ヘンタイさんは今日もご乱心です

菖蒲月ゆふ

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21話 ニセモノ

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 僕ら小学生には定期的にやってくるものがあった。そいつは、何の前触れもなく僕らの前へと置かれ、僕らを悩まそうとする。だけど、僕は悩まない。何故なら復習を怠ったことはないからだ。

 まぁ、塾のお陰なんだけどね。

 配られたテストにすらすらと答えを書き込んで裏面へと行こうとしたら、肘が消しゴムにぶつかって床へと落ちてしまった。こうなってしまっては、僕に出来るのはただ一つだけだった。

「先生、消しゴムを落としました」

 指で自身が落としてしまった消しゴムの場所を指し示そうとした時、僕の消しゴムは何者かに投げ飛ばされてしまった。お陰で僕の消しゴムは教室の隅っこまで移動していた。

「これですね」

 そう言って先生が置いてくれたのは、僕の消しゴムとすり替わったモノだった。

「ありがとうございます」

 内心これ違うんだけどと思いながらも、先生にお礼を言った。目線を先生から机のテストに移すと、すり替わったものは己の願望のもとに好き放題に動き回っていた。お陰で、僕のテストは白紙に戻っていた。

 僕の消しゴムとすり替わったモノの正体、それは消しゴムの付喪神だった。

(まずい、急いで書き直さなきゃ)

 時計の針を見ると終了時間まで残り五分に迫っていた。急ぎ、自分の名前を書き込んでいくも、消しゴムが僕の書いたばかりの文字に狙いを定めていた。

(させるか!)

 即座に手足の生えた消しゴムを左手に握りしめる。そして、流れるような動作で答えを書き連ねていく。

「はい、そこまで! それでは、後ろの列の人から前へと渡していってください。その際に、名前抜けが無いかも念のために確認しておくようにしてください」

 何とか間に合ったらしい。先生の言う通りに名前を確認しようとすると、机の上に居てはならないモノが仁王立ちしていた。しかも、顔などないのに心なしかやり切った表情すら浮かべているようにさえ感じられた。

(こ、こいつ……まさか……)

 答案用紙を確認すると思った通り、またしても全ての文字が消されてしまっていた。もちろん、僕の名前すらもだ。

「ほい、マル。ってどうしたんだ? 名前でも書き忘れたのか?」

 僕が慌てて名前を書き直していると、後ろからヒロキ君が答案用紙を渡してきた。

「うん、そうなんだ」

 ヒロキ君から回ってきた用紙に、零点が確実となってしまった僕の答案用紙を重ねて前の人へと渡す。そして、諸悪の根源が二度と悪さを出来ないように強く強く握りつぶす。

「マルにしては珍しいな。もしかして、体調でも悪いのか?」

「えーと、そういうわけでは、ないよ」

 答えながらも手を開いてみると、手と足が取れた上に練りけしのようになってしまったゴミが掌の上にあるだけになっていた。

「ああ、なるほど。練り消し作るのに夢中になってたのか」

「う、うん、実はそうだったんだ」

 後々、練りけし遊びに夢中になって零点を取ったことになってしまいそうだけど、僕はヒロキ君の意見に乗ることしか出来なかった。僕の頭の中は、早くこのゴミを捨てたいという思いでいっぱいだからだ。

 先生が教室から出ていくとほぼ同時に、僕は立ち上がりゴミ箱へと向かう。そして、手の中にあったゴミを投げ入れた後、すぐに袋を縛りあげた。

「お、もうゴミでいっぱいだったのか」

「八割ってところだけど、近くに寄るついでに捨ててくるよ」

「悪いな、助かるよ」

「袋は新しいのに替えといて貰ってもいい?」

「ああ、当番だしな。それくらいはやっとくよ」

 今日の日直に後のことは任せて、僕は隅っこに追いやられてしまった消しゴムを拾った後にゴミ捨て場へと向かった。


「ふぅ、これで少しは気が晴れたかな」

 ゴミを捨て終えたことで気が幾分か楽になり、腕を伸ばしながら歩いていると、僕の目はまたしても変なモノを捉えてしまう。そいつは下駄箱の近くにある傘置き場の前にいて、すね毛を生やした足で見覚えのある傘を踏みつけていた。

(あの傘って僕のじゃ……)

 僕が校舎の中に入るときには、そいつは踏んでいた傘を蹴り飛ばして本来あった傘にすり替わっていた。通り過ぎるついでに横目で確認してみたけど、やはり僕の傘であっていたようだ。今日はとことん厄日らしい。


 ◇


 放課後。佐々木君が校舎の出入り口から空を見上げていたので、僕も同じく空を見上げた。外は朝と変わらない曇り空になっていた。

「天気予報では雨だって言ってたけど、傘を持ってきたのは無駄足になったみたいだな」

「そうみたいだね」

 天気予想は外れてしまったけど、そのお陰で僕はアレを使わなくて済むんだよね。

 ちらりと横目で傘置き場を見ると、偽傘はまだかまだかと待ちわびているように僅かながらに揺れていた。

「まぁ、途中で雨が降るかもしれないし、早めに帰るとするか」

「帰るまではこのまま降らないで欲しいなぁ」

 ぼやきながらも、佐々木君についで僕も傘を引き抜く。すると、傘を束ねるためのボタンが一人でに外れてしまった。仕方ないので、僕は傘の真ん中辺りを力強く握りしめることにした。何かが折れるような音がしたけどきっと気のせいだろう。

 佐々木君と別れて、自分のアパートに着いた僕は、いらない傘を必要とするヒトのもとへと置くことにした。その場所はもちろん僕の家の下だ。

(きっと喜んでくれると思うよ)

 扉のノブに偽傘を引っかけて僕は自宅へと戻る。家の扉を開ける時には、丁度ヘンタイさんの息遣いが聞こえてきていた。

(喜んでくれているみたいだね。僕も喜ばしいよ)

 僕は心を躍らせながら、おやつのプリンを皿へと載せた。下では、何かが暴れだしているような音が響いていた。

(どんな傘になるんだろう。もしかしたら傘ですらなくなってたりして)

 色々と想像を膨らませながらも、僕は踊るプリンを潰した。
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