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しおりを挟むただ純粋に婚約を喜ぶ気持ちはともかくとして、誰かにとられないためとかそんな心配は不要だ。
だって……。
足の間で身をよじって義兄さまの方を向く。
両手で頬を包んで、ほっぺをむにっとつまんだ。
びよ~ん!
……義兄さまのほっぺはあんまり伸びがよくないな。
「“僕が” ギルを “選んだ” んだ。それにギルは僕の義兄さまで家族なんだからずっと一緒は当然」
幼い子に言い聞かすようにゆっくりとそう告げる。
いつもとはまるで逆だ。
「ギルがなにを不安がってるのか知らないけど、そんな必要全然ないんだよ」
他の誰かが僕を欲しがったって、僕はモノじゃないんだ。
むしろ僕が選ぶ立場!!
いまだにギルは養子だとか自分の立場を気にしているんだろうけど……第一それを覆すために実力と実績を積んだんじゃないか。
そうして僕の婚約者候補として相応しい立ち位置についた。
ならば僕は選ぶだけだ。
「僕はギルが好き。だから僕の婚約者はギルなの」
伸びないほっぺをむぎゅっとつぶす。
ふふっ、変な顔。
「僕に好かれてうれしい?ずっと一緒にいれてうれしい?」
いたずらっぽく笑いながら覗きこめば、間が抜けた顔をさらしていた義兄さまの表情がみるみる蕩けた。
できたてホヤホヤのホットケーキのうえにのせたバターみたいにとろとろで、染みだすほどのハチミツみたいに甘々だ。
「うれしい。心の底から嬉しいよ」
「ぐえっ!義兄さま、苦しいぃ」
思いっきり抱きしめられ、プハッ!と押し付けられた胸から顔をあげて抗議する。
ごめん、ごめん、なんて謝る義兄さまは力は緩めてくれるものの腕の拘束は解いてくれない。
「本当にうれしいよ。愛してる。愛しい私のセレナード」
顔中にキスの雨が降り注いだ。
チュッ、チュッと落とされる唇がくすぐったい。
そして気付けば使用人たちの姿がなかった。
我が家の使用人たちは空気を読むスキルも一流だ。
結局、ご機嫌な義兄さまによるハグとキスの雨、それから豊富な語彙に関心してしまう程の愛の言葉は「そろそろお時間です」と使用人が呼びにくるまで続いたし、馬車の中でも至極ご機嫌だった。
パーティーでの婚約発表も無事終わり、僕たちは正式に婚約者になった。
会場にいた僕やギルを狙っていた多くの令息・令嬢が涙をしたとかいう話だけど、興味もないし詳しくは知らない。
楽しみにしていたお城のケーキはやっぱり絶品だったし、ラーニャ国の劇団の出し物も素敵だった。
それから数日後にはアギア殿下と最後のお茶会もして、名残惜しいけどお見送りもした。
「機会があればぜひ我が国にもお越しください」
そう言葉をかけてくれたアギア殿下をバイバイとお見送りする。
せっかく仲良くなれたお友だちが帰国してしまうのはやっぱり悲しい。
心なしかギルも寂しそうだし、通じ合ってたっぽいエリオットも「ああ、機会があれば」と当初よりかなり砕けた言葉で応じていた。
行ったことのないラーニャ国。
冬は生活に困るほどの雪に覆われる地域もあるけど、一面の雪に覆われた白銀の世界は幻想的なまでに美しいらしい。
真っ白な雪が生み出す世界は白というよりいっそ蒼で、音のない静寂にまるで別世界に迷いこんでしまったかのような心地がした。
そう、ギルは語っていた。
ギルが見たというその景色を、いつか僕も見てみたい。
もちろん、そのときはギルといっしょに。
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