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4-03 見向きもされない町
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***
スーデル街道の離れに位置するダイバースは、雷雨という天候も相まってか不穏な空気が漂っていた。
この悪天候の中だからということもあるが、町を出歩いている人はまずどこに見受けられない。それどころか、町の外観の一部が所々で破損している場所がある。見た瞬間、人がおらず空き家となっていると分かるほど、荒れた建物もあった。きっと修繕されることもなく、放置されているのだろう。
ダイバースに入って、何とか雨宿りが出来る場所をクルム達は見つけることが出来たが、それでも、簡易的な作りの屋根のせいか、雨漏りが発生していてポタポタと水滴が落ちてしまっている。しかし、雨の中を野ざらしに歩くよりは幾分もマシだった。
「クルムの言う通り、ここまで避難してよかったな。めっちゃ雨が強くなってるぞ」
シンクは濡れた髪を拭きながら、言葉を漏らす。スーデル街道から走り始めた時よりも、雨脚が強くなっていた。あのままスーデル街道を進み続けていたら、服も荷物も何もかもがずぶ濡れになり、旅に支障が出るところだった。
クルムはシンクに同調するように苦笑いを浮かべる。
しかし、リッカは同じ景色を見ながら全く異なる感想を抱いていた。
有名な場所から離れれば離れるほど、混沌としてしまう傾向があることをリッカは知識として知っていた。実際、オーヴから離れた場所にあったバルット荒地の状況も目にした。
けれど、このダイバースという町は――、
「……想像以上にひどい状況に陥っているのね」
リッカは降りしきる雨の町を見ながら、唇を噛んだ。
きっとクルムが行くと言わなければ、この町の実情をリッカが知ることはなかった。そう考えると、リッカは自身が世界政府という肩書きを持っているというのに、活かせていないということを認めざるを得ない。
このダオレイスという世界には、多くの町があり、その中には当然把握しきれない町もある。世界政府という巨大組織でも、手が回らない状況が現実だ。
リッカは手にしているエインセルを強く握りしめた。
「……そうですね。けれど、ダイバースがこのような状況になったのには理由があるはずです。理由を知るために、町を散策して情報を集めたいのですが――」
クルムが最後まで言葉を言い切る前に、雷が轟いた。雷をきっかけに、更に天候が荒れ、視界すら霞むほどだ。この天候の中を歩いていけるのは、命知らずな人物か勇敢な人物くらいだろう。
「少しだけここで様子を見ますか」
異論のないリッカとシンクは、小さく頷いた。
三人は雨が止むのを待つために、それぞれ違った行動を取っていた。クルムは特に行動することもなく、まるで見張りのように前方を見つめている。リッカは少しでも情報を得ようとエインセルを触り、シンクは壁に寄りかかって体を休めていた。
しかし、そのように雨が降り止むのを待てども、一向に晴れる気配はない。むしろ、強くなる一方だった。
クルムは小さく息を吐き、マントを口元に当てると、
「僕、少し町の様子を見てきます」
屋根という安全地帯から外に出ようとした。
「ちょ、ちょっと待ってよ。こんな雨の中だと、ろくに町の様子を調べることも出来ないんじゃない?」
「確かに無駄に雨に打たれるだけになるかもしれません。けど、僕がこの町に来ようと言った理由を覚えていますか?」
「……雨宿りするため、だろ」
「雨宿りのためだけに来るわけないでしょ。そんなに時間も経っていないのに忘れるんじゃないわよ」
「は、はぁ? クルムは確かにそう言ったし!」
呆れるリッカの声に、シンクはむきになったように反論する。
確かに子供であるシンクなら、後から聞いた言葉に上書きされても仕方がないのかもしれない。
「あ、あはは。確かにシンクが言ってくれたことも理由の一つにあります。でも――」
「――この町に助けを求める人がいるから、でしょ?」
リッカの答えに、クルムは静かに頷く。
「リッカの言う通りです。この町に足を運んで確信しましたが……、調べていないので原因は分かりません。だから、直接足を運んで調べに行こうかと」
「なら、私達も一緒に行くよ」
「いえ、何があるか分かりませんから、リッカとシンクはここで待っていてください。大丈夫です、すぐに戻りますから」
そう言うと、クルムは柔らかく微笑んだ。
しかし、クルムの言うことをリッカは素直に受け止めることが出来なかった。クルム・アーレントという人間は、厄介事でも迷いなく首を突っ込むタイプだ。もし、道端で困っている人物に出会ったら、迷いなく手を伸ばす。そうしたら、すぐになんて終わらない。
今まで三つの町を一緒に回った経験上、断言することが出来る。
「でも、オーヴでの傷も癒えていないし、この状況の中だといくらクルムでも無謀なんじゃない? せめて、雨が上がるまで休んでいても――」
「――もし僕が動かないことで誰かが傷ついているとしたら、僕は赦せないんです」
その力強い言葉に、リッカは思わず言葉を失くしてしまった。クルムの瞳には、迷いがない。一体クルムをそこまで突き動かしてしまう原動力はどこから出て来るのだろうか。
リッカも世界政府の一員なのだから、人より正義感が強い方だと思っている。しかし、それにしてもクルムの人を思う気持ちは並外れていた。世界政府の中でも、クルムほどの思いを持って、世界の平和を守ろうとしている人がいるだろうか。
何も言わないリッカに、クルムは認めてくれたと思ったのか、
「では、行って来ます」
雨除けの屋根から体を出そうとした。
しかし、その時――、
「誰かいるんですか?」
この土砂降りの天気の中を、傘を差した一人の影がクルム達に近づいて来た。いきなり声を掛けられたことに加え、目の前の人物の顔かたちが分からなかったため、クルム達は警戒を最大限に払う。
しかし、それでも影は、一歩一歩迷いなく距離を詰めて来る。
この不穏な雨の中でも正体の分からないクルム達に恐れもせずに近づいて来るとは、相当な実力者か、あるいは怖いもの知らずで無頓着な人間だ。
そして、ようやく雨に紛れた影が足を止めた。目の前の人物は、屈強な体つきをしておらず、むしろ痩せ細った貧相な体をしていた。顔つきもどこか骨ばっていて、申し訳ないながらその瞳からは生気を感じられなかった。見た目からしたら、戦闘には不向きな外見をしていると言っていいだろう。
「……あなたは?」
警戒を解いたクルムは、目の前の痩身な男に問いかけた。
「オッドと言います。ダイバースの住人です」
オッドと名乗った男は、「失礼します」と頭を下げると、傘を畳んでクルム達のいる軒下に入り込んだ。
「いやぁ、今日は本当に雨が強いですね。この町でここまで降るのは久し振りです」
オッドは何もする訳でもなく、三人の気も知らずに呑気に世間話まで始めてしまう。同じ空間にいても、オッドからは何も感じられなかった。オッドの言う通り、本当にダイバースの住人なのだろう。リッカもシンクも警戒を解いた。
「ところで、あなた達は旅人ですか?」
おっとりとしたオッドの口調に、クルム達は自己紹介をしていなかったことに思い至る。
「はい、そうです。私はリッカ・ヴェント」
「シンク・エルピスだ!」
「僕はクルム・アーレントです。シンギルに向かう途中、この町で雨宿りをしていました」
「シンギルですか。グリーネ大国の中心都市ですから、きっとこの町とは比較にならないほど綺麗な町なんでしょうね」
遠い目を浮かべながら、オッドは夢見心地に語る。
オッドの言う通り、シンギルは商業や芸術、科学など全ての分野において長けている。ダオレイスの最先端を行く都市とも言われるほど、世界に与える影響は大きいのだ。シンギルの凄さを一目見ようと、ダオレイス中から観光者が集まって来るほどである。
シンクはオッドの言葉でシンギルに対する期待値を高めたのか、嬉しそうに拳を握っている。
しかし、喜々としたシンクに対して、クルムとリッカは浮かない顔だ。
「ダイバースは――」
「暗い町……ですよね」
言いにくいことを言おうとしたクルムの言葉を、オッドは途中で引き継いで自嘲気味な笑みを浮かべながら言った。
スーデル街道の離れに位置するダイバースは、雷雨という天候も相まってか不穏な空気が漂っていた。
この悪天候の中だからということもあるが、町を出歩いている人はまずどこに見受けられない。それどころか、町の外観の一部が所々で破損している場所がある。見た瞬間、人がおらず空き家となっていると分かるほど、荒れた建物もあった。きっと修繕されることもなく、放置されているのだろう。
ダイバースに入って、何とか雨宿りが出来る場所をクルム達は見つけることが出来たが、それでも、簡易的な作りの屋根のせいか、雨漏りが発生していてポタポタと水滴が落ちてしまっている。しかし、雨の中を野ざらしに歩くよりは幾分もマシだった。
「クルムの言う通り、ここまで避難してよかったな。めっちゃ雨が強くなってるぞ」
シンクは濡れた髪を拭きながら、言葉を漏らす。スーデル街道から走り始めた時よりも、雨脚が強くなっていた。あのままスーデル街道を進み続けていたら、服も荷物も何もかもがずぶ濡れになり、旅に支障が出るところだった。
クルムはシンクに同調するように苦笑いを浮かべる。
しかし、リッカは同じ景色を見ながら全く異なる感想を抱いていた。
有名な場所から離れれば離れるほど、混沌としてしまう傾向があることをリッカは知識として知っていた。実際、オーヴから離れた場所にあったバルット荒地の状況も目にした。
けれど、このダイバースという町は――、
「……想像以上にひどい状況に陥っているのね」
リッカは降りしきる雨の町を見ながら、唇を噛んだ。
きっとクルムが行くと言わなければ、この町の実情をリッカが知ることはなかった。そう考えると、リッカは自身が世界政府という肩書きを持っているというのに、活かせていないということを認めざるを得ない。
このダオレイスという世界には、多くの町があり、その中には当然把握しきれない町もある。世界政府という巨大組織でも、手が回らない状況が現実だ。
リッカは手にしているエインセルを強く握りしめた。
「……そうですね。けれど、ダイバースがこのような状況になったのには理由があるはずです。理由を知るために、町を散策して情報を集めたいのですが――」
クルムが最後まで言葉を言い切る前に、雷が轟いた。雷をきっかけに、更に天候が荒れ、視界すら霞むほどだ。この天候の中を歩いていけるのは、命知らずな人物か勇敢な人物くらいだろう。
「少しだけここで様子を見ますか」
異論のないリッカとシンクは、小さく頷いた。
三人は雨が止むのを待つために、それぞれ違った行動を取っていた。クルムは特に行動することもなく、まるで見張りのように前方を見つめている。リッカは少しでも情報を得ようとエインセルを触り、シンクは壁に寄りかかって体を休めていた。
しかし、そのように雨が降り止むのを待てども、一向に晴れる気配はない。むしろ、強くなる一方だった。
クルムは小さく息を吐き、マントを口元に当てると、
「僕、少し町の様子を見てきます」
屋根という安全地帯から外に出ようとした。
「ちょ、ちょっと待ってよ。こんな雨の中だと、ろくに町の様子を調べることも出来ないんじゃない?」
「確かに無駄に雨に打たれるだけになるかもしれません。けど、僕がこの町に来ようと言った理由を覚えていますか?」
「……雨宿りするため、だろ」
「雨宿りのためだけに来るわけないでしょ。そんなに時間も経っていないのに忘れるんじゃないわよ」
「は、はぁ? クルムは確かにそう言ったし!」
呆れるリッカの声に、シンクはむきになったように反論する。
確かに子供であるシンクなら、後から聞いた言葉に上書きされても仕方がないのかもしれない。
「あ、あはは。確かにシンクが言ってくれたことも理由の一つにあります。でも――」
「――この町に助けを求める人がいるから、でしょ?」
リッカの答えに、クルムは静かに頷く。
「リッカの言う通りです。この町に足を運んで確信しましたが……、調べていないので原因は分かりません。だから、直接足を運んで調べに行こうかと」
「なら、私達も一緒に行くよ」
「いえ、何があるか分かりませんから、リッカとシンクはここで待っていてください。大丈夫です、すぐに戻りますから」
そう言うと、クルムは柔らかく微笑んだ。
しかし、クルムの言うことをリッカは素直に受け止めることが出来なかった。クルム・アーレントという人間は、厄介事でも迷いなく首を突っ込むタイプだ。もし、道端で困っている人物に出会ったら、迷いなく手を伸ばす。そうしたら、すぐになんて終わらない。
今まで三つの町を一緒に回った経験上、断言することが出来る。
「でも、オーヴでの傷も癒えていないし、この状況の中だといくらクルムでも無謀なんじゃない? せめて、雨が上がるまで休んでいても――」
「――もし僕が動かないことで誰かが傷ついているとしたら、僕は赦せないんです」
その力強い言葉に、リッカは思わず言葉を失くしてしまった。クルムの瞳には、迷いがない。一体クルムをそこまで突き動かしてしまう原動力はどこから出て来るのだろうか。
リッカも世界政府の一員なのだから、人より正義感が強い方だと思っている。しかし、それにしてもクルムの人を思う気持ちは並外れていた。世界政府の中でも、クルムほどの思いを持って、世界の平和を守ろうとしている人がいるだろうか。
何も言わないリッカに、クルムは認めてくれたと思ったのか、
「では、行って来ます」
雨除けの屋根から体を出そうとした。
しかし、その時――、
「誰かいるんですか?」
この土砂降りの天気の中を、傘を差した一人の影がクルム達に近づいて来た。いきなり声を掛けられたことに加え、目の前の人物の顔かたちが分からなかったため、クルム達は警戒を最大限に払う。
しかし、それでも影は、一歩一歩迷いなく距離を詰めて来る。
この不穏な雨の中でも正体の分からないクルム達に恐れもせずに近づいて来るとは、相当な実力者か、あるいは怖いもの知らずで無頓着な人間だ。
そして、ようやく雨に紛れた影が足を止めた。目の前の人物は、屈強な体つきをしておらず、むしろ痩せ細った貧相な体をしていた。顔つきもどこか骨ばっていて、申し訳ないながらその瞳からは生気を感じられなかった。見た目からしたら、戦闘には不向きな外見をしていると言っていいだろう。
「……あなたは?」
警戒を解いたクルムは、目の前の痩身な男に問いかけた。
「オッドと言います。ダイバースの住人です」
オッドと名乗った男は、「失礼します」と頭を下げると、傘を畳んでクルム達のいる軒下に入り込んだ。
「いやぁ、今日は本当に雨が強いですね。この町でここまで降るのは久し振りです」
オッドは何もする訳でもなく、三人の気も知らずに呑気に世間話まで始めてしまう。同じ空間にいても、オッドからは何も感じられなかった。オッドの言う通り、本当にダイバースの住人なのだろう。リッカもシンクも警戒を解いた。
「ところで、あなた達は旅人ですか?」
おっとりとしたオッドの口調に、クルム達は自己紹介をしていなかったことに思い至る。
「はい、そうです。私はリッカ・ヴェント」
「シンク・エルピスだ!」
「僕はクルム・アーレントです。シンギルに向かう途中、この町で雨宿りをしていました」
「シンギルですか。グリーネ大国の中心都市ですから、きっとこの町とは比較にならないほど綺麗な町なんでしょうね」
遠い目を浮かべながら、オッドは夢見心地に語る。
オッドの言う通り、シンギルは商業や芸術、科学など全ての分野において長けている。ダオレイスの最先端を行く都市とも言われるほど、世界に与える影響は大きいのだ。シンギルの凄さを一目見ようと、ダオレイス中から観光者が集まって来るほどである。
シンクはオッドの言葉でシンギルに対する期待値を高めたのか、嬉しそうに拳を握っている。
しかし、喜々としたシンクに対して、クルムとリッカは浮かない顔だ。
「ダイバースは――」
「暗い町……ですよね」
言いにくいことを言おうとしたクルムの言葉を、オッドは途中で引き継いで自嘲気味な笑みを浮かべながら言った。
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