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【GL】Kiss♡魅(me)!!〜日暮れまでにキスをして〜

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 男の子達が立ち去った後、みぃは気が抜けて、その場にへたり込んでしまった。

「魅!」

 珍しく焦った様子で、凛世ちゃんがみぃの元へと駆け寄ってくる。みぃは情けなく微笑わらった。

「……へへ、腰が抜けちゃった」
「大丈夫?」
「うん……凛世ちゃん、〝アンタ〟じゃなくて、名前で呼んでくれたね。嬉しい」
「馬鹿なこと言ってないで、早くここから出るよ。ハッタリだって気付いて、アイツら戻ってくるかもしれないし」

 少し照れたように目を逸らしながら、凛世ちゃんがみぃを立ち上がらせようとする。――だけど、その手が掴んだのは、虚空だった。
 本来そこにあるべきみぃの腕に触れられず、空振りをした凛世ちゃんは、確認するようにこっちを見て固まった。

「……アンタ、それ……」

 唖然とした凛世ちゃんの視線の先を辿って、みぃもようやく事態を悟った。
 みぃの身体は、手の指先から徐々に透けて、消え始めていた。

「ああ……もう時間なんだ」

 落とした呟きは、自分でも驚く程落ち着いていた。

「もっと凛世ちゃんと一緒に居たかったのに、残念だな……。でも、最後にこうして逢えたから、いっか」
「いっか、じゃないよ! ちっとも良くない! どういうこと? アンタの話してたこと、冗談とかじゃなくて、全部本当だったの……?」

 凛世ちゃんの鉛色の瞳が、動揺に揺れる。みぃはそんな場合じゃないのに、凛世ちゃんがみぃのことでこんなに取り乱してくれていることが何だか嬉しくて、自然と口元が緩んだ。

「凛世ちゃん……みぃね、人間じゃないんだ」
「人間じゃないって……」
「サキュバスっていう、悪魔なの。ずっと隠してて、ごめんね」

 どんな反応が返ってくるかちょっと怖かったのに、凛世ちゃんはキッパリと「そんなこと、どうだっていい!」と言い放った。

「アンタの正体が何だろうが、そんなことどうでもいい! アンタはアンタだし……とにかく、どうすれば消失それを止められる訳!?」

 みぃは虚を衝かれて瞠目した後、思わず笑ってしまった。

「……凛世ちゃんらしいね」

 凛世ちゃんのそういう所が、みぃは大好きだった。

「笑ってる場合じゃないでしょ! アンタ、自分が消えかけてるのに……」
「うん……でもね、不思議と穏やかな気持ちなの。きっと、凛世ちゃんが来てくれたから。みぃはもう、それで満足なの」
「ふざけないでよ!」

 叩き付けるような、怒声。ハッとして見上げると、凛世ちゃんは見たこともない表情かおをしていた。

「いつも鬱陶しいくらい付き纏ってきたくせに、勝手に満足して消えるとか、許さない! 残されたあたしの気持ちはどうなるの!?」

 凛世ちゃんの綺麗な顔には、困惑と怒りと哀しみが混ざり合った、複雑な色が浮かんでいた。いつもクールな、あの凛世ちゃんが――。

「アンタはそれでいいかもしれないけど! あたしはちっとも良くないんだからね! 勝手にあたしのことぐちゃぐちゃに掻き回して……ずっと、独りでも平気だったのに。アンタのせいで、もう独りじゃいられなくなった! 責任取って、もっとうざいくらい、ずっと傍に居なさいよ!」

 叫んで、凛世ちゃんが顔を寄せた。睫毛がぶつかる距離。鉛色の瞳にキョトンとしたみぃが写っている。ママ譲りのロゼ色の髪と瞳。それを見るともなく見ている内に、唇が重なった。
 柔らかな感触が皮膚の一番薄い部分を擦って、びりりと脳髄に電流が走る。熱い。痺れる。甘くて、蕩けそう。知らず、喉から上擦った声が漏れた。
 ほんの一刹那、触れるだけのキスをして、凛世ちゃんの温もりはすぐに離れていった。

