麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴

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「……やっと、やっとだ」

唇を笑みの形につり上げてそう呟く義兄さまの声音にはやたらと感慨がこもっている。
あとなんか怨念めいた黒いなにかもうっすらと。

それでもその黒いなにかを打ち消すほどにその顔に浮かぶのは晴れやかな笑顔だ。

パチパチと鳴る拍手の音と、「おめでとうございます」の声。

ひらひらと花びらまで舞いてくれる使用人だが…………お部屋でまくのは掃除が大変じゃないのかな?
あっ、別の使用人が拾ってる。

なんで義兄さまがこんなにもご機嫌かというと、今日はお城でパーティーがあるから。

帰国をするアギア殿下を主賓とした例のパーティーだ。

義兄さまがアギア殿下と喧嘩をして「ようやくあいつが帰る」って喜んでいるわけでは当然ない。
アギア殿下とは最後にお茶会をする約束だってしてるし、帰国の日はお見送りだってするぐらい仲良しだ。

平気そうにしてるけど、ギルだってお友だちが遠い国に帰ってしまうのは本当はさみしいだろう。

だからこんな風に珍しく浮き足立っている理由は、アギア殿下の送迎というパーティーの本来の目的ではなく…………今日のその場で僕らの仲、つまりは婚約を発表するからだ。

「これでようやく邪魔な虫どもを廃除する理由ができる」

クッ、ククク……。

なんだかちょっと悪役っぽい笑い方の義兄さまは足の間に座った僕を後ろからぎゅっと抱きしめたまま喉を鳴らす。

首もとに顔を軽く埋めるような体勢なので振動で揺れる義兄さまの髪が首筋に当たってくすぐったい。
身をよじるように顔を向ければ、実に悪い表情をしていた。

これまでだって “兄” の立場を使って近寄ってくる面倒な人たちを廃除してくれていたはずなのに、義兄さま的には到底足りなかったようだ。

すごく鬱憤がたまってそう。

まぁ、 “兄” と “婚約者” では立場も違うし、僕の求婚者を蹴散らすって意味では後者のほうが効果があるのは確かだけど……。

「呆れてる?」

「ん~ん、別に」

イキイキしてるなーっていう僕の視線に気付いたんだろう。
黒い笑みを消した義兄さまはほんの少し眉を下げた。

質問にはゆるく首をふる。

他国の王族にも祝われる場での正式な婚約の発表。

珍しくも浮かれているギルとは違い、僕はといえば至って落ちついている。

正直、今日のそのイベントに興味があるかといえばそんなにない。

なんならパーティーでどんな料理がでるかなーっていう方が興味深かったりする。お城のパーティーで出るケーキは絶品。
あとラーニャ国の劇団さんの演し物とかも楽しみ。

当然、そんな僕に気づいている義兄さまは自分ばかりが婚約を喜んでいるようで気にしているのかも知れないけど…………。

「だって当然だし」

ぽつりと呟いた言葉はしっくりときて、うんうんと自分で納得。
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