上 下
75 / 127

75

しおりを挟む


王都邸の屋敷の前に停まった侯爵家の馬車。

「お迎えにあがりました」

晴れやかな笑顔でそう告げるレイヴァンに副音声で「逃がさねぇぞ」って聞こえたのは多分気の所為せいだと思いたい。

別にレイヴァンの訪問自体には驚かなかった。

別荘から領地へと送られた際に「王都へはいつ頃お戻りに?先日の約束はいつにしましょう?」ってしっかり約束を取り付けられたからね。
先日の約束っていうのは前にしたお出かけのこと。

あの夜の出来事以来、自分の想いを自覚してしまった……もといあんなことをしちまった手前、レイヴァンとどう接すればいいか悩んでいた。

だからこそ残りの滞在期間中、そのことに一切触れて来ないレイヴァンに正直拍子抜けもした。
……ゼリファンが話かけてくる度にやたら間に入ってはきてたけど。

そんな経緯もあり、別れの間際になっていい笑顔で話題を振ってきたレイヴァンに「ついにきた」と身構えつつも約束をし、本邸での残りの滞在期間は自分の気持ちや行動に混乱だの羞恥だので頭を抱えて過ごした。

部屋に籠ってたら兄さんたちに「エルくん具合悪いの?!」ってめっちゃ心配された。
危うく医者を呼ばれるところだった。兄さんは過保護すぎ。

そして当日。

約束をしたのだから彼が来るのはわかっていた。
3日の間に散々ベッドでごろごろ悶え、唸り、考える人になったりしてどうにか形ばかりだろうと自分の心と折り合いもつけたつもりだった。

だけどまさか……朝一でいらっしゃるとは思いませんでしたよ?

確かに正確な時間は約束していなかった。
「では午前中に」とも約束したね。

うん、日常的な定義だと8時頃~12時までって感覚らしいし、天文学的には0時~12時までの時間帯らしいから午前中で間違いないね。

……今、8時過ぎだけど。

9時になれば店も開く?
成程、移動時間もばっちり視野に入れてのこの時間か。

なんて感じで、連れ攫われるように彼の予約した店にいた。

いかにも貴族御用達の感じの品のいいカフェ。
ピシッとした給仕服を着た店員に頭を下げられて通された個室はそれなりの広さがあり内装もお洒落しゃれだ。
開店時間が随分と早いが、モーニングもやっているのか、予約で例外的なのか。
……店内に客を見かけなかったことを考えると後者な気がする。

「朝食は頂きましたか?」

「あ、ああ軽く」

「ならば軽く摘める程度のものにしましょうか。こちらのセットを頼んであるんですが足ります?他になにか召しあがりたいものはありますか?」

皮張りのメニューを手渡しながら聞いてくるレイヴァンに平気だと首を振った。

「飲み物はどうします?」

「えっと……じゃあダージリンティーを。ストレートで」

流れるような問い掛けに半分以上のまれる勢いで口にすれば、店員へと顔を向けたレイヴァンがスラスラと注文をした。

「予約していたセットとダージリンティーを二つ。それからオレンジジュースも二つ。全て一度に持ってきてくれ」

「畏まりました」

頭を下げた店員が一度下がり、そしてすぐさま運ばれてきたワゴン。
白いクロスがかかったテーブルの上にそれらが並べられていく。

一口サイズの焼き菓子やケーキ、そしてサンドイッチなどフィンガーフードが盛られた二段のプレート。
芳しい香りを漂わせながら白磁に注がれる緋色が美しい紅茶。

……そしてその脇に用意されたオレンジジュース。

主食・茶菓子・飲み物と、特に希望しなかったコールドドリンクがテーブルの上にずらりと並ぶその様を見て思わずにはいられなかった。

……これって、話の途中で店員に来させねぇ為じゃね?

穿うがちち過ぎだと笑って欲しい。気の所為せいだと否定して欲しいけど「邪魔はいれさせねぇぞ?」って作為を感じるのは俺だけかな?

「ごゆっくりどうぞ」

そしてワゴンとともに去って行く店員さん。
それを見送り、テーブルの上で手を組んだレイヴァンがにっこりと笑った。

「これで邪魔ははいりませんね」

パタン、と閉められたドアの音と共に響いたその声に、気の所為せいなんかじゃないことを悟った。おぅふ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

モブらしいので目立たないよう逃げ続けます

餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。 まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。 モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。 「アルウィン、君が好きだ」 「え、お断りします」 「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」 目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。 ざまぁ要素あるかも………しれませんね

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。

異世界に召喚され生活してるのだが、仕事のたびに元カレと会うのツラい

だいず
BL
平凡な生活を送っていた主人公、宇久田冬晴は、ある日異世界に召喚される。「転移者」となった冬晴の仕事は、魔女の予言を授かることだった。慣れない生活に戸惑う冬晴だったが、そんな冬晴を支える人物が現れる。グレンノルト・シルヴェスター、国の騎士団で団長を務める彼は、何も知らない冬晴に、世界のこと、国のこと、様々なことを教えてくれた。そんなグレンノルトに冬晴は次第に惹かれていき___ 1度は愛し合った2人が過去のしがらみを断ち切り、再び結ばれるまでの話。 ※設定上2人が仲良くなるまで時間がかかります…でもちゃんとハッピーエンドです!

悪役に好かれていますがどうやって逃げれますか!?

菟圃(うさぎはたけ)
BL
「ネヴィ、どうして私から逃げるのですか?」 冷ややかながらも、熱がこもった瞳で僕を見つめる物語最大の悪役。 それに詰められる子悪党令息の僕。 なんでこんなことになったの!? ーーーーーーーーーーー 前世で読んでいた恋愛小説【貴女の手を取るのは?】に登場していた子悪党令息ネヴィレント・ツェーリアに転生した僕。 子悪党令息なのに断罪は家での軟禁程度から死刑まで幅広い罰を受けるキャラに転生してしまった。 平凡な人生を生きるために奮闘した結果、あり得ない展開になっていき…

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

処理中です...