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Episode4:冒険家の心得
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***
狭い脇道を抜けた先には、その道の狭さからは想像も出来ないほど大きな空間が広がっていた。
「っ」
目に映る大きな空間は、人工的には絶対に造ることが出来ない景色で彩られている。
「綺麗だ」
その景色は辺り一帯が氷の結晶で造られていて、また生き物が発光し、その発光された光を受けて植物も光り、また氷の結晶が光を反射させていた。全てが相互作用して、幻想的な景色を生み出している。
この場所の明るさは、洞窟の中にいるという感覚ではなく、まるで太陽に当たっているかのような明るさだった。
修哉はこの景色を見ながら感動していた。錬も何も言わずに、この景色を眺めている。
「修哉、君自身が――」
「おいおいおい。何だァ、この場所。全ッ然宝がないっすよ」
錬が修哉に話しかけようとした時、ギルとシンが修哉と錬が通って脇道とは違う場所から現れた。
その声に、修哉は自然と身構えている自分に気が付いた。
「兄貴ィ、今回の場所はハズレですね」
「お前の情報が違ったせいで、無駄な労力を費やしてしまった」
大きな舌打ちを奏でたギルは、今まで道案内をしていたシンのことを思い切り突き飛ばした。急なギルの行動に、受け身を取ることが出来なかったシンは、顔から氷の地に向かって飛び込んでしまう。
労いも、思いやりも、一切存在しない。
ギルを満たすのは、ただ明らかな怒りだった。
「……ッ。す、すみません、俺が間違っていました」
すぐさまシンは体をギルに向け、地面に頭を擦りながら、ギルの機嫌を損なわないように謝った。謝るシンの体は、恐怖に震えている。
「こんな場所にいても意味はない。時間の無駄だ」
ギルはシンのことを無価値な物を見るような目で軽蔑すると、颯爽とこの場を去った。
「――くッそがァ、今に見てろよ。俺が宝を見つけたらお前なんて」
シンはギルが立ち去るのを確認すると、小声でギルに対しての文句を数言放ち、ギルが去った方へ行った。
ギルとシンの間には、信頼関係がなかったのだ。お互いの利益のためにしか行動していなかったから、些細な問題が生じただけで関係性に亀裂が入った。
修哉はその様子をジッと見つめていた。
二人の争いがとても醜く、修哉は先ほど二人に対して抱いていた怒りも完全に消え去った。二人の今の姿を見てしまったら、むしろ憐れみの感情さえ湧いて来る。
「修哉」
ギルとシンのやり取りを眺めていると、修哉は錬に声を掛けられた。修哉は錬の方に振り向く。錬は真剣な表情で、修哉のことを見つめていた。
「修哉はこの場所を秘境だと思うかい?」
一瞬、修哉は錬の言った言葉の意味が分からなかった。
「分からないなら、もう一度別の言葉で言うよ。さっきの二人は、トレジャーハンターなのにこの場所には価値がないと言った。じゃあ、修哉はこの場所には本当に価値があると思うかい?」
首を傾げる修哉に、錬は更なる説明を加える。
それにより、修哉は錬の質問の意図をはっきりと理解することが出来た。
錬に言われて、修哉は考えるようになった。
(確かに、あの二人はこの場所には何にもないと言っていた。なら、本当にその通りじゃないのか? ……それに、いつもの師匠なら秘境なら秘境だと真っ先に言ってくれるはずだ)
錬は修哉を秘境へと連れて行くと、常に秘境の価値性について説明していた。しかし、今回の秘境に関しては何も言及していない。
(なら、ここは目的地ではなく、ただの通過点なのか?)
修哉は今いる場所に価値があるのか分からなくなり、出来る限り思考を巡らせた。確かに綺麗な場所ではあるが、パッとした特徴もないような気がする。
「師しょ――」
――見たことだけ、聞いたことだけをそのまま受け入れてはいけない。それだと既にあるもので完結してしまい、そこから新しいものを得ることが出来なくなってしまうんだ。私がこれまで探してきた秘境も、周りの人からは何もないし行っても無駄だと言われていたような場所だった。でも、私は時には死にそうな体験をしながらも最後まで行って、実際にこの目で見て確認して判断したから、何度も秘境を見つけることが出来たんだ。
結論付けようとした瞬間、ふと、先ほど入り口付近で言われた錬の言葉を思い出した。
(見たことだけ、聞いたことだけをそのまま受け入れちゃいけない? なら)
そして、その言葉が思い出されると同時に、修哉は錬と今まで旅して巡った秘境のことを徐々に思い出した。
(師匠はまず目に見える一点だけではなく、全体を見渡していたはずだ)
修哉は深呼吸をして一旦落ち着くと、辺りを見渡し始める。
修哉が辺りを見渡す様子は、本人は自覚していないものの、まるで錬がライオンの岩を見つけた時のようだった。
(丁寧に、一つずつ確認していこう)
前後、左右、上下。三百六十度、一点一点余すところなく見通していく。
この場所を見始めてからどれくらいの時間が経ち始めただろうか。時が止まったように、静かな時間が流れていく。けれど、それは修哉が集中している証拠だ。
ふと修哉の後方から、水滴が落ちるような音が響き渡った。
その音につられ、修哉は後方の上を見つめる。
すると、一際輝く氷の結晶が二つ、修哉達が入って来た狭い脇道の入口の天井にあるということに気が付いた。
この場所は、美しい。
その理由は、この空間に散りばめられている数多の氷の結晶が光を放っているからだ。そして、その光を受け、別のモノも光を放つ。
しかし、ただ結晶だけしかなかったら、ここまで輝かなかっただろう。この結晶の効能を最大限発揮できるよう助長しているのが、あの一際輝く結晶だ。
このような場所は、他にはないだろう。
「……師匠、ここは秘境です」
修哉は今まで錬と旅をしてきたことを基に、見て聞いたことを分別した。そして、その結果を、堂々と師の前で告げる。
「本当にそう思うのかい?」
「はい、ここは秘境です」
修哉は錬に否定されたとしても自分の考えを変えなかった。何故なら、しっかりとこの場所が秘境だと言える根拠を確認したからだ。
「でも、彼らはプロのトレジャーハンターだ。間違っていることを言っているとは思えないけど」
「それでも」
誰がどのような意見を言って来ても、修哉には関係がなかった。きっとこの意志は、錬にも曲げられない。
なぜなら――、
「この場所は秘境なんです!」
修哉は見て聞いたことを分別し、確認し、判断した。
だからこそ、確信を持って言える。
修哉が今抱いている感動を、この確信がもたらしてくれているに違いない。
修哉は子供のようにキラキラとした笑顔を錬に見せた。
「そうか……」
錬は修哉の言葉を聞いて、顔を下に向けた。その錬の姿を見たとしても、修哉の確信と感動は揺らがなかった。
「正解だ。よくこの秘境までたどり着くことが出来たね」
錬は顔を修哉に向けると、満面の笑みを見せた。そして、修哉の方に近づき、修哉の頭を撫でた。
「へへへ」
修哉は錬に頭を撫でられて、さらに心の中で感動が渦巻いた。
「あそこにある大きな二つの結晶が、この場所を更に輝かせているんだ」
とある場所に存在する一つ一つは小さくても、そこに大きく光るモノがあれば、それだけでその場所の価値は上がり、小さなモノの価値までも上がってくる。
石油を掘り出せるから、その土地全体に価値が生まれ出すように、万事がそうだ。
だから、この秘境も秘境としての価値が生まれている。
「人間も同じで、才能であれ事実であれ、自分の中に一つでもこれだというモノを発見すると、そのことが自分を輝かせ、自信が湧くようになる」
錬の言うことに納得した修哉は、大きく頷いた。
今、実際にここが秘境だという確信を持っていたからこそ、錬の質問にも揺れないほどの自信が湧いているということを実感しているからだ。
「……でも、師匠はどうして俺を試すような質問をしたんですか?」
修哉は頭に浮かぶ疑問を、錬に訊ねた。
こんな真似をしなくても、正解ならば正解だとすぐに言ってくれれば、頭を悩ませずに済んだはずだ。
「修哉がちゃんと価値を見極められるか、知りたかったんだ。価値を知らない者は、貴重な秘境を見ても、その秘境を秘境だと認めることをしないし、また他の地域と比較して批判したりする。本来は比べるべきものでもないのに、だ」
錬の言葉を聞いた時、修哉はギルとシンのことを思い出した。
ギルとシンはこの場所をしっかりと確認せず、容易に手に取れる価値しか求めていなかったため、この秘境を認めることが出来なかった。いわゆる、金銀財宝、富と名誉にしか、価値を置いていなかったのだ。
「しかも、批判者達は、それを自分の心だけに留めようとせず、何も知らない人にも伝えようとする。見て聞くだけで自分で判断が出来ない人は、その批判の言葉に騙され、本当に価値のあるモノも分からなくなり、結局は価値のないモノとして認識するようになる」
「その通りです。俺も、考えることを止めていたら……」
修哉が否定的な考えに陥ろうとした時、錬は首を横に振った。
「でも、修哉は批判者達に惑わされずに、本当に価値のあるモノを分かることが出来たじゃないか」
錬はニコリと笑う。
「いいかい? 冒険家として、という話ではなく、人間としても分からないということは残念で不幸で可哀想なことなんだ。修哉は、これからもそうなってはいけないよ」
錬はいつも冒険家としての心得で終わらせるのではなく、人間的に成長できるように話をしてくれる。
錬から受けた教えを、初めて自分の力で見つけた秘境の景色と共に、修哉は心に刻んだ。
***
「太陽が眩しいですね」
秘境を見つけ終え、最初に入ってきた洞穴から出ると、既に太陽が眩く顔を出していた。
最初に来た時は、雪が降っていて寒かった。まだ雪が解けているという訳ではないのだが、太陽のおかげで今回の冒険の序盤ほど寒さを気にすることはない。
その当たり前のことが、今は何故かとても嬉しい。
修哉は体を太陽に向かって伸ばしながら、錬に語り掛けるような、空に向かって語りかけるような、どちらとも取れるような口調で言った。それから、体を伸ばしながら、横に揺らしたりもした。居ても立っても居られず、とにかく体を動かしたかった。
まだ秘境を見つけた時の感動、そして、錬からもらった言葉の力が修哉の心を燻っているのかもしれない。
「修哉」
体をじっとさせていることが出来ずに動き続けていた修哉に、錬は修哉の名前を呼んだ。修哉は錬に体を向ける。
「修哉が挑戦すると決めたからこそ、修哉が抱いている感動は本物なんだ。これからも、共に挑戦していこう」
笑みを見せる錬は、修哉に右拳を向けていた。
(共に、挑戦……)
修哉はその言葉を心の中で噛みしめた。噛みしめる度に、口角が上がっていくのが分かる。
ようやく修哉は、一人の冒険家として認められた気がした。といっても、まだまだ足りないことは重々承知だ。
それでも今は、冒険家への道を一歩踏み始めただけだとしても嬉しかった。
「――はい! 師匠、これからもよろしくお願いします」
そして、修哉は錬の拳に自らの左の拳をぶつけた。
どうして今日という日に、錬が修哉自らを行動させるようにしたのか、その理由はハッキリとは分からない。前回でも次回でもなく、今回の冒険だったのはどうしてか。
けれど、それは考えても仕方のない事だ。
それよりも、これからも錬と冒険をし、自分を成長させることが出来るということが修哉にとって望みだった。
(今はまだ師匠がいないと何も出来ない俺だけど)
そして、修哉には錬にも話していない密かな夢があった。
(いつかは師弟としてではなく、一人のパートナーとして冒険をしてみせる)
修哉はまだ見ぬ秘境を目指して、そして、もう一つの夢を叶えるために偉大な一歩を踏み始めた。
狭い脇道を抜けた先には、その道の狭さからは想像も出来ないほど大きな空間が広がっていた。
「っ」
目に映る大きな空間は、人工的には絶対に造ることが出来ない景色で彩られている。
「綺麗だ」
その景色は辺り一帯が氷の結晶で造られていて、また生き物が発光し、その発光された光を受けて植物も光り、また氷の結晶が光を反射させていた。全てが相互作用して、幻想的な景色を生み出している。
この場所の明るさは、洞窟の中にいるという感覚ではなく、まるで太陽に当たっているかのような明るさだった。
修哉はこの景色を見ながら感動していた。錬も何も言わずに、この景色を眺めている。
「修哉、君自身が――」
「おいおいおい。何だァ、この場所。全ッ然宝がないっすよ」
錬が修哉に話しかけようとした時、ギルとシンが修哉と錬が通って脇道とは違う場所から現れた。
その声に、修哉は自然と身構えている自分に気が付いた。
「兄貴ィ、今回の場所はハズレですね」
「お前の情報が違ったせいで、無駄な労力を費やしてしまった」
大きな舌打ちを奏でたギルは、今まで道案内をしていたシンのことを思い切り突き飛ばした。急なギルの行動に、受け身を取ることが出来なかったシンは、顔から氷の地に向かって飛び込んでしまう。
労いも、思いやりも、一切存在しない。
ギルを満たすのは、ただ明らかな怒りだった。
「……ッ。す、すみません、俺が間違っていました」
すぐさまシンは体をギルに向け、地面に頭を擦りながら、ギルの機嫌を損なわないように謝った。謝るシンの体は、恐怖に震えている。
「こんな場所にいても意味はない。時間の無駄だ」
ギルはシンのことを無価値な物を見るような目で軽蔑すると、颯爽とこの場を去った。
「――くッそがァ、今に見てろよ。俺が宝を見つけたらお前なんて」
シンはギルが立ち去るのを確認すると、小声でギルに対しての文句を数言放ち、ギルが去った方へ行った。
ギルとシンの間には、信頼関係がなかったのだ。お互いの利益のためにしか行動していなかったから、些細な問題が生じただけで関係性に亀裂が入った。
修哉はその様子をジッと見つめていた。
二人の争いがとても醜く、修哉は先ほど二人に対して抱いていた怒りも完全に消え去った。二人の今の姿を見てしまったら、むしろ憐れみの感情さえ湧いて来る。
「修哉」
ギルとシンのやり取りを眺めていると、修哉は錬に声を掛けられた。修哉は錬の方に振り向く。錬は真剣な表情で、修哉のことを見つめていた。
「修哉はこの場所を秘境だと思うかい?」
一瞬、修哉は錬の言った言葉の意味が分からなかった。
「分からないなら、もう一度別の言葉で言うよ。さっきの二人は、トレジャーハンターなのにこの場所には価値がないと言った。じゃあ、修哉はこの場所には本当に価値があると思うかい?」
首を傾げる修哉に、錬は更なる説明を加える。
それにより、修哉は錬の質問の意図をはっきりと理解することが出来た。
錬に言われて、修哉は考えるようになった。
(確かに、あの二人はこの場所には何にもないと言っていた。なら、本当にその通りじゃないのか? ……それに、いつもの師匠なら秘境なら秘境だと真っ先に言ってくれるはずだ)
錬は修哉を秘境へと連れて行くと、常に秘境の価値性について説明していた。しかし、今回の秘境に関しては何も言及していない。
(なら、ここは目的地ではなく、ただの通過点なのか?)
修哉は今いる場所に価値があるのか分からなくなり、出来る限り思考を巡らせた。確かに綺麗な場所ではあるが、パッとした特徴もないような気がする。
「師しょ――」
――見たことだけ、聞いたことだけをそのまま受け入れてはいけない。それだと既にあるもので完結してしまい、そこから新しいものを得ることが出来なくなってしまうんだ。私がこれまで探してきた秘境も、周りの人からは何もないし行っても無駄だと言われていたような場所だった。でも、私は時には死にそうな体験をしながらも最後まで行って、実際にこの目で見て確認して判断したから、何度も秘境を見つけることが出来たんだ。
結論付けようとした瞬間、ふと、先ほど入り口付近で言われた錬の言葉を思い出した。
(見たことだけ、聞いたことだけをそのまま受け入れちゃいけない? なら)
そして、その言葉が思い出されると同時に、修哉は錬と今まで旅して巡った秘境のことを徐々に思い出した。
(師匠はまず目に見える一点だけではなく、全体を見渡していたはずだ)
修哉は深呼吸をして一旦落ち着くと、辺りを見渡し始める。
修哉が辺りを見渡す様子は、本人は自覚していないものの、まるで錬がライオンの岩を見つけた時のようだった。
(丁寧に、一つずつ確認していこう)
前後、左右、上下。三百六十度、一点一点余すところなく見通していく。
この場所を見始めてからどれくらいの時間が経ち始めただろうか。時が止まったように、静かな時間が流れていく。けれど、それは修哉が集中している証拠だ。
ふと修哉の後方から、水滴が落ちるような音が響き渡った。
その音につられ、修哉は後方の上を見つめる。
すると、一際輝く氷の結晶が二つ、修哉達が入って来た狭い脇道の入口の天井にあるということに気が付いた。
この場所は、美しい。
その理由は、この空間に散りばめられている数多の氷の結晶が光を放っているからだ。そして、その光を受け、別のモノも光を放つ。
しかし、ただ結晶だけしかなかったら、ここまで輝かなかっただろう。この結晶の効能を最大限発揮できるよう助長しているのが、あの一際輝く結晶だ。
このような場所は、他にはないだろう。
「……師匠、ここは秘境です」
修哉は今まで錬と旅をしてきたことを基に、見て聞いたことを分別した。そして、その結果を、堂々と師の前で告げる。
「本当にそう思うのかい?」
「はい、ここは秘境です」
修哉は錬に否定されたとしても自分の考えを変えなかった。何故なら、しっかりとこの場所が秘境だと言える根拠を確認したからだ。
「でも、彼らはプロのトレジャーハンターだ。間違っていることを言っているとは思えないけど」
「それでも」
誰がどのような意見を言って来ても、修哉には関係がなかった。きっとこの意志は、錬にも曲げられない。
なぜなら――、
「この場所は秘境なんです!」
修哉は見て聞いたことを分別し、確認し、判断した。
だからこそ、確信を持って言える。
修哉が今抱いている感動を、この確信がもたらしてくれているに違いない。
修哉は子供のようにキラキラとした笑顔を錬に見せた。
「そうか……」
錬は修哉の言葉を聞いて、顔を下に向けた。その錬の姿を見たとしても、修哉の確信と感動は揺らがなかった。
「正解だ。よくこの秘境までたどり着くことが出来たね」
錬は顔を修哉に向けると、満面の笑みを見せた。そして、修哉の方に近づき、修哉の頭を撫でた。
「へへへ」
修哉は錬に頭を撫でられて、さらに心の中で感動が渦巻いた。
「あそこにある大きな二つの結晶が、この場所を更に輝かせているんだ」
とある場所に存在する一つ一つは小さくても、そこに大きく光るモノがあれば、それだけでその場所の価値は上がり、小さなモノの価値までも上がってくる。
石油を掘り出せるから、その土地全体に価値が生まれ出すように、万事がそうだ。
だから、この秘境も秘境としての価値が生まれている。
「人間も同じで、才能であれ事実であれ、自分の中に一つでもこれだというモノを発見すると、そのことが自分を輝かせ、自信が湧くようになる」
錬の言うことに納得した修哉は、大きく頷いた。
今、実際にここが秘境だという確信を持っていたからこそ、錬の質問にも揺れないほどの自信が湧いているということを実感しているからだ。
「……でも、師匠はどうして俺を試すような質問をしたんですか?」
修哉は頭に浮かぶ疑問を、錬に訊ねた。
こんな真似をしなくても、正解ならば正解だとすぐに言ってくれれば、頭を悩ませずに済んだはずだ。
「修哉がちゃんと価値を見極められるか、知りたかったんだ。価値を知らない者は、貴重な秘境を見ても、その秘境を秘境だと認めることをしないし、また他の地域と比較して批判したりする。本来は比べるべきものでもないのに、だ」
錬の言葉を聞いた時、修哉はギルとシンのことを思い出した。
ギルとシンはこの場所をしっかりと確認せず、容易に手に取れる価値しか求めていなかったため、この秘境を認めることが出来なかった。いわゆる、金銀財宝、富と名誉にしか、価値を置いていなかったのだ。
「しかも、批判者達は、それを自分の心だけに留めようとせず、何も知らない人にも伝えようとする。見て聞くだけで自分で判断が出来ない人は、その批判の言葉に騙され、本当に価値のあるモノも分からなくなり、結局は価値のないモノとして認識するようになる」
「その通りです。俺も、考えることを止めていたら……」
修哉が否定的な考えに陥ろうとした時、錬は首を横に振った。
「でも、修哉は批判者達に惑わされずに、本当に価値のあるモノを分かることが出来たじゃないか」
錬はニコリと笑う。
「いいかい? 冒険家として、という話ではなく、人間としても分からないということは残念で不幸で可哀想なことなんだ。修哉は、これからもそうなってはいけないよ」
錬はいつも冒険家としての心得で終わらせるのではなく、人間的に成長できるように話をしてくれる。
錬から受けた教えを、初めて自分の力で見つけた秘境の景色と共に、修哉は心に刻んだ。
***
「太陽が眩しいですね」
秘境を見つけ終え、最初に入ってきた洞穴から出ると、既に太陽が眩く顔を出していた。
最初に来た時は、雪が降っていて寒かった。まだ雪が解けているという訳ではないのだが、太陽のおかげで今回の冒険の序盤ほど寒さを気にすることはない。
その当たり前のことが、今は何故かとても嬉しい。
修哉は体を太陽に向かって伸ばしながら、錬に語り掛けるような、空に向かって語りかけるような、どちらとも取れるような口調で言った。それから、体を伸ばしながら、横に揺らしたりもした。居ても立っても居られず、とにかく体を動かしたかった。
まだ秘境を見つけた時の感動、そして、錬からもらった言葉の力が修哉の心を燻っているのかもしれない。
「修哉」
体をじっとさせていることが出来ずに動き続けていた修哉に、錬は修哉の名前を呼んだ。修哉は錬に体を向ける。
「修哉が挑戦すると決めたからこそ、修哉が抱いている感動は本物なんだ。これからも、共に挑戦していこう」
笑みを見せる錬は、修哉に右拳を向けていた。
(共に、挑戦……)
修哉はその言葉を心の中で噛みしめた。噛みしめる度に、口角が上がっていくのが分かる。
ようやく修哉は、一人の冒険家として認められた気がした。といっても、まだまだ足りないことは重々承知だ。
それでも今は、冒険家への道を一歩踏み始めただけだとしても嬉しかった。
「――はい! 師匠、これからもよろしくお願いします」
そして、修哉は錬の拳に自らの左の拳をぶつけた。
どうして今日という日に、錬が修哉自らを行動させるようにしたのか、その理由はハッキリとは分からない。前回でも次回でもなく、今回の冒険だったのはどうしてか。
けれど、それは考えても仕方のない事だ。
それよりも、これからも錬と冒険をし、自分を成長させることが出来るということが修哉にとって望みだった。
(今はまだ師匠がいないと何も出来ない俺だけど)
そして、修哉には錬にも話していない密かな夢があった。
(いつかは師弟としてではなく、一人のパートナーとして冒険をしてみせる)
修哉はまだ見ぬ秘境を目指して、そして、もう一つの夢を叶えるために偉大な一歩を踏み始めた。
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