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14話 バレンタイン

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 二月十四日。女子はもちろんのこと男子も盛り上がるイベントの日。

 僕たちの教室、五年一組もまた例外ではなく盛り上がりを見せていた。

「チョコ作ってみたんだけど、帰ったら渡すね」
「あ、私も作ってみたよ。猫を作ろうとしたんだけど、ちょっとライオンみたいになっちゃったんだよね」
「ライオンもかわいいよね」
「あたしはフレークと絡めたやつにしてみたよ。味はお父さんのお墨付きだから美味しいはずよ」
「みんな作ってたんだね」
「じゃあさ、みんなで何処かに集まって食べあおうよ」
「うん、そうしましょう」

 女子たちは作ったチョコの話で盛り上がりながら、友チョコを食べあう約束をしていた。一方で男子はと言うと、女子の会話に耳を傾けるもの、さり気なく机の中を探るもの、大胆にも女子にねだりに行くものなどが蔓延っていた。

「まだだ、まだその時ではないだけなんだ。きっと本番は帰りの靴箱なんだ……」

 遂には怨念めいた言葉まで聞こえ始めた。内心呆れつつも念の為、机の中を確認する。

「マルも興味があるんだな」

 このクラスで唯一、浮足立っていない者――後ろの席に座るヒロキ君が声をかけてきた。

「興味というか、入ってたら回収してあげないとって感じかな。原則、学校に持ち込みは禁止だからまずないとは思うんだけどね」

「そう言われればそうか。渡す側ではないからすっかり忘れてたよ」

 ヒロキ君の言葉に反応して、幾人かの男子から鋭い視線が送られる。だけど、ヒロキ君はそんな視線などものともせずに落ち着いていた。

(苑珠君たちから、直に『リア充め』なんて言われてたらそうもなるよね)

 怨嗟を浴びることになれてしまったコウキ君を羨ましく思っていると、佐々木君が歩み寄ってきた。

「マル、ちょっといいか?」
「うん、いいけど」

 返事をすると、佐々木君が僕の耳元に手を当てながらささやき始める。

「実は姉ちゃんからマルにって預かっているものがあってさ。ここじゃ何だから帰りに渡すよ」

 僕がこくりと頷くと、佐々木君は「んじゃ、そういうことだから」と言って自身の席へと戻っていった。

 佐々木君のお姉さんから預かっている物。そして、今日というバレンタインの日。間違いない。帰りに渡されるのはチョコだ。本命? それとも義理かな。どちらの場合もお返しって返すんだっけ?

 人生初のことでそわそわしていると、後ろから祝福の言葉が聞こえてくる。

「マル、良かったな」
「う、うん」

 周りに感づかれないようにさりげなく返したつもりだったけど、今日ばかりは一部の男子の感度が鋭くなっているようで、怨嗟の視線がこちらに向かってくる羽目になってしまった。

 物の怪とかの視線なら気にならないのにな。僕がこの視線に耐えられるようになるには、まだまだ経験不足らしい。かと言って、ヒロキ君のように慣れたいとは思わないけど。

「まぁ、そのうち慣れるよ」

 僕の心境を察してかヒロキ君は苦笑いをしていた。


 ◇


 佐々木君から例のモノを受け取るべく、二人で下駄箱に向かっていると後方から誰かの声が聞こえてくる。

「おーい、二人とも俺を置いていくなんて酷いじゃないか」

 振り返ると、そこにはコウキ君が立っていた。

「いや、お前と帰る約束してないからな」

「つれないこと言うなよ。幼馴染だろ」

 そう言いながら、コウキくんは佐々木君の肩に腕を回して絡み始めた。

「今日はいつにも増して鬱陶しいな。マル、こいつを引きはがしてくれ」

「りょうかい」

 苦笑いしながらも、僕はコウキくんを引きはがした。

「マルはいいよな。このあとチョコが貰えるんだから」

 引きはがしたコウキ君のテンションはダダ下がりし、何故知っているのか分からない情報をもとに愚痴をもらし初めてた。

「何で知ってるの?」
「ああ、それは、こいつが朝に来て、俺が姉ちゃんにチョコを預かるところを見たからだよ」
「俺の分はなかったんだよなぁ」
「――まさか、朝早くに俺の家にきたのはチョコが目的だったのか」

 何ていう執念なんだろう。まさか、チョコの亡者を生み出してしまうとは、バレンタイン恐るべき日なのかもしれない。

「まだ貰えないと決まったわけじゃないよ。下駄箱に入っている可能性もあるからね」

「そ、そうだった。まだ俺にも希望が残されていたんだな」

「いや、その希望。校則で望み薄だからな」

「く、チョコ貰えたからって余裕ぶりやがって。俺だって仲間入りするんだから見てろよな」

 そう言うと、コウキ君は下駄箱目指して駆け出してしまった。

「俺ももらってないから」

 横でため息をついている佐々木君とともに後を追う。

「クソ、終わっちまったよ。俺のバレンタイン……」

 下駄箱につくと、靴箱の扉を開けたまま硬直しているコウキ君の姿があった。

「やっぱり、校則の影響だと思うよ。ほら、僕のも入ってなかったし」

 僕が慰めている間、隣では佐々木君が靴箱から素早く何かを取り出して、鞄の中へと入れていた。そんな中、いついたのかも分からない男子生徒が僕たちのすぐ近くで項垂れていた。

「ない、ここにもない。なんで? どうして?」

 チョコがなかったことに対してなのか、男子生徒はうわ言の様に呟いていた。

「お、お前もなのか。そうだよな、今時下駄箱に入っているなんて幻想なんだよな」

 コウキ君が同調するように、彼の背中へと手を置く。すると、うわ言を繰り返すばかりの男子生徒が突如立ち上がり、コウキ君へと詰め寄った。

「お前か? お前が俺のチョコを取ったのか?」

 振り向いたことで全貌が見えた男子生徒の顔は血の涙で赤く染まっていた。文字通り、血の涙を流している姿を見てしまったコウキ君は、恐怖のあまり崩れ落ちるようにして地へと伏してしまう。

「おい、大丈夫か?」
「コウキ君大丈夫?」

 コウキ君が倒れたことで興味を失ったのか、また下駄箱を眺めて呟くだけになってしまった男子生徒を余所に僕たちはコウキ君へと呼びかけた。

「気を失ってるだけみたいだな」
「うん、頭も打ってなかったみたいだし大丈夫そうだね」

 僕たちがほっと胸をなでおろしていると、校舎の入り口から何者かの息遣いが聞こえてくる。

「はぁはぁ、ま、待たせてしまったね」

 聞きなれない男の声に僕たちは、一斉に振り向く。すると、そこには初代校長の像が籠を背負って立っていた。

「はい、キミ達にプレゼントだよ」

 そう言って籠に入っていた包みを、僕、佐々木君、コウキくんに渡してきた。理解に苦しむ中、佐々木君から言葉が漏れた。

「チョコ宮金次郎」

 うん。確かにぱっと見はそうと言えるのかもしれない。でも、実際はチョコで出来た校長の像が籠を背負っていて、籠の中には四角い箱を包んだような物が入っているだけだからまったくの別物だと思うよ。

「はぁはぁ、はい、キミにもプレゼントだよ」

 チョコ宮は、呟くだけになってしまった男子生徒へと包みを差し出した。

「これは……義理。ちがう……これじゃない……俺が欲しいのは……本命ダアアア」

 興奮するように叫び始めた男子生徒は凄まじい勢いで血の涙を垂れ流した。

「はぁはぁ、ほ、本命? なら、仕方ない。ひとつしかないけどよく味わって食べるんだよ」

 チョコ宮は自身の頭に手をのせる。そして、手にしたものを勢いよく男子生徒の口へとねじ込もうとした。

「本命……チガウ……うう、そ、それは……かつらだああ!」

 理性を取り戻したのか、男子生徒は口へと突っ込まれそうになったチョコかつらを回避して校庭へと逃げだした。贈呈先を取り逃がしたチョコ宮が急いで後を追う。

「なぁ、今のって?」
「チョコタイ……じゃなかった。不審者だね」
「そ、そうなのか。ってそっちはそうかもしれないけど、さっきの男子生徒って体調不良で早退したやつだよな」

「うん、そうだね」
「なんで学校に? それにあの血って……」
「チョコが気になりすぎて戻ってきたんじゃないかな。血は多分鼻血だと思うよ」
「鼻血って……」

 佐々木君は納得していなそうだったけど僕は聞き流すことにした。

 まさかチョコ欲しさで生霊が生まれてしまうとは。やはりバレンタインは恐ろしい日なのかもしれない。などと考えていると、コウキ君が目を覚ます。

「う、うーん。あれ? 俺は一体……」

「コウキ君目が覚めたんだね。チョコが貰えて喜んだと思った次の瞬間には気絶しちゃうんだもん。僕たちびっくりしちゃったよ」

「え? チョコ?」

「うん。ほらこれだよ」

 僕の分も上乗せして差し出す。すると、便乗して佐々木君も渡してきた。

「すごいな。三つも貰えるなんてよ」
「うお、マジか。夢……じゃないんだよな?」
「うん、夢ではないよ」
「そうか。バレンタインって最高なんだな。あ、良かったら皆で食べるか? 俺だけこんなに食べるのも悪いし」
「いや、俺は遠慮するよ。送ってくれた相手に悪いしな」

 佐々木君が爽やかな笑みを浮かべながら告げた。僕も便乗する。

「僕も同じく遠慮するよ」
「そ、そうか。なんか悪いな」

 コウキ君は申し訳なさそうな顔をしていたが、口元はあふれ出す喜びを隠しきれてはいなかった。

「か、かつらが口の中にー」

 校庭から誰かの叫びが聞こえてきたかと思うと、今度は校長たちの怒鳴り声が聞こえてきた。

「な、なんだ? 叫び声が聞こえたけど?」
「不審者が出たんじゃないかな」

 コウキ君が慌てる中、僕は冷静に告げた。

「不審者ってやばいじゃん」
「かつらとか食べさせる不審者なのかもな」

 佐々木君の一言で僕は笑ってしまった。同じく言った本人も笑ってしまう。

「なんでお前ら笑ってるんだよ。俺にも教えてくれよ」

 しばしの間、校内では僕らの笑い声が木霊し、外では先生たちの怒鳴り声が響いていた。
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