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22話 ブランコ

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「なぁ、マル。面白いことがあるから公園に行こうぜ」と、学校終わりに苑珠えんじゅ君に誘われて公園へ来たものの、何故か僕らはブランコに座っていた。

「おっかしいな。なんで何も起きないんだ?」

 苑珠君は、目の前にある水たまりを眺めながら不思議そうに言った。

「何も起きないってどういうこと?」

 そう言いながら、いまいち状況が掴めない僕も同じように水たまりを見つめた。

 今、僕らの前にある二つの水たまりは本来はなかったもの。苑珠君が何故か分からないけど、ビニール袋に水を入れて作ったもの。つまり人工的に作った水たまりなのだ。そんな人工物で何か起きる訳もなく、ただ夕暮れ時なことで赤く染まっているだけだった。

「いや、面白いことが起きるはずだったんだけど……。逢魔時おうまがときって今くらいの時間で合ってるよな?」

 突然言われたことに理解が追いつかないままに答える。

「え? そうだけど、それが何か関係あるの?」

「なら、時間は合ってるのか」

 僕の質問に答えないまま、苑珠君は黙って水たまりを見つめ続けた。仕方ないので空を見上げる。

 空は赤く染まりはしてはいるものの、所々に陰りが見え始めていた。時刻は間もなく日没。苑珠君が確認した『逢魔時』という時間でもあった。

 逢魔が時。それは魔が蔓延る時間。そして、魔に呼応するようにして、一体の魔物が活性化する時間でもあった。

 もしかして、苑珠君の言っている面白いことって、怪奇現象の類なんじゃ……。

「ねぇ、いまやってることって……」

「だめだ。もしかして条件が間違ってたのか。マル、悪いな。本当なら面白いことが起こってたはずなんだけど、無駄足に突き合わせてしまったみたいだわ」

 僕が確認しようとすると、苑珠君の声が重なった。

「えーと、苑珠君が言ってる面白いことって、もしかしてだけど怖い話の類のやつだったりする?」

「お、もしかしてマルもこの話を既に聞いてたのか。っとなると情報源はコウキ辺りか」

 その言葉を聞いて、僕はつい先日のことを思い出す。


 例のごとく、昼休みになった途端にうちのクラスへと来たコウキ君だけど、その日の訪れた理由はいつもと違っていた。
 何でもコウキ君のクラス――五年三組では、とある怖い話で盛り上がっているらしく逃げてきたとのこと。

 逃げてくる原因となった怖い話は、佐々木君が問い詰めたことにより、コウキ君から聞くことが出来たけど内容は眉唾物だった。何故かというと、あまりにも出現条件が限定的過ぎるのだ。

 まず初めに、公園のブランコであること。しかも、そのブランコの前には水たまりができていること。そして、その公園には自分を除いて他に誰もいないこと。

 次に時間だけど、逢魔時であること。これについては、まぁ分かるんだけど、その前の条件があまりにも限定すぎるので問題ないと思い、すっかり記憶から抜け落ちていたのだ。

「今、思い出したよ。苑珠君のクラスで流行ってる怖い話のやつだよね」

「ああ、そうだったんだけど、どうやらガセだったみたいだな。そうだ、ガセにつき合わせたお詫びに何かジュースでも奢らせてくれ。ついでにマルのおすすめのやつも教えてくれよ」

 苑珠君は一瞬だけ残念そうな表情を浮かべたあとに、ブランコから飛び降りて柵の外へと出ていく。僕も飛び降りようとすると、異変が起きてしまった。

(音が止んだ? それにこれは……)

 今しがたブランコを囲う柵から苑珠君が出たばかりだというのにその姿はなく、世界は無音と色が抜けたような灰色一色だけになってしまっていた。

 まさか本当の話だったなんて……これは言霊のせい? それとも水たまりに何かの因果がある怪奇の仕業なのかな。

 冷静に辺りの様子を観察していると、ふいに何かが僕の頬を濡らした。

(……雨? いや、違う。これは……血だ)

 僕の頬を濡らしたものの正体は、生暖かい血の雨だった。世界が灰色から赤色へと変容していく。そして、目の前にあったはずの水たまりも異様な色へと変化していった。

(次はどうなるんだろう)

 コウキ君から聞いていた話では、赤黒く変色した水たまりから何かが出てくるらしいんだけど、その先のことは何も分かってはいなかった。なので、機を窺うべく水たまりを観察してみる。

 赤黒く変色した水たまりは徐々にその大きさを広げていき、大人三人ほどが収まる大きさまでになってしまった。そして、水たまりは血のような臭いを漂わせながら波打ち、女性のシルエットのような姿を形作り始めた。

 と、そこへどこからともなく跳んできた一本の斧が血だまりへと飛び込んだ。その影響で女性のような形は元の血だまりの姿へと戻っていた。

「え? え? 何で斧がここに?」

「はぁはぁ、やっと会えたよおおお。感動の瞬間をカメラに収めたいところだけど、先にこれに着替えてもらおうかな」

「はぁ? ってどこを触って……いや、やめ……」

 飛び込んだ斧。それは斧に扮したヘンタイさんで、大きな斧が胴体と顔になっており、木のような細い手足が生えていた。そして、飛び込む瞬間に細い手には、布切れのようなものを持っていた。今まさに血だまりの中では、その布切れに着替えさせられているのかもしれない。

「んー、防血加工を施してあるとはいえ、一回キレイにしないとダメかな」

 何だか気になるワードが聞こえてきたけど、僕は黙ったまま血だまりを見つめ続ける。

「こ、今度はなにを……。あ、ああああぁぁぁ……」

 女性の声とともに、水たまりは透明な色へと徐々に戻っていった。

「はぁはぁ、よし、これで大丈夫。色白でいい感じになったおかげで、僕の用意した服とも相性抜群だね」

 ヘンタイさんの言葉を聞いて、僕の鼓動は加速する。

 今回予想外の怪奇に遭遇したので、今後のためにも今一度状況を整理してみようと思う。

 まず、怪奇の正体だ。血まみれの女性。これは間違いない。なぜそうなったのか。ブランコが関係するのか。これは分からない。分かることと言えばヘンタイさんによってキレイにされてしまったということだ。

 色白。それが示すものは皮膚の色のことで合ってるはず。なので体を覆っていた血を全て取り除かれたことによって、きれいな肌が見えているのだろう。

 次いで、この後はどうなるのかだ。

 本来なら何かしらの危険な目に合わされるのだろう。だが、ヘンタイさんが持っていた布切れによって、女性は今ごろ漫画とかで見る胸部や腰回りに着る類のものを纏わされているはずだ。半透明のような生地から察するに今回のテーマは湖の精霊といったところだろうか。

 最後に、脱出は可能かについてだが、ヘンタイさんの乱入により、辺りは徐々に色合いを取り戻しており、柵の外へと出れば逃げることは可能そうだった。だけど、現状を一目見てからでも遅くはないと思いこのまま見守ることにした。

「はぁはぁ、じゃあ後は僕のことを握って」

「な、なんで手がくっついて離れないの」

 女性の驚きの声とともに水たまりから、何者かが現れようとしていた。僕は色白を確認してすぐに立ち上がる。そして、柵の外へと向かって歩いていく。

「あなたの落とした斧はこれですか? って声が勝手に……もういやああ!」

 ヘンタイさんを抱き上げた骨が叫び声をあげる中、僕は苑珠君が待っている世界へと戻っていった。
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