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第一章 インビテーション
後輩反発、一触即発
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放課後の一年C組の教室は、すでに閑散としていた。開け放しの窓から時々聞こえてくる、部活動のものとおぼしき歓声が室内に反響して、私はより一層の寂寥感に捉われる。室内に踏み込んだ白倉さんは、周囲に素早く視線を配った。
「うーん、出遅れたかな……あ、いたいた」
白倉さんの目線の先、教室の奥の隅で、一組の男女が談笑していた。ポケットに片手を突っ込んだ男子生徒と、大きな声で笑っている女子生徒。白倉さん、副会長をスカウトしに来たと言っていたな。男の子と女の子、どちらが本命なのだろうか。
男子生徒の方だろう、と私は推理した。明らかな規定があるわけではないけれど、不文律的に、生徒会長と副会長は男女で構成されることが多い。トップ同士を同性で固めてしまうと、異性に対する配慮が不足するのではないか、などといらぬ憶測を招きかねないのがその理由だと、私はどこかで聞いたことがあった。
白倉さんはつかつかと二人に近づくと、片手を挙げて気さくに声をかけた。彼女の視線は、やはり男子生徒の方へと向いている。
「やあ、金澤司くんだよね? 私は今度三年になる白倉というものだけど」
男女は同時に彼女を振り向いた。女子生徒の方は白倉さんを一目見て生徒会長だと気づいたらしく、胸の前で手を組んで頬を上気させている。しかし男子生徒の方はといえば、今までの快活な調子から、一転して不愛想へとその表情を変えた。彼は白倉さんを不審げに観察しながら、ぼそりとつぶやく。
「俺に何か?」
おお。下衆な表現だけど、けっこう好みだ。ショートレイヤーの、少し茶色がかった黒髪。はっきりとした形の眉に、意志の強さを感じさせる鋭い目。父と弟以外の異性とはほとんど接したことがない私は、自分が見られているわけでもないのに、どぎまぎして目をそらしてしまう。
金澤くんというその生徒に明らかに警戒されている白倉さんは、別段気にすることもない様子で、笑いを絶やさずに続けた。
「悪いわね、話し中なのに突然お邪魔したりして。ひょっとして、今から二人でデートかな?」
軽い調子の白倉さんの言葉にも金澤くんは仏頂面を崩すことなく、さも迷惑そうに言った。
「それ、説明しなくちゃいけませんかね。生徒会長だからって、俺たちのプライベートに首を突っ込む権利とか、あるかな」
彼の言葉通り、金澤くんも白倉さんのことをとっくに生徒会長だと認識していたようである。そうでありながら彼女に正面切って全く物怖じしないこの態度、大した度胸だなと私は感心してしまう。
ぴりぴりとした空気を感じたのだろう、隣にいた女子生徒が見かねたように慌ててとりなした。
「ちょっと司くん、言い方よくないよ。すいません会長、今日の放課後は一緒にコーヒーショップで勉強する約束になっていて」
女の子の言葉に、白倉さんは眉をひそめた。
「それは困ったわね。私たち、金澤くんに少し大切な話があるのだけれど」
当の金澤くんは、まるで取り合わない。
「とにかく、御覧の通り先約がありますから。また今度ってことで」
そう言って手をつかんで教室から連れ出そうとする金澤くんを、その女子生徒は笑って押しとどめた。
「あ、私はいいよ、司くん。今日の埋め合わせに、別の日に会ってくれる約束してくれればねー」
金澤くんは立ち止まると、苦虫をかみつぶしたような表情で腕を組んだ。
「弱ったな。今週は俺、予定が全部埋まっているんだが」
「いやいや、少し先でもいいからさ。司くん、競争率高いから仕方ないね。それじゃあ帰ったらメールするから、空いている日を教えてね」
「……わかった、必ず連絡するよ。すまないな、高森」
二人のやり取りを聞いていた白倉さんは、高森と呼ばれたその女の子に、申し訳なさそうに頭を下げた。
「あの、高森さん。ごめんね、せっかくのデートを」
押しも押されもせぬ実力者の生徒会長が、初対面の下級生に自然に頭を下げる。こういう飾らないところが、彼女の人気を押し上げている要因の一つなのだろう。果たして高森さんは、とんでもないというように慌てて両手を振った。
「デートだなんて、司くんとはただの勉強友達ですから。それに生徒会長に貸しを作れる機会なんてめったにないし、ちょっと嬉しいです」
苦笑する白倉さんに高森さんはぺこりと頭を下げると、リュックサックを担いで、金澤くんの胸を軽くつついた。
「でも司くん、特別な人なんて作っちゃ嫌だよ」
「つまんないこと言うなよな」
金澤くんは笑いながら、高森さんの頭をぽんと叩いた。や、優しい。私たちに対する態度とのこの落差はどうだ。高森さんは、あはっと笑うと、もう一度私たちに会釈をして教室を後にした。
微笑しながら彼女を見送った金澤くんは軽くため息をつくと、私たちの方へと向き直った。その顔には、直前までの感じの良さは微塵もない。彼はいら立ちを隠そうともせず、白倉さんをむっつりとにらんだ。
「それで、先輩。俺たちの邪魔をしなきゃならないほどの話って何です? 内容次第では怒りますよ、俺」
私ははらはらしながら二人を交互に見た。控えめに言って友好的な雰囲気ではない、正確に言えば一触即発だ。これほどの険悪な状況の中で、副会長になってくれ、なんて切り出したところで結果は見えていると思うんだけれど。そんな私の心配をよそに、白倉さんは腕を組むと涼しい顔で言った。
「金澤くん、それでは単刀直入に。四月から発足する生徒会の新執行部、それに副会長として参加してくれない?」
「うーん、出遅れたかな……あ、いたいた」
白倉さんの目線の先、教室の奥の隅で、一組の男女が談笑していた。ポケットに片手を突っ込んだ男子生徒と、大きな声で笑っている女子生徒。白倉さん、副会長をスカウトしに来たと言っていたな。男の子と女の子、どちらが本命なのだろうか。
男子生徒の方だろう、と私は推理した。明らかな規定があるわけではないけれど、不文律的に、生徒会長と副会長は男女で構成されることが多い。トップ同士を同性で固めてしまうと、異性に対する配慮が不足するのではないか、などといらぬ憶測を招きかねないのがその理由だと、私はどこかで聞いたことがあった。
白倉さんはつかつかと二人に近づくと、片手を挙げて気さくに声をかけた。彼女の視線は、やはり男子生徒の方へと向いている。
「やあ、金澤司くんだよね? 私は今度三年になる白倉というものだけど」
男女は同時に彼女を振り向いた。女子生徒の方は白倉さんを一目見て生徒会長だと気づいたらしく、胸の前で手を組んで頬を上気させている。しかし男子生徒の方はといえば、今までの快活な調子から、一転して不愛想へとその表情を変えた。彼は白倉さんを不審げに観察しながら、ぼそりとつぶやく。
「俺に何か?」
おお。下衆な表現だけど、けっこう好みだ。ショートレイヤーの、少し茶色がかった黒髪。はっきりとした形の眉に、意志の強さを感じさせる鋭い目。父と弟以外の異性とはほとんど接したことがない私は、自分が見られているわけでもないのに、どぎまぎして目をそらしてしまう。
金澤くんというその生徒に明らかに警戒されている白倉さんは、別段気にすることもない様子で、笑いを絶やさずに続けた。
「悪いわね、話し中なのに突然お邪魔したりして。ひょっとして、今から二人でデートかな?」
軽い調子の白倉さんの言葉にも金澤くんは仏頂面を崩すことなく、さも迷惑そうに言った。
「それ、説明しなくちゃいけませんかね。生徒会長だからって、俺たちのプライベートに首を突っ込む権利とか、あるかな」
彼の言葉通り、金澤くんも白倉さんのことをとっくに生徒会長だと認識していたようである。そうでありながら彼女に正面切って全く物怖じしないこの態度、大した度胸だなと私は感心してしまう。
ぴりぴりとした空気を感じたのだろう、隣にいた女子生徒が見かねたように慌ててとりなした。
「ちょっと司くん、言い方よくないよ。すいません会長、今日の放課後は一緒にコーヒーショップで勉強する約束になっていて」
女の子の言葉に、白倉さんは眉をひそめた。
「それは困ったわね。私たち、金澤くんに少し大切な話があるのだけれど」
当の金澤くんは、まるで取り合わない。
「とにかく、御覧の通り先約がありますから。また今度ってことで」
そう言って手をつかんで教室から連れ出そうとする金澤くんを、その女子生徒は笑って押しとどめた。
「あ、私はいいよ、司くん。今日の埋め合わせに、別の日に会ってくれる約束してくれればねー」
金澤くんは立ち止まると、苦虫をかみつぶしたような表情で腕を組んだ。
「弱ったな。今週は俺、予定が全部埋まっているんだが」
「いやいや、少し先でもいいからさ。司くん、競争率高いから仕方ないね。それじゃあ帰ったらメールするから、空いている日を教えてね」
「……わかった、必ず連絡するよ。すまないな、高森」
二人のやり取りを聞いていた白倉さんは、高森と呼ばれたその女の子に、申し訳なさそうに頭を下げた。
「あの、高森さん。ごめんね、せっかくのデートを」
押しも押されもせぬ実力者の生徒会長が、初対面の下級生に自然に頭を下げる。こういう飾らないところが、彼女の人気を押し上げている要因の一つなのだろう。果たして高森さんは、とんでもないというように慌てて両手を振った。
「デートだなんて、司くんとはただの勉強友達ですから。それに生徒会長に貸しを作れる機会なんてめったにないし、ちょっと嬉しいです」
苦笑する白倉さんに高森さんはぺこりと頭を下げると、リュックサックを担いで、金澤くんの胸を軽くつついた。
「でも司くん、特別な人なんて作っちゃ嫌だよ」
「つまんないこと言うなよな」
金澤くんは笑いながら、高森さんの頭をぽんと叩いた。や、優しい。私たちに対する態度とのこの落差はどうだ。高森さんは、あはっと笑うと、もう一度私たちに会釈をして教室を後にした。
微笑しながら彼女を見送った金澤くんは軽くため息をつくと、私たちの方へと向き直った。その顔には、直前までの感じの良さは微塵もない。彼はいら立ちを隠そうともせず、白倉さんをむっつりとにらんだ。
「それで、先輩。俺たちの邪魔をしなきゃならないほどの話って何です? 内容次第では怒りますよ、俺」
私ははらはらしながら二人を交互に見た。控えめに言って友好的な雰囲気ではない、正確に言えば一触即発だ。これほどの険悪な状況の中で、副会長になってくれ、なんて切り出したところで結果は見えていると思うんだけれど。そんな私の心配をよそに、白倉さんは腕を組むと涼しい顔で言った。
「金澤くん、それでは単刀直入に。四月から発足する生徒会の新執行部、それに副会長として参加してくれない?」
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