2 / 36
prologue
0-2 君には、教えてあげない。
しおりを挟む
くすんだ窓ガラスから見る朝日は、それでも美しかった。
黎明の藤色を裂くように、光の球体が昇る。金色に染まる地平線、朱く燃える雲海。四角く切り取られた朝焼けの空。
「良い朝だ」
吸血鬼の弱点が陽光だなんて誰が言ったのだろう。ゾンビが白昼堂々と出歩くのと同じように、その光は俺にとって何ら脅威になることはない。それどころか、見ているだけでこんなにも心を揺さぶられることに自分でも意外に思った。
差し込む光がキラキラと、空気中に漂う塵を宝石のように煌めかせている。照らし出されたのは、煤けた壁、散乱する瓦礫、堆積する埃の塊。幾年もの間、誰からも手入れをされず風化するに任せて放置されていた廃ビルの一室だ。
そこに比較的綺麗な状態で残されていたソファに腰掛けて、俺は窓の外を眺めていた。
同上のローテーブルの上、カセットコンロで沸かしたやかんの湯をカップに注ぐ。鳶色の粉末が溶け出すと、すぐに芳醇な香りが辺りに広がった。
こんな爽やかな朝はコーヒーが飲みたくなる。その苦味とカフェインで、寝惚けた身体に一日の始まりを知らせるのだ。
欲を言えばインスタントでなくきちんとフィルターで淹れたものが良いが、それは流石にこの状況では贅沢に過ぎるというもの。
今はこの一杯に感謝して、ゆっくりと味わいながら新しい朝の到来を祝福しよう。……なんて、思っていたのだけど。
「無粋だなぁ」
ぽそり、呟くと同時にソファを蹴立てるようにしてその場から飛び退る。直後、ぴしりと朝焼けの空に亀裂が走った。窓ガラスを貫き飛来した弾丸が、先程まで俺が座っていたソファの背もたれに突き刺さる。
「コーヒー一杯分の猶予くらい与えてくれてもいいんじゃない? ……ねぇ、アイちゃん」
途端、ひび割れた世界にトドメを刺すが如く、窓ガラスを突き破って白い軍服の男が転がり込んできた。
飛び散るガラス片の中、瞬きもせず真っ直ぐにこちらを見据える黒い瞳。オールバックの黒い短髪。二メートル越えの巨体の持ち主、アイちゃんことアインスは、いつものように精悍な顔立ちに硬い表情を浮かべていた。
今しがた挨拶代わりに一発くれたアサルトライフルは銃口を下に向けている。話す意思はあるようだ。
「やっぱり君が来たか。まぁ、そうだよねぇ。俺に対抗出来るのは、君くらいのものだもんね」
「…………」
「それにしても、遅かったね。もっと早く見付けてくれるかと思ってたんだけど。とりあえず、座ったら? あ、コーヒー飲む?」
戯けた調子で話し掛けるも、アインスの表情は動かない。鉄製なんじゃないかと思う程にこれまでも彼がそこに感情を映すことはほぼ無かった。全身筋肉達磨みたいな奴なのに、どうも表情筋だけは鍛えられていないらしい。
「何故だ」
その彼の引き結ばれた唇からは、前後の会話内容をガン無視して短い問い掛けが成された。
「何故、こんなことをした――02」
02……普段しない無機質な呼び方を敢えて使ったのは、私情を切り捨てる覚悟の表明だろうか。
俺は知っている。一見、感情の無いロボットみたいな君が、実は誰よりも心優しい人だということを。
「さぁ? 何でだと思う?」
答える代わりに、挑発的に笑んだ。
――君には、教えてあげない。
黎明の藤色を裂くように、光の球体が昇る。金色に染まる地平線、朱く燃える雲海。四角く切り取られた朝焼けの空。
「良い朝だ」
吸血鬼の弱点が陽光だなんて誰が言ったのだろう。ゾンビが白昼堂々と出歩くのと同じように、その光は俺にとって何ら脅威になることはない。それどころか、見ているだけでこんなにも心を揺さぶられることに自分でも意外に思った。
差し込む光がキラキラと、空気中に漂う塵を宝石のように煌めかせている。照らし出されたのは、煤けた壁、散乱する瓦礫、堆積する埃の塊。幾年もの間、誰からも手入れをされず風化するに任せて放置されていた廃ビルの一室だ。
そこに比較的綺麗な状態で残されていたソファに腰掛けて、俺は窓の外を眺めていた。
同上のローテーブルの上、カセットコンロで沸かしたやかんの湯をカップに注ぐ。鳶色の粉末が溶け出すと、すぐに芳醇な香りが辺りに広がった。
こんな爽やかな朝はコーヒーが飲みたくなる。その苦味とカフェインで、寝惚けた身体に一日の始まりを知らせるのだ。
欲を言えばインスタントでなくきちんとフィルターで淹れたものが良いが、それは流石にこの状況では贅沢に過ぎるというもの。
今はこの一杯に感謝して、ゆっくりと味わいながら新しい朝の到来を祝福しよう。……なんて、思っていたのだけど。
「無粋だなぁ」
ぽそり、呟くと同時にソファを蹴立てるようにしてその場から飛び退る。直後、ぴしりと朝焼けの空に亀裂が走った。窓ガラスを貫き飛来した弾丸が、先程まで俺が座っていたソファの背もたれに突き刺さる。
「コーヒー一杯分の猶予くらい与えてくれてもいいんじゃない? ……ねぇ、アイちゃん」
途端、ひび割れた世界にトドメを刺すが如く、窓ガラスを突き破って白い軍服の男が転がり込んできた。
飛び散るガラス片の中、瞬きもせず真っ直ぐにこちらを見据える黒い瞳。オールバックの黒い短髪。二メートル越えの巨体の持ち主、アイちゃんことアインスは、いつものように精悍な顔立ちに硬い表情を浮かべていた。
今しがた挨拶代わりに一発くれたアサルトライフルは銃口を下に向けている。話す意思はあるようだ。
「やっぱり君が来たか。まぁ、そうだよねぇ。俺に対抗出来るのは、君くらいのものだもんね」
「…………」
「それにしても、遅かったね。もっと早く見付けてくれるかと思ってたんだけど。とりあえず、座ったら? あ、コーヒー飲む?」
戯けた調子で話し掛けるも、アインスの表情は動かない。鉄製なんじゃないかと思う程にこれまでも彼がそこに感情を映すことはほぼ無かった。全身筋肉達磨みたいな奴なのに、どうも表情筋だけは鍛えられていないらしい。
「何故だ」
その彼の引き結ばれた唇からは、前後の会話内容をガン無視して短い問い掛けが成された。
「何故、こんなことをした――02」
02……普段しない無機質な呼び方を敢えて使ったのは、私情を切り捨てる覚悟の表明だろうか。
俺は知っている。一見、感情の無いロボットみたいな君が、実は誰よりも心優しい人だということを。
「さぁ? 何でだと思う?」
答える代わりに、挑発的に笑んだ。
――君には、教えてあげない。
10
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
孤独な蝶は仮面を被る
緋影 ナヅキ
BL
とある街の山の中に建っている、小中高一貫である全寮制男子校、華織学園(かしきのがくえん)─通称:“王道学園”。
全学園生徒の憧れの的である生徒会役員は、全員容姿や頭脳が飛び抜けて良く、運動力や芸術力等の他の能力にも優れていた。また、とても個性豊かであったが、役員仲は比較的良好だった。
さて、そんな生徒会役員のうちの1人である、会計の水無月真琴。
彼は己の本質を隠しながらも、他のメンバーと各々仕事をこなし、極々平穏に、楽しく日々を過ごしていた。
あの日、例の不思議な転入生が来るまでは…
ーーーーーーーーー
作者は執筆初心者なので、おかしくなったりするかもしれませんが、温かく見守って(?)くれると嬉しいです。
学生のため、ストック残量状況によっては土曜更新が出来ないことがあるかもしれません。ご了承下さい。
所々シリアス&コメディ(?)風味有り
*表紙は、我が妹である あくす(Twitter名) に描いてもらった真琴です。かわいい
*多少内容を修正しました。2023/07/05
*お気に入り数200突破!!有難う御座います!2023/08/25
*エブリスタでも投稿し始めました。アルファポリス先行です。2023/03/20
偏食の吸血鬼は人狼の血を好む
琥狗ハヤテ
BL
人類が未曽有の大災害により絶滅に瀕したとき救済の手を差し伸べたのは、不老不死として人間の文明の影で生きていた吸血鬼の一族だった。その現筆頭である吸血鬼の真祖・レオニス。彼は生き残った人類と協力し、長い時間をかけて文明の再建を果たした。
そして新たな世界を築き上げた頃、レオニスにはひとつ大きな悩みが生まれていた。
【吸血鬼であるのに、人の血にアレルギー反応を引き起こすということ】
そんな彼の前に、とても「美味しそうな」男が現れて―――…?!
【孤独でニヒルな(絶滅一歩手前)の人狼×紳士でちょっと天然(?)な吸血鬼】
◆閲覧ありがとうございます。小説投稿は初めてですがのんびりと完結まで書いてゆけたらと思います。「pixiv」にも同時連載中。
◆ダブル主人公・人狼と吸血鬼の一人称視点で交互に物語が進んでゆきます。
◆現在・毎日17時頃更新。
◆年齢制限の話数には(R)がつきます。ご注意ください。
◆未来、部分的に挿絵や漫画で描けたらなと考えています☺
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる
ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。
※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…
東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で……
だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?!
ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に?
攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる