英雄の弾丸

葉泉 大和

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4-07 ガルフの狙い

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 まるで空を滑るようにクルムへと迫るガルフの初撃――、それは何の捻りもない空間を切り裂くような縦の一振りだった。

 雨音を切り裂くガルフの剣撃を、クルムは出来るだけ距離を開くように横に飛ぶことで躱す。

「そう簡単には逃がさねェ!」

 しかし、ガルフはクルムが横に避けたことを確認すると、すぐさま方向転換。足場も悪いというのに、そんなハンデを感じさせない動きを見せ、再度クルムに空を滑るように迫る。

「……くっ」

 クルムは横飛びの態勢からガルフに向けて弾丸を放った。弾丸は真っ直ぐにガルフを捉えられる軌道に入っている。
 地に足を着けていない状態では、いくらガルフでもクルムの弾丸を躱すのは難しいだろう。

 けれど、ガルフは避ける素振りを見せることなく、

「甘ェ!」

 豪快に剣を横薙ぎに振るった。すると、クルムが放った弾丸は、ガルフに到達する前に爆発した。ガルフの剣の衝撃が、弾丸を一っ切りにしたのだ。
 そして、尚ガルフの勢いが止まることはない。

 弾丸を放った隙に態勢を整えたクルムは、続けてガルフに向けて弾丸を放つ。

「何度やっても無駄だっつーの! 結果は変わらねェ!」

 一切速度が落ちる様子のないガルフは、再び迫り来る弾丸に剣を振るう。先ほどと同様、斬撃波が弾丸を斬り裂いた。

「僕も同じ手が通じるとは思っていませんよ、ガルフさん」

 余裕のあるガルフが先ほどと同じように、躱すことなく剣で強引に対処して来ることをクルムは予想していた。

 だから、クルムは先ほどとは違う軌道でもう一発弾丸を放っていた。

 クルムが放った弾丸は、空を切り裂き、雨を穿つ勢いで、ガルフが振るったばかりの右腕に真っ直ぐ向かっている。

 いくらガルフの動きが速いとはいえ、剣を振り切った後の開いた腕では弾丸を止める術はないはずだ。しかも、弾丸は無防備となったガルフの利き腕を狙っている。
 ガルフは剣を振り切った状態のまま、止まることを知らない獣のようにクルムへと突撃を続けている。

 このままクルムが放った弾丸がガルフの右腕を貫く。そう思った矢先――、

「こんな子供騙しの攻撃、俺が喰らうかよォ!」

 ガルフはスピードを落とすことなく、振り抜いていた腕を下から上へと動かした。その動きは、剣を持っている者の動きとは思えず、まるで棒切れを軽々しくぶん回すような動きだった。

 そして、剣に当たった弾丸は、斬られる訳でもなく空へと打ち上げられてしまった。

 想像以上のガルフの動きの速さに驚き、クルムは思わず弾丸の行方に一瞬目を向けた。

「どこ向いてんだ、アーレント?」

 その刹那の隙を突かれ、いつの間にかクルムの横にまでガルフが迫っていた。

「戦いの最中によそ見してるようじゃ、まだまだだなァ!」
「――ぐッ」

 容赦なく振り下ろされたガルフの剣を、クルムはなんとか銃を盾代わりに使い、直撃を避ける。

 しかし、ガルフの攻撃は速く、重かった。
 クルムは耐え切ることが出来ず、そのまま吹っ飛ばされてしまった。近くにあった瓦礫に、身体が叩きつけられる。

「ッ」

 思わず、クルムの口から呻き声が漏れる。まだ癒えていないオーヴで戦った時の傷が、今のダメージに更に追い打ちを掛けている。

「おいおい、まさかもう限界だって言うつもりじゃねーよな……?」

 雨の中を音もなく歩くガルフは、まるでクルムの首を刈りに来た死神のようだった。目の前の死神は、余裕に満ち満ちた表情で笑みさえ浮かべている。

 ただ雨に打たれ瓦礫にもたれかかっているクルムは、言葉を返さなかった。

「いい気味だな、アーレント。これが今の俺とお前との差だ」

 ゴーグルをつけたままのガルフは、剣を構えることなく語り出す。ゴーグルのせいで、ガルフがどんな瞳を浮かべているのかは分からない。

「俺はな――、お前が終の夜を抜けてから何度も何度も死線を掻い潜って来た。お前が英雄だと周りから祀り上げられて新しい組織を作り上げられていた時も、数え切れないほどの悪魔を滅ぼした。お前はどうだ? 終の夜を裏切って、何を残して来た?」
「――」

 過去の記憶の断片が、走馬灯のように甦る。
 ガルフの言う通り、クルムの思い描いた通りには事が進んでいなかった。笑顔と優しさの裏で、もがき苦しむことの方が多かった。

「……俺はまだ、お前が終の夜を抜けたことを認めちゃいねェんだ」

 ガルフは淡々とそう言った。

 クルムはぎゅっと唇を噛み締めるだけで、ただただ雨の音だけが響くだけだった。

「……なァ、アーレント。戻って来いよ、終の夜に。この混沌とした世界を変えるには、一人でも多くの力が必要だ」

 ガルフは瓦礫に持たれかかっているクルムに、そっと手を差し伸ばした。先ほどまでの攻撃的で高圧的な口調とは打って変わった、穏やかな口調だった。

 終の夜は大きな組織ではあるとはいえ、人手が足りている訳ではない。

 完全に悪魔に心を奪われた人間は、我を忘れ、永遠に満たされることのない心の器を満たすために全てを破壊するだけの化け物へと変わる。人間の力を十二分にも引き出された悪魔人によって命を落とす終の夜のメンバーも少なくない。

 それに加え、人々が悪魔の正体を知らずにいるから、新メンバーが加わる機会がそう多くない。終の夜に新たに人員が加わる主な要因は、現メンバーが直接誘い込むか、悪魔に襲われているところを助けてもらい従うか、ごく稀に自分から加入しにくるかの三つだ。

 だから、クルムのように方針は違えども、悪魔のことをしっかりと認識し、戦うことが出来る人材は、このダオレイスでは貴重な存在だ。

 クルムは雨に打たれながら、口を噤んで思案している。

「……別にお前のやり方で終の夜に参加したって構わねェ。もっとも、効率は悪いけど悪魔がこの世から少しでもいなくなるなら、それがいい。どうしようもない時は、最終手段で終の夜の方法を取ってもらえば、誰も文句は言わねェさ」

 さらに追い打ちを掛けんばかりに、ガルフが言葉を口にする。

「……そう、ですね」

 雨音にかき消されてしまいそうなほどか細いクルムの声だったが、ガルフは聞き逃さなかった。ガルフの耳に、確かにクルムの肯定する言葉が届いた。

 ガルフを相手に、今のクルムでは勝ち目はない。攻撃を当てることも、防御に徹することも出来ないクルムでは、どうすることも出来なかった。
 だから、クルムがガルフの提案を受け入れることも仕方のないことだと言えた。

「フッ、分かってくれたようで何よりだ。今の時間でお前の実力を見させてもらったが、そこまで腕が鈍っているようでもなかったしな。元々傷だらけの体で、俺の攻撃を耐えられるなら上等だ」

 ガルフはクルムの言動を受けて、ニヤリと歯を見せた。またクルムと一緒に悪魔からダオレイスを守ることが出来る。

 元々、ガルフ達がクルムと接触を図ろうとしたのも、クルムを終の夜に誘い込むことが目的だった。
 そして、ゲームという形を取り、クルムの現在の実力を確かめて、改めて本当にクルムが今の終の夜に必要かどうか判断する。
 断られたら、別の方法を取ろうとしていたが、その選択を取らずに済みそうで良かった。

「……」
「……」

 互いにこれ以上の言葉はなかった。

 クルムがガルフの手を握れば、これで終わりだ。後は逃がしたペシャルの残党を処理して、ダイバースを去るだけだ。そして、終の夜に戻ったクルムの思考を、終の夜の思考へと変えていく。

 伸ばしたクルムの手がガルフの手に届こうとした瞬間――、

「……ッ!?」

 乾いた音が雨音を一瞬の間打ち消した。

「――何の真似だ?」

 ガルフは払われた手をそっちのけにして、怒りにまみれた感情を声に乗せて問いただす。

 ゆっくりとふらふらとした体で立ち上がると、クルムは真っ直ぐに前を見通し、

「ガルフさんの申し出、丁重にお断りさせて頂きます。終の夜の方法では、本当の意味でこの世界を救うことは出来ません。だから、たとえどれだけ時間が掛かろうとも、僕は終の夜とは別の方法で、世界と人を救います」

 銃口をガルフに向けた。

 クルムが終の夜を抜けてから、色々なことがあった。多くの人に裏切られ、世界中から誤解され、敵意を向けられるようにもなった。

 残したものよりも、失ったものの方が多いのかもしれない。

 けれど、それでもクルムは自分の選択を間違ったと思ってはいない。

 ――終の夜では救えなかった命を、クルムは確かに救うことが出来たのだから。

「……それに、僕が一度決めたら最後まで突き進むことは、ご存じでしょう?」

 クルムの体は限界を迎えているはずなのに、その瞳は力強くガルフのことを捉えていた。辛く過酷な道になると分かっていながらも、ガルフと戦うことも、悪魔と戦うことも、そして世界の運命とも戦うことも、クルムは全てを諦めていなかった。

 戦力的にも状況的にも、ガルフの方が圧倒的に有利にも関わらず、ガルフは自分でも無意識に一歩後ずさっていた。

 これが、クルム・アーレントだ。
 どんな絶望的な状況にいたとしても、自分の意志は曲げようとしない鋼の意志を持った人物。そして、その意志を前にした人は、惹かれ、もしくは気圧されてしまうのだ。

 ガルフは剣を握る手を強くする。
 クルムを相手にするのならば、クルムのペースに呑まれてはいけない。クルムに一瞬の隙も与えてはいけない。

 己にそう命じると、ガルフはゴーグル越しに映るクルムの姿を睨み付け、

「……俺にやられている奴が何を言ったって戯言にしか聞こえねェんだよ!」

 再びガルフは地を蹴り、クルムに向かって跳んで行った。

「そこまで言うなら、俺を倒してみろよ! アーレントォ!」

 ガルフは瞬く間にクルムの懐に入り込み、辻斬りの如く剣を振るった。先ほどよりも速く強く重い、渾身の力を込めた一撃だ。

 本気を出していなかったガルフの攻撃でさえも、クルムは受け止めることが出来ず、瓦礫へと叩きつけられたのだ。この攻撃をクルムがまともに避けられるはずがない。

 すれ違いざまに、まさしくクルムの胴を真っ二つにする一閃が入る――

「……なッ!?」

 ――はずだった。

 しかし、ガルフの想像に反し、クルムの胴へと目がけていた軌道がほんの僅かに逸らされた。それにより、急に止まることの出来ないガルフは瓦礫の山に突っ込む形になる。

「な、ろォォォオオオォ!」

 瓦礫に突っ込んでダメージを負うことがないように、ガルフは吼えながら剣を振った。元々崩れていた建物の残骸が、更に粉々にされていく。
 そして、ガルフは勢いを殺すように自らの体を軽々しく捻ると、地面に足を着けた。

 何が起きたのか状況把握をするために、ガルフはクルムの方を見る。すると、クルムが構えている銃身から煙が立ち上っていた。

 つまり、今回はガルフの攻撃を受け止めるのではなく、いなすことに専念したようだ。確かにその方法であるならば、ガルフの攻撃と正面からぶつかることなく、むしろガルフの力を利用することが出来るから、最小限のリスクで対処出来る。

 クルムは黄色い銃を力強く握り締めた。

「ガルフさんの言う通り、言葉で言うだけなら簡単です。実際に成さなければ、それは戯言に過ぎないでしょう」

 たった一回、クルムがガルフの攻撃をいなしただけで、依然としてガルフが有利な状況であることは変わっていない。

 それにも関わらず、クルムは迷いのない希望に満ち満ちた黄色い双眸でガルフを射通し、

「だから、僕はこの勝負に勝って証明します。誰も傷つかない方法で、ダオレイスと人を悪魔の手から救い出していくと!」

 暗く立ち込める雨雲の下、変わらない信念で突き進んでいくことを、声高らかに宣言した。
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