10 / 36
chapter.2 蠱毒
2-1 翌朝
しおりを挟む
翌朝は音楽に起された。長閑でゆったりとしたクラシックの曲。どこかで聞いた覚えがあるが、タイトルは思い出せない。セットした記憶もないがアラームか電話の着信音かと思い、条件反射で枕元をまさぐった。けれど、目覚まし時計の類も携帯端末の類も無いことに気付くと、次いで今居る場所が生家でも孤児院でもないことを知る。
褪めた銀色の調度品の光沢に、悪夢のような昨日の出来事が一気に思い出された。
――いっそ、本当に夢であってくれたら良かったのに。
髪を掻き上げ、小さく唸る。
金属の壁と一体化したデジタル時計の数字は、午前六時を示していた。昨夜は到底寝付けないだろうと思っていたのに、いつの間にか眠ってしまったようだ。夢すら見ない、深い眠り。やはり、疲れていたのだろう。
それにしても、吸血鬼とは昼に寝て夜に起きるものではないのか。これでは、今までと何も変わらない。
そんなことを思いつつ、未だ鳴り続ける音の出処を探してみたのだが、どうやら室内からのものではない様子。ベッドから降りて寝巻きのまま玄関に向かい、試しに扉を開いてみたら、丁度隣の02号室からツヴァイが顔を出したところとかち合った。
向こうもこちらにすぐに気が付いたようで、目が合う。数字の〝2〟を冠する同胞は、花が綻ぶようにふわりと微笑んだ。
「おはよう、アイちゃん。ちゃんと眠れた?」
「ああ……いや、アイちゃんではない。アインスだ」
「なかなか強情だねぇ、君も」
何故かツヴァイの方が呆れたように肩を竦めてみせる。そうしたいのは、こちらの方だ。
そんなやり取りを交わしている内に、他の扉からも次々に昨日の面子が顔を覗かせた。眠そうだったり、不安げだったり、表情は様々だ。
謎の音楽は、どうやら廊下に設置されたスピーカーから発されているようだった。何事かと全員が顔を突き合わせたタイミングで、それは唐突にふつりと止んだ。放送主は監視カメラでこちらの様子を見ているのかもしれない。
続いて、聞きたくもないあの甲高いテノールが告げた。
「おはようございます、未来の救世主達。昨夜はよく眠れましたか?」
「うげ」と漏らしたのは、金髪……改め、適合体No.03〝drei〟だ。その気持ちはよく分かる。しかし、彼は次の言葉を聞くと一変して目を輝かせた。
「さて、今朝は一階食堂にて心ばかりの朝食を用意してございます。よろしければ、皆様そちらにお越しくださいませ」
◆◇◆
食堂には、無数の料理が並べられていた。前菜、本菜、デザート、各種を和食、洋食、中華、その他諸々と国籍も異なる多様な品目が一つずつ大皿に盛られ、所狭しと陳列されている。それらから好きに選んで好きなだけ食べろ、ということらしい。ホテルのビュッフェ形式の朝食と相違ない。……いや、食べ放題ならバイキングか?
何にしても、私達たった数人の為だけに用意したとは思えないような量の朝食が、そこには待ち受けていた。
「オレが頼んどいたんだよ。昨日の夜、ステーキ喰いてえっつったらヤツら本当に用意したからよ。んじゃ朝もゴーカなの、よろしくなっつっといたんだ」
金髪ことドライが、得意げに説明する。彼は盛り盛りのプレートを何枚も自席に運び込み、料理を次々に胃袋に流し込んでいた。食べるというより飲み込むと形容した方が近いような、凄まじい速度だ。こいつが居た孤児院では、食費が嵩んだだろうな……。
「てことで、てめえらオコボレ貰えんのはオレ様のおかげだからな。感謝しろよ」
見事なドヤりっぷり。……というか、
「昨日あの後でステーキとか、よく食べられたな」
「折角欲しいもん何でもくれるっつーんだから、利用しないテはねーだろ」
……そういうことを言いたい訳ではないのだが。
「何でも楽しんだもん勝ちだろうが。おっと、メロンソーダ無くなっちまったな。取りに行くのめんどくせー。おい、そこの陰キャ。てめーだよ、てめー。前髪ヤロー」
