53 / 121
53
しおりを挟む「どうぞこちらへ」
客人を室内へと招き入れる。
にこやかな笑みを浮かべつつ、心の中は「すまん」という思いでいっぱいだ。
視線の隅、恭しく頭を下げながらも高貴すぎる客人たちにカッチコチな使用人たちに対して……。
シエルを連れて一時帰宅した別荘で経緯を告げれば使用人たちは阿鼻叫喚だった。
ただでさえ突然の客人、ましてや王族までいるとなれば当然か。
雨はますます勢いを増すばかり。
ビュウビュウと鳴る風が樹々を揺らしうねるように吹き抜ける。
「急に押しかけて済まなかったな。だがお陰で助かった」
「いいえ。災難でしたね。地元の人間が天気さえ回復すれば半日もあれば橋は復旧するだろうと言っていましたよ」
室内にほっと息を吐く音が幾つか漏れた。
なんせ魔法のある世界。
建造物の復旧作業は吃驚するぐらい早いのだ。
いやぁ、魔法って便利!
使用人たちが大急ぎで客室を整えてくれているだろう間、大広間で寛いで貰っていると使用人に呼ばれた。
焦りを浮かべたその表情にティーカップをソーサーへと戻し立ち上がる。
直前に響いたドアノッカーの音。十中八九用件はそのことだろう。
部屋を出て入口で控える使用人へと歩み寄る。
「魔獣の群れが人里へと迷い出たようです」
「何だってっ?!」
押し殺した声での報告に思わず声を上げてしまい慌てて口を押さえた。
「それが……森で落雷があり山火事が発生したようで、森から逃げてきたものと思われます。山火事自体はこの雨で無事鎮火しているそうです」
「被害状態は?」
質問には重々しく首を振られた。
危険を知らせに街の者が知らせに来てくれたが詳しい状況はわからないらしい。
「失礼、どうかなさいましたか?」
重々しい雰囲気を察したのだろう。
近寄って声を掛けてきたのは近衛騎士のマルクさんだ。
部屋の中からはレイヴァンたちも不安そうにこちらを見ている。
「それが……」
迷った末に聞いてばかりの報告を告げた。
「俺が行こう。場所はわかるか?」
立ち上がったゼリファンに「え、でも」と戸惑う間にもゼリファンは知らせを受けた使用人へと視線を走らせる。
「えっと、はい。おおよその場所ならば……」
強い視線と高名な英雄の存在に気後れしたようにしどろもどろに使用人が答える。
「殿下らの護衛はお前たちが残れば十分だろう」
「ああ、わかった」
ゼリファンとマルクさんの間で短い遣り取りがなされ、ゼリファンが上着を着こみ剣を手にした。
「俺も行きます!」
「オレも!!」
カイルとアレンもゼリファンに続いた。
同じく立ち上がろうとした王子は近衛騎士らに止められた。
玄関にまだ知らせを届けてくれた街の者がいるらしいので俺もゼリファンらと向かった。
馬車を用意しつつおおよその位置などを確認する。
ドアを開けば風がぶつかるように吹き付けてきた。部屋の中とは非にならないぐらい風と雨の音が荒れ狂うように鳴り響く。
「どうかお気をつけて」
それ以外に見送る言葉も持たぬまま、彼らの背を見送った。
141
お気に入りに追加
806
あなたにおすすめの小説
麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。
無気力令息は安らかに眠りたい
餅粉
BL
銃に打たれ死んだはずだった私は目を開けると
『シエル・シャーウッド,君との婚約を破棄する』
シエル・シャーウッドになっていた。
どうやら私は公爵家の醜い子らしい…。
バース性?なんだそれ?安眠できるのか?
そう,私はただ誰にも邪魔されず安らかに眠りたいだけ………。
前半オメガバーズ要素薄めかもです。
その部屋に残るのは、甘い香りだけ。
ロウバイ
BL
愛を思い出した攻めと愛を諦めた受けです。
同じ大学に通う、ひょんなことから言葉を交わすようになったハジメとシュウ。
仲はどんどん深まり、シュウからの告白を皮切りに同棲するほどにまで関係は進展するが、男女の恋愛とは違い明確な「ゴール」のない二人の関係は、失速していく。
一人家で二人の関係を見つめ悩み続けるシュウとは対照的に、ハジメは毎晩夜の街に出かけ二人の関係から目を背けてしまう…。
BL漫画の世界に転生しちゃったらお邪魔虫役でした
かゆ
BL
授業中ぼーっとしていた時に、急に今いる世界が前世で弟がハマっていたBL漫画の世界であることに気付いてしまった!
BLなんて嫌だぁぁ!
...まぁでも、必要以上に主人公達と関わらなければ大丈夫かな
「ボソッ...こいつは要らないのに....」
えぇ?! 主人公くん、なんでそんなに俺を嫌うの?!
-----------------
*R18っぽいR18要素は多分ないです!
忙しくて更新がなかなかできませんが、構想はあるので完結させたいと思っております。
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
俺はゲームのモブなはずだが?
レラン
BL
前世で、妹に無理やりプレーさせられたBLゲームに、モブとして転生してしまった男。
《海藤 魔羅》(かいとう まら)
モブだから、ゲームに干渉するつもりがなかったのに、まさかの従兄弟がゲームの主人公!?
ふざけんな!!俺はBLには興味が無いんだよ!!
孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話
かし子
BL
養子として迎えられた家に弟が生まれた事により孤独になった僕。18歳を迎える誕生日の夜、絶望のまま外へ飛び出し、トラックに轢かれて死んだ...はずが、目が覚めると赤ん坊になっていた?
転生先には優しい母と優しい父。そして...
おや?何やらこちらを見つめる赤目の少年が、
え!?兄様!?あれ僕の兄様ですか!?
優しい!綺麗!仲良くなりたいです!!!!
▼▼▼▼
『アステル、おはよう。今日も可愛いな。』
ん?
仲良くなるはずが、それ以上な気が...。
...まあ兄様が嬉しそうだからいいか!
またBLとは名ばかりのほのぼの兄弟イチャラブ物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる