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28話 カオスドッジボール
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大きな公園。そこで僕らはドッジボールをやっていた。いや、強制的にやらねばいけない状況に陥っていた。何故なら、僕らはドッジボールの怪異に取り込まれてしまっていたからだ。
「な、なんでこんなことに……」
「もうやだ。おうちに帰りたいよぉ」
空気と化している僕の傍らで、生き残っている他の子たちが怯えながら震えていた。そんな子たちにボールは容赦なく襲ってくる。投げてきたのは、怪異に手足のように使われている子だ。
ボールを当てられた子はまるでゾンビになるかのごとく、怪異率いる相手チームになってしまう。しかも、本人の意識は失われて本当のゾンビみたいに白目を向いている。何とか状況を打開したいところだけど、ドッジボールにおいて僕は空気になるだけしか出来なかった。
「う、うわあああ」
既に戦意を失っていた子は腰を抜かしていて、両腕で顔面を防ぐのが精いっぱいのようだった。あわや、ボールが当たるかと思われたその時、一つの影が前へと立ち塞がった。
「大丈夫か?」
ボールを軽々と受け止めて腰を抜かしている子へと手を差し出したのは、我らがエースであるコウキ君だった。彼は怖いものが苦手のはずなのに、心の底からドッジボールを楽しんでいるからか爽やかな笑みを浮かべていた。だが、コウキ君の表情には疲れが見え始めていた。
「あっ、しまった!」
コウキ君が引っ張り起こした拍子に、左腕に絡めるようにして持っていたボールが地面へと零れ落ちる。ボールはコロコロと転がり、一つの影の下へと辿り着いてしまった。
(そ、そんな……。せっかくコウキ君が頑張ってくれていたのに……)
影の主は、ついにこの時が来たと言わんばかりにすぐさまボールを拾い上げた。そして、獣のような雄たけびを上げた後に渾身の力を込め始める。
「あ、あぶない! みんなにげてー!!」
空気になるのを忘れて、僕は無我夢中で叫んでいた。だが、時すでに遅く、もり上がる筋肉から放たれたボールは相手チームに向かっていく。
「コントロールがいまいちだったか。これでは来年も……」
投げた張本人は自身の不甲斐なさに憤っていたが、他のみんなは目を丸くしていた。それもそのはずだ。投げられたボールは地面を抉ってめり込んでいたのだから。
(今は味方が一番恐ろしいよ)
僕はぶつぶつと言いながら考え込んでいるガイ君を見つつ、数十分前のことを思い出す――。
◇
「おーい、マルもドッジやろうぜ!」
散歩がてら公園をぶらついていると、見知った顔が呼びかけてきた。ドッジをやろうものなら、いつの間にか増えていると言われているコウキ君だ。
「今日もドッジボールやるんだね」
僕は苦笑いしつつも、コウキ君のもとへと歩み寄った。彼はここ数日間、毎日のように公園でドッジボールばかりやっているのだ。
「もちろんだ。晴れてたらドッジ日和だからな」
「ドッジ日和って、どんだけ好きなのさ」
「で、マルも参加してくれるんだよな?」
「んー、参加してもいいけどさ。僕、弱いよ?」
僕が投げるボールは、いつも簡単に捕られてしまう。下手したら一年生相手でも捕られてしまう自信が僕にはあった。
「何言ってるんだよ。マルには消える球があるじゃないか。今日こそあの秘技を教えてくれよな」
コウキ君は笑いながら背を叩いてきたけど、僕にはまるっきり身に覚えがなかった。
「空気になるコツなら教えられるけど?」
「空気か。それもすごいけど、俺は死闘を繰り広げたいから教わっても使う機会はなさそうだな」
「そっか。それなら教えられることはなさそうだね」
「いやいや、消える球があるじゃん」
何かよくわからないことを言ってくるコウキ君のことを聞き流しながら、集まっていた面々を見やる。数人は同じ学校にいる子っぽいけど、何人かは見た覚えがない子だった。コウキ君のことだから、きっとたまたま公園にいた子にでも声をかけたに違いない。現に僕も声をかけられてるからね。
「ねぇ、お兄さんたち。まだドッジボールを始めないの?」
僕より三つ年下っぽい子が待ちかねたらしく、声をかけてきた。
「あ、わるいわるい。そんじゃ、さっそく始めますか」
僕らは二手になり、ドッジボールを開始する。味方チームは、コウキ君を含めた十一人。もちろん、相手チームも十一人……だったはずなのだが、何故か一人増えていた。しかも、場の空気がよどみ始めていた。
(これは……間違いない。怪異だ)
ドッジボールのコートを円状にして、徐々に霧のようなものが立ち込め始める。殆どの子たちは異変に気づいて動揺していたけど、まったく気にも止めない者もいた。コウキ君と相手チームの子たちだ。
コウキ君はただ単にドッジボールに集中しているからみたいだけど、相手チームの子たちは違っていた。黒い霧のようなモノが入り込んで白目を向いてしまっていたのだ。
「な、なにこれ。みんなどうしたの?」
僕のチームの女の子が戸惑っていると、ボールが彼女へと飛んでいった。当たったと思った次の瞬間、彼女の口の中に黒い霧が入り込んでいき、身を震わせ始めてしまった。
「ねえ、大丈夫?」
心配した子が声をかけていたけど返事はなく、程なくして彼女は何事もなかったように相手チームのコート内へと歩いて行った。
「うわあああ」
彼女の顔を見てしまった子たちが錯乱してコート内から出ようとしていたけど、見えない壁に阻まれていたらしく逃げ出せずにいた。
どうやらこの怪異は、ボールに当たった人を傀儡にしてしまうらしい。しかも、コート内からは逃げ出すことも不可。そうなると、ここから脱出する術は一つしかなさそうだった。
「へぇー、当たると相手チームにいくルールなのか。面白いじゃん」
頼みの綱のコウキ君は新しいルールだと思ってくれたらしく嬉しそうにしていた。
「コウキ君、彼女に当ててみて」
「了解!」
コウキ君がボールを捕られにくい足へと目がけてボールを投げる。立ち尽くしていた女の子の足に当たると、彼女は黒い霧が抜け出ると共に崩れ落ちてしまった。
(呪縛からは解放されたみたいだけど……)
崩れ落ちた女の子は、コート外へと運び出されて寝かされた。どうやら、相手チームをすべて倒さないとここから出ることは出来ないようだ。
「相手チームに移動した場合は、次当たると退場するのか」
コウキ君はルールを把握して納得していたけど、一人数が減ってしまった怪異チームの親玉は余裕の笑みを浮かべていた。どうにも、今しがたのはルールを把握させるためにわざと当たったみたいだ。きっと、これからはそううまくはいかないのだろう。
「く、また避けられたか」
案の定、僕らは苦戦を強いられていた。どんなにうまく投げても簡単に避けられてしまうからだ。
「あのステップをどうにかしないとダメか」
コウキ君の言うステップ。実はステップなんてものではなかった。あれは、怪異によって傀儡にされてしまった人が、物を浮かせるがごとく移動させられているにすぎなかった。
「変化球何てどうかな」
「それだ! さっそく試してみるぜ!」
コウキくんの投げたボールが弧を描くようにして飛んでいく。補足されたと思られている標的は、スッとスライドして避けていった。
「狙いはそっちじゃないぜ」
ボールは本来の獲物に命中して、地面へと転がり落ちた。
「なかなかやるね」
怪異はそう言った後に、傀儡にボールを拾わせた。
「今度はこちらが面白いものを見せてあげるよ」
傀儡から投げられたボールは、僕らが届かないぎりぎりの高さで外野へと渡った。今度は外野から内へとパスが回される。何度も繰り返されたかと思った矢先に、狼狽えてしまった味方の一人に当たってしまう。
これで僕らは残すところ五人にまで減らされてしまった。
「まだまだ続くよ。避けられるかな」
僕らをあざけ笑うかのように怪異は言ってきた。
「上等だ。避けるだけじゃなく、捕ってみせるぜ!」
コウキ君は奮起してみせたけど、他の人たちはそうもいかなかった。白目を向いてしまった仲間に動揺して、また一人犠牲者が出てしまう。
「ついに半分になっちゃったね。おやおや、どうしたのかな? そんなに怯えて」
怪異の言う通り、仲間の二人がこれまで以上の怯え方をみせていた。顔は青白くなってしまっていて、血の気が引いてしまっているようだった。
(……これじゃ無理もないか)
今や地面だったものの面影はなく、足元には肉塊のようなものが脈打っていた。どうやら、恐怖を糧にして怪異が成長してしまったみたいだ。この状況だとコウキ君がまずいかも。そう思い、彼の様子を窺うが怯えている様子は見受けられなかった。
「まだまだ、ここからだぜ!」
この状況が目に入っていないらしく、コウキ君は頼もしいことを言っていた。だけど、僕以外の二人は既に戦意を喪失してしまっているので状況は劣勢のままだった。
「頼もしいことを言ってくれるね。だけど、周りをよく見てごらん。ほら、キミ以外はもうダメみたいだよ」
怪異の言う通り、外野までもが恐怖で腰を抜かしてしまっていた。僕はというと端っこで空気になることに徹していた。お陰で怪異は気づいていないようだった。
「クッ、だが二人だけでもやってみせるさ」
コウキ君には人数を把握されているみたいだけど、今は言わないで欲しかったな。僕じゃ、ボールを捕れる気がしないからね。
「意気込むのはいいけどこのまま一方的っていうのもつまらないね。そうだ、近くに一人いるみたいだし、その子も助っ人要因として参加させてあげるよ」
そして、招き入れられてしまったのがガイ君だった。
◇
「……あんなの当たったら死んじゃうよ」
戦意を失っていた子の一人が、今度は別の意味で怯え始めた。
「ガイ、凄いんだけど今の技禁止な。流石に小さい子もいるし危ないからな。あ、でもあとで俺にさっきの技撃ってみてくれないか。捕れるか試してみたいからさ」
疲労をみせていたはずのコウキ君だけど、ガイ君の放ったボールを見たことによりその瞳は輝いていた。
(いやいや、コウキ君でも流石に危ないと思うよ。あんなのを捕れるのなんてヘンタイさんや苑珠君くらいしかいないんじゃないかな)
「……バケモノ。あんな技を撃つ奴がいたなんて……。だけど、今の技はもう撃てないみたいだね。それじゃあ、まずは周りから削らせてもらうよ」
怪異はそう言うと、ボールを傀儡に拾わせた。めり込んでいた地面は、今は脈打つのをやめていた。ガイ君のボールの影響ではなく、皆の恐怖の対象がガイ君へと移ったためだろう。その証拠に、僕らの周りの肉塊全てが波打つのを止めていた。
「おい、マル狙われてるぞ!」
ガイ君の声が聞こえて意識を前へと向けると、ボールはまっすぐ僕目がけて飛んできていた。
(しまった! 油断した。さっき大きな声を出したことで気づかれていたのか)
僕は慌てながらもボールを捕る為に身構える。その直後、ボールから遮るように一つの影が立ちふさがった。
コウキ君だ。僕を守るためにかけつけてくれたんだ。安心したのもつかの間、ボールはコウキ君の肩に当たってしまい上空へと飛んでいく。
「クッ……。マルあとは頼むわ。……あの消える球見せてくれよ」
コウキ君は疲労のせいか、諦めかけていた。だけど、まだ判定は決まってはいない。
「ガイ君、ボールをお願い!」
「おう、まかせろ! ……うおっ!」
ボールを捕るために駆け付けようとしてくれたガイ君だけど、肉塊に足を取られて転んでしまった。
(こうなったら僕がやるしかない!)