「えっ、ぼ、僕っ?」
ドライが呼び掛けたのは、隅でちびちびとミネストローネを啜っていた前髪の長い男……改め、適合体No.05〝fünf〟だった。
「てめー以外に誰が居んだよ。キョドってんじゃねえ。メロンソーダ持ってこいよ」
「なっなんで僕が……」
「そういうのは陰キャの仕事だろーが」
「そ、そそんな……」
不憫なフュンフは猛獣に睨まれた兎みたいに怯えている。昨日あまり話さなかったのでどんな人物か判じかねていたが、どうやら彼は気が弱い性質らしい。見兼ねて、私はドライを諌めた。
「フュンフが行く必要は無い。ドライが自分でやるべきだ」
「あぁ? んだ、てめえ。文句あんのかよ」
「あるに決まっているだろう。お前は孤児院に居た時もそうやって立場の弱い相手を恐喝していたのか」
「うっせーな。弱いヤツがわりーんだろうが。てめーはイインチョか何かかよ」
「まぁまぁ、皆もう子供じゃないんだからさ」
そこに仲裁に入ったのはツヴァイだった。彼はドライに優しく微笑みかけて、
「自分のことは自分で出来るよね? ……それとも、精神年齢がお子ちゃまだから、無理なのかな?」
――痛烈な嫌味を浴びせた。
「なっ!」
ドライの顔が真っ赤に染まる。
「てめえ!」
音を立てて勢い良く椅子から立ち上がったドライに、ツヴァイが、
「わっ、怖~い」
などと、クスクス笑いでひらりと距離を取る。
私は頭を抱えた。――前途多難だ。
褪めた銀色の調度品の光沢に、悪夢のような昨日の出来事が一気に思い出された。
――いっそ、本当に夢であってくれたら良かったのに。
髪を掻き上げ、小さく唸る。
金属の壁と一体化したデジタル時計の数字は、午前六時を示していた。昨夜は到底寝付けないだろうと思っていたのに、いつの間にか眠ってしまったようだ。夢すら見ない、深い眠り。やはり、疲れていたのだろう。
それにしても、吸血鬼とは昼に寝て夜に起きるものではないのか。これでは、今までと何も変わらない。
そんなことを思いつつ、未だ鳴り続ける音の出処を探してみたのだが、どうやら室内からのものではない様子。ベッドから降りて寝巻きのまま玄関に向かい、試しに扉を開いてみたら、丁度隣の02号室からツヴァイが顔を出したところとかち合った。
向こうもこちらにすぐに気が付いたようで、目が合う。数字の〝2〟を冠する同胞は、花が綻ぶようにふわりと微笑んだ。
「おはよう、アイちゃん。ちゃんと眠れた?」
「ああ……いや、アイちゃんではない。アインスだ」
「なかなか強情だねぇ、君も」
何故かツヴァイの方が呆れたように肩を竦めてみせる。そうしたいのは、こちらの方だ。
そんなやり取りを交わしている内に、他の扉からも次々に昨日の面子が顔を覗かせた。眠そうだったり、不安げだったり、表情は様々だ。
謎の音楽は、どうやら廊下に設置されたスピーカーから発されているようだった。何事かと全員が顔を突き合わせたタイミングで、それは唐突にふつりと止んだ。放送主は監視カメラでこちらの様子を見ているのかもしれない。
続いて、聞きたくもないあの甲高いテノールが告げた。
「おはようございます、未来の救世主達。昨夜はよく眠れましたか?」
「うげ」と漏らしたのは、金髪……改め、適合体No.03〝drei〟だ。その気持ちはよく分かる。しかし、彼は次の言葉を聞くと一変して目を輝かせた。
「さて、今朝は一階食堂にて心ばかりの朝食を用意してございます。よろしければ、皆様そちらにお越しくださいませ」
◆◇◆
食堂には、無数の料理が並べられていた。前菜、本菜、デザート、各種を和食、洋食、中華、その他諸々と国籍も異なる多様な品目が一つずつ大皿に盛られ、所狭しと陳列されている。それらから好きに選んで好きなだけ食べろ、ということらしい。ホテルのビュッフェ形式の朝食と相違ない。……いや、食べ放題ならバイキングか?
