手遅れの恋に落ちた。

夜薙 実寿

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第3話 飛んだ、理性の先。

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「――大丈夫じゃねえだろ」

 気付いたら、声に出していた。叩かれたように、砂音が顔を上げる。何とか弁解しようとする、その唇を――塞いだ。
 ヘーゼルの瞳が驚きに見開かれる。紡ごうとした言の葉の出口を遮られ、声にならない声が漏れる。その振動が。生暖かい砂音の唇から、俺の唇へと伝わってきた。

 ――柔らけぇ。

 おもむろに奪った親友の唇は、何だか別の生き物みたいで。戸惑うように小さく震えては、逃れようとする。しかし、理性のたがが外れた俺は、それを許さない。
 逃がさないように、砂音の後頭部を掴んで。一層唇を押し付ける。そのまま、開いた口唇の隙間から、舌を挿し入れた。

 砂音の喉奥から、困惑の音が鳴る。抗議するように、俺の胸元を手で押してくるが、力なら俺の方が上だ。
 舌先で相手の口内を優しく撫で、抵抗の力を削ぐ。奥で縮こまった砂音の舌を見付けると、そっと絡み取った。びくりと小さく跳ねては、背を弓なりに反らす反応が、愛おしい。

 そこに手を添えるようにして、抱き寄せた。こちらを押しのけようとする手は、与えられる快楽に震えるだけで、もう用を為さない。
 密着する身体から、温度と鼓動が伝わってくる。俺のキスで、こんなに熱く早くなってるのかと思ったら、得も言われぬ悦びが駆け上がった。

 けれど、それ以上に――はらわたが煮えくり返る想いが勝っていた。
 それを払拭させるように。貪欲に相手の唇を貪り、口内を蹂躙した。脳が痺れる感覚に、自分と相手の境界線が分からなくなる。
 このまま、溶けて一つになれたら、どれだけいいだろう。

 やがて、ずるりと。立つ力を失った砂音が、腕の中で崩れ落ちた。反動で口が離れていく。唾液が名残を惜しむように。二人の間で糸を引いては、中空でぷつりと切れて、口元を汚した。
 暫し酸素を求めて苦しげに喘いでから、砂音は改めて俺を見上げた。熱に潤んだ、ヘーゼルの瞳。そこには、激しい動揺が浮かんでいた。

「ッ……なんで、こんなっ……」

 訴えるような、問い掛け。
 ――なんで。なんでだろうな?

「……菅沼に、何処までされた?」

 答えの代わりに、質問を返した。砂音が再び瞠目する。

「今みたいに、キスはされたのか? ……その先は? 肌は見せたのか?」
「千……真?」

 惑う砂音を、壁際に追い詰める。そうして、そのシャツに手を掛けた。

「お前は普通に女が好きだから……。それでいいと思ってた。なのに、何で……他の男に」

 思わず、零れた本音。砂音が、息を呑んだ気配がした。その唇が、何かを紡ぐ前に。――力任せに、掴んだシャツの前を開いた。ちぎれたぼたんが飛び、陶器のような白い肌があらわになる。

「千真!? 何を……っ!」
「ここには、触られたのか?」

 抗議の言葉を無視して、形の良い鎖骨を指先でなぞる。砂音の肩が跳ねた。

「……ここは?」

 一方的に問いをぶつけながら、指先を徐々に下へと滑らせていく。その度に。呼気を乱れさせながら、砂音が制止の声を上げた。反応の良さに、要らない想像が掻き立てられ、余計に苛立つ。

「こっちは?」
「――千真ッ!!」

 ズボンのベルトに手をかけた時。これまでで一番大きな声で呼ばれた。脳を揺さぶるような、悲痛なその響きに。見ると砂音は――泣いていた。
 手が止まる。砂音は小さくしゃくり上げながら、か細く震える声で――。

「こんなの……やだよ」

 そこで、目が覚めた。

「……は?」

 気が付いたら、俺は自分の部屋のベッドの上に居た。あまりにも突然。今しがたまで見ていた筈の情景が途切れたもんだから。自分の置かれた状況が把握出来ない。

 ――待て。今の……もしかして、夢か?

 そうして、気が付いた。……そうだ。夢だ。思い出した。だって、俺は。昨日、あの後。
 結局、砂音に何も言葉を掛けられずに、終わっていたのだから。

 砂音が菅沼に、何かされたと悟って。心に黒い靄が掛かった。何処かで、何かが切れた音がした。――けれど、それが何か。分からなかった。分からないままに、普通に日常の残りを過して。いつも通りに床に入った。

 それで見たのが、今の夢だ。

「……嘘だろ」

 知らず、声が漏れた。自分で、自分が見た夢の内容に、唖然とした。
 何だよ、今の夢。なんだよ……まるで、あれこそが、俺の願望みたいな。

 いや――嫉妬だ。

 唐突に、理解した。俺は、菅沼に嫉妬したんだ。

「は? じゃあ、なんだ?」

 ――俺は、砂音の事が……?

 愕然とした。――気付かなかった。気付きたくなかった。
 だって、相手は永年の親友だぞ? 純粋に友情を向けてくる相手を、俺は……そんな目で見てたのか?
 脳裏で、夢の中の砂音の表情と言葉が、再生される。――『こんなの……やだよ』

「――最低じゃねえか」

 頭を抱えた。自分に反吐が出る。
 それでも。一度気が付いてしまった想いは、確かにそこに存在していて……消えてはくれそうになかった。

 いつからだ? いつから、そんな事になった?
 アイツは親友で。普通に女が好きなんだぞ。しかも、もう彼女まで居るんだ。
 今更自覚したって、どうしようもない。俺は、いつの間にか――手遅れの恋に、落ちていたと知った。
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