英雄の弾丸

葉泉 大和

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3-16 勝利への活路

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 戦いを繰り広げるリッカとアンガスは、互いの動きを探り合うような膠着状態に陥った。

 リッカはここでようやく一呼吸する。
 この状況をどう打破すべきか――、リッカはその答えを見つけるため思考を回転させた。
 何か変化を加えなければ、リッカはただアンガスの攻撃を防ぐだけで終わってしまう。否、時間が経つに連れてリッカにとって不利な状況へと変わっていくだろう、
 リッカは考える。力のない自分がどうしたら勝つことが出来るだろうか。

 ここまでアンガスと対峙して分かったことがある。

 アンガスの得意な遠距離での攻撃を防ぎ、尚且つ接近戦にも持ち込ませない距離。加えて、リッカの鞭が届く最適な距離。

 その距離を見つけることが、リッカの勝利への鍵になる。

「――」

 リッカは自分を落ち着けるように、周りを見た。
 息を荒げるアンガスの後ろには、メルコス組がいる。用心棒となるフランはただ静かに戦況の行く末を見守っている一方で、その親玉であるティルダは部下が思うように仕事をしないことに対して苛立ちを覚えているようだ。

 リッカは視線を移した。
 元々この場所は何に使われていたのかは分からないが、壁際にはコンテナのような箱がいくつも積み重なっていた。

 そして、リッカは背後を向いた。
 そこにはリッカのことを心配げに見つめているクルムがいた。けれど、助けに来ずにずっと見守っているだけということは、リッカのことを信頼しているという証拠だろう。

 その事実に、こんな切羽詰まった状況にもかかわらず、リッカの口から思わず笑いが漏れた。

 早くこの場を解決して、クルムとシンク、更には連れ去られた子供達と一緒に、オーヴの町に帰らなければならない。

 そうリッカが考えた時だった。

「アンガァァスッ!」

 ふとメルコス組のアジトの中に、怒声が響き渡った。リッカはその声に驚いたが、それよりも更に驚愕の表情を見せているのは、名前を呼ばれた本人であるアンガスだった。

 アンガスは恐る恐る背後を向いた。
 アンガスの視線の先には、苛立ちを一切隠そうとしないティルダがいた。

「お前、女一人にいつまで時間かけてんだよ! 俺の顔に泥を塗るつもりじゃねェだろうな?」
「も、申しわ――」
「俺は言葉を聞きたいんじゃない。一秒でも早く結果を見せろ。さもなくば、フランと交代するぞ」
「――ッ!」

 リッカに顔を向き直したアンガスは、切羽詰まっていた。

 まだリッカにはティルダとフランの恐ろしさが分かっていない。けれど、アンガスがここまで脅えるということは、ティルダが仲間に対しても容赦がない性格をしていることだけは推測できる。

 しかし、リッカにはそれでもアンガスに同情することは出来なかった。
 リッカがアンガスに同情し、力を緩めてしまえば、シンクとオーヴの子供達の命を放してしまうことになるからだ。

「遊びはここまでだァ!」

 声を荒げるアンガスは懐から、幾つもの手榴弾を取り出し、空に放った。今までの攻撃とは倍以上も数が違っている。どうやら本気で勝負を仕掛けに来たようだ。

 だが、リッカには動揺も何もなかった。むしろ、ここが踏ん張りどころであり、好機だとさえ考えていた。

 焦燥と怒りに身を任せ、冷静な判断を欠いている今のアンガスの状態ならば、少し上手くやり繰りすれば、リッカにも勝機を見出すことが出来る。
 今だって手榴弾の数は多いが、ただ己の力を鼓舞するだけの物で、そこには緻密な戦略はなかった。つまり、ただ手榴弾の爆発に気を付ければ、切り抜けることはそう難しくはない。鞭を振るうのは、自分の近くに手榴弾が来た時だけで十分だ。

 リッカは覚悟を決めるように、一度だけ鞭を強く握り直した。
 そして、手榴弾の雨が降り注ぐ中、リッカはアンガスに向かって駆け出す。

 先ほどのリッカの予想は正しく、リッカがアンガスに近づくのは容易だった。

 自身の持てる力を惜しみなく発揮したはずのアンガスの顔に、更に焦燥と怒りの色が濃く刻まれる。

「――ふっ!」

 そして、そのアンガスの隙をついて距離を詰めたリッカは、思い切り鞭を振った。走らせた鞭は、潜り込むようにアンガスの足元へと向かっていく。

「……ハッ、動きが単調すぎるんだよ!」

 自身に攻撃が迫っていることにアンガスは遅れて気が付いたが、それでも軽く跳ぶことで、難なく鞭を躱した――はずだったのに。

「ッ!?」

 気付けば、アンガスの横腹が鞭に叩かれていた。アンガスの想像以上の威力を持っていた鞭により、アンガスの体は横に流された。

「――一体、何が……?」

 鞭の軌道を読んで完全に避けたはずだったのに、どうして攻撃を受けているのか。アンガスは立ち止まると、疑惑の瞳を抱えながらリッカのことを睨みつけた。

 リッカは鞭の感覚を確かめるように、その場で何度か素振りをすると、アンガスに再び向かって走り出した。攻撃の手を止めることはしない。

 リッカはここで勝負を仕掛けることにした。

「てぃっ!」

 駆けるリッカは、アンガスに向けて鞭を振った。そのスピードは、走っていることも加わって、先ほどよりも速い。

 先ほどのリッカの攻撃により少しだけ頭を冷やしたアンガスは、鞭の軌道を見極めようと、今度は鞭から視線を逸らさずにリッカの攻撃を避けた。やはりこの時点では、アンガスはしっかりとリッカの鞭を躱している。

