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拾陸:霜杉剣児という漢
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「YOMI――黄泉――」という看板を掲げたゲーセンの中は、荒んでいた。臭いも醜悪に籠っていて、空気を吸うのも躊躇ってしまうほどだった。
それもそのはずだ。YOMIは二年近く前に経営難によって店を畳んでいる。撤去する費用さえも惜しんだ結果、悲惨な環境だけが寂しく残されていた。何も生み出すことのないそんな場所を誰が好き好んで掃除などするだろうか。
だから、その廃墟となり誰からも忘れ去られてしまったYOMIを、秦野高校の不良達が絶好のたまり場とするのは当然の話だった。
そして、このYOMIに足を運ぶ秦野高校の不良達を取り治める首領の立場にいるのが、霜杉剣児と呼ばれる今年三年に上がった秦野高校の生徒だ。
秦野高校に入学してから、霜杉は喧嘩においても頭脳においても秀でた力を持っていた。更に、彼には大きな野望もあった。だから、絶対的な年功序列である秦野高校の風流に一人反発を持った。そして、その意志に同調した者たちを従わせ、見事下克上を成し遂げた。霜杉が秦野高校に入学してから、二か月ほどが経った日のことである。下克上を終えた後も、霜杉は緩むことなく、秦野高校の不良達を惹きつけるカリスマ性を発揮していた。
――つまり、霜杉剣児という男は、秦野高校の中で歴代一危険な男だと言える。
その霜杉は今、退屈そうにゲーム機の前に座っていた。ゲーム機の画面は黒く、ところどころ割れている。
「……剣さん、本当に大丈夫ですかね。更科ってやつ、女のくせに超強いんすよ」
霜杉に声を掛けた男は、秦野高校二年の海野だ。その後ろには、二人――河田と池村もいる。同学年である海野と河田と池村の三人は小学校からの幼馴染ということもあり、よく一緒につるんでいる。他人との力の差を見極めることが出来ない海野達は、入学早々霜杉に喧嘩を売って以来、霜杉の下に就くようになった。秦野高校の中でもある種の伝説として、全校に語り継がれている。
霜杉は海野の声を聞くと、溜め息を吐いた。元はと言えば、誰のせいでこうなったと思っているのだろうか。
海野達は学年が一つ上がったことで調子に乗り、更科という女に声を掛けた。その結果は、返り討ちにされるという悲惨なものだった。なんとも情けない話だ。
霜杉はその尻拭いをするために、行動していた。それなのに心配されるというのは、霜杉の力を見くびっている証拠だ。苛立つ思いを抑えながら、
「――はっ、準備は万端だ。お前のために何人この場所に集めたと思っている。よかったなぁ、お前の汚名もこれで返上出来るぞ」
霜杉は海野に向けて言った。霜杉には海野の顔は見えていないが、黒く染まったゲーム機から様子が窺えた。海野は嬉しそうに頭を下げている。その後ろの二人も同様だ。
今、このYOMIには秦野高校の不良達がざっと四十人は集まっている。本来なら授業中なのだが、それでも全生徒の七分の一は募っただろう。
たった一人の女のために、こんなにも人数を呼ぶ必要は本来ならなかった。しかし、今年入って来た新入生たちに、秦野高校の――否、霜杉の実力を、身をもって分からせるには良い機会だ。それに新入生たちの腕前も知ることが出来る。一石二鳥とは、まさにこのことだ。
「ハハッ、早く来ねぇかな。あいつら」
霜杉は壊れた画面を見つめながら呟いた。その画面で見通すのは、更なる絶対王者として君臨する霜杉剣児の姿だった。
その時、後方から扉の開く音がした。
――来た。
霜杉は振り向かないまま、ゲーム機の画面越しに来訪者の姿を確認する。秦野高校ではなく、松城高校の制服を着ている。確かに奴らだ。奴らのはずなのだが――、そこに映る姿があまりにも予想外で、実際の目で確かめようと霜杉は体ごと扉に向けた。
すると、そこにはこの場に相応しくないお面を被った二人組が、堂々と扉の前に立っていた。
「YOMI――黄泉――」という看板を掲げたゲーセンの中は、荒んでいた。臭いも醜悪に籠っていて、空気を吸うのも躊躇ってしまうほどだった。
それもそのはずだ。YOMIは二年近く前に経営難によって店を畳んでいる。撤去する費用さえも惜しんだ結果、悲惨な環境だけが寂しく残されていた。何も生み出すことのないそんな場所を誰が好き好んで掃除などするだろうか。
だから、その廃墟となり誰からも忘れ去られてしまったYOMIを、秦野高校の不良達が絶好のたまり場とするのは当然の話だった。
そして、このYOMIに足を運ぶ秦野高校の不良達を取り治める首領の立場にいるのが、霜杉剣児と呼ばれる今年三年に上がった秦野高校の生徒だ。
秦野高校に入学してから、霜杉は喧嘩においても頭脳においても秀でた力を持っていた。更に、彼には大きな野望もあった。だから、絶対的な年功序列である秦野高校の風流に一人反発を持った。そして、その意志に同調した者たちを従わせ、見事下克上を成し遂げた。霜杉が秦野高校に入学してから、二か月ほどが経った日のことである。下克上を終えた後も、霜杉は緩むことなく、秦野高校の不良達を惹きつけるカリスマ性を発揮していた。
――つまり、霜杉剣児という男は、秦野高校の中で歴代一危険な男だと言える。
その霜杉は今、退屈そうにゲーム機の前に座っていた。ゲーム機の画面は黒く、ところどころ割れている。
「……剣さん、本当に大丈夫ですかね。更科ってやつ、女のくせに超強いんすよ」
霜杉に声を掛けた男は、秦野高校二年の海野だ。その後ろには、二人――河田と池村もいる。同学年である海野と河田と池村の三人は小学校からの幼馴染ということもあり、よく一緒につるんでいる。他人との力の差を見極めることが出来ない海野達は、入学早々霜杉に喧嘩を売って以来、霜杉の下に就くようになった。秦野高校の中でもある種の伝説として、全校に語り継がれている。
霜杉は海野の声を聞くと、溜め息を吐いた。元はと言えば、誰のせいでこうなったと思っているのだろうか。
海野達は学年が一つ上がったことで調子に乗り、更科という女に声を掛けた。その結果は、返り討ちにされるという悲惨なものだった。なんとも情けない話だ。
霜杉はその尻拭いをするために、行動していた。それなのに心配されるというのは、霜杉の力を見くびっている証拠だ。苛立つ思いを抑えながら、
「――はっ、準備は万端だ。お前のために何人この場所に集めたと思っている。よかったなぁ、お前の汚名もこれで返上出来るぞ」
霜杉は海野に向けて言った。霜杉には海野の顔は見えていないが、黒く染まったゲーム機から様子が窺えた。海野は嬉しそうに頭を下げている。その後ろの二人も同様だ。
今、このYOMIには秦野高校の不良達がざっと四十人は集まっている。本来なら授業中なのだが、それでも全生徒の七分の一は募っただろう。
たった一人の女のために、こんなにも人数を呼ぶ必要は本来ならなかった。しかし、今年入って来た新入生たちに、秦野高校の――否、霜杉の実力を、身をもって分からせるには良い機会だ。それに新入生たちの腕前も知ることが出来る。一石二鳥とは、まさにこのことだ。
「ハハッ、早く来ねぇかな。あいつら」
霜杉は壊れた画面を見つめながら呟いた。その画面で見通すのは、更なる絶対王者として君臨する霜杉剣児の姿だった。
その時、後方から扉の開く音がした。
――来た。
霜杉は振り向かないまま、ゲーム機の画面越しに来訪者の姿を確認する。秦野高校ではなく、松城高校の制服を着ている。確かに奴らだ。奴らのはずなのだが――、そこに映る姿があまりにも予想外で、実際の目で確かめようと霜杉は体ごと扉に向けた。
すると、そこにはこの場に相応しくないお面を被った二人組が、堂々と扉の前に立っていた。
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