何にしても、私達たった数人の為だけに用意したとは思えないような量の朝食が、そこには待ち受けていた。
「オレが頼んどいたんだよ。昨日の夜、ステーキ喰いてえっつったらヤツら本当に用意したからよ。んじゃ朝もゴーカなの、よろしくなっつっといたんだ」
金髪ことドライが、得意げに説明する。彼は盛り盛りのプレートを何枚も自席に運び込み、料理を次々に胃袋に流し込んでいた。食べるというより飲み込むと形容した方が近いような、凄まじい速度だ。こいつが居た孤児院では、食費が嵩んだだろうな……。
「てことで、てめえらオコボレ貰えんのはオレ様のおかげだからな。感謝しろよ」
見事なドヤりっぷり。……というか、
「昨日あの後でステーキとか、よく食べられたな」
「折角欲しいもん何でもくれるっつーんだから、利用しないテはねーだろ」
……そういうことを言いたい訳ではないのだが。
「何でも楽しんだもん勝ちだろうが。おっと、メロンソーダ無くなっちまったな。取りに行くのめんどくせー。おい、そこの陰キャ。てめーだよ、てめー。前髪ヤロー」
「えっ、ぼ、僕っ?」
ドライが呼び掛けたのは、隅でちびちびとミネストローネを啜っていた前髪の長い男……改め、適合体No.05〝fünf〟だった。
「てめー以外に誰が居んだよ。キョドってんじゃねえ。メロンソーダ持ってこいよ」
「なっなんで僕が……」
「そういうのは陰キャの仕事だろーが」
「そ、そそんな……」
不憫なフュンフは猛獣に睨まれた兎みたいに怯えている。昨日あまり話さなかったのでどんな人物か判じかねていたが、どうやら彼は気が弱い性質らしい。見兼ねて、私はドライを諌めた。
「フュンフが行く必要は無い。ドライが自分でやるべきだ」
「あぁ? んだ、てめえ。文句あんのかよ」
「あるに決まっているだろう。お前は孤児院に居た時もそうやって立場の弱い相手を恐喝していたのか」
「うっせーな。弱いヤツがわりーんだろうが。てめーはイインチョか何かかよ」
「まぁまぁ、皆もう子供じゃないんだからさ」
そこに仲裁に入ったのはツヴァイだった。彼はドライに優しく微笑みかけて、
「自分のことは自分で出来るよね? ……それとも、精神年齢がお子ちゃまだから、無理なのかな?」
――痛烈な嫌味を浴びせた。
「なっ!」
ドライの顔が真っ赤に染まる。
「てめえ!」
音を立てて勢い良く椅子から立ち上がったドライに、ツヴァイが、
「わっ、怖~い」
などと、クスクス笑いでひらりと距離を取る。
私は頭を抱えた。――前途多難だ。
10
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
孤独な蝶は仮面を被る
緋影 ナヅキ
BL
とある街の山の中に建っている、小中高一貫である全寮制男子校、華織学園(かしきのがくえん)─通称:“王道学園”。
全学園生徒の憧れの的である生徒会役員は、全員容姿や頭脳が飛び抜けて良く、運動力や芸術力等の他の能力にも優れていた。また、とても個性豊かであったが、役員仲は比較的良好だった。
さて、そんな生徒会役員のうちの1人である、会計の水無月真琴。
彼は己の本質を隠しながらも、他のメンバーと各々仕事をこなし、極々平穏に、楽しく日々を過ごしていた。
あの日、例の不思議な転入生が来るまでは…
ーーーーーーーーー
作者は執筆初心者なので、おかしくなったりするかもしれませんが、温かく見守って(?)くれると嬉しいです。
学生のため、ストック残量状況によっては土曜更新が出来ないことがあるかもしれません。ご了承下さい。
所々シリアス&コメディ(?)風味有り
*表紙は、我が妹である あくす(Twitter名) に描いてもらった真琴です。かわいい
*多少内容を修正しました。2023/07/05
*お気に入り数200突破!!有難う御座います!2023/08/25
*エブリスタでも投稿し始めました。アルファポリス先行です。2023/03/20
偏食の吸血鬼は人狼の血を好む
琥狗ハヤテ
BL
人類が未曽有の大災害により絶滅に瀕したとき救済の手を差し伸べたのは、不老不死として人間の文明の影で生きていた吸血鬼の一族だった。その現筆頭である吸血鬼の真祖・レオニス。彼は生き残った人類と協力し、長い時間をかけて文明の再建を果たした。
そして新たな世界を築き上げた頃、レオニスにはひとつ大きな悩みが生まれていた。
【吸血鬼であるのに、人の血にアレルギー反応を引き起こすということ】
そんな彼の前に、とても「美味しそうな」男が現れて―――…?!
【孤独でニヒルな(絶滅一歩手前)の人狼×紳士でちょっと天然(?)な吸血鬼】
◆閲覧ありがとうございます。小説投稿は初めてですがのんびりと完結まで書いてゆけたらと思います。「pixiv」にも同時連載中。
◆ダブル主人公・人狼と吸血鬼の一人称視点で交互に物語が進んでゆきます。
◆現在・毎日17時頃更新。
◆年齢制限の話数には(R)がつきます。ご注意ください。
◆未来、部分的に挿絵や漫画で描けたらなと考えています☺
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる
ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。
※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…
東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で……
だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?!
ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に?
攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる