ハルくんは逃げ出したい。~全寮制男子校の姫になったら、過保護なストーカー護衛に溺愛されました~

夜薙 実寿

文字の大きさ
上 下
22 / 57

第22話 危険な男に絆された

しおりを挟む
 壁に張られたオレの写真を、一枚一枚丁寧に剥がして重ねていく。

「よし、これで最後だな」

 達成感と共に薄く汗を掻いた額を拭った。場所は姫寮の御影さんの部屋。オレの写真でびっしり埋め尽くされていた壁や天井が、ようやく本来の姿を取り戻したところだった。

「うぅ、陽様……」

 回収した後の写真の山を見つめ、切なげに眉を下げる御影さん。

「そんな顔しないでください。何も、捨てろとまでは言ってないんだから」

 オレは呆れて溜息を吐いた。それから、思い出す。ここに至るまでの経緯。夜桜の遊歩道で御影さんと交わした会話の顛末を――。


   ◆◇◆


「いや……いいですよ。別に、このままで」

 オレが口にした決断に、御影さんは一瞬、キョトンとした表情を見せた。

「よろしいのですか? ですが……」
「まぁ、御影さんが何考えてるのか分からないから怖かったっていうのもあるんで。事情は分かったっていうか」

 御影さんの、壮絶な過去。――正直、あんな話を聞かされては、もう拒絶しにくかった。
 それに、分かったことがある。

「少なくとも、あなたはオレに危害を加える気は無いんですよね? だったら、まぁ……いいかなって」

 この人は要するに、情欲の類というよりも一種の信仰の対象としてオレを見ているのだ。思い出は美化フィルターが掛かるものとは言うが、この人の中のオレはすっかり神格化されている模様。
 だとしたら、その愛はちょっぴり重いけれども、少なくともオレをどうこうしようとか、そういう下心は無いだろう。

「勿論です!」

 御影さんは瞳を輝かせて、大きく頷いて見せた。

「私はただ、貴方をあらゆるものからお守りし、健やかに幸せになって頂きたいだけなのです!」
「うん、分かった。分かったから」

 幻の尻尾を振り振り、ともすれば飛びついてきそうな勢いの御影さんを制し、オレは一つ咳払いをして、告げた。

「ただし、一つ条件があります」


   ◆◇◆


 そこで提示した条件というのが、コレ――〝隠し撮り禁止令〟である。
 今後オレが許可した場合以外での写真や動画撮影を禁じた上、これまでに撮られたものを廃棄すること、というのが当初の条件だったのだが……。

「そんなっ、陽様コレクションは私の人生の一部、陽様の見守り記録なのです! 時折眺めては貴方様の言葉を思い出し、いつも頑張る貴方様の姿に励まされ、自分を鼓舞して参りました! これを失ったら、これまで陽様を見守ってきた日々の思い出と共に、私が明日を生きる活力さえも失ってしまうかもしれません!」

 ……と、盛大に嘆かれてしまったので、とりあえず処分はしなくてもいいから、当人の目に触れる可能性のある場所に設置するな、と条件を緩和するに至った。
 よく、趣味のコレクションを勝手に捨てたら夫が鬱になった、とかいう話も聞くしな……。

 ともかく、壁や天井に張られた分はこっちとてしても不可抗力で目に入ると大変恥ずかしいので、剥がしてもらうことにした。ちゃんと実行したかを確認する為にも、オレ自身がその作業を手伝ったという訳だ。
 しかし、まぁ……よくもこれだけ撮ったもんだ。改めて、積み上げられたオレの写真の山を見遣ると、自然と嘆息が漏れる。
 下手すりゃ、親が撮ってくれた我が家のアルバムよりも多いんじゃないか?
 御影さんは未だにそれらを眺め下ろして、萎れた様子を見せていた。
 全く、大人なのに、こんなことで……しょうもない人だな。

「……それに、写真なんか飾らなくても、これからはオレ当人が傍に居るじゃないですか」

 励ますつもりで付け加えてみると、御影さんはパッと顔を上げた。オレを見て、花が綻ぶようにふわりと笑んでみせる。その変化に、オレは思わずドキリとしてしまった。

「そうですね……そうでした。改めて、お傍に置いてくださり、ありがとうございます!」
「いや、まぁ、うん……」
「これからも誠心誠意、貴方にお仕え致しますので、どうぞ、今後ともよろしくお願い致します!」
「……こちらこそ」

 またもや犬の耳と尻尾の幻影が見えそうな御影さんに、オレは苦笑した。彼が向けてくる真っ直ぐな大き過ぎる好意には、まだ慣れない。
 けど……こうやって自分のことを大切に思ってくれる人が居るというのは、決して悪い気分ではないな、と思ったりする。

「ですが、私のことを知って欲しい一心であのような話を聞かせてしまい、今更ながらに申し訳なく思います。陽様には決して、楽しい話ではなかったでしょう」

 ふと、また眉を下げて、御影さんが自省を零した。オレの脳裏を、先刻聞いた彼の身の上話の内容が過ぎる。
 モラハラ、DV、逃亡……そして、

「それは、まぁ……色々衝撃的だったし、しんどい話ではあったけど、御影さんのことを少しは理解出来たから、話してくれて良かったっていうか」

 オレよりも、心配なのは‪御影さんそっち‬の方だ。

「御影さんの方こそ、大丈夫なんですか? 話してて、辛かったんじゃ……」

 特に、お母さんのくだりだ。再婚相手の男に酷い折檻を受けて、亡くなったという……それなのに、警察に揉み消されてしまった、誰にも知られない事件の真相。
 御影さんが戸籍上は義父であるその男のことを、快く思っていないのは確かだろう。もしかしたら、今でも恨んでいるんじゃないか。
 そう思って訊ねると、彼はあっけらかんと予想外な言葉を口にした。

「いえ、全ては終わったことなので、ご心配は要りません」

 ――終わった?

「え? でも……例の男は、御影さんをまだ探してるんじゃ」

 母親ほど積極的には探されなかったとはいえ、見つかったら連れ戻されるかもしれない状況なことに、変わりはないんじゃないのか?
 すると御影さんは、笑顔を浮かべてこう言った。

「あの男なら、社会的に抹殺しておきましたので、今頃は檻の中に居ます。もう関わることもありませんよ」
「へっ?」

 つい、素っ頓狂な声が出てしまった。
 今、御影さんは何て?
 理解が追いつかず見つめていると、彼は説明を加えた。

「あの男、新たな再婚相手にも同じように暴力を振るっていたんです。それだけじゃなくて、過去の交際相手や関わりのあった相手にも同じようなことをして、重症を負わせたり死に追いやった事例がいくつもあったんです。裏社会で生きる内に、私にもちょっとしたコネなどが出来ましてね、そうしたことを徹底的に調べ上げて、全部白日の下に晒してやったのです。ええ、復讐は既に完了しております。なので、そこのところは、お気遣いなく」

 にっこりと、良い笑顔でとんでもないことを告白する御影さん。オレは圧倒されて、その場で石像になった。

 ――やっぱり、この人、怖いかもしれない。

 護衛人継続を許可したことを、早くもちょっと後悔したオレだった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜

車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

処理中です...