黒い霧に覆われ始めてしまったコウキ君をよそ目に、僕は意を決して空を見つめる。見据えるは落ちてくるボール。とれる自信はないけど、やってみせる。そう決意したとき、どこからもなく聞き覚えのある声がして、僕の意識はそちらへと移ってしまった。
「お、なんだ? ドッジボールをやってるのか。俺も混ぜてくれよ!」
声の主は苑珠君だった。彼は素早く走ってきたかと思うとスライディングしてボールを受け止めてしまった。
「――何で人がここに? 僕は招き入れていないはずのに……」
怪異は明らかに動揺していた。招き入れていない苑珠君が来てしまったせいだろう。だけど、怪異はもう一つの個体を見逃していた。
「苑珠、助かったわ。ありがとな」
「おう、いいってことよ」
コウキ君が礼を言うと、苑珠君は爽やかに笑って見せた。と、その時、試合の再開を知らせる笛の音が響き渡る。今までは鳴ることがなかった音。それもそのはずだ。鳴らしているのは、見逃してしまった個体――ヘンタイさんだからだ。
ヘンタイさんはサッカーボールの様なコスチュームを纏って、真ん中にある顔から笛を吹き鳴らしていた。
「催促されているみたいだな。よーし、それならとっておきを見せてやるとしますかね」
「とっておきか。つまりアレをやるんだな」
一体彼らは何をやるつもりなのだろうか。ガイ君は何故か苑珠君を両手で持った後に回り始めた。対して、苑珠君はというとボールも持ったまま不敵に笑っていた。
「うおおおりゃあああ!」
振り回された苑珠君が勢いよく相手のチームへと飛んでいく。
「そこだああああああああ!」
まっすぐ飛んでいる苑珠君がボールを放った。ボールは、一人目に当たったかと思うと反射して次々に他の人たちに当たっていく。その光景はまるで、あの時の豆のようだった。
「ハハハ、豆まきの時みたいだな」
コウキ君は笑いながら地面に腰を下ろしていたけど、きっとその瞳は燃えているはずだ。彼ならあの人間離れした技をみても対抗心を燃やすはずなのだから。
「な、なんなんだよ、お前らはー!」
怪異は傀儡を避けさせようと動かすが、いくつかの的に当たったあとに苑珠君の手元に戻ってくるボールには対処出来てはいなかった。
「これで終わりだああ!」
最後の一撃が怪異に命中する。それとともに、苑珠君は回転して地面へと着地した。
「クソ、ボクガマケルナンテ……」
怪異は悔しがっているのか、手で地面を叩いていた。叩かれている地面は見慣れた土に変わっていて、周りの景色も元へと戻っていた。試合に勝利したことにより僕らは解放されたようだ。
「新ルール面白かったぜ。またやろうな」
悔しがる怪異に対して、コウキ君は歩み寄り手を差し出した。
「……! う、うん」
怪異は笑みを浮かべるコウキ君に惹かれるように手を差し出そうとした。きっとスポーツ漫画とかだとこのまま握手を交わすのだろう。だけど、今目の前には捕食者が待ちわびていた。
「ハァハァ、やっと終わったね。それじゃあ、いこうか」
捕食者はボールの上半分を開けると、怪異である少年を飲み込んだ。そして、再び上部を閉じるとコロコロとどこかへと転がっていった。
「えーと、今のは親御さん……なのか?」
差し出した手の居場所を失ってしまったコウキ君が、困惑しながらも考えうる答えを口にしていた。また、僕の近くでは気絶していた子たちが次々に目を覚ましていた。
「あれ? 僕寝ちゃってた?」
あの世界のことをすっかり忘れているのか、傀儡になってしまっていた子たちは眠気眼をこすっているだけだった。対して、取り込まれなかった子たちはというと……。
「さっきの技どうやるの? 僕たちにも教えてよ!」
苑珠君とガイ君のことを取り囲んでいた。
「あー、さっきのはまだ改良途中だから教えることは出来ないな」
「えー、ケチー」
「だけど、豆まきの時に披露した技なら教えてあげられるな」
「えっ!? なにそれ? 教えて教えて」
気づくと苑珠たちによる投げ技教室が始まっていた。
(今度あの怪異と対戦することがあったら、みんな苑珠君たちみたいになってたりして……)
ふいに過ぎった考えを拭いながら空を見つめる。空は青く澄み渡っていて、赤く染まるまでにはまだまだ猶予があるようだった。
「な、なんでこんなことに……」
「もうやだ。おうちに帰りたいよぉ」
空気と化している僕の傍らで、生き残っている他の子たちが怯えながら震えていた。そんな子たちにボールは容赦なく襲ってくる。投げてきたのは、怪異に手足のように使われている子だ。
ボールを当てられた子はまるでゾンビになるかのごとく、怪異率いる相手チームになってしまう。しかも、本人の意識は失われて本当のゾンビみたいに白目を向いている。何とか状況を打開したいところだけど、ドッジボールにおいて僕は空気になるだけしか出来なかった。
「う、うわあああ」
既に戦意を失っていた子は腰を抜かしていて、両腕で顔面を防ぐのが精いっぱいのようだった。あわや、ボールが当たるかと思われたその時、一つの影が前へと立ち塞がった。
「大丈夫か?」
ボールを軽々と受け止めて腰を抜かしている子へと手を差し出したのは、我らがエースであるコウキ君だった。彼は怖いものが苦手のはずなのに、心の底からドッジボールを楽しんでいるからか爽やかな笑みを浮かべていた。だが、コウキ君の表情には疲れが見え始めていた。
「あっ、しまった!」
コウキ君が引っ張り起こした拍子に、左腕に絡めるようにして持っていたボールが地面へと零れ落ちる。ボールはコロコロと転がり、一つの影の下へと辿り着いてしまった。
(そ、そんな……。せっかくコウキ君が頑張ってくれていたのに……)
影の主は、ついにこの時が来たと言わんばかりにすぐさまボールを拾い上げた。そして、獣のような雄たけびを上げた後に渾身の力を込め始める。
「あ、あぶない! みんなにげてー!!」
空気になるのを忘れて、僕は無我夢中で叫んでいた。だが、時すでに遅く、もり上がる筋肉から放たれたボールは相手チームに向かっていく。
「コントロールがいまいちだったか。これでは来年も……」
投げた張本人は自身の不甲斐なさに憤っていたが、他のみんなは目を丸くしていた。それもそのはずだ。投げられたボールは地面を抉ってめり込んでいたのだから。
(今は味方が一番恐ろしいよ)
僕はぶつぶつと言いながら考え込んでいるガイ君を見つつ、数十分前のことを思い出す――。
◇
「おーい、マルもドッジやろうぜ!」
散歩がてら公園をぶらついていると、見知った顔が呼びかけてきた。ドッジをやろうものなら、いつの間にか増えていると言われているコウキ君だ。
「今日もドッジボールやるんだね」
僕は苦笑いしつつも、コウキ君のもとへと歩み寄った。彼はここ数日間、毎日のように公園でドッジボールばかりやっているのだ。
「もちろんだ。晴れてたらドッジ日和だからな」
「ドッジ日和って、どんだけ好きなのさ」
「で、マルも参加してくれるんだよな?」
「んー、参加してもいいけどさ。僕、弱いよ?」
僕が投げるボールは、いつも簡単に捕られてしまう。下手したら一年生相手でも捕られてしまう自信が僕にはあった。
「何言ってるんだよ。マルには消える球があるじゃないか。今日こそあの秘技を教えてくれよな」
コウキ君は笑いながら背を叩いてきたけど、僕にはまるっきり身に覚えがなかった。
「空気になるコツなら教えられるけど?」
「空気か。それもすごいけど、俺は死闘を繰り広げたいから教わっても使う機会はなさそうだな」
「そっか。それなら教えられることはなさそうだね」
「いやいや、消える球があるじゃん」
何かよくわからないことを言ってくるコウキ君のことを聞き流しながら、集まっていた面々を見やる。数人は同じ学校にいる子っぽいけど、何人かは見た覚えがない子だった。コウキ君のことだから、きっとたまたま公園にいた子にでも声をかけたに違いない。現に僕も声をかけられてるからね。
「ねぇ、お兄さんたち。まだドッジボールを始めないの?」
僕より三つ年下っぽい子が待ちかねたらしく、声をかけてきた。
「あ、わるいわるい。そんじゃ、さっそく始めますか」
僕らは二手になり、ドッジボールを開始する。味方チームは、コウキ君を含めた十一人。もちろん、相手チームも十一人……だったはずなのだが、何故か一人増えていた。しかも、場の空気がよどみ始めていた。
(これは……間違いない。怪異だ)
ドッジボールのコートを円状にして、徐々に霧のようなものが立ち込め始める。殆どの子たちは異変に気づいて動揺していたけど、まったく気にも止めない者もいた。コウキ君と相手チームの子たちだ。
コウキ君はただ単にドッジボールに集中しているからみたいだけど、相手チームの子たちは違っていた。黒い霧のようなモノが入り込んで白目を向いてしまっていたのだ。
「な、なにこれ。みんなどうしたの?」
僕のチームの女の子が戸惑っていると、ボールが彼女へと飛んでいった。当たったと思った次の瞬間、彼女の口の中に黒い霧が入り込んでいき、身を震わせ始めてしまった。
「ねえ、大丈夫?」
心配した子が声をかけていたけど返事はなく、程なくして彼女は何事もなかったように相手チームのコート内へと歩いて行った。
「うわあああ」
彼女の顔を見てしまった子たちが錯乱してコート内から出ようとしていたけど、見えない壁に阻まれていたらしく逃げ出せずにいた。
どうやらこの怪異は、ボールに当たった人を傀儡にしてしまうらしい。しかも、コート内からは逃げ出すことも不可。そうなると、ここから脱出する術は一つしかなさそうだった。
「へぇー、当たると相手チームにいくルールなのか。面白いじゃん」
頼みの綱のコウキ君は新しいルールだと思ってくれたらしく嬉しそうにしていた。
「コウキ君、彼女に当ててみて」
「了解!」
コウキ君がボールを捕られにくい足へと目がけてボールを投げる。立ち尽くしていた女の子の足に当たると、彼女は黒い霧が抜け出ると共に崩れ落ちてしまった。
(呪縛からは解放されたみたいだけど……)
崩れ落ちた女の子は、コート外へと運び出されて寝かされた。どうやら、相手チームをすべて倒さないとここから出ることは出来ないようだ。
「相手チームに移動した場合は、次当たると退場するのか」
コウキ君はルールを把握して納得していたけど、一人数が減ってしまった怪異チームの親玉は余裕の笑みを浮かべていた。どうにも、今しがたのはルールを把握させるためにわざと当たったみたいだ。きっと、これからはそううまくはいかないのだろう。
「く、また避けられたか」
案の定、僕らは苦戦を強いられていた。どんなにうまく投げても簡単に避けられてしまうからだ。
「あのステップをどうにかしないとダメか」
コウキ君の言うステップ。実はステップなんてものではなかった。あれは、怪異によって傀儡にされてしまった人が、物を浮かせるがごとく移動させられているにすぎなかった。
「変化球何てどうかな」
「それだ! さっそく試してみるぜ!」
コウキくんの投げたボールが弧を描くようにして飛んでいく。補足されたと思られている標的は、スッとスライドして避けていった。
「狙いはそっちじゃないぜ」
ボールは本来の獲物に命中して、地面へと転がり落ちた。
「なかなかやるね」
怪異はそう言った後に、傀儡にボールを拾わせた。
「今度はこちらが面白いものを見せてあげるよ」
傀儡から投げられたボールは、僕らが届かないぎりぎりの高さで外野へと渡った。今度は外野から内へとパスが回される。何度も繰り返されたかと思った矢先に、狼狽えてしまった味方の一人に当たってしまう。
