ラジオの向こう

諏訪野 滋

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第三章 パーティシペーション

自分だけの理由

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「それで、会長。もう一人の少数精鋭であるはずの金澤くんは、まだ来ませんね」

 私は壁にかけてある丸時計をちらりと見た。そろそろ午後五時になろうとしている。まだ受験まで余裕のある高ニであれば、補講もとっくに終わっている時間だと思うのだけれど。白倉さんは自分のノートに目を落としたまま、気のない返事を返す。

「きっと来ると思うわよ。彼、忙しいからね」

「忙しいんですか。金澤くんって、何か部活に入っているとか」

「ううん、高一からはずっと帰宅部のはずよ。中等部ではバスケ部のエースだったんだけれどね」

 異色の経歴だ。いや、異様と言ってもいい。中高一貫の我が校では、中等部で運動部に所属していた生徒は、高等部に進学してもそのまま同じ種目を引き継いで部活を続ける場合が多い。ましてエースと呼ばれるほどの存在だったのなら、なおのことだ。それを中途で辞めるなんて、よほどの事情があるとしか思えない。
 それに加えて、彼は。

「陸から聞きましたけれど。金澤くんが中三の時、彼って生徒会長だったらしいですね」

 白倉さんは顔を上げて私を見た。

「あら、八尋さん知らなかったの? そうよ。一昨年度だから、私たちが高一の時」

「全然知りませんでした。私、高校に編入したばかりで、正直言って中等部に関心を持つ余裕がなくて」

「まあ、呆れた。陸くんが中学に入学した時のことじゃない。姉弟間で、もっと情報共有しなきゃいけないわね」

 そう言って笑う白倉さんと金澤くんを、私は頭の中で比較してみる。生徒会長というカテゴリーでは、とてもひとくくりに出来そうにはない。

「正直、信じられません。あんなにつっけんどんで、本当に生徒会長が務まっていたんですか」

 ふふ、と白倉さんは含み笑いで答える。

「彼、生徒会長の時はすごい人気だったわよ。私ほどではないけれど、ぶっちぎりのトップ当選だったし」

 本当なのか。思うに生徒会長に必要な資質とは、情熱と愛嬌あいきょうにあるのではないか。その二つさえあれば、共感する人間は自然に集まって来るし、助けたい、力になりたいという気持ちも沸いてこようというものだ。
 私から見た白倉さんは、学校とそこに所属する生徒をより良くしたいという情熱については、これは間違いなく本物だと思われるし、実は相当に愛嬌があるというのも知っている。とくに後者については、彼女の隠れた一面を私が独占しているような気がして、嬉しさに罪悪感を覚えるほどだ。
 振り返ってみるに、金澤くんはどうか。その情熱についてはまだ会話をしたこともないので全くの未知数だけれど、白倉さんが勧誘した時に、仕事なんてしないかもしれない、などと宣言しているのだ。正直、期待薄と言わせてもらって差し支えないだろう。さらに、こと愛嬌については全く話にならない。親しい女の子だけに笑顔を向けるようじゃあ、人の上に立つことなんてできやしないだろう。やっぱりわからない、白倉さんが彼を副会長に指名した意図が。

「会長。本当に経験者っていうだけで、金澤くんを生徒会に誘ったんですか」

「そうよ」

「それ以外に理由は」

「ないわ」

 白倉さんは真っすぐに私を見ている。

「八尋さん、一つ確認しておくけれど。金澤くんが生徒会に入ってくれたのは、あくまで彼の意志よ。それはあなたも同じでしょう?」

 私は自分の顔から血の気が引くのを感じた。私は金澤くんのことを、自分の物差しで勝手に評価していた。彼のことをまだ何も知らないのに。そうした私の増長を、白倉さんは今の短い会話でとっくに見抜いていた。
 八尋先輩が頭がいいというだけで、生徒会に誘ったんですか。もし金澤くんにそう言われたならば、どんな気がするだろうか。きっと白倉さんはそうだと答えるに違いないけれど、たとえそうであっても、私の中には書記を引き受けるだけの確かな理由がある。それは誰のものでもない、私だけの大切なものだ。それと同じものが金澤くんの中に無いなどと、私にどうして言えるだろう。

 白倉さんは特に責めるでもなく、静かな口調で続けた。

「私の勧誘は、正直きっかけに過ぎないわ。それを生かすも殺すも、あなたたち次第。生徒会があなたたちを利用するんじゃない、あなたたちが生徒会を利用するのよ。システムっていうのは、使う人の幸せのためにあるんだから」

 ああ、私は彼女に教えられてばかりだ。やっぱりこの人には見捨てられたくない。しょげかえっている私に、白倉さんは相好そうごうを崩した。

「そんな顔しないで、八尋さん。生徒会を利用しているのは私だって同じ。私は生徒会長だけれど、ただ学園に奉仕するだけの崇高な殉教者を気取っているつもりはないわ。あなたは幻滅するかもしれないけれど、私は私の為だけに会長をやっているに過ぎないのよ」

「……そうなんですか」

 幻滅などするはずもないけれど、驚きは確かにあった。奉仕そのものが目的ではないとすれば、白倉さんが生徒会長になったのは何のためだろう。しかし、そこまで深く聞くのはさすがにためらわれた。人にはそれぞれに、触れられたくない領域がきっとある。

「だからね。金澤くんも、何か思うところがあって副会長になってくれたんじゃないかな。八尋さんも言いたいことはあるかもしれないけれど、今はただ、彼のことを見守ってあげて欲しい。これは、会長としてのお願い」

 私のことも金澤くんのことも傷つけることなく、白倉さんは話をまとめて見せた。本当にすごい人だ。

「お願いだなんて。私も、彼のことを理解するように努力してみます」

「だれも他人のことは理解できないわ。ありのままを受け入れてあげれば、それでいいんじゃないかしら」

「そうですね」
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