4 / 36
chapter.1 新生式
1-2 感染
しおりを挟む
ぶちぶちっ、コードが引き抜かれるような音がして、小柄な男性が長髪の女性の肉を食い破った。叫声が迸る。飛び散る鮮血。鉄錆びた臭いと吐瀉物の臭いが混ざり合い、辺りには吐き気を催すような悪臭が漂った。
「そこで我々が目を付けたのは、〝起き上がり〟という現象でした。かつて土葬が主流だった地域では、時折死者が甦ることがあった。当時は原因不明でしたが、実はそれは特殊な細菌による伝染病だったと判明したのです」
化け物と化した男性は、口中のものを咀嚼して呑み込んだ。――食べた。人を、喰らったのだ。
一気に恐慌が伝播した。叫び、駆け出す人々。皆我先にと他者を押しやり、転んだ者を踏み付けて進む。狂乱。そこに、更なる異変が襲った。突然呻き声を上げて倒れ伏した者が居る。それが数瞬後には、最初の男性と同じように狂気に憑りつかれたように暴れ出したのだ。それも一人や二人ではない。集団の中から何人も同じような症状を見せる者が出現した。
「この細菌は人間の血中に寄生し、血液を糧として増殖、活動します。そうして、宿主の肉体を劇的に作り変えてしまうのです。感染すると、まずは強い拒絶反応に見舞われ、大概が死に至る。それから一定数は起き上がりますが、細菌に操られて人を襲うだけの自我の無い怪物と化してしまうのが大半です」
逃げ惑う人々の中、幾人かが出入り口の扉に辿り着いた。しかし、扉は外側から施錠されているのか一向に開く気配が無い。四方を頑丈な金属の壁で囲われたシェルターのような室内だ。これでは、誰も逃げられない。
「これを我々は〝食人鬼〟と呼んでいます。皆さんにはゾンビと言った方が通りが良いかもしれませんね。〝食人鬼〟は心臓を破壊しない限りは頭を潰そうが何だろうが動き続けるので、使い捨ての兵隊としては有用ですが、如何せん知能がありませんので敵味方の区別が付かないのが難点です。それに傷の修復機能が無い為、存在脆いのです。〝食人鬼〟が血液のみならず肉までも摂食するのは、この欠けた機能を本能的に補おうとしてのことなのかもしれませんね。決して己の身にはならないのですが」
素手で扉を叩く者。体当たりする者。悲鳴と怒号と助けを乞う幾つもの声がとぐろを巻き、出口の無い空間に滞留しては犇めき合う。ほんの数分前までは自分達と同じ境遇だった仲間が、牙を剝いて仲間の血肉を喰らう。そうして命尽きた者までが、程なくして起き上がるや同じように他者に襲い掛かった。
――地獄だ。私達は今、地獄の釜の中に居る。
あまりの光景に、私は逃げることもせず呆然と立ち尽くしていた。目の前の現実が、まるで遠い世界の出来事のように思えた。
しかし、それは確かに実際に起きていて、私だけを置き去りにするようなことはなかったのだ。
不意に、眩暈を覚えた。世界がぐるりと回転するような凄まじい酩酊感。堪らず嘔吐し、たたらを踏む。しまいには留まれずに頽れた。
それは心因性のものではなく、紛れもなく私の肉体が変調を来した表れだった。遂に、私の番が来たのだ。
画面の男の声だけが何事もないように淀みなく説明を続けていた。
「ところが、稀に生きたまま――自我を保有したまま上手く細菌に適合して変化を遂げるケースがあるのです。その場合は知能があるのは勿論のこと、強靭な肉体に高い自己再生力、更には特殊な固有能力までもを備えた個体が現れることがあります」
霞み出した視界の端、抗うように顔を上げると冴えた月光に似た白銀色が引っ掛かった。あの紫電の瞳の青年だった。私と同じく逃げそびれたのか、集団から離れた位置にぽつりと独り取り残されている。そこに、牙を剥いた動く死体がゆっくりとにじり寄っていく様を見た。
瞬間、脳内にある映像がフラッシュバックした。雪崩込む機械兵。黒光りする銃身。鉛の雨を浴び、宙を舞う妹の細い身体。
――駄目だ。
白み始めた頭の片隅で、私は必死に前方へ手を伸ばした。
「〝吸血鬼〟――人類の救世主となり得る、理想の不死兵。それが、我々の求める強大な力。さあ、この中の何人が、その領域に至ることが出来るでしょうか。改めて、皆さんの新たな門出に、祝福を」