 しかし、次の瞬間だった。
 空振った鞭は地面を叩き、再びアンガスを襲い始めたのだ。しかも、その勢いは地面の反動も受けて、より速く、より強い。

「ッ!」

 アンガスが反応するよりも速く、鞭がアンガスの脚を打つ。鈍い衝撃がアンガスの脚に走るが、動けなくなるほどではない。アンガスはリッカに追撃を仕掛けられる前に、距離を開く。

「――」

 アンガスはまじまじとリッカのことを睨みつけた。リッカも息を整えながら、アンガスをその双眸に捉えている。

 遠距離でもなく、近距離でもない――、対アンガスにおいての最善の距離を、リッカは見出していた。加えて、鞭に反動を加えることで、威力を増し加え、軌道を読みにくくさせている。

 しかし、それでもリッカの鞭は決定打に欠けていた。仮に鞭の攻撃が当たったとしても、相手が耐えられないほどの威力は伴っていないのだ。

 アンガスはそのことを冷静に判断し、にやりと笑った。リッカにはどう足掻いても、アンガスを倒す力は存在しない。

 その事実は鞭の使い手本人であるリッカ自身が一番分かっているはずなのに、リッカも微笑みを浮かべていた。まるで自身の勝利を確信しているようだ。

 そして、リッカは大きく息を吸うと、アンガスとの距離を詰め、再び鞭を振るった。
 真っ直ぐに迫り来る鞭を、アンガスは難なく躱す。地面との反動を活かして、威力を増す鞭も、冷静に見極めれば躱すことは容易だ。
 リッカの鞭が、虚しく空を切る。

「お前の鞭では、どう足掻いても俺を倒すことは叶わねェ!」

 アンガスはもう自分の勝利を確信していた。リッカの攻撃を完全に躱すことの出来るアンガスを降伏させる方法は、もうリッカにはないはずだ。
 ここでアンガスが接近戦に持ち込んで、リッカを倒せば、ティルダの前で面子を保つことも出来る。

「潔く諦めろ! ここで散れェ!」

 アンガスは自身の懐からナイフを取り出し、リッカに向かって振るった。

 しかし、その時、リッカは口角を上げた。その笑みに、アンガスは不穏な空気を感じる。今までリッカの手の上で踊らされていた――、まるでそんな感覚がアンガスに走った。

 それと同時、アンガスの背後を何かが襲う。否、それは――、

「ッ!?」

 複数の箱だった。しかも、一つ一つの重量は重く、破壊力を伴った武器に変わっている。

 どうして箱が崩れ、アンガスを襲っているのか。
 ――答えは一つだった。

「知ってた? 鞭の使い方は、一つだけじゃないのよ」

 先ほどアンガスが躱した鞭が、箱を掴み、積み上げられていた箱を一気に崩れ落ちるようにしたのだ。

 アンガスは頭に血が上ってリッカを倒すことしか考えていなかった。少し頭を冷やしたと思っても、やはりリッカをどう倒すべきか、その方法ばかりを考え、周りが視野に入っていなかった。その根底には、リッカよりも自分の方が格上だという自負心があった。

 しかし、リッカはアンガスの逆で、自分の実力不足を感じているから、利用できそうな物は何でも利用しようとした。そして、その結果、この建物に備え付けられていた箱をアンガスの上に落とすことに決めた。

 その魂胆をアンガスに悟られないように、巧みに鞭を操り、上手くアンガスの注意を惹き付けた。それだけでなく、箱が積み重なっている壁際までアンガスを誘導することにも成功した。

 その結果が――。

「これで私の勝ちよ!」
「ぐ、うわぁぁぁ!」

 アンガスを覆い尽くすように、幾つもの箱がアンガスを襲った。そして、アンガスは抵抗することもなく、そのまま箱に押し潰されてしまう。
 箱が崩れる音からしても、押し潰されて死ぬほどの重量ではないため、誰かの手を借りればアンガスの命が奪われることはないだろう。

 リッカは長く息を吐くと、

「私は人の命を奪うことはしない。そして、彼はもう動くことは叶わない。だから――、私の勝ちよね」

 ティルダを見据えてはっきり言った。

 しかし、ティルダは仲間であるアンガスがやられたというのに、表情一つ変えはしない。むしろ、倒れるアンガスを冷めた眼差しで見つめていた。

「さぁ、約束通りシンクと子供達を――」
「まだそう決めつけるのは早いんじゃないのか?」

 リッカの言葉を遮り、ティルダは陰険な笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。

「あいつの取り柄はタフなところなんだ。こんくらいで音を上げるような奴じゃない。なぁ、アンガス」

 最後にアンガスのティルダの名前を呼ぶ声が、まるで呪いのように、重く響き渡る。

 そして、その声を受けたアンガスは、

「がぁぁぁあぁッ!」

 雄叫びを上げながら、誰の力も借りることなく、自身の力だけで箱の山から脱出した。
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