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その後

いまはもはやただの趣味 5

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先ほど黒曜が口にした通り、陵王が女装をはじめた切っ掛けは彼の存在が関係する。


「陵王様が皇太子であられたのなら……」

そんな言葉を漏らしたのは当時の陵王の心酔者の一人だった。

当時、皇帝であった黒曜と陵王の父が病に倒れ、代替わりをする最中のことだった。

雑談をしていた若い官僚たちは扉の音に振りむき、周瑜の姿に酷く慌てた。

「あなたたち……」

厳しい表情をした周瑜を前に狼狽え、青褪め、慌てて言い訳の言葉を探す男たち。
だけど周瑜の口から処罰する言葉が続くことも、彼らの口から意味のない言い訳が紡がれることもなかった。

共に執務室を訪れた傍らの陵王が無言で男へと歩み寄り……。

男の身体が宙を舞った。
壁にぶつかり崩れ落ちる身体。

「りょ、陵王、様……」

驚く男たちの表情には紛れもない怯えが浮かんでいた。

周瑜も思わず息を飲んだ。

なんの表情もない陵王の顔。

男を殴りつけた拳もそのままに、静かに怒りを露わにするその姿は美しいがだけに恐ろしかった。
いつもくるくると表情を変える姿とはまるで別人のような、冷たく、だけど壮絶なまでに美しい横顔。

「なぁ、お前、大事な人間っている?」

「……へ?」

「親、兄弟、恋人、友人……大切なやつっているか?」

平坦な声で問いながら、戸惑いつつもそれに頷いた男にふぅんと冷えた視線を向ける。

「でもさ、そいつら全員、別に死んでもいいわけだ」

「なっ、なにを……?」

「それとも科挙の試験受かってんのに“不敬罪”って言葉も知らない?」

「おっ、お許しくださいっっ!!」

顔色を失い、頭を地に擦り付けて謝罪する男の旋毛を見下ろし、陵王は男の髪を掴んで顔をあげさせた。
そして一言。

「じゃあ失せろ」

意味を掴めずパチパチと瞬きする男へと宣告するように言い聞かす。

「辞表を出していますぐ消えれば見逃してやる。二度と俺の視界に入るな。もし入ったら……その時はわかるな?」

ガクガクと震え出し縋る目を向けてくる男は「聞こえなかったか?」と問われ、震える足で部屋を去った。

沈黙に包まれた部屋で、陵王が視線を向ければ雑談に加わっていた者もそうでない者達も一斉に肩を揺らす様を見て陵王は小さく笑った。

「皇帝が暗君なら国は衰え民は喘ぐ。領地や権力を求めれば戦争が起こって命なんて無意味に散ってく。なぁ、わかってんのか?」

冷笑を浮かべて冷ややかに陵王は問いかける。

「いまは戦も飢饉もない。国に求められるのは安定して平穏な時世なんだよ。それがどれだけ貴重で価値があるものかわかってるか?それとも……実際に自分や身内が被害にあわなきゃ駄目か?」

口も開けない一同を見渡して、持っていた書簡をどさっと近くの机へと置いた。

「俺が皇太子なら?馬鹿らしい。兄上こそこの太平に世に相応しい理想的な主上になられる御方だ」

ハッと嗤った陵王は静かな声でそう告げて、扉へと足を向けた。

通り過ぎ様、周瑜へと

「悪りぃ、周瑜。ちょっと頭冷やしてくるわ。あーもームカつく」

いつも通りの声音に戻ってそう言い残しそのまま部屋を出て行った。


陵王が女装をして職場に現れたのはその翌日だった。

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