生の期待には応えられないと思います」

 それから、くすりと笑みを零し――。

「それにしても、先生……。遊んでるのかと思ったら、意外にウブなんですね。……可愛い」

 綺麗に微笑わらった。それはさながら、天使のような悪魔の微笑み。怒りか羞恥か、菅沼が一気に顔を赤くする。しかし、もう反撃する余裕は残されていないようで、床にへたり込んだままだ。その脇をすり抜けて、砂音が扉に向かう。

「安心して下さい。先生が今後何もして来なければ、この画像も何処にも流出しませんから。……では、失礼致しました」

 解錠しながら、退出の挨拶を投げると、砂音は扉を開けた。――廊下側じゃなくて、俺が居る、化学室側の扉だった。
 想定外の顛末に茫然と固まっていた俺は、身を隠す判断が遅れて、あっさりと砂音に見つかってしまった。目が合って、砂音は少し気恥ずかしそうにはにかんだ。

「……ごめん。心配掛けて。もう大丈夫だから」

 ここに俺が居る事に、気付いていたのか。

「お前……その」

 何と声を掛けていいのか口籠っていると、砂音が苦笑を浮かべた。

「朱華ちゃんに悪いから、これだけはしたくなかったんだけど……効いてくれて良かったよ」

「出来れば、朱華ちゃんには内密にお願いします」と、敬語で神妙に懇願して来る砂音を見ていると、何だかこちらまで気が抜けてきた。

「お前……何か、強くなったな」

 これも、あの女朱華のお蔭か。
 脱力と共に、ホッとした。今朝見た、あの勝手な夢……あんな事には、絶対にならない。もしも俺が暴走してしまったとしても、その時はきっと、コイツが止めてくれる。
 コイツには、もう――。

「俺なんか居なくても、大丈夫だったな」

 ぽろり、零す。何故か胸が痛んだ。友の成長は喜ばしい事の筈なのに……。何故、淋しいような気がしてしまうのか。唐突な感傷を気取られないように顔を逸らしていると、砂音は少し考えるように間を置いてから、言った。

「……そんな事はないよ。もしもの時は千真が助けてくれると思ったから、思い切った行動が取れたんだ」

「千真が居てくれたからだよ」――またそんな事を言う。思わず振り返ると、ヘーゼルの瞳が優しくこちらを見つめていた。頬が火照るのを感じる。

「お前って……本当」

 ――敵わない。そう思った。

 顔を隠すように手で覆う俺に、砂音は小首を傾げている。やめろ。そういうあざとい仕草は。俺が照れてるって、絶対気付いてる癖に。
 すると、その時。砂音の手の中のスマホが振動した。

「あ、朱華ちゃんからメール。……お弁当の具を作り過ぎたから、千真の分も用意したって。お昼一緒にどうかなってさ」
「……いや、何でカップルの間に割って入らなきゃならねーんだよ。お前ら二人でイチャイチャしてればいいだろ」
「そしたら、千真が一人になるのが、たぶん、朱華ちゃんは放っておけないんだと思うよ。作り過ぎたとか嘘で、絶対初めから千真の分も用意しておいたんだと思うから、乗ってあげて欲しいな」
「……めちゃくちゃ嫁の事理解してんじゃねーか」

 溜め息が出る。砂音は相変わらず、マイペースに穏やかに。……いつかみたいに、こう続けた。

「千真、一緒に食べよ?」

 ――『ご飯は、一人よりも一緒に食べた方が、絶対美味しいよ』

 中学の時の面影が重なる。あの時よりも、ずっと伸びた身長。気付けば、同じくらいの目線になっている。――いつかは、追い越される日が来たりするのかもな。

 まぁ、いいか。観念した。
 この想いは、一生伝える気は無い。墓場まで、持っていく。……俺は。

お前砂音がいいなら、それでいい」

 ――お前が幸せなら、それでいい。



【了】
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

真冬の痛悔

白鳩 唯斗
BL
 闇を抱えた王道学園の生徒会長、東雲真冬は、完璧王子と呼ばれ、真面目に日々を送っていた。  ある日、王道転校生が訪れ、真冬の生活は狂っていく。  主人公嫌われでも無ければ、生徒会に裏切られる様な話でもありません。  むしろその逆と言いますか·····逆王道?的な感じです。

続きは第一図書室で

蒼キるり
BL
高校生になったばかりの佐武直斗は図書室で出会った同級生の東原浩也とひょんなことからキスの練習をする仲になる。 友人と恋の狭間で揺れる青春ラブストーリー。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

処理中です...