「そこで我々が目を付けたのは、〝起き上がり〟という現象でした。かつて土葬が主流だった地域では、時折死者が甦ることがあった。当時は原因不明でしたが、実はそれは特殊な細菌による伝染病だったと判明したのです」
化け物と化した男性は、口中のものを咀嚼して呑み込んだ。――食べた。人を、喰らったのだ。
一気に恐慌が伝播した。叫び、駆け出す人々。皆我先にと他者を押しやり、転んだ者を踏み付けて進む。狂乱。そこに、更なる異変が襲った。突然呻き声を上げて倒れ伏した者が居る。それが数瞬後には、最初の男性と同じように狂気に憑りつかれたように暴れ出したのだ。それも一人や二人ではない。集団の中から何人も同じような症状を見せる者が出現した。
「この細菌は人間の血中に寄生し、血液を糧として増殖、活動します。そうして、宿主の肉体を劇的に作り変えてしまうのです。感染すると、まずは強い拒絶反応に見舞われ、大概が死に至る。それから一定数は起き上がりますが、細菌に操られて人を襲うだけの自我の無い怪物と化してしまうのが大半です」
逃げ惑う人々の中、幾人かが出入り口の扉に辿り着いた。しかし、扉は外側から施錠されているのか一向に開く気配が無い。四方を頑丈な金属の壁で囲われたシェルターのような室内だ。これでは、誰も逃げられない。
「これを我々は〝食人鬼〟と呼んでいます。皆さんにはゾンビと言った方が通りが良いかもしれませんね。〝食人鬼〟は心臓を破壊しない限りは頭を潰そうが何だろうが動き続けるので、使い捨ての兵隊としては有用ですが、如何せん知能がありませんので敵味方の区別が付かないのが難点です。それに傷の修復機能が無い為、存在脆いのです。〝食人鬼〟が血液のみならず肉までも摂食するのは、この欠けた機能を本能的に補おうとしてのことなのかもしれませんね。決して己の身にはならないのですが」
素手で扉を叩く者。体当たりする者。悲鳴と怒号と助けを乞う幾つもの声がとぐろを巻き、出口の無い空間に滞留しては犇めき合う。ほんの数分前までは自分達と同じ境遇だった仲間が、牙を剝いて仲間の血肉を喰らう。そうして命尽きた者までが、程なくして起き上がるや同じように他者に襲い掛かった。
――地獄だ。私達は今、地獄の釜の中に居る。
あまりの光景に、私は逃げることもせず呆然と立ち尽くしていた。目の前の現実が、まるで遠い世界の出来事のように思えた。
しかし、それは確かに実際に起きていて、私だけを置き去りにするようなことはなかったのだ。
不意に、眩暈を覚えた。世界がぐるりと回転するような凄まじい酩酊感。堪らず嘔吐し、たたらを踏む。しまいには留まれずに頽れた。
それは心因性のものではなく、紛れもなく私の肉体が変調を来した表れだった。遂に、私の番が来たのだ。
画面の男の声だけが何事もないように淀みなく説明を続けていた。
「ところが、稀に生きたまま――自我を保有したまま上手く細菌に適合して変化を遂げるケースがあるのです。その場合は知能があるのは勿論のこと、強靭な肉体に高い自己再生力、更には特殊な固有能力までもを備えた個体が現れることがあります」
霞み出した視界の端、抗うように顔を上げると冴えた月光に似た白銀色が引っ掛かった。あの紫電の瞳の青年だった。私と同じく逃げそびれたのか、集団から離れた位置にぽつりと独り取り残されている。そこに、牙を剥いた動く死体がゆっくりとにじり寄っていく様を見た。
瞬間、脳内にある映像がフラッシュバックした。雪崩込む機械兵。黒光りする銃身。鉛の雨を浴び、宙を舞う妹の細い身体。
――駄目だ。
白み始めた頭の片隅で、私は必死に前方へ手を伸ばした。
「〝吸血鬼〟――人類の救世主となり得る、理想の不死兵。それが、我々の求める強大な力。さあ、この中の何人が、その領域に至ることが出来るでしょうか。改めて、皆さんの新たな門出に、祝福を」
10
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
第12回BL大賞奨励賞いただきました!ありがとうございます。僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して、公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…我慢の限界で田舎の領地から家出をして来た。もう戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが我らが坊ちゃま…ジュリアス様だ!坊ちゃまと初めて会った時、不思議な感覚を覚えた。そして突然閃く「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけにジュリアス様が主人公だ!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。だけど何で?全然シナリオ通りじゃないんですけど?
お気に入り&いいね&感想をいただけると嬉しいです!孤独な作業なので(笑)励みになります。
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
孤独な蝶は仮面を被る
緋影 ナヅキ
BL
とある街の山の中に建っている、小中高一貫である全寮制男子校、華織学園(かしきのがくえん)─通称:“王道学園”。
全学園生徒の憧れの的である生徒会役員は、全員容姿や頭脳が飛び抜けて良く、運動力や芸術力等の他の能力にも優れていた。また、とても個性豊かであったが、役員仲は比較的良好だった。
さて、そんな生徒会役員のうちの1人である、会計の水無月真琴。
彼は己の本質を隠しながらも、他のメンバーと各々仕事をこなし、極々平穏に、楽しく日々を過ごしていた。
あの日、例の不思議な転入生が来るまでは…
ーーーーーーーーー
作者は執筆初心者なので、おかしくなったりするかもしれませんが、温かく見守って(?)くれると嬉しいです。
学生のため、ストック残量状況によっては土曜更新が出来ないことがあるかもしれません。ご了承下さい。
所々シリアス&コメディ(?)風味有り
*表紙は、我が妹である あくす(Twitter名) に描いてもらった真琴です。かわいい
*多少内容を修正しました。2023/07/05
*お気に入り数200突破!!有難う御座います!2023/08/25
*エブリスタでも投稿し始めました。アルファポリス先行です。2023/03/20
偏食の吸血鬼は人狼の血を好む
琥狗ハヤテ
BL
人類が未曽有の大災害により絶滅に瀕したとき救済の手を差し伸べたのは、不老不死として人間の文明の影で生きていた吸血鬼の一族だった。その現筆頭である吸血鬼の真祖・レオニス。彼は生き残った人類と協力し、長い時間をかけて文明の再建を果たした。
そして新たな世界を築き上げた頃、レオニスにはひとつ大きな悩みが生まれていた。
【吸血鬼であるのに、人の血にアレルギー反応を引き起こすということ】
そんな彼の前に、とても「美味しそうな」男が現れて―――…?!
【孤独でニヒルな(絶滅一歩手前)の人狼×紳士でちょっと天然(?)な吸血鬼】
◆閲覧ありがとうございます。小説投稿は初めてですがのんびりと完結まで書いてゆけたらと思います。「pixiv」にも同時連載中。
◆ダブル主人公・人狼と吸血鬼の一人称視点で交互に物語が進んでゆきます。
◆現在・毎日17時頃更新。
◆年齢制限の話数には(R)がつきます。ご注意ください。
◆未来、部分的に挿絵や漫画で描けたらなと考えています☺
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる
ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。
※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…
東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で……
だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?!
ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に?
攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる