27 / 36
chapter.3 秘密
3-6 君が幸せなら、俺はそれでいい。
しおりを挟む
目下の問題は、ドライだけじゃない。
「セーラちゃんってさ、アイちゃんのこと好きだよね?」
「えっ!?」
宿舎のラウンジにて、フィーアことセーラちゃんからの相談事に先んじて問い掛けてみると、彼女はあからさまに動揺を示した。両手で紅潮した頬を覆い、消え入りそうなか細い声で彼女は答える。
「わ、分かっちゃいますか……?」
「うん、まぁ、分かりやすいよね」
アイちゃんの話題の時だけ明らかに食いつき方が違うし、本人と接している時の態度なんかもそわそわと落ち着きがなく、異性として意識しまくっているのがバレバレだ。
「そ、そうなんだ……どうしよう、アインスさんにもバレちゃってますかね?」
「いや、大丈夫だと思うよ。アイちゃんそういうの鈍いから」
「そ、そうでしょうか……」
ホッと息を吐きつつも、まだ不安なのか彼女は目を伏せて人差し指と人差し指の先をちょんちょんとくっつけたり離したり繰り返す。初々しいその反応に、俺は内心苦笑した。
――まぁね、そうなるよね。
先日の模擬戦闘訓練のことだ。危機に陥ったセーラちゃんのことをアイちゃんが見事に救った。その上、怯える彼女を安心させる為、「お前のことは私が守る」とまで言い放ったのだ。
実に彼らしい行動だけれど、おそらく天然無自覚にそれをやってのけるところが罪深い。割と以前からアイちゃんのことが気になっている様子だったセーラちゃんは、あれを切っ掛けに完全に彼に落ちたようだった。
「それで? 今回の相談事の内容は、そのことかな?」
彼女は小さく首肯を返した。それから、ゴニョゴニョと口の中で呟く。
「はい……その、この先どうしようって……す、好きだと気付いてしまったものの、告白とかしたら、きっと迷惑になるじゃないですか。こんな場所で、わたし達こんなことになってて……元々アインスさんは、御家族の仇を討つ為に志願していらしたらしいですし、だったら余計に色恋沙汰なんか邪魔なだけといいますか……」
「それでも、セーラちゃんは伝えたいんだね?」
訊くと、彼女はたじろいだ。
「つ、伝えたいというか……隠せる気がしなくて」
「その点なら、さっきも言ったけど大丈夫だと思うよ。アイちゃんの鈍感さは筋金入りだから」
「そ、そうなんですけど、でもあの……うぅ、違いますね。わたし、その……どこかで気付いて欲しいって、思っちゃってるんです」
――ああ。
「そんなこと思っちゃいけないのに、迷惑掛けちゃうのに。でも……わたしのこと見て欲しい、なんて……おこがましいこと」
――分かるなぁ。
知られたくないのに、気付いて欲しくて。でもやっぱり、嫌われるのが怖くて……その相反する想いが葛藤する気持ちは、痛い程によく分かる。
彼女は、俺と同じだ。
「ごめんなさい……こんな話聞かされても、困っちゃいますよね? でも、こんなこと話せるの、ツヴァイさんしか居なくて……ご迷惑、ですよね?」
窺うように上目遣いで見上げてくる彼女に、俺は出来るだけ優しく笑み掛けた。
「そんなことは無いよ。頼ってくれて、嬉しい……でも」
――でもね。
「ちょっと、切ないかな」
「え?」
俺の言葉に、セーラちゃんはキョトンとした反応を見せた。畳み掛けるように俺は告げる。
「俺、セーラちゃんのことが女の子として好きなんだけど……気付かなかった?」
彼女のどんぐり瞳が更に大きく瞠られる。そこに映る俺の表情は、我ながら上手いなと思う程に切なげな微笑を湛えていた。
「っえ? わ、わたしっ?」
「俺じゃ、駄目かな……? 俺じゃ、アイちゃんには敵わないかもしれないけど、君を想う気持ちだけは、負けてない筈だよ」
――なんてね。
俺が好きなのは、勿論アイちゃんだ。だけど、俺は別に彼とどうこうなりたい訳じゃない。
彼はきっと普通に女の子が好きだろうし、アイちゃんが幸せなら、俺はそれでいい。
俺だって、好かれたいと思わない訳じゃないけど……俺みたいな汚れた奴は、綺麗なアイちゃんには相応しくない。彼にはもっと、純粋で同じくらい綺麗な女の子の方がお似合いだ。
――さて、君はそれに足るかな?
「あ、あの……わたしっ、その……」
セーラちゃんは、瞳を右往左往させて可哀想なくらいに狼狽えていた。震える唇から漏れる声は纏まった言葉にはならず、どうにも埒が明かなさそうだ。
深く息を吐いて、俺は助け船を出した。
「ごめんね……急にこんなこと言って。それこそ、困らせるだけだよね。だけど俺、黙ったまま君の恋を応援出来る程、大人じゃないから」
「あっ……ご、ごめんなさ」
「謝らないで。俺が勝手に君のこと好きなだけだし」
「っ……」
「返事はすぐに欲しいとは言わない。でも、考えておいてくれると嬉しいかな、俺のことも」
最後に駄目押しすると、セーラちゃんは言葉を詰まらせてから「は、はい……」と、俯いた。
――あ、そこで頷いちゃうんだ。駄目じゃん、すぐにフらないと。
俺は内心、落胆した。セーラちゃんがアイちゃんに相応しい子かどうかを見極めるのは、とりあえず保留といったところか。ここで簡単に俺に転ぶような子なら、即座に不合格だった。
アイちゃんが幸せなら、俺はそれでいい。……だけど、アイちゃんを幸せに出来るような相手じゃなければ、絶対に許さない。
その後は当たり障りのない日常会話を交わして、セーラちゃんを部屋まで送り届けた。
「おやすみ」と笑み掛けて扉を閉ざした瞬間の、彼女の瞳の奥に浮かんだ倒錯的な陶酔の光を、俺は見逃さなかった。
「セーラちゃんってさ、アイちゃんのこと好きだよね?」
「えっ!?」
宿舎のラウンジにて、フィーアことセーラちゃんからの相談事に先んじて問い掛けてみると、彼女はあからさまに動揺を示した。両手で紅潮した頬を覆い、消え入りそうなか細い声で彼女は答える。
「わ、分かっちゃいますか……?」
「うん、まぁ、分かりやすいよね」
アイちゃんの話題の時だけ明らかに食いつき方が違うし、本人と接している時の態度なんかもそわそわと落ち着きがなく、異性として意識しまくっているのがバレバレだ。
「そ、そうなんだ……どうしよう、アインスさんにもバレちゃってますかね?」
「いや、大丈夫だと思うよ。アイちゃんそういうの鈍いから」
「そ、そうでしょうか……」
ホッと息を吐きつつも、まだ不安なのか彼女は目を伏せて人差し指と人差し指の先をちょんちょんとくっつけたり離したり繰り返す。初々しいその反応に、俺は内心苦笑した。
――まぁね、そうなるよね。
先日の模擬戦闘訓練のことだ。危機に陥ったセーラちゃんのことをアイちゃんが見事に救った。その上、怯える彼女を安心させる為、「お前のことは私が守る」とまで言い放ったのだ。
実に彼らしい行動だけれど、おそらく天然無自覚にそれをやってのけるところが罪深い。割と以前からアイちゃんのことが気になっている様子だったセーラちゃんは、あれを切っ掛けに完全に彼に落ちたようだった。
「それで? 今回の相談事の内容は、そのことかな?」
彼女は小さく首肯を返した。それから、ゴニョゴニョと口の中で呟く。
「はい……その、この先どうしようって……す、好きだと気付いてしまったものの、告白とかしたら、きっと迷惑になるじゃないですか。こんな場所で、わたし達こんなことになってて……元々アインスさんは、御家族の仇を討つ為に志願していらしたらしいですし、だったら余計に色恋沙汰なんか邪魔なだけといいますか……」
「それでも、セーラちゃんは伝えたいんだね?」
訊くと、彼女はたじろいだ。
「つ、伝えたいというか……隠せる気がしなくて」
「その点なら、さっきも言ったけど大丈夫だと思うよ。アイちゃんの鈍感さは筋金入りだから」
「そ、そうなんですけど、でもあの……うぅ、違いますね。わたし、その……どこかで気付いて欲しいって、思っちゃってるんです」
――ああ。
「そんなこと思っちゃいけないのに、迷惑掛けちゃうのに。でも……わたしのこと見て欲しい、なんて……おこがましいこと」
――分かるなぁ。
知られたくないのに、気付いて欲しくて。でもやっぱり、嫌われるのが怖くて……その相反する想いが葛藤する気持ちは、痛い程によく分かる。
彼女は、俺と同じだ。
「ごめんなさい……こんな話聞かされても、困っちゃいますよね? でも、こんなこと話せるの、ツヴァイさんしか居なくて……ご迷惑、ですよね?」
窺うように上目遣いで見上げてくる彼女に、俺は出来るだけ優しく笑み掛けた。
「そんなことは無いよ。頼ってくれて、嬉しい……でも」
――でもね。
「ちょっと、切ないかな」
「え?」
俺の言葉に、セーラちゃんはキョトンとした反応を見せた。畳み掛けるように俺は告げる。
「俺、セーラちゃんのことが女の子として好きなんだけど……気付かなかった?」
彼女のどんぐり瞳が更に大きく瞠られる。そこに映る俺の表情は、我ながら上手いなと思う程に切なげな微笑を湛えていた。
「っえ? わ、わたしっ?」
「俺じゃ、駄目かな……? 俺じゃ、アイちゃんには敵わないかもしれないけど、君を想う気持ちだけは、負けてない筈だよ」
――なんてね。
俺が好きなのは、勿論アイちゃんだ。だけど、俺は別に彼とどうこうなりたい訳じゃない。
彼はきっと普通に女の子が好きだろうし、アイちゃんが幸せなら、俺はそれでいい。
俺だって、好かれたいと思わない訳じゃないけど……俺みたいな汚れた奴は、綺麗なアイちゃんには相応しくない。彼にはもっと、純粋で同じくらい綺麗な女の子の方がお似合いだ。
――さて、君はそれに足るかな?
「あ、あの……わたしっ、その……」
セーラちゃんは、瞳を右往左往させて可哀想なくらいに狼狽えていた。震える唇から漏れる声は纏まった言葉にはならず、どうにも埒が明かなさそうだ。
深く息を吐いて、俺は助け船を出した。
「ごめんね……急にこんなこと言って。それこそ、困らせるだけだよね。だけど俺、黙ったまま君の恋を応援出来る程、大人じゃないから」
「あっ……ご、ごめんなさ」
「謝らないで。俺が勝手に君のこと好きなだけだし」
「っ……」
「返事はすぐに欲しいとは言わない。でも、考えておいてくれると嬉しいかな、俺のことも」
最後に駄目押しすると、セーラちゃんは言葉を詰まらせてから「は、はい……」と、俯いた。
――あ、そこで頷いちゃうんだ。駄目じゃん、すぐにフらないと。
俺は内心、落胆した。セーラちゃんがアイちゃんに相応しい子かどうかを見極めるのは、とりあえず保留といったところか。ここで簡単に俺に転ぶような子なら、即座に不合格だった。
アイちゃんが幸せなら、俺はそれでいい。……だけど、アイちゃんを幸せに出来るような相手じゃなければ、絶対に許さない。
その後は当たり障りのない日常会話を交わして、セーラちゃんを部屋まで送り届けた。
「おやすみ」と笑み掛けて扉を閉ざした瞬間の、彼女の瞳の奥に浮かんだ倒錯的な陶酔の光を、俺は見逃さなかった。
10
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説

青少年病棟
暖
BL
性に関する診察・治療を行う病院。
小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。
※性的描写あり。
※患者・医師ともに全員男性です。
※主人公の患者は中学一年生設定。
※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
第12回BL大賞奨励賞いただきました!ありがとうございます。僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して、公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…我慢の限界で田舎の領地から家出をして来た。もう戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが我らが坊ちゃま…ジュリアス様だ!坊ちゃまと初めて会った時、不思議な感覚を覚えた。そして突然閃く「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけにジュリアス様が主人公だ!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。だけど何で?全然シナリオ通りじゃないんですけど?
お気に入り&いいね&感想をいただけると嬉しいです!孤独な作業なので(笑)励みになります。
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
偏食の吸血鬼は人狼の血を好む
琥狗ハヤテ
BL
人類が未曽有の大災害により絶滅に瀕したとき救済の手を差し伸べたのは、不老不死として人間の文明の影で生きていた吸血鬼の一族だった。その現筆頭である吸血鬼の真祖・レオニス。彼は生き残った人類と協力し、長い時間をかけて文明の再建を果たした。
そして新たな世界を築き上げた頃、レオニスにはひとつ大きな悩みが生まれていた。
【吸血鬼であるのに、人の血にアレルギー反応を引き起こすということ】
そんな彼の前に、とても「美味しそうな」男が現れて―――…?!
【孤独でニヒルな(絶滅一歩手前)の人狼×紳士でちょっと天然(?)な吸血鬼】
◆閲覧ありがとうございます。小説投稿は初めてですがのんびりと完結まで書いてゆけたらと思います。「pixiv」にも同時連載中。
◆ダブル主人公・人狼と吸血鬼の一人称視点で交互に物語が進んでゆきます。
◆現在・毎日17時頃更新。
◆年齢制限の話数には(R)がつきます。ご注意ください。
◆未来、部分的に挿絵や漫画で描けたらなと考えています☺
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる
ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。
※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…
東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で……
だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?!
ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に?
攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる