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「どうぞこちらへ」

客人を室内へと招き入れる。

にこやかな笑みを浮かべつつ、心の中は「すまん」という思いでいっぱいだ。

視線の隅、恭しく頭を下げながらも高貴すぎる客人たちにカッチコチな使用人たちに対して……。

シエルを連れて一時帰宅した別荘で経緯を告げれば使用人たちは阿鼻叫喚あびきょうかんだった。
ただでさえ突然の客人、ましてや王族までいるとなれば当然か。

雨はますます勢いを増すばかり。
ビュウビュウと鳴る風が樹々を揺らしうねるように吹き抜ける。

「急に押しかけて済まなかったな。だがお陰で助かった」

「いいえ。災難でしたね。地元の人間が天気さえ回復すれば半日もあれば橋は復旧するだろうと言っていましたよ」

室内にほっと息を吐く音が幾つか漏れた。

なんせ魔法のある世界。
建造物の復旧作業は吃驚びっくりするぐらい早いのだ。
いやぁ、魔法って便利!

使用人たちが大急ぎで客室を整えてくれているだろう間、大広間で寛いで貰っていると使用人に呼ばれた。
焦りを浮かべたその表情にティーカップをソーサーへと戻し立ち上がる。
直前に響いたドアノッカーの音。十中八九用件はそのことだろう。

部屋を出て入口で控える使用人へと歩み寄る。

「魔獣の群れが人里へと迷い出たようです」

「何だってっ?!」

押し殺した声での報告に思わず声を上げてしまい慌てて口を押さえた。

「それが……森で落雷があり山火事が発生したようで、森から逃げてきたものと思われます。山火事自体はこの雨で無事鎮火しているそうです」

「被害状態は?」

質問には重々しく首を振られた。
危険を知らせに街の者が知らせに来てくれたが詳しい状況はわからないらしい。

「失礼、どうかなさいましたか?」

重々しい雰囲気を察したのだろう。
近寄って声を掛けてきたのは近衛騎士のマルクさんだ。
部屋の中からはレイヴァンたちも不安そうにこちらを見ている。

「それが……」

迷った末に聞いてばかりの報告を告げた。

「俺が行こう。場所はわかるか?」

立ち上がったゼリファンに「え、でも」と戸惑う間にもゼリファンは知らせを受けた使用人へと視線を走らせる。

「えっと、はい。おおよその場所ならば……」

強い視線と高名な英雄の存在に気後れしたようにしどろもどろに使用人が答える。

「殿下らの護衛はお前たちが残れば十分だろう」

「ああ、わかった」

ゼリファンとマルクさんの間で短い遣り取りがなされ、ゼリファンが上着を着こみ剣を手にした。

「俺も行きます!」

「オレも!!」

カイルとアレンもゼリファンに続いた。
同じく立ち上がろうとした王子は近衛騎士らに止められた。

玄関にまだ知らせを届けてくれた街の者がいるらしいので俺もゼリファンらと向かった。
馬車を用意しつつおおよその位置などを確認する。
ドアを開けば風がぶつかるように吹き付けてきた。部屋の中とは非にならないぐらい風と雨の音が荒れ狂うように鳴り響く。

「どうかお気をつけて」

それ以外に見送る言葉も持たぬまま、彼らの背を見送った。
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