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しおりを挟むひとまず急いで湯を用意した。
夏とは思えない肌寒さにこの雨だ。
びしょ濡れの体を温めなくては風邪をひいてしまう。
手早く湯を浴び、食卓に座ってからも重苦しい雰囲気は晴れなかった。
ゼリファンやカイルは作業的に口に運ぶ動作をするが、アレンに至っては「いりません」と何も食べようとしなかった。
事情を聞いたのは食事を終え、昼間と同じ部屋に移ったあと。
「一人、死者がでた」
組んだ腕に顎を乗せ、視線をあげないままゼリファンがぽつりと呟いた。
感情の乗らない声。
無感動ではなく、あらゆる感情を押し殺したが故に無機質な、そんな声音だった。
「俺らが到着する少し前、十に満たない少女が喰い殺された」
幾つもの息を呑む音。
嗚咽混じりにアレンが頭を覆って俯き、ソファの隣に座るカイルがその肩を抱えるように手をまわす。誰もが言葉を発せないまま、雨音だけがひどく耳障りに響いた。
「…………った」
それは雨音に混じるように。
「救え、な……った。……たすけ……かっ……っ!」
深い慟哭を零すアレンの瞳から零れるのはとめどない涙。
王子が、レイヴァンが、リーゼロッテ様がいくら慰めを口にしようとアレンはただ首を振る。
共に居たゼリファンやカイルが慰めを発さないのは、同じ悔恨を抱いているからだろうか。
「なんでっ……もっと早く、来てくれなかったんだ、って。そう言われた。オレ、オレっ……」
思わず息を呑み、呆然とカイルに肩を叩かれるアレンを見た。
ひどく苦いモノが胸に痞える。
「おそらくあの子の父親だろう」
淡々としたゼリファンの声に異物を飲み込んでしまったようなわだかまりを感じながら、「……助けられなかった」と呟くアレンをじっと見ていた。
重苦しい雰囲気に部屋に入ることを躊躇ったのか、扉の先の廊下で立ち止まった使用人が視界に入る。
軽く頭を下げる使用人に、それで意味は伝わったので頷き、目線で下がるように告げた。
胸に巣食う感情を吐き出すように大きく息を吐き出し瞳を閉じる。
気休め程度に気持ちを整え、席を立った俺はアレンの前に膝をついた。
固く握りしめられた両手をそっと持ち上げれば、虚ろな瞳が此方を見る。
「痛い?悲しい?」
指でそっと掌を開けば、爪の形に滲む血の痕。
親指で痕を撫ぜ、治療魔法で傷を癒す。
「苦しいのも、やり切れないのも当然だ。君は、“生きて” いるんだから」
「……?」
「その男性もきっと悲しくて、辛くて、やり切れなかったんだろう。亡くなってしまったその少女とは違い、彼も “生きて” いるから」
「君らが守ったんだろう?」と傷痕があった部分を親指でなぞれば、言葉の代わりに涙と嗚咽だけが返された。
頭を撫で立ち上がり、一同を見渡した。
部屋の隅にある時計の針は十時ちょっと。
「皆さまお疲れでしょうし体も冷えておいででしょう。お部屋の準備が整っております。何の持て成しもできませんが、どうかお身体をお厭いください」
就寝にはちょっと早いが思考の海に溺れてるより健全だろう。
落ち込んでる時にグダグダ悩んだってロクな答えなんてでない。そもそも答えがあるような問題でもないが。
「お腹も減っているだろう?部屋に夜食を用意してあるから、休んで気が向いたらでもいいから食べなさい」
缶詰を使ったホットサンド的な簡単お夜食だけど……。
いやだって、来客見込んでなかったからしゃーないのよ。
「皆さまのお部屋にもご用意してあります。あまり夕食を召し上がってらっしゃいませんでしたし、宜しければお召し上がりください」
アレンを支えながら拝むように軽く手を掲げたカイルに首を振り、客人たちを部屋へと見送った。
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