「っ……凛世、ちゃん?」

 唖然と、呼ぶ。吐息に混ざる熱は、今し方の行為の名残。――嘘。今、みぃ達。

「キスをすれば、助かるんでしょ?」

 凛世ちゃんがぶっきらぼうに言う。その瞳は真剣そのものだ。
 嬉しい。嬉しい。みぃの為に、凛世ちゃんがここまでしてくれた。夢みたい! ――でも。
 胸の奥が、ちくりと痛んだ。思い出すのは、重く支配する、ある一つの事実。

「でも……男の子が相手じゃないと、ダメなんだって」

 凛世ちゃんが、息を呑んだ。

「そんな……」

 絞り出された、絶望。打ちひしがれた表情。そんな顔、しないで。みぃまで、哀しくなってしまう。抱き締めて慰めてあげたいのに、みぃの透けた腕は、凛世ちゃんの身体をすり抜けるばかりだった。
 明り取りの窓から差し込む緋色の光は、今や大分薄らいできている。――間もなく、日が沈む。

「お別れだね」

 最後に、これだけは伝えなくちゃ。

「ありがとう、凛世ちゃん。みぃね、凛世ちゃんが居てくれたから、幸せだったの。大事なファーストキス……男の子なんかにあげなくて、良かった。最初で最後の相手が、凛世ちゃんで本当に良かった」

 ――だから、後悔なんて、してないの。

「大好きだよ」

 突如、みぃの身体が桃色の輝きを放った。夜闇に包まれ始めた仄暗い倉庫内を、明るく照らし出す眩い光。
 キラキラと無数の星のように瞬く、それはまるで生命の煌めき。一頻り懸命に輝いては、次第に収まっていく。やがては、何事も無かったかのように、倉庫内には再び薄闇が満ちた。

 光と共に、みぃの存在も消え去った。

 ……のかと思っていたのだけど。意識は依然としてここにある。何なら、身体の感覚もある。

「……あれ?」
「み、魅! その姿!?」

 驚愕に彩られた凛世ちゃんの声で我に返り、みぃは自分自身を確かめた。――消えかけていた部分が、元に戻ってる!
 それだけじゃない。制服のシャツを突き破って、背中には蝙蝠みたいな翼が。尾てい骨の辺りからは、鞭みたいな細長い尻尾が生えていた。ママと同じ、大人のサキュバスの姿。

「みぃ……もしかして、一人前になれたの?」

 何で? 人間の男の子の生気エナジーじゃないと、ママはダメだって――。
 考えられる可能性は、一つ。

「まさか、異性にしか能力が効かないってだけで、生気エナジーは女の子のものでも良かったってこと?」

 何、それ――。
 呆気に取られた。想定外の展開に付いていけていないのは凛世ちゃんも同じみたいで、みぃ達は暫くの間、揃ってその場に惚けて座り込んでいた。
 ややあって、凛世ちゃんが疲れて掠れた声で言った。

「……あー、とりあえず、もう消えないってことでOK?」
「……お騒がせしました」

 スマホの液晶画面に映し出された時刻は、夕方六時五分。――終わったんだ。
 何かあれだけ大騒ぎしたのに、結局何事もなくって、恥ずかしい。……でも、良かった。
 ほうっと長く深い息を吐いて、肩の力を抜いた。安堵感が全身を満たす。そこで、不意に眼前に桃色のリボンを巻いた可愛いクマさんのバッグチャームが突き出された。

「え……これ?」

 ぱちくり、瞬きをしてクマさんを見つめた後、そっと凛世ちゃんの方を見た。凛世ちゃんはそっぽを向いたまま、クマさんを指先からぶら下げて説明を加えた。

「誕生日プレゼント。何かアンタそれどころじゃなさそうだったから、完全に渡すタイミング逃してたんだけど」
「……用意しててくれたの?」
「あげないと、後でうるさいじゃん」

 ツンと逸らされた凛世ちゃんの横顔。頬が少し赤く染って見えるのは、暮れなずむ夕陽のせい?
 ――ああ、もう、凛世ちゃん。凛世ちゃん。

「大好きっ!!」

 感極まって、ひしとしがみついた。凛世ちゃんはいつものように鬱陶しげに「はいはい」って返すだけだったけど、いつもと違ってその口元には柔らかな微笑が添えられていた。
 日が沈む。ハチャメチャだった一日が終わる。だけど、みぃ達の日々は、まだまだこれから。
 九月三日。二学期が始まってすぐ、まだ夏の暑さを残した頃合い。今日は、みぃにとって特別な――運命の日。


   【終】
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