これで僕らは残すところ五人にまで減らされてしまった。
「まだまだ続くよ。避けられるかな」
僕らをあざけ笑うかのように怪異は言ってきた。
「上等だ。避けるだけじゃなく、捕ってみせるぜ!」
コウキ君は奮起してみせたけど、他の人たちはそうもいかなかった。白目を向いてしまった仲間に動揺して、また一人犠牲者が出てしまう。
「ついに半分になっちゃったね。おやおや、どうしたのかな? そんなに怯えて」
怪異の言う通り、仲間の二人がこれまで以上の怯え方をみせていた。顔は青白くなってしまっていて、血の気が引いてしまっているようだった。
(……これじゃ無理もないか)
今や地面だったものの面影はなく、足元には肉塊のようなものが脈打っていた。どうやら、恐怖を糧にして怪異が成長してしまったみたいだ。この状況だとコウキ君がまずいかも。そう思い、彼の様子を窺うが怯えている様子は見受けられなかった。
「まだまだ、ここからだぜ!」
この状況が目に入っていないらしく、コウキ君は頼もしいことを言っていた。だけど、僕以外の二人は既に戦意を喪失してしまっているので状況は劣勢のままだった。
「頼もしいことを言ってくれるね。だけど、周りをよく見てごらん。ほら、キミ以外はもうダメみたいだよ」
怪異の言う通り、外野までもが恐怖で腰を抜かしてしまっていた。僕はというと端っこで空気になることに徹していた。お陰で怪異は気づいていないようだった。
「クッ、だが二人だけでもやってみせるさ」
コウキ君には人数を把握されているみたいだけど、今は言わないで欲しかったな。僕じゃ、ボールを捕れる気がしないからね。
「意気込むのはいいけどこのまま一方的っていうのもつまらないね。そうだ、近くに一人いるみたいだし、その子も助っ人要因として参加させてあげるよ」
そして、招き入れられてしまったのがガイ君だった。
◇
「……あんなの当たったら死んじゃうよ」
戦意を失っていた子の一人が、今度は別の意味で怯え始めた。
「ガイ、凄いんだけど今の技禁止な。流石に小さい子もいるし危ないからな。あ、でもあとで俺にさっきの技撃ってみてくれないか。捕れるか試してみたいからさ」
疲労をみせていたはずのコウキ君だけど、ガイ君の放ったボールを見たことによりその瞳は輝いていた。
(いやいや、コウキ君でも流石に危ないと思うよ。あんなのを捕れるのなんてヘンタイさんや苑珠君くらいしかいないんじゃないかな)
「……バケモノ。あんな技を撃つ奴がいたなんて……。だけど、今の技はもう撃てないみたいだね。それじゃあ、まずは周りから削らせてもらうよ」
怪異はそう言うと、ボールを傀儡に拾わせた。めり込んでいた地面は、今は脈打つのをやめていた。ガイ君のボールの影響ではなく、皆の恐怖の対象がガイ君へと移ったためだろう。その証拠に、僕らの周りの肉塊全てが波打つのを止めていた。
「おい、マル狙われてるぞ!」
ガイ君の声が聞こえて意識を前へと向けると、ボールはまっすぐ僕目がけて飛んできていた。
(しまった! 油断した。さっき大きな声を出したことで気づかれていたのか)
僕は慌てながらもボールを捕る為に身構える。その直後、ボールから遮るように一つの影が立ちふさがった。
コウキ君だ。僕を守るためにかけつけてくれたんだ。安心したのもつかの間、ボールはコウキ君の肩に当たってしまい上空へと飛んでいく。
「クッ……。マルあとは頼むわ。……あの消える球見せてくれよ」
コウキ君は疲労のせいか、諦めかけていた。だけど、まだ判定は決まってはいない。
「ガイ君、ボールをお願い!」
「おう、まかせろ! ……うおっ!」
ボールを捕るために駆け付けようとしてくれたガイ君だけど、肉塊に足を取られて転んでしまった。
(こうなったら僕がやるしかない!)
黒い霧に覆われ始めてしまったコウキ君をよそ目に、僕は意を決して空を見つめる。見据えるは落ちてくるボール。とれる自信はないけど、やってみせる。そう決意したとき、どこからもなく聞き覚えのある声がして、僕の意識はそちらへと移ってしまった。
「お、なんだ? ドッジボールをやってるのか。俺も混ぜてくれよ!」
声の主は苑珠君だった。彼は素早く走ってきたかと思うとスライディングしてボールを受け止めてしまった。
「――何で人がここに? 僕は招き入れていないはずのに……」
怪異は明らかに動揺していた。招き入れていない苑珠君が来てしまったせいだろう。だけど、怪異はもう一つの個体を見逃していた。
「苑珠、助かったわ。ありがとな」
「おう、いいってことよ」
コウキ君が礼を言うと、苑珠君は爽やかに笑って見せた。と、その時、試合の再開を知らせる笛の音が響き渡る。今までは鳴ることがなかった音。それもそのはずだ。鳴らしているのは、見逃してしまった個体――ヘンタイさんだからだ。
ヘンタイさんはサッカーボールの様なコスチュームを纏って、真ん中にある顔から笛を吹き鳴らしていた。
「催促されているみたいだな。よーし、それならとっておきを見せてやるとしますかね」
「とっておきか。つまりアレをやるんだな」
一体彼らは何をやるつもりなのだろうか。ガイ君は何故か苑珠君を両手で持った後に回り始めた。対して、苑珠君はというとボールも持ったまま不敵に笑っていた。
「うおおおりゃあああ!」
振り回された苑珠君が勢いよく相手のチームへと飛んでいく。
「そこだああああああああ!」
まっすぐ飛んでいる苑珠君がボールを放った。ボールは、一人目に当たったかと思うと反射して次々に他の人たちに当たっていく。その光景はまるで、あの時の豆のようだった。
「ハハハ、豆まきの時みたいだな」
コウキ君は笑いながら地面に腰を下ろしていたけど、きっとその瞳は燃えているはずだ。彼ならあの人間離れした技をみても対抗心を燃やすはずなのだから。
「な、なんなんだよ、お前らはー!」
怪異は傀儡を避けさせようと動かすが、いくつかの的に当たったあとに苑珠君の手元に戻ってくるボールには対処出来てはいなかった。
「これで終わりだああ!」
最後の一撃が怪異に命中する。それとともに、苑珠君は回転して地面へと着地した。
「クソ、ボクガマケルナンテ……」
怪異は悔しがっているのか、手で地面を叩いていた。叩かれている地面は見慣れた土に変わっていて、周りの景色も元へと戻っていた。試合に勝利したことにより僕らは解放されたようだ。
「新ルール面白かったぜ。またやろうな」
悔しがる怪異に対して、コウキ君は歩み寄り手を差し出した。
「……! う、うん」
怪異は笑みを浮かべるコウキ君に惹かれるように手を差し出そうとした。きっとスポーツ漫画とかだとこのまま握手を交わすのだろう。だけど、今目の前には捕食者が待ちわびていた。
「ハァハァ、やっと終わったね。それじゃあ、いこうか」
捕食者はボールの上半分を開けると、怪異である少年を飲み込んだ。そして、再び上部を閉じるとコロコロとどこかへと転がっていった。
「えーと、今のは親御さん……なのか?」
差し出した手の居場所を失ってしまったコウキ君が、困惑しながらも考えうる答えを口にしていた。また、僕の近くでは気絶していた子たちが次々に目を覚ましていた。
「あれ? 僕寝ちゃってた?」
あの世界のことをすっかり忘れているのか、傀儡になってしまっていた子たちは眠気眼をこすっているだけだった。対して、取り込まれなかった子たちはというと……。
「さっきの技どうやるの? 僕たちにも教えてよ!」
苑珠君とガイ君のことを取り囲んでいた。
「あー、さっきのはまだ改良途中だから教えることは出来ないな」
「えー、ケチー」
「だけど、豆まきの時に披露した技なら教えてあげられるな」
「えっ!? なにそれ? 教えて教えて」
気づくと苑珠たちによる投げ技教室が始まっていた。
(今度あの怪異と対戦することがあったら、みんな苑珠君たちみたいになってたりして……)
ふいに過ぎった考えを拭いながら空を見つめる。空は青く澄み渡っていて、赤く染まるまでにはまだまだ猶予があるようだった。
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